焼かれた街
王都からキクルに向かう一行は二手に分かれた。
先を行く能力のある少数と、国一番の結果師であるモーリスを守りながら彼が操る馬の速度に合わせて進むもの。当然アルフェオンとレオンは先を行く。
キクルに着く頃にはすっかり日は暮れ辺りは闇に包まれていた。闇に舞い散る小雪が頬をすべる。そんな闇と小雪が舞い散る空間にどういう訳か白い薄っすらとした霧が立ち込め辺り一面を包み、すべてを隠匿するかに取り囲んでいた。
視界を遮断する霧の中を進むと、魔物から街を守る石の壁が崩れ去っているのが目に入る。それを皮切りに焼け落ちた街の様子が視界一面に広がった。
ぱさりと起きた羽音に居合わせる全員が首を向けると瓦礫の中に転がる死体がうつり込む。死肉をついばむカラスが人の気配を警戒し羽ばたいた様だ。何もかもが崩れ焼け落ちた惨状に誰もが顔を顰め、ある者は口元を覆う。
焼け出された遺体がそこかしこに転がり残酷さを醸し出していた。けれどこの光景にアルフェオンは別の意味で顔を顰め問う様に呟く。
「何かおかしくないか?」
悲惨な光景を注意深く眺めていたレオンもアルフェオンの言葉に同意し頷いた。
「確かに―――何かが変だ。」
焼かれた建物や残された遺体の惨状。どちらも目撃した経験はある。けれど何故か目の前の光景に二人は違和感を感じてならなかった。
「なぁアルフェオン、これは気温のせいか? 死臭がしない。」
キクルが闇の魔法使いに襲われたという知らせが届いたのは今朝だ。報告だけではらちが明かないので直接確認に来たのだが、焼け落ち転がる遺体からは臭いが漂って来ない。雪がちらつく気温だが昼間はそれなりに温かかった筈。どういう訳か霧まで出ている。
「それに焼け落ちた臭いもない。」
目に映る光景は何が起きたのか如実に語っているのに、感じる筈のものを感じない。
「どうだアルフェオン、魔法の気配を感じるか?」
本当に魔法による焼き打ちか、人の仕業か。魔法が使われているならアルフェオンが持つ力でそれと解る筈。問われたアルフェオンは大きく頷いた。
「感じるよ、わざとらしい程に魔力の残骸が残されている。」
結界師にしろ魔法使いにしろ、魔法を使えば痕跡が残る。触れる程近くに寄れば魔法を使われずとも相手の魔力を感じるが、今アルフェオンが身に感じるそれは肌を寄せるよりも更に強い魔法の痕跡。アルフェオンが的確に感じ取ることのできない痕跡はアスギルの魔力くらいのものだ。
「これはアスギルではない。」
「闇の魔法使いの仕業ではないという事か?」
「アスギルをそう呼ぶのであれば違うな。だが惨劇をもたらす者をそう呼ぶのであれば、これは闇の魔法使いの仕業だろう。」
誰の仕業か。アルフェオンは神経を研ぎ澄ませ漂う魔力を探る。
何処かで感じた事のある魔法の痕跡。けれど上手く掴めないのは目の前で感じたものではないという事なのだろうか。ただアスギルのものでないのだけはわかる。感じる魔力もそうだが、アスギルなら魔法を使った直後にしか魔力の残骸を残さないからだ。
小雪がちらつく霧の中、漆黒のカラスが羽音を立てるのを視界に収めたアルフェオンは、ふと殺気に似た何かを感じ腰の剣に手を伸ばした。アルフェオンの様子に何かあるのかとレオンも身構える。
「私達は街道を逸れずに進んで来たはず―――」
「ああそうだが―――そういえば遅いな。」
なかなか追いついて来ないモーリスを捜すかにレオンが後ろを振り返り、アルフェオンは霧に包まれた闇空を仰ぎ見ると、革の手袋を外して掌に雪を乗せた。小さな白い結晶は掌の温もりで瞬く間に水へと変化する。
「これは魔法を使った後の残骸じゃない。今まさに魔法が行使されているんだ。」
辺り一面に漂うのは魔法を使った後の残骸ではない。そして本物の雪が舞い下りるこれは結界でもなく、今まさに魔法によって幻覚を見せられているのだとアルフェオンは気付く。
「目に見える光景は偽物だ。」
アルフェオンの言葉に「偽物?」とレオンが繰り返し眉間に皺を寄せた。
「アスギル以外にいったい誰がこんな手の込んだものを作り出せるというんだ?」
街全体を再現し、焼け落ちた光景を複数の人間に認識させる魔法なんて聞いた事もない。レオンらを認識して羽ばたくカラスすら紛い物だというのか。
しかし焼け落ちた街であるというのに灰の臭いも、焼かれた人の肉や死臭すらも全くしないのだ。季節や気温のせいにするには多少無理がある。遺体を調べる部下からは疑問の言葉は上がらないのは魔法が精巧過ぎるからなのか。それ程精巧に幻覚を見せるなら何故嗅覚には訴えかけなかったのだろう。
キクルの街に目くらましの術をかけているのか、その場合もともといる筈の住民がどうなったのかなどアルフェオンやレオンには解らない。頼みのモーリスは単に歩みが遅いだけであるのかそうではないのか到着が遅れている。
疑問が渦巻くが、レオンはアルフェオンの言葉を疑いはしない。しかしアスギルでないならいったい誰がと考えを巡らせた時点で二人は視線を合わせ、同時にその名を上げた。
「フィルネス―――」
「フィルネス殿が?」
いったい何のために?
