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心の鎖  作者: momo
七章 眠れる冬
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陰り



 好きって、本当に?


 冗談をいう人じゃない。誠実な人だというのは一緒に過ごした時がこれでもかと解らせてくれていた。それでも本当にと疑ってしまうのはあまりに出来過ぎていたから。


 もしかしたら願望が見せた都合のいい夢だったんじゃないかと思う。けれど夢でないのは帰路で何度も頬を摘んで確認していた。何をしているんだと抓って赤くしてしまった頬を、アルフェオンが苦笑いしながら撫でてくれが、もしかしたら夢も痛みを伴うんじゃないかとすら思う。


 ずっと好きだった。いつからか解らないけれど好きだった。アルフェオンに関わる事で幾度となくもやもやとした感情が湧き上がったが、それらが彼に近付く女性に向けての嫉妬だったのだと気付かされる。


 嬉しくて、幸せだった。本当に受けてしまっていいのだろうかと躊躇してしまうが、断りたくなんてないのだ。これが間違いだったとなると一生立ち直れない気がする。


 イグジュアートが正式に騎士となり、イオは目指す治癒魔法を身につける。イグジュアートの叙勲は決まっているが、イオの目指す治癒魔法はまだまだ先が長そうだ。うかうかしていたら一生かかっても無理かもしれない。最近ではすっかりおざなりとなっている勉強を頑張らなくてはと気合いを入れて、アスギルの記憶があるのだという事をふと思い出した。


 「もしかしなくてもこれって……アスギルが後押ししてくれてる?」


 きっとアスギルは天才だ。過去に失われた言葉や数多ある異国の言葉や文字を理解しているだけでなく、医師すら驚くだろう医学の知識を身につけているのだ。その全てがイオに恩恵をもたらしている訳ではないが、アスギルの記憶のお陰で脳内まる写し状態。不正といわれると言い返せないが、何もしていないのに多くの知識を得られるとは本当に素晴らしい。つい先日は怖くて脅えたが、心が浮足立ち脳内お花畑中のイオには脅えなど忘却の彼方。都合良く忘れ去っていた。


 こうなれば後は魔法を使いこなせるかどうかの問題だ。魔力は膨大だが引かれる程に素質がなくても絶対に何とかするぞと気合を入れる。あとはモーリスにどれほど罵倒されてもめげない精神を持つだけだ。素敵な未来が待っていると箒を手にくるりと回った所で、怪訝にこちらを眺めている碧い瞳と目があった。


 「レオン様っ!」

 「随分楽しそうだな。」

 

 どうしてこんな所にと浮かれて乱れた姿勢を正し、何時からいたのだろうと挙動不審であった己の動きが恥ずかしくて頬を染めた。


 「この様な場所に足を運ばれるなんて珍しいですね。」

 

 騎士団内とはいえ、騎士団長が宿舎周辺をうろつくのは珍しい。イオが勤め出しては初めてではないだろうか。


 「偶然通りかかっただけだ。何かいい事でもあったのか?」


 レオンは仕事に余裕ができたので、イオがどうしているのか様子を見に来たのだとは正直に話せない。一人で微笑んでは赤くなったり真剣に考え込んだり、また赤くなって嬉しそうに顔をほころばせ、箒を相手に踊り出す。悪い事ばかりが起きていただけにイオの機嫌がいいのはレオンにとっても喜ばしく感じられる事だった。


 「えっと、それは―――」


 なのにレオンの言葉にイオは口籠る。俯き加減で視線を彷徨わせるイオにレオンは首を傾げたが、イオはちらりとレオンを見て気まずい雰囲気を漂わせていた。


 イオは思いもよらないアルフェオンからの告白にすっかり舞い上がっていた自分が恥ずかしかった。好きな相手から同様の愛情を向けられるというのはとても幸せで心が温まる事だった。過去の恋愛では好き合った同士であっても望めない未来に辛い気持ちが勝ってしまって浮かれるなんて出来なかったのだ。だからこそ初めての経験に周りがまったく見えなくなってしまってた。

