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心の鎖  作者: momo
終章
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目覚めてみれば




 薪のはじける音で意識を取り戻したイオがゆっくりと目を開けると、心配そうに覗き込む茶色の瞳とぶつかった。


 幾度か瞬きをして状況を思い出しながら身を捩ると、どうやらアルフェオンに抱き抱えられているのだと気付いてほんのりと頬を染める。


 「気分はどう?」

 「悪くは、ないわ。」


 辺りを見回しながらアルフェオンの膝から降りる。粗末だがストーブもあり、壁にはロープや薪、斧や動物を捕まえる罠やらが並べられていた。どうやら猟師小屋の様だ。 


 「どうしてここに?」


 イオはアルフェオンの膝から降りたせいで肌寒さを感じて身をさすった。


 「気付いたら森の中にいたんだ。夕暮れだったし急いで森を出てすぐに猟師小屋を見つけて、夜は危険だからここに避難した。もうすぐ夜明けだよ。」


 森には魔物が住まう。詳しい場所が解らない限りどんな魔物が生息しているのかも解らなかったが、森の側に猟師小屋が置かれているという事はそう危険な魔物は生息していないのだろう。


 「あの……わたしはフィルネスと一緒に封印されたんじゃなかったの?」


 目覚める前の記憶を辿ると、レオンがフィルネスを剣で貫いた他は赤い炎しか覚えていない。

 

 「そうなのだけどね。私は君を失いたくなくて封印に跳び込んで、気付いたらこれだ。」


 フィルネスが多くの命を犠牲にして何をしようとしていたかなんてどうでもいい。アルフェオンにとってその結果がイオを犠牲にしてまで重要かと問われればそうではなかったから。

 けれど微笑んでなんでもない事の様に話すアルフェオンにイオは血相を変えた。


 「跳び込んだって―――死んだらどうするつもりだったのよ!」


 イオ自身、自分がどうなるかなんてわからなかった。アスギルやフィルネスは結界の中でも生きて行けるが、結界という物に捕らわれた経験のないイオには未知の世界だ。魔物から身を守る為に作られた結界と訳が違う。闇の魔法使いを封印する為に準備された宝剣が中にいる物を捕らえる檻の役目を担う物だ。こうしてすぐに開放されるなんて全く想像していなかった。どちらかというと何もない真っ暗な空間に閉じ込められるのを思い描いていたのだが。


 「お陰で君を失わずにすんだよ。」

 「あ…えっと、うん。ごめんなさい。」


 良く解らない。フィルネスはイオを巻き込もうとしたが彼の姿はなく側にいるのはアルフェオンだ。アルフェオンが跳び込んだ事でフィルネスにとって想定外の事態が起きたのかもしれない。


 「本当に、二度と失いたくなかった。」


 川に落ちて死にかけた経験もありこれで二度目だ。イオは申し訳なさから身を縮め項垂れた。


 「ごめんね、アル。」

 「今度やったら許さないよ?」


 諭すアルフェオンに解ったと、イオは頬を色付け深く頷く。けれどこれで良かったのかと些か心配にもなってしまった。これでは予定が外れたとフィルネスが暴れ出すのではないだろか。街が焼かれ人が傷付けられるのは見たくない。


 「フィルネスのアスギルに対する愛は、怖いわね。」

 「君に対する独占欲もあったのではないかな。」

 「アスギルのお気に入りだから?」


 弱いから守られているけれど、信頼関係や絆の面でいえばアスギルとフィルネスの繋がりは強固だ。アルフェオンは意味深に笑うと早々に話を打ち切った。


 「夜が明けたら戻ろうか。王都からさほど離れていなければいいんだが―――」

 「カーリィーンって訳はないわよね?」

 「それはないよ。カーリィーンならどこも雪解けはまだ先だ。」


 小屋周辺の気候は王都に似ている。勿論他国にも同じような気候の場所はあるが、イクサーン国内であるのはほぼ間違いないとアルフェオンは予想していた。


 その予想通り、二人がいたのは都からほど近い森だった。夜が明け猟師小屋を出ると早朝から狩りに向かう男に出くわし道を尋ねれば、休みなく歩けば夜には都に入れる距離だと教えられほっとする。勿論教えてくれた猟に出かける男性の足に合わせてなのだが。


