死神の問 後編
「順に解答を聞いていこう。まずは後藤から」
「ああ、やっぱり私からなのね」
「解答は誤答から発表するものだからな」
後藤と誤答を掛けた洒落であることに気付いていないのか、もしくは気付いていながらスルーしているのか、気にも留めない様子で後藤が解答を述べた。次に大友、他の部員達が答えていったが、どれも長谷部を納得させることはできなかった。
「最後に小泉。答えを聞かせてくれ」
長谷部が遂に小泉に水を向けた。小泉は少し頭の中を整理してから話しだす。
「……この問題でネックになっているのは、願いが叶った後に死んでしまうという一点に尽きます。何でも願いが叶うと言いながら、それを死なずにやってのけなければ意味がありません。また部長がなぞなぞの答えを用意していると言った以上、その答えは死なずかつどんな願い事でも叶えることができるものであることは間違いないでしょう。もし不死身になって死を免れる程度の答えなら、無闇に自由度を高くする必要がありません。先程の不死身の例で言うなら、なぞなぞの最後に『どうすれば死なないでしょうか』と補足すればいいだけです。わざわざ自由度を高くしたのは、その自由度の中で最高の答えが用意できるからだと考えるのが自然です」
部員全員が頷きながら小泉の説明に聞き入っている。
「なるほど」長谷部が相槌を打つ。「それで答えは」
「答えは」小泉は少し間を置いて、
「答えは、『本来叶えた後の死ぬ運命を願い事で書き換える』です」
小泉の解答を聞き長谷部は頷いたが、先刻まで頷いていた部員の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
「それってつまりどういうこと?」
「つまり、最初の願い事で死ぬ運命の方を変えてしまえばいいわけです。死神の問は『君の願い事を一つ叶えよう。ただし、叶えた後に君は死ぬ』でしたね。例えばここで『死ぬ運命を願い事を一つ叶える運命にしてください』と願えば、死神の問の意味は『君の願い事を一つ叶えよう。ただし、叶えた後に君は願い事を一つ叶える』に変わるわけです」
疑問を呈していた部員が次々と合点がいったという風に表情を柔らかくする。凄い、頭いいね、よく分かったな、流石期待の新入生ね、などと部員が口々に小泉を褒めそやす。
小泉は解答中、もしかして部長は自分に完璧な解答をさせて自信を持たせるつもりなのだろうか、と考えていたが、それはあくまで部長が誘導した結果であり、それで自分が褒められることになろうと少しも嬉しくない。ただ小泉は最後の後藤の反応が気に掛かった。
「期待の新入生?」
その言葉は、小泉にとって予想外のものだった。クイズの実力がない自分が何故――小泉が困惑していると、長谷部がネタばらしをするかのように切り出した。
「小泉、お前はクイズの実力が一番下であることを気にしているようだが、それは杞憂だったんだよ」
「どういうことですか?」
「お前のクイズの実力は十分あると言っているんだ」
「え、でも実際早押しではほとんど勝てなくて……」
「それはそうだ」
長谷部はそう言うと表紙に『過去問題集』と書かれた冊子を取り出す。
「だってこれはクイズ研究部で代々にわたって作ったオリジナル問題のまとめ冊子なんだから」
「ということは……」
「新入生が先輩に早押しで勝てるはずなかったんだよ」
長谷部の目的は小泉に自信を持たせること。そこまでは小泉の予想通りだった。しかし、その手段は小泉の予想より一回り上だった。小泉が活躍できる場を作り上げ、部員の小泉への期待感を口にさせ、説得する。この一連の流れを完成させることこそ、長谷部の目的だったのだ。
それでも腑に落ちない小泉が疑問を口にする。
「もし私より先に他の部員が答えを言ってしまったときや、後藤先輩が期待の新入生という言葉を口にしていなかったらどうするつもりだったんですか」
小泉は期待の新入生という単語が出ていなければ、長谷部に誘導された通りに答えを述べるだけだ。それではとてもじゃないが効果的とは思えない。答えを先に言われることに至っては論外である。
「答えが言われないことも後藤がそう言うことも分かっていた」
「何故そんなことが分かるんですか」
小泉の問に長谷部は得意満面で答えた。
「部員の観察も部長の務めだからな」
――かなわないな、と小泉は思った。
きっと部長は小泉の答えを誘導したように他の部員も誘導していたのだろう。詳細な方法は知る由もないが、部長はそれをやってのける人なのだ。小泉は再び、しかし別の意味で部長など一生務めたくないなと思った。現部長以上の適任など存在しない。
「ところで先程の小泉の答えだが、一つだけ不備があるぞ」
再び部員の目が長谷部に向けられる。長谷部はそれを確認するとはっきりと告げた。
「書き換える願い事の内容は『クイズ大会で優勝する』だ」
長谷部の力強い宣言を受け、部員全員が事前に打ち合わせでもしていたかのように綺麗に揃った掛け声を上げる。
今、クイズ研究部が一つになった。