断れない話
攫われる様にして連れて来られた王城で目にしたのは、炎に包まれながらも笑顔を向けるファウルだった。
「いったい何の遊びですか?」
炎にもいくつか種類があって魔法で作り出す物には身を焦がす物、光だけを放つものとに分けられる事を知っているイオは、燃えるファウルに頬を引き攣らせながら側に立つモーリスに尋ねた。
アスギルは大丈夫と言っていたがアルフェオンの怪我について詳しく聞きたかったというのに、問答無用で攫う様にこんな所に連れて来るなんて。こちらの都合などお構いなしな態度には苛つかされる。けれどモーリスの斜め前にはハイベルが、部屋の周囲にはハイベルとファウルを守る近衛が幾人も立っていて圧迫感が半端なく、イオはモーリスに視線を向けた後で背後に立つ、自分を攫った近衛にいったいこれはどういう事だと振り返った。
貴方の主人は随分変わった方ですね!…なんてとても言えない。悲壮感漂う彼を怒らせると腰にある剣で切られてしまいそうだ。モーリスも背後の近衛も言葉を発せず、彼らはいったい何をしているんだとイオは身分のある人たちを周りにして身を縮めた。
「あの……」
戸惑いながら問う様に声をあげると、ハイベルが歩み寄って来たのでイオはそれに合わせて後ろに下がる。が、背後の近衛が邪魔でぶつかってしまった。
「見ての通り王太子がこの有様でな。身を焼きはせぬが、灼熱の炎に取り囲まれこのままでは命が危険なのだが、此方では対処のしようがない。そこでそなたにアスギルを呼んでもらい力を借りたいのだ。」
「えっ?!」
灰色の瞳が真っ直ぐにイオを見下ろす。強く真剣な眼差しに混乱したイオは炎に包まれたファウルとハイベルを交互に見比べた。
真剣な表情のハイベルと、炎の向こうで笑顔を向けるファウル。二人の様子の違いに混乱は更に増す。
「遊んでいるんじゃ…ないんです、か?」
「あれは楽しんでいる様だが、たとえ愚息であろうと今は王太子を失う訳にはいかぬ。個人的な願いだ。どうか聞き入れて貰いたい。」
ファウルのせいで危機感がまったく感じられないが、ハイベルの様子からすると切羽詰まった感じが漂って来る。
「このままだと殿下はどうなるんでしょうか。」
「炎の熱が邪魔して誰も近寄れぬ。水も食物も熱に焦がされ飢え死にだ。」
「飢え死に―――」
ああ成程と、イオは炎の向こうにいるファウルを凝視した。
「どうしてこんな事に。モーリスさんでも無理なんですか?」
モーリスを見やった筈がそれに自ら応えようと炎に包まれたファウルがイオに向かって歩み寄って来て、その体が近付くにつれ炎の熱が届きイオは逃げるように後ずさった。今度は背後の近衛も邪魔をせずに道を開けてくれる。
「力の強さの問題でモーリスでは無理なのだよ。覚えているか、闇の魔法使いを封印した一人である魔法使いフィルネスを。」
「え、ああ、はい。先日はすばらしい作品を見せて頂き、その中にあった修復予定の一枚ですね。」
イグジュアートに似た面差しだったのでよく覚えている。修復が終わったら本当に呼ばれるのだろうかとちょっとびくびくしていたのだ。
「そのフィルネスが姿を現してね。色々と話をしていたのだが、その時に私が彼の不況をかって罰を受けてしまったのだ。」
「火炙りだなんて―――」
なんて恐ろしい魔法使いだとイオは手で口元を覆った。
「炙られてはおらぬ、閉じ込められているだけだ。」
「でもちょっと気に障ったからってこんな―――」
悪徳魔法使いと口にしそうになってイオは慌てて言葉を飲み込んだ。それでもファウルの言っている事が本当なら、力の強い魔法使いにしか解けない呪いをかけて消えるなんて悪人以外の何物でもない。飲食が出来ないなんてなぶり殺しもいい所だ。なんて酷いとイオは眉を寄せた。
「解りました、頼んでみます。」
「誠か!」
歓声を上げたのは炎に包まれたファウルではなくハイベルだ。
これまでハイベルは腫れ物に触るが如くイオに直接交渉を試みて来たがことごとく振られ通しだった。それが炎に包まれたファウルを前にして、イオはこれまでの壁を簡単に壊し交渉などせずとも簡単に頷いてくれた。ハイベルは自分でも思った以上に大きな声を上げてしまい、それに驚いたイオはびくりと肩を震わせ後ずさる。
「あのっ、でもアスギルは食事中なので、殿下さえ宜しければちょっと待って頂けますか?」
「勿論だよ。此方もレオンの戻りを待っている所だからゆっくりで構わない。」
周囲の心配を余所にファウルは相変わらずの余裕だ。命の制約を受けているというのに度胸だけはあり過ぎて呆れるが、それも未来のイクサーン国王には必要なものでもある。
闇の魔法使いに対峙できる武器として王家に代々伝わる宝剣を持つレオンが戻って来ていない。闇の魔法使いであるとの疑いが濃いアスギルに助けを求めはしても、やはり宝剣の存在は大きく、ハイベルとしてはレオンの戻りを待ちたい所なのだ。
「食事中とは、共に暮らしておるのか?」
そんな情報は耳にしていないがと思いつつも、ハイベルが世間話でもするかにさらりと問うてのけると、イオはハイベルの気さくな様につられ自然と緊張をほぐしていく。
「ちょうど今し方やってきて一緒に食事を取っていた所だったんです。すみません、殿下もお腹すきますよね。大丈夫ですか?」
聞いて来たハイベルに正直に答えた後で、慌ててファウルに向き直り詫びる。お腹が空いている人に向かって食べ物の話はするべきではない。
