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心の鎖  作者: momo
七章 眠れる冬
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闇の復活




 アスギルから与えられた記憶は大まかに掻い摘んで伝える事は出来たが、イオが感じた機微については口にするのは躊躇われた。


 ほんの小さなものがどんな切っ掛けになるかも知れない。これまでに取り戻した魔法使いに対する信頼がイオのいらぬ一言で粉々に砕けてなくなってしまう可能性もある。


 きっとアスギルは大丈夫だ。けれどそれが何時までなのか、長い時を償いに生き続けようとしているアスギルを永遠に支えて行く事の出来ないイオには解らなかった。これから先アスギルが誰かに忠誠を誓う事はないだろう。彼の愛した血を見守り続ける役目は放棄しそうにないが、力を利用される事はけしてない。それでもたった一人生き続けて行くであろうアスギルには失った物に代わる何かの支えが必要なのだ。


 今はイオという受け入れてくれた存在。けれどその後はどうなるのか。


 渡せないままになっているローブを眺めていたイオは、それを箪笥の奥へとしまいこむ。アルフェオンとイグジュアートは仕事に出て一人取り残された屋敷。広いお屋敷にたった一人で残されても孤独はないが、それはここが家族となった二人が帰って来てくれる場所だからだ。けれどもともとはレオンの所有する屋敷、何時までもここにいる訳にはいかない。きっとアルフェオンやイグジュアートもそれを解っていて言いだす機会を窺っているのだろう。

 もうすぐ温かい春を迎える。イオの体調も戻り仕事もこなせるようになった。頃合いなのかもしれないと思いつつ、久方ぶりにモーリスの教えを請いに彼を訪ねると、屋敷の前には大きな馬車がとまっていた。

 モーリスの屋敷を誰かが訪ねて来るなんて珍しい、イオが目撃するのは初めてじゃないかと僅かな好奇心を抱きながら馬車を避け敷地に入り込むと、モーリスが左右前後を取り囲まれる様にして歩いて来るのが見えた。


 急用だろうかと立ち止り道を開けて近付くのを待つと、囲まれる様にして歩くモーリスは眉間に深い皺を寄せており、怒っているのが一目でわかる程に苛立ちを露わにしている。こんな風に感情を露わにしているモーリスも初めてで驚いて立ちつくしていると、モーリスは「急用ができた」とだけ不機嫌そうに吐いてイオを残し馬車に乗り込み何処かへ行ってしまった。

 引きこもりのモーリスが嫌な顔をしながらも大人しくついて行く所を見ると王様関係だろうか。もしそうなら関わりたくないなと、イオは温かくなり始めた外気の中で身を震わせてから目的地を変更する。


 向かうのは街の中心、借家を紹介してくれる斡旋所だ。場所が解らないので騎士団の詰所に寄ってクライスにでも聞いてみよう。彼がいなくても見知った誰かいるだろうと軽い気持ちで街に出た。レオンの屋敷を出て生活していくには住む場所が必要になる。置かれてしまった立場を考えると後見人の手の内から簡単には出してもらえないだろうが、家賃の相場など下調べしておいても無駄にはなるまい。


 しかしながら向かった先の扉は固く閉ざされていた。

 騎士の詰所、街の治安を守るために設けられたそこは常に開放されていていい筈である。その扉に鍵がかけられているのはどうした理由か。念の為扉を叩いて人を呼んだが返事はない。全員が出払っているようだし、この様子から待っていてもすぐに人が戻ってくることはないだろう。何か変だと首を傾げながらイオは来た道を戻って行った。



 夕方になるとすっかり冷え込んでちらちらと小雪が舞い散る。近頃は暖かい日が続いたので余計に寒く感じ早めに暖炉に火を入れ部屋を暖めた。この冬最後の雪になるのだろうかと薪を取りに外に出て戻ってくると、アルフェオンが馬から降りる姿が目に入る。馬で屋敷に乗りつけるなんて初めてだし、帰宅時間にしては早い。イオは何かあったのだと悟って抱えた薪を放りだし駆け寄った。


 「急だがキクルに向かう事になった。」

 「キクル?」


 聞き慣れぬ名に首を傾げると、王都から南に三刻ほど馬を走らせた場所にある街だと教えられる。


 「戻りはあす以降、もしかしたら長くなるかもしれない。イグジュアートは居残りだが、もし何かあれば城を頼るんだ。」

 「どうして、何があったの?」

 「大丈夫だよ、安心して。」


 城を頼れとはどういう事だと詰め寄るイオに、アルフェオンは安心させようと笑顔を向けるがごまかされない。


 「城を頼れなんて言われて安心出来る訳ないじゃない。いったい何があったのか説明して!」


 モーリスは渋い顔をして急用だと四方を囲まれいなくなった。街では騎士団の詰所に鍵がかけられている。そしてアルフェオンの言葉。これまでにもレオンに同行して暫く家を開ける事はあったが、馬で屋敷に乗りつけたり城を頼れなんていってきたのは初めてだ。


