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心の鎖  作者: momo
七章 眠れる冬
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結末

 



 サリィが来てくれたお陰か、この日イオは休み休みしながらも久し振りにちゃんとした夕食の準備が出来た。食べた量は健康な時の三分の一にも満たなかったが、きちんと食べることを思い出したイオにアルフェオンとイグジュアートは何も言わず温かい笑みを向けてくれる。


 久し振りにまともな食事ができたが長く立っていることが困難なため、使った皿の片付けはイグジュアートがやってくれることになった。居間に残ったイオにアルフェオンが食後のお茶を振舞ってくれ、彼が腰を下ろした所でイオはサリィと話して知りたくなったそれをアルフェオンに訊ねてみる。


 「アルはカーリィーンの王様に死ねって言われたら死ねる?」


 何を突然とアルフェオンは瞳を瞬かせるが、飲みかけたお茶を置いて体ごとイオに向け当然とばかりに頷いた。


 「勿論だよ。」


 身分を放棄し、そして剥奪されていようとアルフェオンはカーリィーンの騎士、その忠誠は今もカーリィーン国王のもとにある。けれどあの国を離れて一年半たつのに、迷いなく答えたアルフェオンにイオは顔を顰めた。


 「突然、何の理由もなく死ねって言われても?」


 本当なのかと疑問に溢れるイオに、アルフェオンは勿論だと同じ答えを落とした。


 「当然その理由はお訊ねするが、それに納得がいってもいかなくても命令なら従うしかない。忠誠を誓った時に命は差し上げてある。その命をどう扱うかは陛下次第だ。」

 「理不尽だって思わないの?」

 「そういう相手なら忠誠を誓っていない。」


 カーリィーンという国は魔法使いにとってあまりにも住みにくい世界だが、カーリィーン国王はアルフェオンにとっては忠誠を誓うに相応しい相手であった。たとえアルフェオンの初恋の人を処刑台に送りつけた相手であったとしてもだ。


 「置いて行かれる人たちはどうなるの?」

 「イオ?」

 「―――わたしは、どうなるの?」


 こんな質問をしたのは自分に結び付ける為じゃなかった。けれど迷わず死ぬと告白したアルフェオンにイオは腹が立ち、同時に悲しくなってしまったのだ。


 淡い紫の瞳からぽろりと一滴、涙が零れ落ちる。真実だけを的確に述べたアルフェオンは答え方を間違えたと知り、イオの隣に席を移して優しく背を撫でた。


 「陛下は信頼に足る御方だ、理不尽な要求を突き付けたりはしない。」

 「でも、もし前みたいに追手が来てカーリィーンに連れ戻されたりしたら? いくら王命があったとしてもカーリィーンでは魔法使いに人権なんてない。」


 額に焼印を押され嫌でも従属させられる。闇の魔法使いがつくり出した魔物のお陰で、魔力を込めた剣がなければ魔物を倒す事が出来ないと解っているのに弾圧を繰り返す。そんな世界でイグジュアートが生かされたのは奇跡だ。最後にイグジュアートをアルフェオンに託した王の判断は正しいが、それは国王一人の考え。王の周りはそう思っていないからこそ追手が差し伸べられたし、王が愛し、アルフェオンの初恋の人であるイグジュアートの母親は処刑された。


 「そんな事にはならないよ。イグジュアートの存在はなかった事になっている。ないものを捌くなんてできない。」


 どうしてもと望むなら残る手段は闇に葬るだけだ。


 「本当は何を聞きたかったんだい?」


 今のイオの悩みはカーリィーンに連れ戻されたりアルフェオンが処刑されたりといったものではない筈だ。改めて質問を求めるとイオは僅かに躊躇しながらも真っ直ぐアルフェオンの目を見て口を開いた。


 「カーリィーン国王を殺せるかどうか。」


 遊びでも口にしてはならない言葉を耳にしたアルフェオンは再び虚をつかれる。


 「それは―――出来ないよ。」


 驚きと緊張で詰まった息を吐き出しながら答えると更にイオの攻撃が続いた。


 「王様にわたしやイグが殺されても?」


 悪戯に質問しているのではないのは瞳に宿る真剣さでわかっている。同時にイオが求めているであろう答えもだ。

 暫く考えてからアルフェオンは本当に辛そうにして首を振った。

 何かを掴み取る為に求められているのに、自分やイオにとって都合のいい上辺だけの答えを口にすることはできない。アルフェオンの中にある真実を求められている限り、調子の良い答えは出せなかった。


