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心の鎖  作者: momo
終章
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後始末




 イオの呼び出しにアスギルはすぐに応じてくれた。


 久し振りに顔を合わせた彼は事情を知っているのか複雑そうな顔つきで、イオの後ろに居合わす面々をゆっくりと眺める。

 右から騎士団長レオン、国王ハイベルと結界師モーリス。そしてイオの両隣りにはアルフェオンとイグジュアートが彼女を守る様にして立っていた。


 王を守る近衛はいない。余計な存在はアスギルを刺激すると騎士団長室の外で待たされている。レオンから知らせを受けたハイベルがモーリスを伴い足を運んだ次第だ。


 「久し振りねアスギル。また、頼みたい事があるのだけど……」


 何時も助けを求めてばかりで申し訳ないと眉を寄せるイオにアスギルはゆっくりと頭を振った。


 「予想はしていました。ただ、詳しく知りたい。あなたの中を覗かせて貰っても?」

 「―――ええ、いいけど?」


 よく意味が解らずも頷いたイオにアスギルは足を向けると、徐に頤を指ですくって上を向かせた。そうして何の迷いもなく顔を寄せる。

 驚いてぎゅっと目を瞑ったイオの額にアスギルの額が重ねられ、そのまま動かない様子にイオがそっと瞼を開くと、当然もの凄く近い位置にアスギルの顔があった。綺麗な赤い瞳は瞼に覆われ黒く長い睫毛が縁取っている。整った顔立ちだなぁとじっくり観察していると瞼が開かれ、赤い瞳にイオがうつり込んでいて恥ずかしさで頬を染めた。


 額を離したアスギルはイオから二歩ほど後退し、一同をゆっくりと見渡した後で徐に腰を折る。


 「フィルネスが大変な迷惑をかけた、申し訳ない。全ては私のせいだ。始末はつけさせていただこう。」


 闇の魔法使いからこんな風に腰を折られるとは予想していなかっただけに誰もが驚く。ただイオだけは「アスギルのせいじゃない」とフィルネスに腹を立てていた。


 「どこから手をつけて欲しい?」


 心を読ませない赤い目がハイベルを捕らえる。初めて顔を合わせた時の威圧的な鋭さはないが、それでも気を抜くと全てを持って行かれてしまいそうで、ハイベルは腹の底に力を入れて一つ頷いた。


 「では手始めに、怪我で血を失い目覚めぬ兵士らの治療を頼みたい。」


 ハイベルが目でレオンに案内を促すと、レオンが先頭をとった。扉を開け外に出ると近衛たちが陣取っていたが道を開けてくれる。七人に続き王の近衛がぞろぞろと後を追うせいで大人数による移動になってしまった。イオはアスギルの隣に陣取り黙ってついて行く。何が出来る訳ではないがいざとなったらアスギルを守るつもりでいたのだ。モーリスはアスギルを注意深く観察しながらも足取りが軽い。きっとアスギルの魔法に興味のほとんどがうつってしまっているのだろうとイオは予想した。


 案内された場所には二十人以上の男達が寝台に横になっていた。誰一人として意識のある者はおらず、青白い顔で瞼を閉じている。見舞いに来ていた家族たちは心配そうに看護にあたっていたが、王の来訪と共に外に追い出されてしまった。


 王の突然の訪れに慌てて出てきた医師が恭しく頭を下げるが、ハイベルがそれを制して道を開ける。アスギルが前に進み出るのをイオだけが付いて行くが誰からの制止もかからなかった。


 一番近い場所にある寝台に立ち見下ろしたアスギルは、黒いローブから白い指を出し、眠る男の頭に触れる。そこからゆっくりと足下に向かって指で体を辿り、足の指先まで滑らせると次の寝台へと向かった。


