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心の鎖  作者: momo
終章
97/100

決着




 血の色を映し込んだイオの瞳から涙が零れた瞬間、アルフェオンの内に例えようのない怒りが沸き起こった。


 いついかなる時も穏やかで冷静でいるのが常であったアルフェオンが感情的になるのは稀だ。特にこの様な場面で感情のまま動くのは自分だけでなく周囲を危険に曝すと考えるより先に理解しいてる。それなのに今は全てを忘れ、フィルネスの腕に捕われ涙を零したイオを前に湧きおこった怒りを止めようとすら思えなかった。


 こんな思いをさせる為に離れたのではないと、泣かせたフィルネスを心底憎いと感じる訳の分からない想いが溢れだす。剣を抜き制止の声も完全に無視して目の前の敵に跳びかかった。


 フィルネスは片腕に抱いたイオを盾にするようにしてその場で笑っている。そのフィルネスの胸をアルフェオンの剣がイオを掻い潜って貫いた。


 ぐっと押し込まれた剣。すぐ側で怒りに燃える見知らぬ男の姿にイオは驚きで目を見開く。怒りに燃えるのは何時も穏やかにイオに向ける瞳。なのに今は表情は冷たく怒りに燃え鋭く光る眼光だけがアルフェオンの内情を映し出していた。


 「てめぇ如きが俺様に敵う訳がねぇんだよ。例え何遍なんべん生き返ったとしてもな。」


 貫かれたフィルネスは痛みに呻くでもなく、それ所かそれはそれは楽しそうに美しい顔を崩していく。


 「私に預けるのではなかったのか?」


 底冷えするほど低いアルフェオンの声に、イオはフィルネスを剣で貫く目の前の男はアルフェオンではなく別人だと感じた。


 「ごねるのが親心ってもんだ。」

  

 胸を貫かれながらも「そうだろう?」と笑って同意を求めるフィルネスはけして友好的ではない。アルフェオンの意に反し、押し込まれた剣が徐々にフィルネスの肉体から押し出されて行く。


 「何故このような行いを!」


 真っ先に剣を向けたアルフェオンに続いて前に出たレオンが剣を抜かずに声を上げる。

 そう、誰もが知りたかった。なぜフィルネスがこんな事をするのかを。


 「てめぇらがなぁ~んも学んでねぇからだ。解っちゃいたが、あまりの無能さに反吐が出る。」


 ずるりと引き抜かれた剣ごとアルフェオンは後方へ吹き飛ばされ、イグジュアートを巻き込んでようやく勢いを止める。剣によって貫かれたフィルネスには傷一つ残っていなかった。


 「彼女は関係ないだろう!」

 

 アルフェオンが上げた声にフィルネスは嬉しそうににたりと意地悪く笑った。


 「流石に一人は退屈だ。馬鹿な女は面倒だが嫌いじゃない。」

 

 口汚いフィルネスの言葉にイオははっとした。

 どうして、何故と疑問ばかりが巡っていたが間違いない。きっとこれがフィルネスのやり方なのだ。


 アスギルを放っておけないフィルネスがアスギルの為にすることは、例え人の道に反していたとしても彼の為になると信じた事ばかりだ。口汚くもアスギルに関わる事となると面倒見が良過ぎる。フィルネスにとって世界の中心はアスギルで、そこに連なるものには解り難いが彼独自の愛情を示すのがフィルネスという魔法使いだ。けして良い魔法使いとは言えないが、それでも彼がアスギルに向ける瞳は何時も真面目だった。


 どうしよう、アスギルを残してなんていけない。でも―――と、イオは究極の選択を迫られる。


 「フィルネス―――」


 一人は退屈だと言ったフィルネスに顔を向けると、恐ろしい美貌で微笑まれた。きっとイオの考えなんてお見通しだ。馬鹿女と罵りながら、イオがそれに気付くだけの要素を持っていると解っているのだ。


