死神の問 中編
小泉はずっと頭を抱えていた。なぞなぞの答えが難解だからではない。部長の真意を図りかねているからだ。小泉はほんの一時間前にも長谷部が意味深長にあのワードを口にしていたことを知っている。なぞなぞの答えはそこに隠されているに違いない。小泉はそんな確信とともにおよそ一時間前の記憶を手繰り寄せた。
小泉がクイズ研究部の部室の扉を開くと、長谷部が部長用に拵えた少し大きめの机で過去問題集に目を通していた。長谷部の他に人影はない。
「おはようございます」
小泉が軽く頭を下げながら――小泉はクイズ研究部今年度唯一の新入部員で他の部員の誰よりも年下だ――挨拶をすると、長谷部が「おはよう」と返す。挨拶を済ませた小泉はまだ閑散としている部室内の適当な椅子に腰掛けた。挨拶や椅子を引く音は即座に静寂に吸い込まれ、遂には静寂が部室中を満たす。気まずい空気が流れる中、先に静寂を破ったのは長谷部だった。
「小泉、何か悩みでもあるのか」
え、小泉はどきりとした。図星を指されたからだ。長谷部の言う通り、小泉は悩みを抱えている。それもクイズ研究部についての。
「やはりクイズの成績が芳しくないと感じているのが原因か」
小泉は失礼だな、と思いつつも胸の内を見透かされた事実に愕然とした。その事実に小泉が訝しんでいると、その胸中すらも見透かしたように長谷部が続けた。
「部員の観察も部長の務めだからな」
「そうですか」それなら部長など一生務めたくないな、と小泉は思った。
「それなら言わせてもらいますが、部長の言う通り、僕はクイズ研究部の中で一番クイズができないと思います。それにクイズ研究部の周りの部員は全員僕より年上で少し居心地が悪いです。クイズの実力も年齢も一番下。それなのに数合わせで実力のない僕が大会に出なくてはならない。そんな重圧、僕には耐えられません。本当は僕、大会になんて出たくないんです」
小泉の口から本音が堰を切ったように溢れた。しかし、長谷部はその本音を受け止めてもなお、凪の海面を連想させるような静かさに満ちながら返答する。
「それなら聞くが、クイズ大会に出るのと死ぬのはどちらがマシだ?」
「は?」思わぬ質問に小泉は眉を顰める。クイズ大会に出るか死ぬかとは極論も甚だしく、見た目の冷静さにも反した乱暴な論理だ。それらを総じて馬鹿にされていると判断した小泉は長谷部に侮蔑の視線を浴びせながら吐き捨てる。
「いっその事、死にたいですね。大会で生き恥を晒す必要なんてないんですから」
死にたい、というのは流石に嘘だが、後半は本音である。大会には実力者が出るべきである、というのが小泉の持論であったし、それは正論でもあると信じていた。部長はこの正論にどのように返すのだろうか、と小泉は身構えたが、長谷部の返答によってその小泉の姿勢は困惑に染まる。
「そうか。それなら死の選択肢を希望で上書きしろ。そうすれば希望が湧く」
「え?」
「死を希望で上書きしろ。そうすれば希望が湧く」
「いや、聞こえなかったわけではなくて……」
――待てよ?
小泉は思考を部長の真意の探究からなぞなぞの答えの探求に切り換えた。死を希望で上書きしろ。死を希望で上書きしろ……。部長の言葉を反芻する。すると、小泉の頭脳が天啓を打たれたように一つの解答へと導いた。……これが答えなのか?
しかし、部長の真意が未だに分からない。一体、部長は何をさせたいのか――。
「そろそろ解答発表してもらおうかな」
そのとき、長谷部の声が部室内の空気を変えた。