聞きたくない
生い茂る草木に身を隠し息を潜める。
連れている馬も利口でアルフェオンの命令通りに膝を折ると、鼻息だけは荒く皆と同じ方向に濡れた黒い瞳を向けていた。
間もなくカチャカチャと鐙や剣が何かに触れる音がイオの耳に届く。
草木の隙間から遠くに見え隠れするのは、カーリィーン王国の制服に身を包んだ騎乗の騎士たちだった。
こんな魔物の住まう深い森まで追ってくるなんて異常だと思う。だがアルフェオンとイグジュアートは彼らがそれ程までに執拗にならざるを得ない存在なのだろう。
イオはごくりと唾を飲み込んで二人の横顔を垣間見た。
知りたくはないが―――彼らはいったい誰なんだろうと危険な興味が沸き上がる。
追手が通り過ぎた所でイオは疑問を口にした。
「あの人達、イクサーンまで追いかけてくるの?」
もしそうなら逃げても無駄なのではないだろうか? 緊張のせいか声が掠れてしまう。
不安気なイオにアルフェオンは首を振って大丈夫だと肩を叩いて励ました。
「イクサーン側でカーリィーンの騎士が剣を振るう訳にはいかない。イクサーンは魔法使いへの弾圧を繰り返すカーリィーンを良く思ってはいないから亡命してしまえばこっちのものだ。」
「でも…相手も馬鹿じゃないんでしょう?」
「ああ、ここまで追ってくるとは思わなかった。向こうも必死だ。」
魔物の討伐で森に入ってもそこで夜を明かしはしない。追手である彼らも、自分たちと同じ数だけこの危険な森で夜を過ごし生き延びたのだ。
彼らの中にも結界を張れる魔法使いがいるのだろうか? もしそうでないならあの騎士達は相当のつわもの達なのだろう。
予想外の出来事に正直驚かされ彼らの執拗さに奥歯を噛み締めていると、今まで沈黙を貫いて来た意外な人物の声が耳に届いた。
「何が何でも私を処分したいのだろう。」
久方振りに耳にするイグジュアートの声にイオは驚く。
淡い紫の瞳を見開いて凝視されたイグジュアートは自虐劇な笑みをイオへと向けた。
彼が浮かべる笑みは例えどんな笑みだろとその美貌をさらに引き立てる。
「私はカーリィーン最大の汚点、なのだそうだ。」
「何ですか、それ?」
カーリィーン最大の汚点って意味が解らないが、アルフェオンが押し黙っている辺りからすると彼らにとってそれは当たり前の様だ。ただ理解できないイオは一人首を捻る。
「卑しい魔法使いが王家王族より生まれ出るなど言語道断、汚点以外の何物でもないと言った所でしょう。」
イオの疑問に答えるかにアスギルが口を開き、その言葉に驚いたアルフェオンは腰の剣に手を伸ばした。
直ぐに剣を抜かなかったのは、ここに来るまでに害を成す敵であるとは思えなくなっていたからだ。それでも剣に手が伸びたのは、怪しい魔法使いを信用しきっている訳ではないからだろう。
「お前はいったい何者だ?!」
「ですから、ただの魔法使いです。」
二人の険悪なムードにも気付かず、イオは両手で頬を包んで身震いした。
「やだっ、何よそれっ!!」
王家王族…聞きたくもない言葉だ。とんでもない事に巻き込まれると思った瞬間、イオは恐怖で震えあがった。
自分自身が魔法使いと言う厄介な立場であり、今でさえこんな状況なのにこれ以上厄介事はご免だ。うすうす感じていても否定し続けてきたのに…
「なんであなたにそんな事わかるのよっ!」
アスギルの勘違いだとイオが恨めしそうに睨みつけると、アスギルは素直に持論を展開し出した。
「彼の指輪に刻印があり、作りから家紋と伺える。そして魔法使いであるにも関わらず彼には所有印がない。亡命するのであれば身元証明の為に指輪が必要になるので捨てられなかったのでしょうが、所有印を付けられなかった所からすると、彼は王の直系なのでしょう。魔法を封印されているのも魔法使いである事実を隠すためでは?」
そんな分析頼んでないと大声で叫びたい。
湿度が高くじめじめした森だったが、今この瞬間だけは背中に悪寒が走った。