「なんて優しい子だろう。レオンの件がなければ私が側妃にと望む所だ。」
「―――元気そうでなによりです。」
どうしてこんなに余裕なのか、もしかしたら騙されているのかとすら疑ってしまうが、魔力は桁外れに持っていても魔法に疎いイオではファウルにかけられている魔法についての判断はできない。彼らの言葉と周囲の態度からして嘘ではなさそうだし、嘘をついてまでアスギルを呼びだしてばれでもしたら話し所ではないだろう。
「あのぅ、それじゃあレオン様が戻られるまで色々試してみませんか?」
「いらぬ手を加えれば周囲に危険が伴うやもしれん。」
ゆっくりと首を振るモーリスは酷く緊張しているようだ。どうしてだろうと考えて、アスギルを呼ぶ事になったからかなと思い至る。
望まれてもアスギル自身が現れないのだ。アスギルの本意ではないだろうから本当なら呼びたくはないが、人の命がかかっているのでそうもいかなくなってしまった。
レオンの帰りを待ってとなり、イオは別室へと通される。ファウルは纏った炎によって調度品を焦がしてしまうので今いる場所から出せない。硬い石が椅子代わりに運ばれそれに腰を下ろしていた。何も出来ずに時間を持て余すのではないかと心配したがイオが気にかける問題ではないので、促されるまま素直にハイベルの背中を追った。食事の途中で何も言わずに姿を消したが、アスギルの事だから心配などしていないだろう。何故かは解らないがそんな気がした。
*****
レオンはほとんど眠れず早い朝を迎える。かなり遅い時間に横にはなったが、アルフェオンから聞かされた話が気になって色々考えを巡らせていたのだ。それはアルフェオンも同様で、羽蜥蜴と戦ったことによる興奮も重なり眠りなど訪れる筈もない。両者が夜明けを前に事後処理へと森へ入るため準備を始めていた時、国王よりの急使が到着した。
急ぎ帰還せよとの命令にレオンは馬を飛ばす。アルフェオンとイグジュアートの二人を案じるイオを想い一瞬迷ったが、魔物と対峙した当事者が事後処理に関わらない訳にはいかず、ごく少ない供をつれ急ぎ城に戻った。
ハイベルの予想に反し、レオンは馬を潰す勢いで昼過ぎには城に到着する。迎えた王の侍従よりこれまでの経過を道行き聞かされ「まさか」という思いで緊張し王のもとを訪れれば、緊張したレオンに反しそこは優雅なお茶会の真っ最中。
焼き立ての菓子が甘く香る室内でお茶を手にしていたイオが慌てて立ちあがり頭を下げたお陰で、唖然としたレオンもようやく現実に引き戻された。
「陛下、只今戻りました。それで王太子は?!」
何処にいるのだと部屋を見渡すが影すら掴めない。まさか燃え尽きたのかと馬鹿げた考えが一瞬頭を過った。
「あれがいると周りが燃えるので別室だ。」
「本当なのですか、あの魔法使いが姿を現したというのは?」
レオンの問いにハイベルは事実だと深く頷きながらイオからさりげなく距離を取りレオンに声を落とさせた。
「間違いなく賢者なのですね?」
「王太子が出現を目撃し、当人もそうだと認めている。」
「それなら何故このような暴挙を―――」
闇の魔法使いから世界を救ってくれた存在がどうして我々に牙をむくのか。
「どうやら偉大なる魔法使いは闇の魔法使いを厭うてはいなかったようだな。」
まさか二人で手を組み再度世界を闇に落とそうとしているのかと眉を顰めたレオンに、ハイベルはそうではないだろうと首を振った。
「兎に角、王太子にかけられた魔法を解くのが先決だ。彼女に頼んでアスギルを呼んでもらう。」
「陛下、それについては少々お待ち願いたい。」
「何故だ? モーリスではどうしようもなく、フィルネス殿は姿を消した。王太子を失う訳にはいかない今、頼れるのはアスギルだけだ。」
第二王子であるレオンは国を継ぐ身でないにかかわらず宝剣を継いだ者として慣例に習い、既に王位継承権を放棄している。次のイクサーン国王たるファウルにはまだ子がいない。外戚に王家の血を引く人間は存在するが、みすみす直系を失う訳にはいかなかった。
「彼は―――闇の魔法使いです。アルフェオンに本人がそうだと証言しました。」
レオンの言葉にハイベルは一瞬言葉を詰まらせる。だが予想はしていたのだ、今更審議は問わない。ハイベルは自分よりも少しばかり背の高いレオンを見上げた。
「娘はお前の盾になれるのであろう?」
「陛下!」
何故アスギルがイオに拘るのか。理由は想像の域を出ないが、特別扱いをされているのは確かなのだ。国を守る王として、結界の地を統べるイクサーンの王として利用できるものは非情と言われようとも利用しなければならない。
「その様になるよう命じておった筈だ。失敗したようにも見えぬが?」
「私は彼女を盾にするつもりはありません。」
「お前になくとも彼女にあれば良い。それに万一の時を考えてだ。アスギルが此方の願いを叶えてくれるのだとしたら、先の絶望も回避できる証拠になるやもしれぬ。」
亡命して来た娘の命より尊重される命。ハイベルを筆頭にファウルやレオンの命は国民を守る為にある。イクサーン王家はその為に存続して来たのだから。
その通りだと、レオンも王の言葉の意味を王家に生まれたものとして良く理解している。個人的な感情は完全に捨て去らなければならないと解っているのだ。
それでも―――不安そうに向けられる淡い紫の瞳を裏切りたくないと、レオンは王に反論できないまま掌をぎゅっと握り締めた。