 「出来ない。」


 絞り出した答えにイオは堪えていた息を吐きだす。


 「騎士の忠誠心ってすごいのね。」


 理解できないとばかりにイオは顔を背けるが、その後にアルフェオンが続けた言葉に驚いて振り返らされてしまう。


 「後を追うよ。」


 見上げるととても強い眼差しがイオを見下ろしていた。


 「もしそんな事になったら私もすぐに後を追うから。」


 進撃な瞳だ。偽りのない突き進んで来る鋭い瞳。

 カーリィーン国王に誓う忠誠と、イオやイグジュアートに見せる誠実さ。両方を備えたアルフェオンの本心に恐怖すら感じたイオは心を震わせた。

 

 「ならないわよ?」


 カーリィーンに戻っても国王自らなんて絶対に起こらない。辛い答えを求めてしまったと申し訳なさに眉を寄せたイオは、どこにも行ってしまわぬようにとアルフェオンの腕を掴んだ。


 「ごめんね、アル。」


 酷い事を聞いてしまったと後悔するイオにアルフェオンの優しい眼差しが注がれる。


 「いいよ。この程度で君の中の答えが手繰り寄せられるなら幾らでも。」


 とても近い位置で淡い紫と茶色の瞳が重なり合う。二人の間に保たれ続けた程良い距離などとうに失われていた。アルフェオンはイオの銀色の髪をすくうようにして指を絡め顔を寄せ、それに合わせる様にしてイオの瞼が落とされようとした時、差し込まれていたアルフェオンの指がイオの髪からするりと抜け出し甘い気配が立ち切られた。


 「アル?」


 イオが首を傾げると同時に扉が開き、扉を開けた本人はイオとアルフェオンの近過ぎる距離に一瞬ぎょっとなった。


 「えっと……邪魔した?」

 「ちっとも!」


 イオの上げた声が僅かに上ずり、アルフェオンがふっと笑いを漏らす。


 「アルっ?!」


 酷いと苦情を込めて呼べば笑いを堪える様に口元に手を当て「ごめん」と謝られ、何故か苦情を上げたイオやイグジュアートまでも失笑してしまう。


 久方ぶりに訪れた和やかな雰囲気だった。




 *****


 小さな灯りだけが頼りの薄暗い部屋で、イオはアルフェオンとイグジュアートに挟まれ横たわっていた。ここ最近の決まった定位置だったが、今日を最後に戻すべきだと結論付ける。


 サリィに聞いてもらったからなのか、別の事柄に意識が向いたせいなのか解らなかったが、今夜のイオは闇を恐ろしく感じていなかった。


 史実が間違いでなければ闇の魔法使いは、アスギルはルー帝国皇帝を殺した。けれどそれが何時なのかイオには解らない。皇女が皇帝に組み敷かれ唖然と立ち尽くした後なのか、更なる悲劇の後にかは知らないが、あの皇帝の治世が長くは続かなかったのだけは事実。サリィの予想は正しい。


 十八代皇帝を恨むのは間違っているのだろう、現実にイオが悲劇を被った訳ではないのだから。けれどアスギルの目を通じてイオが見知った皇帝は、素晴らしい治世を行いはしているが残虐な心根の持ち主であるという事実だ。治められる国民にとっては素晴らしいが、犠牲となった皇女とアスギルの無念さを思うと恨みの感情しか湧かない。


 イオは恐怖をルー帝国十八代皇帝への恨みへと変化させ、両隣りに横たわる二人の手を強く握り締めた。


 「イオ?」


 イグジュアートが身をよじらせ横たわり、心配そうに碧い瞳を揺らす。イオは唇に弧を描くと淡い紫の瞳を細めた。


 「沢山心配かけてごめんなさい。わたし、もう大丈夫だから。」

 「なんか、笑顔が黒いんだけど?」

 「わたしはわたしだって気付いたからかな?」


 言葉の意味が解らず首を傾げるイグジュアートを置いてイオは反対に向き直る。そこには難しい表情をしたアルフェオンがいた。


 「サリィを連れて来てくれてありがとう。それで、サリィから聞いた?」

 「女同士の約束だからと口を割ってくれなかったよ。」


 話しても構わないといったのにサリィは頑なに約束を守ってくれたようだ。荒唐無稽すぎる話だったからかもしれない。それでもサリィはイオの言葉を疑ってはいなかった。そんなサリィに友人という言葉を思い出す。思えば初めての存在かもしれない。


