魔物
騎士五人と結界師三人。新人研修の一貫とはいえ万一に備え騎士も結界師も手練れが揃っている。だからとて羽蜥蜴を相手にできる人数ではなく、グレンを先頭に回収した馬にまたがる彼らの目的はあくまでも羽蜥蜴の存在の有無を確認するだけ。間違っても対峙し戦いを挑もうなどとは考えてはいけない。経験豊富な騎士であり大人な彼らは、羽蜥蜴という魔物が如何に危険かを十分に理解しているからだ。
しかし子供の彼らは違う。
上官から離れた新人騎士らは任務遂行のため森を囲む村へと向かった筈だが、やはり勝手な行動をしてしまう若者は必ずいるもので。中でも腕に自信のある二人の新人が気付かれていないとでも思っているのか、一行から距離を取って後をつけて来ていた。
「帰すつもりはないのですか?」
「危険は身をもって経験するものだってお前もわかってるだろ?」
アルフェオンが若い命を案じれば自己責任、命令違反がどうなるか自ら学ぶのもいいとグレンが答える。
昨夜から行方不明だった新人三人が無事見つかったお陰か返ってくる声は軽い。大量発生した魔物に驚き猪突猛進逃げた先が野営とは正反対の方向だったのが彼らには幸いしたが、一歩間違えれば仲間に多くの被害が出てもおかしくなかった。そもそも命令違反は懲罰物だ。見張りの逃亡も後をつけて来る新人もその後に招く結果がどうなるか、自分の勝手な行動が何を招くかを身をもって知るのは重要なことだ。それはアルフェオンも認識してはいるが。
「相手は羽蜥蜴です。」
新人だけの問題ではなく、後をつけられているアルフェオン達にも大きくかかわる問題。放置するには些か重すぎた。
「イグジュアートの坊っちゃんだけなら連れて来てやっても良かったんだけどな。」
「グレン殿……」
中年の盛りである隊長は何処から仕入れたのかイグジュアートの素性を掴んでいた。勿論アルフェオンのもだ。自ら口外する様な事はない様だが、情報の入手先を尋ねれば、秘密は漏れるものだと豪快に笑うだけ。腕は確かにいいがイグジュアートを『お坊ちゃん』と呼んでからかうせいで、イグジュアートからは盛大に嫌われている。
「お前も思うだろ、あの天性の勘。羽蜥蜴とやり合えば一気に成長するぞ。」
剣を手にして一年にも満たない。アルフェオンが最初に教えた時から剣筋の良かったイグジュアートは、一を教えれば十を学べる天才だった。凡人が努力を重ねてやっと得られる結果を大した努力もせずに得られるのだ。さらに努力を惜しまないイグジュアートは僅かな期間で抜きん出過ぎた才能を発揮している。いったい誰の血なのか、失礼ながらカーリィーン王にはそれ程の能力はなかったとアルフェオンも感嘆してしまう程だ。
「レオン殿下もだったがな、似てるぞ。落とし種とかじゃなないよな?」
レオンは二十五歳、イグジュアートは十四歳。それぞれ間もなく年を一つ重ねるが年齢的にもお国的にも絶対にないと解っていて不敬を軽く舌に乗せるグレンに、流石のアルフェオンも呆れながら溜息を落とした。
「殿下と互角でやり合えるお前も天才だがな。」
「私は違います。」
イクサーン王家の血を引くレオンには、闇の魔法使いを封印した騎士でありイクサーン初代国王でもある人の血が流れている。それだけのせいではないだろうが、レオンには天賦の才があった。イグジュアートと同じ、けれどアルフェオンは違う。才能はあるが努力を惜しまず人の何十倍もやってようやく手にした実力だ。元が違うとでもいうべきなのか。羨ましいとは思うがない物を強請ってもしょうがないので妬む気持ちはない。
「それよりお前、いいかげんその口調やめないか?」
一応公爵家の人間なんだろと馬を並ばせ横目で見やるグレンに、アルフェオンはにこりと笑って見せた。
「まさか。上官に向かってその様な口をきける訳がありません。」
「何が上官だ、気持ち悪い笑いを浮かべやがって。俺は底辺の人間だぞ、盗みで育ったっていってもいいくらいだ。」
「それが更生し、今やイクサーン王国騎士団でも一目置かれる立場にまで出世された。ますます頭が上がりませんよ。」
「嘘くせぇな。」
「疑うのは悪い事ではありませんが―――やはりあの二人は戻した方がいい。」
笑みを消したアルフェオンが馬の歩みを止めると全員が立ち止まり緊張を走らせる。
「いたか?」
声色を落としたグレンにアルフェオンは深く頷いた。
「恐らく間違いないでしょう。複数体います。」
