死神の問 前編
「なぞなぞを出そう」
クイズ研究部部長の長谷部一郎が唐突に切り出した。小型の早押し機のボタンに人差し指をかけていた部員達の目が一斉に長谷部を捉え、その目が険しく歪んだ。出題役の部員も問題集から目を離し長谷部を見ている。
またかよ、部員全員がそう思ったが、それを口に出す者はいなかった。長谷部はいつも何かと理由を付けて最終的にはなぞなぞの出題に漕ぎ着けるため、ここで口返答をするのは時間の浪費に等しい。それはクイズ大会を目前に控えて早押しの猛特訓をしている今でも変わらないことは、部員全員が理解していた。
「今日はどんななぞなぞだ」
クイズ研究部部員兼長谷部の親友でもある大友裕司が長谷部を促す。それを受けた長谷部は、部員の心中を知ってか知らずか、えらく上機嫌に話し始めた。
「そうだな。題名は……『死神の問』とでも名付けようか」
「『死神の問』ですか」
小泉孝が険しく歪んだ目の彫りを更に深くする。小泉は非現実的で仰々しい設定や単語に過剰反応する癖がある。俗に言う中二病だ。部員が部長の事を理解しているように、部長も部員の事を少なからず理解している。つまり、小泉はなぞなぞの出題に漕ぎ着けるための踏み台にされたのだ。とはいえ、もとよりなぞなぞの出題は不可避であり、後はどれだけ時間を浪費しないかの一点に尽きるため、小泉がどう反応しようがあまり関係はない。
「ではなぞなぞを始めようか」
小泉の反応に満足した長谷部が『死神の問』なるなぞなぞを出題し始める。
「簡潔に言う。死神が君の目の前に現れた。そして死神は君にある提案をする。その提案に対して君はどうするか。それがこのなぞなぞの全てだ」
「なるほど。それでその提案とは」
「君の願い事を一つだけ叶える。ただし、叶えた後に君は死ぬ、だ」
長谷部は言い終わると同時に右手を差し出し、その手を部員全員に向けていく。解け、という意思表示だろう。部員の顔が次々に思案顔に変わっていく。
しかし、ここで部員の一人が小さく手を挙げた。クイズ研究部の紅一点、後藤愛子だ。後藤は恐る恐るといった様子で長谷部に質問した。
「願い事って何でも叶うの?」
当然の疑問である。前提条件によってなぞなぞの考え方も大きく変わる。
「ああ」長谷部は即答した。「何でも叶う」
「このなぞなぞ、ちゃんとした答えってあるの?」
後藤は続け様に質問を投げかける。
通常、なぞなぞは用意された解答を頓智を利かせて導き出す言葉遊びだが、この『死神の問』は自由度が高すぎる。何でも願い事が叶ってしまっては解答が複数存在してしまうのではないか。後藤はそこを気に掛けているようだ。その質問に対し、長谷部は極めて冷静に回答した。
「一応、解答は用意してある。もし、用意した解答を上回る解答が出た場合、それを正解としよう」
この回答で納得したのか、それともこれ以上の質問は時間が勿体ないと判断したのか定かではないが、後藤の表情も思案顔に変わる。それを見届けた長谷部は、最後に「十分後に解答を聞かせてもらう」とだけ言うと机に突っ伏した。
君の目の前に死神が現れ、こう言った。
「君の願い事を一つ叶えよう。ただし、叶えた後に君は死ぬ」
さて、君はこの提案にどう答えるだろうか。