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心の鎖  作者: momo
五章 闇にむかう
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そしてここにも




 「イオ、大丈夫か?」

 「アル―――」


 蒼白になり頭を抱えたイオをアルフェオンが心配そうに覗き込んでいた。大丈夫と答え、落ち着くからと渡された茶器に口をつける。


 「どうしてわたしという人間が存在するのかを考えたら―――」


 小刻みに震える手をアルフェオンが握り締めてくれる。どうしてこんなに怖いんだろう。恐ろしい使命を押し付けられた訳でもない。それなのに不安でたまらないのだ。


 「アスギルについては続きがある。同時にイオについても重大な事実が判明した。」


 恐らくそうだろうと予想はしていたが、まさかこういった形で公になるとは思っていなかったレオンは、肩にかかる圧を抜く様に息を吐く。


 「闇の魔法使いを封印した魔法使いの一人にフィルネスという男がいる。彼は闇の魔法使いと同じく肉体の時を止める力を持ち、長くイクサーンを守り続けてくれた魔法使いだが、ある時より表舞台から姿を消した。その彼がつい今朝方、王太子の目の前で結界から抜け出し現世に姿を現したのだ。」


 到底信じられない様な話だが事実だとレオンは念を押す。


 「そのフィルネスが王太子に魔法をかけ、助かりたくば二代目国王の王女の末裔を捜せと魔法を解く鍵を与えたのだが、大昔に行方をくらまし死んでしまった王女の末裔など捜している暇はない。そこでアスギルを呼んでもらって力を借りようとしたが無理だと断言され、王太子にかけられた魔法を解けるのはフィルネスの血を引いた者だと教えてくれた。アスギルはそれこそがイオだとの証明の如くイオに魔法を解かせ、アスギルの言葉を信じるならイオこそが魔法使いフィルネスの血を引く者だと証明された。同時にそれは我が王家の血を引く者だとの証明にもなる。」


 全てはアスギルの言葉を信じるならと、レオンは最後に付け加えた。


 「そんな訳が……じゃあどうしてイオはカーリィーンなんかに生まれたんだ!」


 声を荒げるイグジュアートにレオンは自分も本意ではない事実だと首を振った。


 マキア王女の末裔が魔法使いを迫害する世界に生まれた理由は解らない。あくまでも憶測だが、迫害される事で無意識に魔力を封印し、大きな力を有する魔法使いであるのを隠して利用される道を閉ざしたのではないだろうか。けれど優秀な魔法使いから同じように優秀な魔法使いが生まれる保証はない。偶然か必然か、どちらにしても巡り巡ってアスギルの側にイオの姿があるのは確かなのだ。


 「証拠なんてどこにもない。」

 「だと良かったんだが――――」


 レオンは宝剣を手に取ると反論するイグジュアートに押し付け、戸惑うイグジュアートに受け取れと命じる。イクサーン王家に伝わる宝剣の意味を正しく理解するイグジュアートは、戸惑いながらも命じられるまま両手を出してそれを受け取った。

 

 「うわっ、軽っ……て、なんで俺に持てるんだ?」


 イクサーン王家の血、初代国王カオスの血を引いていなければ揮う事の出来ない宝剣。それを軽々と手にしてしまったイグジュアートは戸惑い、アルフェオンは驚きに目を見開き、レオンに至っては頭を抱えてその場に蹲った。


 「冗談はよしてくれ―――」


 レオンは脱力し切なく呟きながらも何とか体を起こし、碧い瞳を驚きに染めるイグジュアートに抜いてみろと命じる。イグジュアートは戸惑いながらも言葉通り鞘に触れると、ゆっくりと剣を抜いて掲げてみせた。


 「あの…偽物ってわけ、ないですよね?」


 自分で掲げておきながら冷や汗が伝う。どういう事だと目で問うイグジュアートに此方が知りたいとレオンは剣を返してもらいながら首を振った。


 「同じマキア王女の血が偶然にもカーリィーンに生まれ、時を経てイクサーンに集まったとでもいうのか…まったく解らない。」

 「わたしも意味が解りません。」


 何が起きてるんだと三人の男達をそれぞれ見やるイオに、レオンは苦笑いを漏らして剣を押しつけた。


 「この宝剣はイクサーン王家の血を受けし者にしか抜けないように仕掛けが施されているんだ。その仕掛けを施したのはあの魔法使いフィルネスなのだが……イグジュアートや君がそうやって軽々と持てるという事は、つまりはそう言う事だ。」


