ぬいぐるみ
「もう、上手くいかないなぁ」
指で髪を弄びながら、私は手に持った失敗作を放り投げた。
それは宙を舞い、後ろの壁にあたり、ペシャリと情けない音をたてて床に落下する。
そして、私は両膝を抱え込み、膝の間から言葉をもらすのだ「暑いのがいけないんだ」と。虚しい言い訳は蒸し暑い部屋に散らばっていった。
二日前からクーラーは不調だし、今お風呂は純也くんが使っている。
火照った身体がとても気持ち悪い。
私は少しイライラしながら、また、周囲に無造作に置かれた材料に乱暴に手を伸ばした。そうやって不服そうに、それらに針を通していくのだった。
型紙をつくりなおし、それに合わせてハサミを動かしていく。
手の中で、クルリと鉛筆を回し、切り出したそれに番号を振っていく。
私が今つくっているのは、ぬいぐるみだ。しかも本格派の。
どんなことに関しても本格という言葉が大好きな私が『本格派ぬいぐるみのつくり方』そんなサイトを見つけたのがちょうど四日前。いろいろあって落ち込んでいた私なのだが、それからというもの、その本格派なぬいぐるみづくりに夢中になっている。
切り出した材料を糸で縫い合わせていく。
でも、少しでも気を抜けば千切れてしまうような気がして気が気ではない。私は震える手で、額を流れる汗を拭う。
「でも、さすが本格派。一筋縄ではいかないわね」
私は通算二十四個目のそれに慎重に針をつきたてる。
すでに材料も気力も残り少なくなっていた。けれど、前向きで、何にでも一生懸命な私はこんなことじゃへこたれない。すべては気合と思い入れでカバーしてみせるのだ。
この前だって、純也くんを家に呼んだときは、死ぬ気でフランス料理のフルコースをつくってみせたのだから。まぁ、具材や調理道具を買うのに、渡されたバイト代を全額つぎ込んだり、つくるのに三時間もかけてしまったりして、その後に大ゲンカになったのだけど。
「やりすぎ、だったかな」
ふいに、手が止まる。
私は軽くうな垂れ、本格派の自分を、少し度が過ぎた自分を反省する。
あれから、純也くんは顔は合わせても、前みたいに優しい言葉をささやいてくれない。
だから私はこうして、純也くんの代わりに私を慰めてくれるぬいぐるみづくりに没頭している。
「だけど、あれは私がいけないんじゃないもん。
私はこんなに尽くして、努力してるんだから、ちゃんと……褒める、べきだったんだ」
頬を膨らませながらプスプスと針を突き刺してみる。
純也くんもいけないんだ、またそんな言葉が口からこぼれ落ちた。
純也くんは私だけの、私のための純也くんだから。
いつもそこにいて、私に笑いかけて、どんなわがままもきいてくれて……勝手だとわかっていても、私が純也くんを想うだけ、それに応えて欲しかったのだ。
私は口をすぼめながらも、手だけは動かしていく。
そのうち、意外に良い調子で形はできあがっていき、それにつられて私の頬は綻んでいく。いつの間にか、手は、ウキウキと作業を進めていた。
そうだ、できあがったらちゃんと純也くんにも見せてあげよう。この材料をそろえるのにだって、ずいぶんと純也くんに手伝ってもらったのだし。
でも、少しだけ意地悪な私は、ぬいぐるみを手にこういってみせるのだ「私には、このぬいぐるみがあるから、純也くんとはさよならだよ」って。
私はそこで手を止めて、はみ出た糸を切り離した。これでほとんど完成だ。嬉しさのあまりぬいぐるみを抱きしめてしまう。
ちょっと不恰好かもしれないけど、私としては満足のいく出来だ。そう大きくはないぬいぐるみでも、目の辺りは上手く特徴を掴んでいる気がする。
「よし、これで新しい彼氏のできあがり」
そのまま踊るような足取りでお風呂場に向かうと、思い切ってドアを開けた。
「純也くん、また材料いいかな?」
そういって、私はもはや原型を留めぬ純也くんから髪の毛を抜き取ると、
仕上げに、彼の形をした皮のぬいぐるみに、それらを縫いつけていく。