 面倒だと長い生を結界に閉じこもり過ごしたのは、フィルネスの正直さが表れた行動だったのだろう。偶然にも王太子が結界を解いたかもしれないが、きっと偶然じゃない。アスギルとの約束もあったからではないだろうか。『狂ったら殺してくれ』と願ったアスギルの言葉は以来フィルネスを縛り続けている。


 「殺したの?」


 血の臭いも動かない人たちもみんな本物なのかと意味を込めればふっと鼻で笑われた。


 「掃除はアスギルに任せとけ。」 


 それってどっちだと思うが、フィルネスからは答えが返ってくる様子はない。イオは大きく息を吐き出し決心して腹をくくった。

 これがフィルネスのやり方なんだと、強引過ぎる悪い魔法使いにもう恐れは抱かない。ただフィルネスが願うなら彼一人に押し付けて良い問題じゃないような気がしたのだ。


 残していく大事な人たちに心の中で『ごめん』と謝る。アルフェオンとイグジュアートの名を声を出さずに紡ぐと二人の瞳が揺れた。


 「レオン様っ、剣を抜いて下さい!」


 イオが声を上げると、助けを求められたと感じたレオンが剣を構えた。


 「モーリスさんお願い、レオン様の剣で闇の魔法使いを封印して!」


 その為にある宝剣。封印に魔力を注ぐ為に用意されたイクサーンで一番の結界師。その他は見届け役といった所か。イオの知らぬ近衛や騎士らの口から今日の出来事は洩れ伝わる。


 イオの言葉にレオンは碧い瞳を驚きに染めていた。理解したのはモーリスの方が先で準備を進めている。戸惑うレオンにイオは更に声を上げた。


 「レオン様、あなたはその為にここにいるんです。」


 剣を抜くのは間違いじゃない。フィルネスの腕に抱かれ頷くイオの様子にレオンは苦痛に顔を歪ませ、対するフィルネスは失笑した。


 「糞餓鬼、やるなら本気で来い。俺は世界がどうなろうが知ったこっちゃねぇんだ。」


 徐に差し出されたフィルネスの掌の上で炎が渦巻く。まき上がる炎が風を呼びフィルネスの長い黒髪とイオの煌めく銀色の髪を空に漂わせ、掌の上の炎は瞬く間に巨大化していった。


 「心を決められよ騎士団長、あれを放たれれば被害は我々だけに止まりませんぞ。」


 その為に宝剣を手にしここにいるのだとモーリスがイオの言葉を受けぐが、レオンは柄を握り締めたまま動けなかった。


 フィルネスを封印することに躊躇はある。だが世界を盾に取られれば乗らない訳にはいかなかった。けれど剣を振り上げられないのは、フィルネスが片腕に抱くイオのせいだ。本当につれて行くつもりなのかと、何故イオを巻き込むのかと決断が下せない。

 

 レオンが迷う間にもフィルネスの作りだした炎は大きさを増し、鍾乳洞内の冷たい空気が熱く熱気を帯びていた。


 「レオン、剣を。私が役目を果たそう。」


 イクサーンの国民の為ならイオの命を犠牲にする。その決断が下せるハイベルが横に並ぶと同時にレオンは剣を握り直して炎に跳び込んだ。


 「彼女は置いて行けっ!」


 地を蹴ったレオンをアルフェオンとイグジュアートが追い、ハイベルがイグジュアートを捕まえるがアルフェオンはすり抜けた。


 「やめろレオン!」

 「騎士団長っ!」


 アルフェオンとイグジュアートからの制止がレオンを追うが止められない。

 剣を構え飛び込んだ先にあるフィルネスを串刺し鍾乳石に縫い止める。レオンの突き立てた剣が朽ちて脆くなった封印を上書きするかに硬い鍾乳石に飲み込まれ、モーリスの放つ魔法が後を追った。