 「イグジュアートも正騎士になった。急な任務に出る事もある。」

 「そんなのわかってるわ。でも頼るのがモーリスさんやサリィじゃなくてどうして城なのよ?」

 「イオ―――」

 「言って!」


 イオはアルフェオンの胸倉を掴んでぐっと引き寄せる。身を屈めたアルフェオンは眉を寄せ考える様に目を閉じてから、観念してようやく口を開く。


 「闇の魔法使いがキクルの街を焼き払ったと報告が入ったんだ。」

 「―――!」


 息を呑んだイオはアルフェオンの胸倉から手を離し口元を覆う。


 「うそ……」

 「これから事実確認に向かう。レオンもだが、モーリス殿も同行するんだ。」

 

 王の右腕だが既に引退したモーリスまでかりだされる現状にイオは横に首を振った。


 「アスギルじゃないわ。」

 「ちゃんと確認して来る。」

 「アスギルじゃないからっ!」


 声を上げ取り乱したイオをアルフェオンは引き寄せ胸に抱いた。ぐっと力を込めて抱きしめ、耳元で囁く。


 「大丈夫、アスギルじゃないってちゃんと確認してくるから。」

 「アルっ―――!」


 アスギルじゃない、アスギルにはそんな事をする理由がない。

 イオの震える手がアルフェオンの服を強く掴んだ。




 *****


 キクルを襲った魔法使いがアスギルか否なのか。呼び出して直接問えばすぐに解るのにそれだけは出来なかった。


 呼んで来なければ不安が募る。けれど来てくれた時それを問えばアスギルはどれ程傷付くだろう。

 結果はアルフェオンが持ち帰ってくれる。レバノの封印が消え闇の魔法使いが開放されたのではないかという噂は徐々に広まり、興味を引かれた輩が封印の確認に向かったりしているそうだ。そのお陰で最近のレオンは特に忙しそうにしていた。封印が解かれたのは極秘、彼らを追い払うのに騎士団も手を焼いているらしい。そんな闇の魔法使いの噂に乗じて悪事を働いている魔法使いがいるのかもしれない。それに街を焼くのは魔法以外にも手段はあるのだから、首謀者が魔法使いであるとも限らないのだ。


 アルフェオンが去った後イオは冷静を保とうとしたができなかった。放りだした薪を拾い暖炉に入れ、そのままの状態で何も手に付かずイグジュアートの帰りをじっと待つ。窓から外を窺えば辺りはすっかり暗くなっていた。アルフェオン達はもうキクルに到着しているだろうかと暗闇を眺める。


 何時もなら帰宅していていい時間になってもイグジュアートが戻って来ない事に不安ばかりが募る。一つの街が焼き払われ闇の魔法使いに疑いがかかっているのだ。新米ではなく正式な騎士となったイグジュアートにも何らかの役割が振り当てられ、そのせいで帰れなくなっているのだろうか。


 不安に押し潰されそうになったイオは外套をはおり外に飛び出そうとしたが、扉を開くと行く手を一人の男が遮る様にして立っていた。驚いたイオは息を呑むが、出口を塞ぐ男に見覚えがあり悲鳴を押し込める。


 「外は危険だ。事態を呑みこんでいるなら大人しくしていてくれ。」

 「あなた―――もしかしてあの時の?」


 男の声に記憶がよみがえる。イクサーンからの追手に襲われたときに助けてくれた人だ。この男がいなければイグジュアートはとどめを刺され息絶えていただろう。そしてイオが真冬の川に落ちたのをアルフェオンと一緒になって川に飛び込み助けてくれた人。


 ずっとお礼が言いたかったが会う事すらかなわなかった彼が突然目の前に現れイオは言葉を無くす。外に出るなと厳しい視線を向ける彼に気押され無意識で一歩下がると背中が誰かにぶつかり、目の前の男…ラウルが腰の剣に手をかけ警戒を露わに身構えた。


 他に誰もいない筈の室内。いったい誰だと振り返ると絶世の美貌の主がイオを見下ろしていた。


 「フィルネス?」


 名を呼ぶと同時に後ろから腹に両腕を回され拘束された。


 「あいつ( ・ ・ ・)に伝えろ。」


 赤い唇が弧を描き銀色に輝く瞳がラウルを捕らえる。剣を手にしながら僅かにも動けぬ彼は魔法による拘束を受けていた。


 一歩も動けないラウルを前に、フィルネスの片手がイオの腹からゆっくりと体の線をなぞりつつ顎へと齎される。魔法による拘束を受けていないイオであったが、狂気となり得る美貌を間近にさらされ竦み上がり、自分が何をされているのかすら解らなくなっていた。


 「取りかえしたくば封印の地に来い―――ってな。」


 迫り来る銀色の瞳は鋭利な刃物となってイオを抉る。これは誰だと、見知らぬ視線が迫り冷たい唇がイオの唇を閉ざした。 


 アスギルと皇女の最後がイオの脳裏に描き出される。

 命を奪われる―――フィルネスに殺される?


 皇女の命を吸い取ったアスギル。その光景が今まさに自分とフィルネスに重ねられた。


 いやだ、死にたくないと逃れようとしたが意識はそのまま遮断される。

 抗っても抗いきれない力がイオを包み込んで離さなかった。







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