 「あの、アスギル?」

 「何ですか?」


 視線は横たわる患者に向けられたまま、先程と同じように指を滑らせるアスギルにイオは疑問をぶつけた。


 「治してあげられそう?」


 次の患者も同様に指を滑り終わらせたアスギルの視線がイオに落とされる。


 「内外に傷はありません。血が足りないので放っておけば間もなく死にますが補いました。大丈夫、ちゃんと目を覚ましますよ。」


 大丈夫ですと微笑むアスギルにイオはほっと胸を撫で下ろす。次の患者に向かうアスギルに付き沿うとモーリスが早足でこちらに向かって来ていた。


 「どうの様にして、いったいどうやって血を補うというのだ?!」


 思わずと言った感じで声を上げるたモーリスの気迫にイオは驚いて一歩後ずさった。モーリスの興味はアスギルと治療を受けた患者に向いていてイオなど目に入っていないようで、アスギルとの距離がとても近い所まで来ていたが、アスギルの方も気に止めていない様子だ。


 「こうやって。」

 「どのように?」

 「こう。」


 アスギルは次々に患者を指でなぞり、モーリスはみるみる顔色を良くしていく患者の肉体を探る。そのうち一番初めに手当てを受けた患者が低く唸ったかと思うと体を伸ばしてむくりと起き上がり、辺りをきょろきょろ見渡してハイベルの存在に気付くと慌てて寝台を降りて膝をついた。そんな彼にレオンがどのような状況にあったかを諭し寝台に戻るよう説得する。


 「こんな事が―――」


 目覚めた途端に跳び起き膝をついた姿を目にしてモーリスは唖然と驚き、またすぐにアスギルを追う。


 「どのように血液を増やし、衰えている肉体を正常に戻されるのです?」

 「―――こうすれば戻る。」


 するりと患者を指でなぞるアスギルにモーリスは根気よく再度問いかけた。


 「失った血液を戻すのは物理的に無理な筈。注いだ魔力で何をしているのです?」

 「無理ではない。」

 「体の中で何が起きるのですか?」

 「呼びかければ活性化する。」

 「何が?」

 「血液が。」

 「どのように呼びかければ!」……云々。


 ああ、やっぱり。教えを乞わずともやりたいように魔法をふるえたアスギルは決定的に教えるのが下手だ。そんなアスギルだが聞かれた事にはきちんと答えてくれる。フィルネスもそうやって魔法を身につけていたのを思い出すが、アスギルに及ばないながらフィルネスも天才だったのは間違いない。


 それより何より、あのモーリスが根気よくアスギルから話を聞き出そうとしているのには驚かされた。イオがあのような受け答えをしようものなら罵声が飛ぶだろう。まずは言葉から学び直せと鼻で笑いもしてくれないに違いない。それが何故。モーリスにこれ程の根気があるとは思いもしなかった。イオへの態度とあまりに違い過ぎる。魔物に襲われたりフィルネスを封印したりと体力的にも疲れているだろうに、今日のモーリスは何故かとても輝いて見えた。彼らが恐れたあの( ・ ・)闇の魔法使いを相手にしているとはとても思えない。禁書の件といい魔法に関する事柄については熱心になり過ぎるようだと感じながらも、イオはアスギルを認めてくれる人の存在に胸の内が温かくなるのを感じた。


 次々に意識を取り戻し状況を把握した者等は一様に赤い目の魔法使いを観察していた。黒い髪に黒いローブ姿は自分たちを傷つけた魔法使いと酷似し慌てたが、印象的な赤い目をみて安堵の表情を浮かべる。戦慄すら与えるあの美貌ではない。死にかけた彼らはアスギルに救われた事実に神を見る様な眼差しを向けて感謝し、まさにフィルネスの目論見通りとなった。