 剣を軸にフィルネスが放ちかけた炎ごと鍾乳石に呑まれて行く。片腕に抱いたイオも一緒だ。イオを救うべく伸ばしたレオンの腕が空を掻くが、追い付いたアルフェオンの腕はイオを捉え同じくのまれた。


 二度と、二度と目の前で失ってなるものか―――

 引きずり込まれる草色の衣と金色の髪。見知らぬ記憶がアルフェオンの脳裏をかすめた瞬間には、封印に呑まれるフィルネスを―――イオを追って跳び込んでいた。


 失うのを恐れ迷いなく跳び込んだ世界。

 濃い霧の立ちこめる真っ白の世界は音がなく何も感じない。それでも大切な人の温もりを求め必死に手を伸ばしたアルフェオンの指先に何かが触れる。触れたそれを必死に手繰り寄せ、腕の中に閉じ込めけして放さないと力を込めたが、そこでアルフェオンの意識は遠のいた。


 遠退く意識の中でアルフェオンの頭に直接声が届けられる。


 『ほんっとてめぇはしつけぇな、******。』

 











 *****


 残されたのは巨大な鍾乳石に突き立てられた宝剣。

 この日の為にイクサーン王家に受け継がれ続けた、闇の魔法使いを封印する目的でレオンが引き継いだ剣だ。

 闇の魔法使いを封印した賢者として湛えられるフィルネスを貫き、レオンは剥き出しの剣を握り締めたままその場に膝を付き蹲る。

  

 レオンにも、そしてハイベルを始めとする者達にも解っていた。これがフィルネスのやり方なのだと。

そして世界を盾に取られては従う他なかったのだと、フィルネスが作りだした巨大な魔力の炎を前に剣を抜かざるを得なかったレオンは硬く瞼を閉じる。

 


 解かれた封印の噂は日に日に広がり収拾がつかなくなっており、いずれ他国をも巻き込む結果になっただろう。アスギルの存在もどこまで隠せるか解らない。だからフィルネスは街を襲い、闇の魔法使い復活を印象付けた。そうして再び闇の魔法使いを封印させれば、再度その噂は広がるだろう。ただイクサーン王国としてはそれだけの為にフィルネスを身代りには出来ない。だからこそフィルネスは自らの手で多くの血を流し封印させる理由を与えたのだ。ここで封印しそこなえば更に被害は広がる。アスギルと違いフィルネスは狂ったのではなく己の意志で始めた。慈悲深い魔法使いでもない。彼に限って中途半端で止めはしないだろう。

 

 けれど、どうしてそこにイオを巻き込む必要があったのかとレオンは幾度も問いかける。一人では退屈だというなら自分がイオの代わりになりたかった。どうしてイオを犠牲にしなければならないのか。犠牲になる覚悟を決め剣を向けろと命じるイオにも悲しくなる。そしてフィルネスを、イオを犠牲にした自分が許せず、悔しさと喪失感から立ち上がる事が出来なかった。

 それだけではない。イオを救う為に跳び込んだアルフェオンも同時に結果に呑まれてしまったのだ。生まれた国は違えど共に剣を学び、命のやり取りをした親友。二人の結びつきを知っていた筈のレオンにはこうなる事が予想できた筈なのに止められなかった。


 「イオを助ける!」


 イグジュアートが鍾乳石に上り、突き立てられた封印の剣をレオンから奪う様にして引き抜こうとする。けれどただ石に挿し込まれた剣ではない。びくともしない様に業を煮やしたイグジュアートがモーリスを怒鳴り付けた。


 「封印を解け。解いてイオとアルフェオンを連れ戻せっ!」

 「封印を解けば闇の魔法使いも共に現れる。世界を崩壊に導く存在をみすみす開放する訳にはいかない。」


 モーリスは冷静に血に濡れた地面を見渡しながらイグジュアートに言い含める。転がる死体がフィルネスの本気を物語っていおり、怒りと悲しみのやり場を失ったイグジュアートはレオンの隣で唸り声を上げると頭を抱えて蹲った。


 





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