 兎に角前に進むしかない。森近くの村で馬を手に入れると二人で背にゆられながら進む。途中休憩を入れながらも馬を利用できたお陰で陽が傾く前に都の門を潜ることが出来た。


 二人は迷わず城に出向き昨日の事情を知る者等に驚かれながらレオンのもとに向かうが、二人の戻りを聞き付けたイグジュアートが驚くほどの快足で姿を現しイオに抱き付く。そのまま勢いに任せ後ろに大きく倒れるのをアルフェオンが支えてくれた。


 「本当に嘘じゃないよな。てっきり俺は―――っ!」


 イオの胸に顔を埋めて涙を流すイグジュアートをイオは謝罪の意味も込めしっかり抱きしめた。暫くそうしているとレオンの方が二人を見つけやってくる。レオンがイオ達の前で足を止めてもイグジュアートはイオの胸に顔を埋めて離れようとはしなかった。


 封印に呑まれ助けるのは困難な状況であった。多くの犠牲を出したフィルネスの本気に応えるしかなかったレオン達としては、無理矢理モーリスに封印の解除をさせる訳にもいかない。けれど封印に呑まれたイオとアルフェオンを必要な犠牲だったとしてあきらめられる訳もなく。何とか方法がないかと検討している矢先に、心配の対象が二人仲良く馬で舞い戻って来たという。来るのを待てず慌てて駆けつけてみると、イグジュアートがイオの胸に顔を埋めて離れないこの有様だ。一気に肩の力が落ちる。


 「お前は寛大だな。」


 愛する女性が目の前で他の男を胸に抱き止めているのだ。イオにとってイグジュアートが恋愛対象でないと解っているにしても、少しは嫉妬などしないのだろうかと横目で見やれば、アルフェオンは肩を竦めただけだった。


 


 *****


 「死んでなかった?」


 フィルネスを封印した後の出来事を聞いたアルフェオンは僅かに目を見開き、イオははっとして口元を押さえる。


 「君には心当たりがある様だな。」


 腕を組んで長椅子に背を預けるレオンに説明を求められ、イオはこくりと頷いた。


 レバノの封印の地でフィルネスが手にかけた人間の数は少なくない。流れた血も臭いも本物で、脈がないのも確認済みだった。出てしまった犠牲に項垂れながらも尽力した兵士たちに敬意を表し手厚く葬ろうと遺体を運び綺麗にしていた所、運ばれた遺体の全てが脈を打ち息を吹き返したのだ。遺体の処理にあたっていた者等は半分が気絶し、半分は魔法使いの呪いだと騒ぎ出す始末。何を馬鹿なとレオン自身が確認に向かえば彼らは確かに息をしながら青白い顔で眠っていた。


 モーリスに見せると確かに生きているとの事。傷一つないが多くの血を失い極度の貧血でこのまま目を覚まさず再び死の床につく可能性もあるという。あの場に流れた血は紛い物ではなく確かに彼らの物だったのだ。そうすると死ぬか生きるかの瀬戸際だろう。


 「どうすれば助けられる?」


 イオの様子からして答えを持っているに違いない。促すと少し云い難そうにしながらもイオはすぐに口を開いた。


 「掃除はアスギルに任せろって、フィルネスが。」

 「掃除?」

 「フィルネスは口が悪いですから。」


 フィルネスが真に望んだのはこれだったのだろう。イオはゆっくりと息を吐きながら緊張した体を椅子に預ける。


 疲れた、本当に疲れた。

 こっちは死ぬ覚悟だったのにこの状況は何だ? 悪い魔法使いを演じるだけ演じて、何の用だかイオまで封印に巻き込んでおいて弾きだされた。レバノの地に落とされなかったのは彼らに敗北感を与える為だろう。はなからイオを巻き添えにするつもりはなかったに違いない。魔力を解放したフィルネスの恐ろしいまでの美貌は悪役にはもってこいだとイオは思う。