 そこに現れたのがレオンだ。

 夏のあの日、レオンはイオに想いを告白してくれた。応える事が出来なくて逃げ出そうとしたイオを捕まえ非礼を詫び、頭を下げてくれた。生まれや身分の垣根を超えて純粋な想いをぶつけてくれた人。その想いに応えられなかったのに、あれからあまり時を経ずしてのアルフェオンからの求婚に浮かれていた自分が浅ましく感じられ、イオは上手く言葉を出す事が出来なくなってしまった。


 「あのっ……」

 「もしかしてアルフェオンから告白でもされた?」

 「えっ!」


 言葉を濁すイオに軽く、本当に軽くレオンが確信を突く。驚くイオに「なんだ、そうなのか」と、レオンは首の後ろを掻いて一度視線を外してからゆるく笑った。


 「おめでとう。」

 「―――どうして?」


 どうして解ったんだと驚くばかりのイオにレオンは歩みをると、徐に指を伸ばして頤を掴み親指でイオの唇をなぞった。


 「君は解り易い。」

 「―――っ!」


 唇を辿られたイオはあの日を思い出して赤くなるが、レオンから欲情の色は伺えない。逃げないイオにレオンは笑いかけると、後ろに束ねた銀髪を一房すくって揺らした。


 「もっと早くに告白すると思っていたが、アルフェオンも思った以上に慎重な奴だったのだな。」

 「あのっ、わたし―――」


 後ろめたさを感じて箒を握り締める。言葉を捜すイオにレオンはゆっくりと首を横に振った。


 「私を気にする必要はない。」


 好きか嫌いかで答えるなら好きだ。けれど最初に好きになった切っ掛けが父王よりの命令であったというのがレオンにとっての後ろめたさ。立場もある、何より目の前の女性はレオンを一度としてそういう対象として見てはくれなかったのだ。足掻くより今の関係のままでいいと思っている。


 「君にとっては意に沿わぬ行いだったろうが、初めてをもらえただけで満足だ。」


 悪戯っぽく言えばあの出来事を思い出したらしく、イオはぱっと顔を上げて頬を染めた。けれどこれはレオンに対して照れているのではなく、キスされたという事実に対してだけの感情だ。これ以上揺さぶっても可哀想だと、微笑みを真面目な物に変えて淡い紫の瞳を見下ろした。


 「イオ、君は何時もアルフェオンを見ていただろう? 不安な時はいつも真っ先にアルフェオンの胸に飛び込んで安心を求めていた。君がアルフェオンしか見ていないのは出会った時から解っていたんだよ。それを解っていての想いだ、無理を通すつもりは毛頭なかった。それに私は惚れた娘の幸せを願える程度には出来た人間だと自負しているんだが、信じられないか?」


 レオンが僅かに身を屈め近付けばイオは視線を泳がせ、けれど最終的にはもとの場所に舞い戻って来た。


 「わたしには勿体ないお言葉です。お気持ちを本当にありがとうございました。」


 とても幸せな一日だった、自分の身に起きている現実をすっかり忘れてしまう程に。


 イグジュアートに伴われ帰宅したイオは、早速イグジュアートの為にとマントの制作にかかる。全ての時間を割くことはできないので生地を裁断し待針を打ってから箪笥にしまった。それから夕食の準備にかかると、外で自主訓練に取り組んでいたイグジュアートが冷気を伴い台所に入って来る。


 「随分と冷え込んできたみたいね。」

 「雲が出ているから暗くなるのも早い。雪が降るかな?」

 

 汗を拭うイグジュアートに湯を張った桶を渡すとその場で上半身裸になって体を拭い始める。冬場は火を使う台所が一番温かいので風邪を引かせなためにもそうしてはと提案したのはイオだったが、細かった身体つきが日に日に鍛え上げられていく様を目の当たりにして、恥ずかしさにあえて視線をやらない様にしていた。それを知ってか知らずかイグジュアートはイオの隣に立ち、ぐつぐつと煮える鍋を覗き込む。


 「美味そう。味見したい。」

 「いいけど、この前みたいに一食分食べてしまわないでよ?」


 先日は味見と称して焼きたての肉をぺろりと平らげてしまったのだ。いつも多めに作っているので沢山食べて貰ってもいいのだが、イグジュアートの味見はほうっておくと手が止まらずそのまま食事を終えてしまいそうな勢いなのでそれはやめて貰いたかった。家族三人揃って食事の席につきたいのだ。