獲物の種類は定かではないが魔力の感じからすると羽蜥蜴、もしくはそれに準じる魔物に間違いない。この人数でやり合うつもりは毛頭ないが何が起こるか解らない。魔物の種類を確認する義務を持つ騎士にも危険が及び、退避するとなっても誰もが我が身を守るので精一杯だ。グレンの言葉を借りるではないがイグジュアートなら何とかなる。けれど後をついて来る二人の新人は足手纏い所か集う騎士と結界師の命を危ぶませる何物でもなかった。
「二人を連れて戻れ。」
近くの騎士にグレンが命令すれば、躊躇しながらも騎士が頷き馬の首を反転させ茂みに紛れて行く。この様な場にあれば羽蜥蜴の顔を拝んでみたくもなるだろうが、興味本位で太刀打ちできない相手である事を十分承知しているのは新人との経験の差だ。
アルフェオンとグレンが馬を降り、気配を殺して目標へと向かって行く。残りの騎士は万一に備え後方支援、結界師は前を行く二人に見えない防御の壁を展開していた。
いつの間にか降り出した雨が勢いを強め、アルフェオンは身を隠す意味も含めフードを被り茂みをそっと掻き分け進む。この時点で魔物の位置を的確に掴んでいるのはアルフェオンだけだ。一歩後ろからグレンが慎重に後を追う。
アルフェオンの合図に歩みを止め、グレンがそっと茂みを掻き分け目を見開く。そこでは薙ぎ倒された大木があちらこちらに散乱し、地面はえぐれ、幾多もの水溜りが出来上がっていた。そのなかで小振りな二体の羽蜥蜴が獲物を貪り、その側には巨大な雄が二体を守る様にどっしりと腰を下ろしている。
恐らく喰われているのは雌の羽蜥蜴だ。血の匂いがない所を見るとやはり魔物の大量発生の原因はこの羽蜥蜴で血を吸い尽くされたのだろう。荒らされた木々や大地は出産で子供が雌の腹を食い破って出て来る為に、雌が苦痛で暴れたせいで出来たものだ。生まれた子供は息絶えた母親の肉を食い命を繋げて行く。
やばいな、逃げるぞ―――
グレンの鋭い目が語りアルフェオンが頷いた時。雨音に交じり人の声が耳に届いたと同時に羽蜥蜴の向こう側に何かが飛び出してきた。
「戻れ!」
続いて声を上げ飛び出して来たのは、先程新人二人を連れ戻しにやった騎士だ。最初に飛び出したのは若い新人で、果敢にも剣を構え羽蜥蜴に立ち向かおうとしていた。
「馬鹿野郎っ!」
忌々しく吐き捨てたグレンにアルフェオンも同感だ。魔法による保護も受けない状態で飛び出してしまった二人に、気付いた羽蜥蜴の雄が立ち上がり臨戦態勢に入る。鎧も付けていない二人を守る為にグレンが声を上げ雄を惹き付けた。
牙をむいて襲いかかる羽蜥蜴の向こうには屍を貪る二体が見える。雄の口内にグレンが剣を打ちこむと同時に尻尾が風を切って目前に迫った。
衝撃を覚悟したグレンの前に影が飛び込み、羽蜥蜴の尻尾を一刀両断に切り落とす。ぐちゃりと水たまりに落ちた尻尾は蠢き暴れ、異変に気付き駆けつけた騎士達を怯ませた。
怪我を受けた羽蜥蜴は更に獰猛さを増す。奇声を上げながら首を振った羽蜥蜴は口から流れる血と共にグレンを吹き飛ばし大木へと叩き付けた。
保護魔法を受けていなければ悪くて即死、良くても背骨をやられていただろう。しかしグレンは痛みに呻くが毒を孕んだ血の影響もさほど受けていない様で頭を振って立ち上がる。だがその瞬間にも怒りを湛えた雄がグレンに向かって突進を始めており、残った尻尾をアルフェオンが再度切り落とすと羽をばたつかせ辺り一面を突風が襲った。
アルフェオンが風を受けながら横目で伺うと、子供二人は食べるのに夢中で我関せずだ。興味がこちらに向く前に退散したい所だが退路が見いだせない。無謀にも剣を抜いた新人は惨状に恐れをなし、突風で吹き飛ばされた先で動けなくなっていた。
死にたくなければ立てと新人を叱咤する声が届く。あちらは任せて羽蜥蜴に集中しようとした一瞬でアルフェオンは猛烈な力に体を弾き飛ばされた。
一瞬の隙が生死を左右する。体を丸め流れに任せ衝撃を分散させ立ちあがると目の前に雄の巨体が迫っていた。瞬時に懐に入り込み硬い鱗に覆われた首を狙えば、雄の足がアルフェオン目掛けて振り下ろされる。それを寸での所で避け雄の下から這い出したが、懐に入り込んだ敵を羽蜥蜴の牙は執拗に追いかけ続ける。
