完全犯罪
100万、200万と次々に値段を上げる声が会場にこだます。
今までで最大の値を言って得意満面の男、そのすぐ隣で男を
軽く越える600万という額を出し嫌味な笑顔を浮かべる貴婦人。
さらにその直後、前の二人を上回った女性の顔には汗がしたたり、
完璧に決めてきた化粧が落ちかけてまるで化け物のようになっている。
英国から集まった金持ちがこれほど激しく競り合っている品物、
それは一枚の絵画である。
絵画は他の芸術とは違い、素人目に見ると
それが本当に価値あるものかどうか、少々分かりづらい。
世界中から賞賛を浴びているピカソの作品でも、
その美しさや込められた魂を感じる人は少ないだろう。
しかし皆が競り合っている絵画はどこか魅力がある。
英国で活動していて、センスもかなりのものだったのだが
生前にそれが認められることはなかった。
画家、マッケンの「誘拐」という作品だ。
一体何を「誘拐」しているのか。
絵だけを見るといくつかの考えが浮かぶ。
ハロウィンに子供が被るようなお化けを模した簡素な仮面、
それを顔に被った人形が両手を肩の下あたりの高さで広げている。
その右手のほうには、まただれか別の者の手が握られている。
これが「誘拐」している場面なのだろうか。
もう一つ意味を考えるとするならば、それは絵を見る人間を
絵画の世界に「誘拐」してしまう、ということである。
この作品は誰もが魅入ってしまう。
それは美しい風景画でもなく、モナリザのようなトリックが
あるわけでもない。
ただひたすらに不気味だ。
虫に喰われた跡のある灰色のシャツを纏い、
笑顔を作ることによってむき出しになった歯は
前歯を2本残して、全て抜けている。
さらに仮面の奥からのぞく瞳は、黒目部分と白目部分が
同じ長さで交互に重なり合い、渦を巻いている。
そのモノクロの渦の中心にポツンと赤い点がある。
この瞳をずっと見ていると周りの渦が回りだし、
赤い点に吸い込まれそうな錯覚に陥ってしまう。
そう、まるで絵の世界に連れ込まれるかのように。
800万ドル、その声が発せられた瞬間に競りが終了した。
声の主、ブライアンは勝ち誇った表情を浮かべ、周りを見渡した。
悔しそうに舌打ちをしている小太りの男性、
まだ諦めきれていないように絵を見つめている貴婦人。
お前達はたいした額を言っていなかっただろう、と心の中で
毒づき、ブライアンは商品を受け取りにステージへ上がった。
あらすじにもある通り、この作品はFC2小説にて連載しているものを
投稿しています。
こちらでの投稿よりもFC2小説への投稿が早いです。