 自棄になっているのか。投げやりなレオンの態度にイオはアルフェオンに助けを求める。


 「私には両腕で支えるのすら困難な代物だ。そうやって君やイグジュアートが軽々と触れることが出来ると言うのは、二人がイクサーン王国初代国王の血を引いているという証明でもある。」


 アルフェオンもイオの事は知っていたがまさかイグジュアートまで。同じカーリィーンの中にあっても二人に接点はなかった筈だと考えを巡らせ、けれど二人とも魔法使いだという事実に思い至る。けれど二人の共通点といえばその位だ。兄弟というには容姿が違い過ぎるし、イグジュアートの母親であるセレステアには他に子はいなかった筈。けれどイオの淡い紫の瞳を見ていると、そういえば同じ瞳だったなと、この瞳にセレステアを重ねた事があった過去を思い出した。


 瞳の色が同じだけ、珍しいが特別な色という訳ではない。言い訳の様に心で否定しながらも、目の前にある現実が何処かで二人を結びつけてしまう。


 「だからってどうなるの。まさかカーリィーンの全国民に剣を持たせるとでも? 今更わたし達にも責任を押し付けて闇の魔法使いを退治しなきゃいけないとでもいうの? いいじゃないアスギルはアスギルで。結果はどうあれ王太子様を助けたのはアスギルよ。もうそっとしておいてよ!」

 

 アスギルを、わたし達を―――


 穏やかな生活は望めないのかと声を震わせるイオにレオンは首を振った。イグジュアートまでというショックは大きいが、前例があるせいか立ち直りも早い。


 「重要なのは闇の魔法使いがどうなるかだ。アスギルが君たちの言う通りの人間なら有り難い事この上ないが、やはり王家としては放ってはおけない。だからと言って危害を加えるつもりはないよ。というより無理だろう。眠れる獅子を起こしても良い事なんて一つもないからな。」


 直接対決した訳ではないが、力の差が歴然であるのは経験せずとも解ってしまった。


 「それからイオ、君の進退は私が預かっている。これまで通りに過ごしてもらって構わない。イグジュアートの件は混乱を避けるためにも暫くはこの場だけにとどめておきたいのだが?」


 イグジュアートにイクサーン王家の血が流れているかもしれない可能性は公表しない。それよりももっと濃いカーリィーン王家の血を引くイグジュアートに、これ以上の価値を持たせるのは危険でもあるからだ。カーリィーンにイクサーン王家へ介入する理由を作ってしまうのだけは避けたい。


 「俺はイクサーンの騎士になるって決めています。コネや血筋なんて必要ない。」


 王族の血、ましてイクサーン王家の血なんて必要ない。主張すれば様々なしがらみに縛られるだろうし、そんな大昔の王女の血が本当に流れているかなんて証明しようもないとイグジュアートは訴えた。イクサーン王家に伝わる聖剣が何を示そうとも、拘束された世界から解放されたイグジュアートには関係なかったのだ。


 レオンはイグジュアートの心構えに深く頷き、それからイオを見下ろした。


 「だがイオ、申し訳ないが君の件はいずれ何処からか漏れるだろう。私が後見だというだけでも目立っていたが、王太子を救ったせいでアスギルやフィルネスに関わる存在となると周りは取り込みにかかって来るからな。その時には口車に乗せられ利用されないよう十分気をつけてくれ。」


 王太子を救う場面を目撃していたのは当人の他にハイベルとレオン、それとモーリスだけだ。しかし王太子がフィルネスに魔法をかけられる場面は女官や侍従を始め多くの人間に目撃されている。先の件もあり王太子に仕える女官はイオを快く思っていない分、口止めをしても簡単に滑らせてしまうだろう。いづれそこから嗅ぎつけられるやもしれない。


 表向きは変わらないが、これからイオを見る周りの目が変わってくるかもしれない。それが良い方向へと作用するならいいが、異国から難民としてやってきた娘を良い様に操ろうと目論む輩も出て来るだろう。イオはその時、後見人であるレオンや王家の邪魔になるような相手に引っかかってはいけないという事だ。イグジュアートはともかく、イオは貴族社会の黒い部分をまったく知らないので十分注意する必要がある。