悪戯にしてはたちが悪過ぎるし、本気なら何が目的なのか。大きな不安が押し寄せた。
*****
目の前で忽然と消えた護衛対象と美貌の魔法使い。あれが世界を闇の魔法使いから救った賢者なのかと複雑な心境を抱きながらラウルは城へと走った。途中イグジュアートとすれ違い声をかけられるが無視して走ると、異変を察知したのか後を追って来た。走りながらラウルはそういえばイグジュアートとあの魔法使いは似た容姿をしていると頭の隅で感じつつ、振り払うようにして王の居住区を潜ると近衛でもなく通行許可もないイグジュアートは衛兵に二人がかりで引きとめられていた。
「イオに何かあったんだろう、教えろよ。俺はイオの弟だっ!」
遠く聞こえた叫び声にラウルは立ち止る。王命により護衛についた娘が闇の魔法使いとされる男のお気に入りであるのは報告を受けずとも解っていた。そして王家と、賢者と語られる魔法使いフィルネスの血を引く者であることも。
そのイオの弟だと叫んだ騎士にラウルは振り返る。発言の意味する所を理解しているのか、振り返ったラウルをイグジュアートは無言で睨みつけていた。
疑いつつ後戻りし衛兵にイグジュアートを解放するよう命じると声を顰める。
「事実か?」
「いや―――」
そうじゃないと首を振るイグジュアートに時間が惜しいラウルは一瞬殺意を覚えそうになったのだが。
「正確には従姉弟。フィルネスがいうには母親たちが姉妹なんだ。」
従姉弟―――どちらにしても血の繋がりがあるという事かとラウルは思案した。
イオと従姉弟という言葉が偽りだとしても、先程見たフィルネスとイグジュアートには容姿に関して共通点があった。しかしイグジュアートには出生の秘密があるため、この話が本当ならただでは済まない。
「陛下の御前にでるぞ。覚悟があるのか?」
「勿論だ。イオに何かあったんだろ?」
「フィルネス殿に攫われた。」
フィルネスに? と、イグジュアートの表情が曇る。
どうしてフィルネスがイオを攫うのか。闇の魔法使いがキクルを焼き払ったのと何らかの関係が?
「わかった、一緒に行く。」
「ならついて来い。」
あいつというのが誰か特定できない以上、候補となり得る人物をみすみす捨て置くのも惜しいラウルはイグジュアートを伴い主を目指した。
闇の魔法使いを封印した地レバノ。城から望む山、かつては鍾乳洞であった場所に存在する。その封印が解かれたと噂が立ち出したのは最近の話ではない。実しやかに囁かれはしたが信憑性もなく、原因不明だが力の強い魔物の減少も手伝い民の間では軽い気持ちで封印に近付く輩も多く出ていた。一種の度胸試しの様なものだ。
封印に通じる道も封印そのものも口の堅い者等に硬く守らせ秘密を漏らさぬ様にはしていたのだが、いつかは洩れるのが秘密というのもだ。突然現れた漆黒の魔法使いによってキクルの街が焼き払われたという知らせはレバノの封印が解かれた噂と結び付けられ、噂に踊らされた民は恐れに慄いた。生き残った少ない目撃者が近くの村に逃げ込み、そこから騎士団に連絡が入ったのが早朝。キクルに置いた詰所にいる筈の騎士とは連絡が取れなくなっている。
アスギルを信用しようとした矢先の出来事だ。キクルの焼き打ちが本当に闇の魔法使いの仕業なら、アスギルが大事にする娘にも何らかの動きがあるやもしれない。ラウルは国王ハイベルによりイオの見張りを更に厳重にするよう命じられたのだが、現れたフィルネスによってその身をあっさりと奪われる大失態を犯してしまった。
ハイベルは跪き首を垂れたラウルを前に低く唸る。ラウルを責めているのではない。相手が賢者と崇められるフィルネスならラウル一人で対処できる筈がないと解っているからだ。それよりもイオを手の内にとどめ置き損ねた現状にハイベルは頭を抱える。フィルネスにとってイオが特別で攫う程に必要な存在なのならどうして今だったのか。連れ去る機会はいくらでもあった筈だ。
「誰を指すのか―――」
『あいつ』というのが誰を指すのか。アスギルなのか、他の誰かなのか。あまりにも不確かな言葉にハイベルは眉を寄せた。