 「いつもと味が違うような気がするけど、やっぱりイオの料理は美味いな。」


 湯気の立ち上る熱いスープを匙ですくって口に入れるイグジュアートは本当に美味しそうに頬を緩めたが、何時もと違うという一言にイオははっとする。


 「味付けるの忘れてた!」


 イオは慌ててイグジュアートが手にした匙を借りるとスープの味を見る。やっぱり、肉と野菜の味しかしない。


 「美味しいだなんて…味が付いてないわよ。」


 お世辞を言っている風には見えないイグジュアートの態度にイオは口を尖らせるが、対するイグジュアートはきょとんとしている。


 「本当に美味いよ。味はカーリィーンにいた時に出されていた食事と似てるけど肉も野菜も柔かいし、筋っぽくも、もさもさした感じもない。凄く美味いよ。」

 「えっ、あ、そ…そうなの。なら、懐かしい味っていうのかな?」


 柔かいし筋っぽくないから美味しいとの言葉にイオは焦りを覚えた。

 

 何時も美味しい美味しいと何を出しても喜んで食べてくれるイグジュアートに、流石に絶賛される様な腕じゃないからと苦笑いを漏らした日もあった。魔法使いであるせいで、世継ぎが生まれなかった場合の万が一として秘され育てられたとしてもやはり王の庶子なのだ。それなりの教育を受け、それに相応しい食事を口にして来たものとばかり思っていたが、どうやらそれはイオの思い込み以外の何物でもなかったらしい。

 煮込んでも筋ばった硬い肉にもさもさした野菜の皮。何の味付けもされていないスープばかりを口にしていたのだろう。そのような味しか経験がないなら、ほんの少し塩で味をつけただけでも絶品と称賛されてもおかしくない。イグジュアートは自分が知らぬ場所でも虐げられていたのだ。胸が痛くなる出来事にイオは唇を噛みながら塩や胡椒に生姜といった調味料で味を調え、匙ですくってイグジュアートの口元に持って行った。


 「これならどう、何時もの味になったかしら?」

 「うん、美味い。何時もの味!」


 イオが差し出した匙に直接口付け破顔する。そんなイグジュアートを苦い思いを抱えたまま至近距離で見つめ、深みのある碧い瞳に釘付けになった。


 「なに?」


 イグジュアートが首を傾ける。ああ、この色と仕草はアスギルの愛した人のものだと、ミモスと呼ばれた少女の姿が脳裏に蘇ったと同時に、その姿が裸で寝台に組み敷かれた成人女性のものへと変化した。


 「っ!」


 息を呑んだ拍子に手にした匙を取り落とす。イグジュアートはそれを拾い上げてからイオの肩に手を伸ばした。


 「なにか見えた?」


 けして慌ててなどいない穏やかな声かけ。

 碧い瞳が大丈夫だと安心させるようにイオを覗き込み、激しく打ち始めた鼓動をゆっくりと治めてくれようとしていた。イオはイグジュアートの瞳を見つめながら幾度となく息を吐き出し、たった今見えてしまった光景に飲み込まれまいと己を保つ為にイグジュアートの服をしっかりと掴む。


 「なにが見えた?」


 落ち着いて来たイオにイグジュアートは同じ質問を繰り返す。けれどイオはこんなことをイグジュアートには話せないと無言で首を横に振った。


 「大丈夫?」

 「ええ、大丈夫よ。酷い顔してる?」

 「うん、真っ青。」


 息をついたいイオはイグジュアートから手を離すと顔色を隠すかに両手で頬を包み込んだ。


 「アルフェオンになら話せる?」


 心配そうに覗き込むイグジュアートの瞳が寂しげに揺れていて、イオは条件反射の様に首を振る。


 「よく、覚えてないから説明できないの。」

 「そう?」 


 それならしょうがないけどと、イグジュアートは拾い上げたままになっていた匙を洗い場に放り投げた。


 「思い出したら教えて。これまでみたいに話した方が楽になるよ。」

 

 解ったと頷いたが、解り易いと何度も何度もいわれるイオの隠し事なんてお見通しなのだろう。それでも追及して来ないイグジュアートの大人な対応に、イオは感謝しながらも胸に渦巻く不快感を押し留めるのに必死だった。

 





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