 「アスギルに始末をつけさせるつもりか?」


 悪い話じゃないが、やはり闇の魔法使いであるアスギルにそれを頼むのには躊躇する。レオンは小さく唸り考え込んだ。


 「フィルネスはアスギルの弟子ですから、師匠が弟子の尻拭いをするのは当然だとでも言いたいんじゃないでしょうか。」


 悩むレオンにイオは投げやりに答えた。フィルネスには振り回されっぱなしで、命まで賭けさせられた今は深く考える余裕がなかったのだ。


 「アスギルが始末をつければ、次に賢者と呼ばれるのはアスギルになるのか。」


 おかしな話だと眉間に皺を作り前髪をかきあげるレオンを見ながら、イオは「賢者…」と小さく呟いた。


 そうか。アスギルに生きる場所を作る、それこそがフィルネスが最後に残したかったものなのだろう。忠誠ではなく無条件で手を貸す存在と生きる場所。イオもアスギルには生きる場所が必要だと思うし、そう出来ないかと考えていた。彷徨うアスギルの帰る場所がイオのもとならいいと。けれど長い時を生きるアスギルにはイオだけでは不足で、その先をどうするべきかと悩んでたのだ。


 「レオン様、わたしお屋敷を出ます。」


 一同の視線がイオに注がれた。ことさらレオンの視線は様々な問いに満ちている。


 「長くお世話になりましたが、何時までもあのお屋敷をお借りする訳にはいきません。色々な問題があるでしょうが、どうか我儘をお聞き届けください。」

 「それは―――あのせいか?」


 気にしているらしいレオンに、イオは安心させるように違いますと力なく微笑みながら首を振った。

 アスギルに命を救ってもらったその副作用で得てしまった彼の記憶。イオを助ける為だったとしても知られたくない場所まで知られてしまうのだ。葛藤もあったに違いない。それでも助けてくれたアスギルに何を返せばいいのか、何が出来てイオ自身は何がしたいのか。ずっと心に引っかかっていた答えがようやく掴めた様な気がしていた。


 「アスギルとも家族になりたいんです。その為にはレオン様のお屋敷では何かと不都合があると思って。王家としてもアスギルを放っておくより見守れた方が安心なのではないでしょうか。」


 フィルネスがしでかした事件はアスギルだけの為にやった事だろう。今はそれにより魔法使いが更に疎まれるやもしれない状況に置かれている。魔法使いの地位回復、アスギルを認めて欲しい。イオはそんな想いでこの件を口にした。


 「今回の事、アスギルに頼んでみます。その時にアスギルと家族になりたいって話すつもりです。断られても引っ張りこみます。だからイクサーンもアスギルを信じて下さい。」


 レオンにアスギルを疑わないでと訴える。イオの後見人であるレオン。イオを手の内に取り込みたいイクサーン王家の思惑は、同時に手に負えない魔法使いであるアスギルを穏便に飼いならしたい筈だ。利用されるなら利用されるふりをして望みを叶えるのも悪い手ではない筈だ。


 「アルとイグも、お願い。」


 自分一人の問題ではない。大切な二人に頭を下げるイオに、アルフェオンとイグジュアートは微笑みながら勿論だと頷いた。二人にとてもアスギルは大切な人だ。確かにアスギルは闇の魔法使いかもしれないが、過去にとらわれ過ぎるのも良いものではない。しかも何百年も昔の、伝説になる様な時代の話ではないか。彼らにとってもアスギルは闇の魔法使いではなく、少し変わった頼りになる魔法使いと位置付けられている。


 レオンは思案するが、アスギルに関わる問題ゆえにレオン一人の決済でどうにかしていいものでもない。けれど眠り続ける者やフィルネスに焼かれた街をアスギルにどうにかできるなら、それを間近で見てみたい思いは強かった。屋敷を出て行かれるのは辛いが、確かにアスギルをレオンの屋敷で匿う訳にもいかない。闇の魔法使いという事実も問題だが、あれほど力の強い魔法使いを、王族を退いたとはいえレオンが囲っていると他国に露見すればいらぬ腹を探られかねないからだ。


 王と話してどうにかしようと立ち上がったレオンの視界に、イグジュアートがイオの肩にそっと手を置いて顔を近付ける様子が入り込んだ。


 「所で、あのせい(・ ・ ・ ・)って、何?」


 イグジュアートの碧眼が冷たく細められ、その視線がイオからレオンに向けられた。








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