フィルネスがアスギルに用があるというならこんな回りくどい事をする必要はないだろう。それとも暴挙を止める為にイオを攫ったのか。そもそも何故『あいつ』をフィルネス自身が呼ばないのか。声をかければ誰であろうとフィルネスに従いレバノに向かう。あるいは『あいつ』に該当する不特定多数の人間をその足でレバノに来させようとしているのか。その必要性は何だと考え込むハイベルに「恐れながら」と跪くラウルから声がかかった。
「この件に関するかどうかは図れませんが、陛下のお耳に入れておくべき事柄が。」
「申せ。」
「レオン様の屋敷に身柄を置く例の者が、彼女との血縁を主張しております。」
「何だと?」
ハイベルの碧眼が鋭さを増す。
「あの娘の、か?」
再度確認するとラウルは首を垂れたまま深く頷いた。
「連れてきておるのか?」
「フィルネス殿の伝言にあたる可能性を考えまして。」
「よい、通せ。」
ハイベルの言葉にラウルは頭を下げると早足で戻り扉を開く。扉の向こうで待っていたイグジュアートはイクサーン国王を前に堂々と前へ進み出ると片膝をつき首を垂れた。
扉が開かれた瞬間よりイグジュアートを観察していたハイベルは、筆頭となる近衛一人とラウルを残し人払いをした。イグジュアートの出生を知る者はそれなりにいるが、そのイグジュアートがイクサーン王家に繋がる血筋を持つとなると些か面倒な事態になるからだ。
「面を上げよ。」
目の前で跪くイグジュアートにハイベルが顔を上げるのを許すと、誰もが羨む美貌が曝される。先日の騎士叙勲の時にはこれ程近くで顔を見はしなかった。あれがカーリィーンのと、奇数な運命を憐れみながら凛とした佇まいに明るい未来を望んでやりたいとハイベルは願ったのだが。
こうして見るとただ美しいだけではなく確かにフィルネスの面影がある。しかしあちらは神がかりだがこちらは人間らしい人としての許容範囲においての美貌で、碧い眼差しは強く若さに溢れていた。
「そなたの主張を証明するものはあるのか。」
「騎士団長に伺っていただければ。」
イグジュアートの言葉にハイベルは「レオンめ」と苦々しく顔を顰めた。
遠い昔に離れてしまった王家の血筋を証明など出来る筈がない。けれどレオンに授けられたイクサーンの宝剣は初代国王の血を引く人間にしか帯刀できぬ代物だ。レオンが知っているという事はそれが扱えたという事だろう。イグジュアートの言葉だけを信じる訳にはいかないので今すぐ確認を取りたかったが、残念ながら宝剣を持つレオンは都を不在にしている為そうはいかない。
ハイベルは玉座を降りイグジュアートの手の届く位置にまで移動した。慌てたイグジュアートはさっと首を垂れ直す。
「この主張が命を脅かすと知ってか?」
「私は陛下に忠誠を誓ったイクサーンの騎士。カーリィーンは無関係に御座います。」
騎士の叙勲ではイクサーンの国王に剣を捧げた。イグジュアートにとってハイベルが尊敬に値する国王かと問われればそうではない。単に異国の王の一人というだけだ。けれど自分を庇護してくれる存在でもある。そしてカーリィーンとの絆を断ち切る手助けをしてくれているのも確かだ。それだけの理由だがイクサーンにイオやアルフェオンと生き続ける為に忠誠を誓った。忠誠をささげる意味も理解し、形だけではなく一人の人間としてイクサーンで生きて行く為に誓ったのだ。
「予が死ねと申せばそなたは死ねるか?」
「―――イオを助けた後でなら。」
死ねと―――本気で命じられる可能性はある。企めばカーリィーンとイクサーン両王家の継承権を主張し反乱を起こすのは不可能ではないのだ。もともとは死ぬ運命だった、殺される覚悟はある。ただしイオを救い出してからでないと了承できない。
ハイベルは硬く強張りながらも己の主張を曲げない年若い騎士の肩に手を乗せた。
「その主張、二度と口にするはまかりならぬ。口外すれば命はないと思え。」
「心得まして御座います。」
イグジュアートの答えにハイベルは頷くと事の次第をレオンへ伝えるべく伝令を出し、自らはレバノの封印へ向かうべく準備を進めた。