大口を開けて襲い来る羽蜥蜴の口に剣を差し入れ舌を傷つける。怒りに吠える雄の様に取り返しがつかない事態に陥ったと悟っても後の祭り。解っていてやったのだ。アルフェオンは此方の命が危ういとなっても十代半ばの若い命を見捨てられるような男ではなかった。
現場を放棄して逃げる時期はとうに過ぎている。怒り狂った雄は執拗に追いかけて来るだろう。そうなれば森の周辺にある村にも危害が及ぶのは必至だ。腰を抜かしていた新人も何とか立ち上がり茂みに飛び込み、彼を庇う様にしていた騎士が剣を構えると羽蜥蜴に向き直った。
騎士五人と結界師三人。集う八人が一斉に腹をくくる。魔物の大量発生の知らせを出しはしたが、知らせを受けた騎士団一行が到着する頃にはいったい何人が生き残っているだろうか。それでもこの場を捨て退避する選択肢はない。
「眠らせられないのか。」
「冗談をいう暇があるならさっさと急所を狙って下さい。」
グレンが結界師の一人に無理と解っていて問いかける。眠りの術は相手に触れなければ作用させられないので、肉体的にはただ人である結界師が羽蜥蜴に跳びかかって鱗に触れ術を行使するなど不可能なのだ。その間にも攻撃を仕掛けられた騎士が鱗に剣を這わせるがそのまま蹴り飛ばされ、魔法によって直ぐ様回復させられていた。
「グレン殿、頼みます!」
俊敏な動きをする羽蜥蜴に対して攻撃を仕掛けるには囮になる人間が必要だ。先程まともに攻撃を食らったグレンでは本来もつ完璧な動きは難しいだろう。アルフェオンは囮となる役目を引き受け地を蹴り雄に跳びかかり、残りの騎士もアルフェオンに習って一斉に剣を向けた。
「手柄を貰ってもなぁ。」
身分からしてこれ以上の昇進は無理なんだがと、グレンは愚痴を零しながらも羽蜥蜴との間合いを詰めて行く。全員が生き残るには子供二人が食事に夢中でこちらに気を向ける前に雄を仕留める他ないのだ。一人二人と羽蜥蜴の攻撃を受け起き上がれなくなっていく中、アルフェオンの剣が羽蜥蜴の赤い目に深く突き刺ささった。
グオオオオオオオオ!
雄たけびを上げた羽蜥蜴は激しくのたうち、闇雲に暴れまわると大木に激突しては木々をへし折った。羽蜥蜴の目に突き刺した剣を抜いたアルフェオンは揺れる巨体の上で器用に移動し、反対の目にも剣を突き入れる。
視力を失った雄の巨体が回転し、屍を貪る二体の子供の上に倒れ込んだ。その隙をついてグレンが硬い鱗を纏う雄の首に剣を振り下ろすと、羽蜥蜴の毒に犯された血が吹き出しグレンを襲った。守りの効力を失いかけた結界では塞ぎ切れず肌を焼くが、降り注ぐ雨のお陰で影響は僅かに殺がれる。
「くそっ!」
グレンが悪態をついたのと、視力を失っている筈の赤い目がグレンを捉えたのは同時だった。
振り下ろされた剣は羽蜥蜴の首を切り落とすには至らず、途中で動きを止めている。血を滴らせる鋭い牙がグレンの腕を捕らえ激痛が襲い、一拍遅れてアルフェオンの剣が雄の首を胴から完全に引き離した。
「グレン殿!」
「悪いな、もう使い物にならん。」
利き腕を食まれ、かろうじて繋がっているものの毒に犯されている。頼みの結界師らは他の騎士を治療中だ。雄の切り落とされた巨大な首は目の前に転がっているが、運の悪い事に雄の巨体に潰された二体の子供が這い出し、赤い目を怒りに変えてこちらを窺っていた。
無傷の人間はいない。アルフェオンも返り血を浴びて皮膚を焼かれ、毒が体にまわりかけている。それでもこの状況で助かる道にかけ、騎士の治療にあたっていた結界師の三人がグレンに集い一斉に治療を始めた。
「俺よりアルフェオンに手を貸せ!」
治療を始めた結界師らをグレンが邪魔だとばかりに使える方の手で払い除ける。結界師と名乗るなら守りの結界をアルフェオンの為に作れといっているのだ。
「私よりグレン殿を。一人では無理です。」
柔かく新鮮な肉に目を止めた二体がゆっくりとアルフェオンへと歩み寄って来る。何処までやれるか―――怯まず剣を握り直したアルフェオンの視界がその時ふいに黒く塞がれた。
「!?」
雨脚が激しくなる中、黒いローブがたった今ここに現れたと言わんばかりに一気に水を吸い始める。渇いた黒が一気に水を受け重い漆黒に変化した。
見覚えのある後ろ姿にアルフェオンは驚き目を見開く。
「アスギル―――」
どうしてここにとの言葉は紡ぎだせなかった。
古めかしいローブに身を包んだ男がゆっくりと振り返る。二体の羽蜥蜴を背にしたアスギルは、変わらぬ姿でアルフェオンへと赤い瞳を合わせた。