 イクサーン王家の迷惑にならないよう心がけなければ。間違えれば自由な生活は失われてしまう。マキア王女やフィルネスの話が間違いだと現実から目を反らしてもどうしようもない状況なのだ。


 とても重要な話。けれどそれよりも気になる事が一つあった。レオン様と、イオは震える体を叱咤し不安を口にした。


 「本当の所フィルネスは、王女の末裔を捜させたくてファウル様にあのようなことをしたのではないでしょうか。」

 「そうかもしれないが、だが―――」

 

 それはレオンも考えた。肉体の時を止める術を持っていたとしても人はいつかは死ぬのだ。その時の為に闇の魔法使いと戦い葬る為の血を残したのではないのかと。けれどあのように強引なやり方で探す必要はなかった筈だ。あれではまるでフィルネスの方が危険な魔法使いだと印象付けられてしまう。


 口籠ったレオンにイオはモーリスと共に読み進めた禁書の話をして聞かせた。


 「フィルネスが残した言葉からは、悪いのは闇の魔法使いだけではないという気持ちが感じられました。それでも敵わない相手であったのは歴史が証明している。闇の魔法使いが復活してまた過去と同じ状況に置かれた時、その時の為に命が繋がれたのだとしたらわたしはアスギルと?」

 「イオ、そうではない。」

 「だって―――!」


 そうでないならどうしてここに自分がいるのか。単なる偶然で済ませるにはイオは全てにおいて係わり過ぎているのだ。 


 「マキア王女の時代は今よりももっと切実に闇の魔法使いの恐怖に曝されていたに違いありません。なのに世界を救った人を時間が奪って行くんだもの。老いもしない魔法使い相手にただの人間じゃ勝ち目はない。聖剣を継がされた時、レオン様は世界の命運を肩に乗せられて怖くありませんでしたか? わたしはアスギルを殺す為につくられた存在なのでしょうか?!」

 「イオっ!」


 あえて接触しないよう気をつけているレオンに、イオの方から掴みかからん勢いでたたみかける。そんなイオを叱咤し腕を引いて引き寄せたのはイグジュアートだった。


 「そんな訳あるか、俺は押し付けられる運命なんてまっぴらだ!」


 イグジュアートはイオの頭を掴んで鼻先が触れそうなほど顔を寄せ怒鳴り付けた。


 「お前だってそうだろ。俺の事情で巻き込んだけどここに辿り着いたのは意図的じゃなく偶然だ。運命だって言い方もあるかもな。けどさ、イオにアスギルが殺せるのか。力があったとしても俺にだって殺せないよ。いざとなったらアスギルと逃げよう。大丈夫、あいつは絶対世界を滅ぼしたりしない!」


 すぐ側で真っ直ぐに見つめてくる碧い瞳に捉えられる。

 殺される運命にあったカーリィーン国王の落し種。世継ぎが出来るまでの存在として生かされたイグジュアートは死を待つしかなかった所を、王の意向をもってアルフェオンにより救い出された。押し付けられる運命などまっぴらと怒鳴ったイグジュアートの想いがいかほどなのか―――イオは弱い己の心を恥じて俯きかけるが許されず、頭を強く固定されたままじっと瞳を重ねられ続けた。


 綺麗な顔だ、本当に。女性の様に綺麗で―――イオはきめ細やかなイグジュアートの頬にそっと指先を添えた。


 「レオン様―――」

 「―――なんで団長なんだよ。」


 不機嫌に顔を歪めたイグジュアートの子供らしい拗ねた態度を前に、イオはようやく体の震えを治め弱く微笑んだ。


 「前にファウル様のお部屋で見せて頂いた肖像画…魔法使いフィルネスの肖像画ですが、顔立ちがイグにとても似ていたんです。」

 「イグジュアートにか?」


 イオがそうだと頷くとレオンはしばし考えてから顔を上げた。


 「可能性は低いかもしれないが、王太子はすでにお気付きかもしれん。イグジュアートは目立つからな。何かあればすぐに報告してくれ。」


 ファウルの閉ざされた楽園にある肖像画がどれ程の人の目に触れたかは想像しようがないが、そう多くもないだろう。ハイベルとファウルはイグジュアートと直接顔を合わせた事すらない。


 とても長い一日となった。心配や不安は残されたが屋敷に戻って来れて本当によかったとイオは肩の力を抜く。この日はレオンも留まり、ようやく長かった一日が終わりを告げた。




 

 



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