 「皇帝は、どうしてあんな人間になってしまったのかしら―――」


 ぽつりぽつりと独り言のように話しだす。そうしてどこまで話したか理解する前にイオは睡魔に襲われた。


 アスギルの世界が動きだすと心を引き締めながら眠りについたイオだったが、その後夢として湧きあがるアスギルの記憶はとても曖昧で不鮮明なものだった。


 挑戦的でありつつも憎しみの篭った青い瞳を向ける皇帝は、数々の命令をアスギルに下す。その度アスギルは皇帝の命令に忠実に従いながら心を痛め、イオは抱きしめてやれない不確かな己に癇癪を起した。


 不鮮明な記憶の中で確かな存在はいつもあの皇帝だった。けれどある時、とても小さな温もりに出会いそれが何かを知ったイオはアスギルと共に息を呑んだ。


 青と赤の瞳。アスギルとシャナ皇女の……愛するミモスの瞳をもつ小さな命を胸に抱いたアスギルの動揺は計り知れないもので、けれどとても暖かだった。温もりを掻き抱きアスギルはこの時初めて何が起きていたのかを思い出し、イオの中にその記憶が入り込んで来る。


 兄である皇帝に虐げられ続ける皇女は幾度となく自害を試み、阻止され続けた。魔法使い全盛の時代、皇女の命を救う術はいくらでもあったのだ。そんな皇女は自害を止めるアスギルに救いを求めた。アスギルを相手に選んだのは必然か偶然かは解らない。けれどアスギルは助けを求められ悲嘆に暮れるまま皇女を愛しい人と錯覚したまま抱き、皇女にはアスギルの子が宿り、子は皇女の尊厳となった。


 皇女は赤子をアスギルに託し、それ以降姿を消した。皇帝が隠したのだ。皇女の身を案じつつもアスギルは皇女の行く末を追わずに皇帝に従い続ける。そうすればミモスもシャナも傷付かないと思っていたのだ。けれどそれは大きな間違い。


 イオはアスギルの体を借りて地下へと続く階段を下りて行く。暗闇に閉ざされた空間はどこまでも続き、感じない筈の異臭をイオは感じ取る。


 そして光も届かぬ隠匿された地下牢でイオが、アスギルが見つけたもの。襤褸を纏った何かが暗く湿った床に生えた苔を必死でむしり取り口に運んでいた。


 骨と皮だけになりミイラと変わらぬ姿をしたそれは、かつては誰よりも輝きを放つ美姫であった皇女。頭髪は剥げ落ち残った髪もべたついて固まりとなっていた。抉れた腹に削げた胸、頬はこけ落ち瞳は落ちくぼんで光をうつしてはいない。曲がった顎に苔を食む口には歯が一つも見当たらなかった。


 皇女が死んでいないのは気配に感じていた、けれどこの様な生かされ方をしていようとは夢にも思っていなかったのだ。


 アスギルの口が皇女の名を叫び腕に引き寄せ胸に抱く。咽び泣きながらひたすら謝罪を口に乗せ涙を流すが、骨と皮だけとなった皇女は床に生えた苔を求めるばかりでアスギルの存在など感じてはいなかった。


 生きているのが不思議な屍、魔法によって命だけが繋がれていた。


 アスギルは硬く引き攣った皇女の唇に己の唇を重ねる。空気の抜ける様な音を出していた皇女だったがやがてそれも鳴り止むと、アスギルに口付けられたまま穏やかに鼓動を止めた。アスギルの手で、皇女の息の根を止めたのだ。


 アスギルは皇女の遺体を埋葬するとその足で皇帝の枕元に立ち、忠誠を誓うただ一人の人の約束を守るため、ルー帝国十八代皇帝の頭部を迷いなく粉々に吹き飛ばした。イオはその残忍な場面を目を反らさずしっかりと目に焼き付ける。これがアスギルのルー帝国における最後の記憶。


 

 愛しい人の為に輝ける世界を永遠に守り抜こうと、純粋過ぎる心が導き出した結果だった。








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