 彼らの手当てを済ませると一行は次に向かう。 

 焼かれた街は一つ二つではなかった。都に近いいくつもの街が焼かれ廃墟と化していたのだ。あまりの惨さに顔を顰めたイオだったが、アスギルは少し考えた後で街を薄い膜で覆ったかと思うと、覆われた街は時間を逆行するかに見る間に元に戻って行った。いったいどのように手を尽くしたのか。失われた命だけは戻せない筈なのに、焼かれた人間も元の姿に戻ってしまったのだ。これにはモーリスも言葉もない。イオはアスギルの袖を引くとどうやったのか訪ねたが、説明が難しいのか無言ですまなさそうに苦笑いを浮かべられて終わってしまった。


 レオンたちが最初に訪れた街だけが幻覚の魔法をかけられていた。それ以外は本当に焼かれ無残な状況であったのに、街の人々も様子もすっかり元通りに戻され、誰もがぼろぼろのローブを纏った怪しい魔法使いに感謝の気持ちを抱くようになる。全てをやり終えたアスギルは何時も通り姿を消し、モーリスが酷く残念がっていたのがイオにとってはとても印象的だった。




 


 それから後、しばらくして。


 イオ達は褒賞という名目でハイベルから一軒の家を賜った。しかも貰った家はただの家ではない。十人は余裕で住めるだろう二階建の石で作られた頑丈な御屋敷で、室内はすでに調度品が整えられていたのだ。


 とてもこんなお屋敷はもらえないとイオは慄いた。こんなつもりでレオンの屋敷を出たいと言ったのではなかったのにとんでもないことになったと、有り難くも頂いた褒賞を辞退しようとしたのだが……


 「アスギルを家族に迎えたいのであろう、それならば百年といわず長持ちする屋敷が必要だ。時が経てば共に生きる家族も増える。アスギルが今のままの状態で穏やかに留まってくれるなら、イクサーン王家としても何よりも有り難い。それにお前たちはこれだけの物を受け取る働きをした。遠慮は許さん。」


 もしかしたら大きな賭けとなるやもしれない。けれど二度と闇の魔法使いとして力を振るわないのなら、アスギルの持つ力は有益な宝となってイクサーンに恩恵をもたらしてくれるだろう。それはイオの代だけではなく繋がれる命の限り、ここにアスギルを留め置くのにもってこいの理由にならないだろうか。


 「戦い以外で必要な時は手を貸すと―――伝言を受けたのは何時であったか。アスギルの持つ癒やしの力は多くの人間を救うのではないかと考えられはせぬか?」

 「国王陛下―――」


 イオは初めてハイベルを恐怖以外の感情で国王と認め、両膝をついて首を垂れた。


 「アスギルを認めて下さるのならわたしは人質として扱われても構いません。本当にありがとうございます。」


 アスギルを拒絶しないのなら、彼を繋ぎ止める為の役割として扱われ続けても構わない。そう頭を下げたイオにハイベルは苦虫を噛んだように顔を歪めた。


 「私はイクサーン国王としてこの判断が間違っているとは思わぬ。だがいち個人として、そなたには申し訳ないと思っているのだ。」

 

 顔を寄せ囁いたハイベルにイオは首を振った。


 国の頂点に立つ人間が自分の為だけに動けばどうなるか、その結末をイオは知っている。だからハイベルがアスギルを恐れながら利用しようとする気持ちを否定はできない。この利用の仕方はハイベル個人の利益が目的ではなく、闇の魔法使いという存在を消滅させる為に必要な処置なのだろうから。


 それならと、イオはハイベルに頭を下げる。アスギルを認めてくれるならそれで十分だった。アスギルを壊した世界はもうない。少なくとも目の前の王はアスギルを掌の上で弄んだりはしないし、彼の後を継ぐであろう王太子も大丈夫だ。それにいつかアスギルを利用しようと目論む王が生まれたとしてもアスギルの忠誠はずっと昔に亡くなった女性が永遠に握り締めている。その血を引いているからといっても二度と弄ばれる物ではない。


 アスギルの受けた傷を思いながら、イオはイクサーン王国で春の訪れをきいた。







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