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心の鎖  作者: momo
五章 闇にむかう
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闇への手がかり



 恥を承知で飛び込んだのは悪魔の城…もといモーリスの屋敷。


 アルフェオンとイグジュアートがいない間は仕事を休み屋敷に篭っている約束だったがそうもいかない。レオンにつけられたうなじの痣を何とかしなければと、冷やしたり温めたりこすったりしてみたがまったく変化はなく。思い悩んで気付いたのは痣が吸いつかれて出来た鬱血であるということで。怪我として見るならば治癒魔法で何とかなるのではと、呆れ馬鹿にされ怒鳴られるのも覚悟で翌朝モーリスを訪ねれば、注意していたにもかかわらずまたしても魔力の枯渇で床に倒れた姿に出くわした。


 「モーリスさん、モーリスさんしっかりしてっ!!」


 声をかけ怒鳴り、体を遠慮なく揺すっても目を覚まさないモーリスの頬をつねってみたりと、あらゆる刺激を与えるが一向に目覚める気配がない。どれだけ魔力を使い果たしたんだ、このままでは死んでしまうと焦るが、膝に抱き起こしてコップの水を与えてみると潤いが渇いた唇に触れた瞬間、意識のないモーリスはごくごくと喉を鳴らして水を飲み干し目を開いた。


 意識を取り戻したモーリスを手伝って体を起こさせる。イオをちらりと見て気だるそうにしている様子からは言葉も出せない程に疲労を感じているのだと推察された。


 部屋を見回したイオは、昨日用意していた食事がそのまま残されているのを確認すると盛大に溜息を落とし、それを手にしてモーリスの前に差し出す。


 「どれだけ夢中になってるんですか、本当に死にますよ。」

 

 呆れて溜息を吐いてもモーリスからの反論はない。床に座ったまま無言で食事に手を伸ばし黙々と口に運んで行く様にイオは再度呆れの溜息を吐くと、台所にも手つかずで残されているであろう料理に火を通す為腰を上げた。


 「それはいいからこっちへ来い。」


 空腹が軽くなり歩けるようになったモーリスが台所に顔を出しイオを手招く。火からスープを下ろして既に温め直しの済んだ料理を手にモーリスの元へ戻ると「さっさとしないか」とお叱りを受けた。

 まったく誰の為に手を焼いていると思っているんだ、自己中心的にも程があるぞと心中悪態をつきながら側によれば、モーリスは性懲りもなく禁書を開いてイオを待ち受けていた。


 「ここから先だ。」


 モーリスの節くれだった指が差す部分に目を落とすと、読みやすい様にか禁書がイオの方へと移動される。イオは思わぬ気使いに訝しみながらモーリスの指示した部分に目を落とした。


 「世界を闇に落とした愚か者ども……えっ、これ何?」


 今まで読み連ねてきた禁書であったが急に砕けたというか、下品になった文面にイオは戸惑いを見せる。疑問をぶつける様にモーリスを仰ぎ見れば口角を上げ不気味に微笑んでいたので、イオは瞬時に目を反らした。


 「やはりお前になら読めるか。」

 「わたしになら?」

 「その頁に入った途端、奪われる魔力の量が極端に上がったのだ。」


 油断していたモーリスは最初の一行に目を通した途端に全ての魔力を抜かれ意識を失ったのだという。


 「嘘やだ、魔力を失っている感じが全くないんですけど……」

 「それ程にお前が規格外だという証明だ。さあ、読んで聞かせてくれ。」

 「嫌ですよ。魔力を奪う量が増えただなんて他にも何か仕掛けがあるに決まっています。魂を抜かれでもしたらどうしてくれるんです。」

 「骨は拾ってやる。料理以外に唯一ある長所を今使わずして何とする。さっさと読め。」

 「え~っ、やだなぁ……」


 まるで蟾蜍ひきがえるでも見るかに顔を顰め禁書から身を反らす。少しでも影響がそがれればと横目で見やればさっさとしろと頭を叩かれた。


 「禁書狂い。」

 

 ぼそりと呟けば何か言ったかと冷たい視線が突き刺さる。イオが読まねばモーリスは命を落としてでも禁書を読み進めるのだろう。仕方なく開かれた頁に視線を落としたが身は放しさらに距離を取った。


 「え~っと。世界を闇に落とした愚か者どもに告ぐ。なんで俺がてめぇらのケツを拭かなきゃならねぇんだ……」

 「………」

 

 何だこれは。今まで読み進めた禁書の言葉とは全く異なり、別の意味で声にするのが果てしなく嫌だ。今までと異なり難しい言い回しはなく、虫食いはあってもすらすらと読めるのだが―――


 「別の物が紛れ込んでるんじゃないでしょうか。」


 流石のモーリスも言葉を失っていたが、イオの問いかけに我に帰った様ではっとした後に横に首を振った。


 「世界を闇に落としたとある。間違いなく闇の魔法使いに関わる事項が記されたものだ。」

 「誰かの悪戯じゃないですか。禁書ってわりに虫食いだらけでぼろぼろなのに補修もされていないんですよ。」

 「魔力を喰われるせいで補修は後回しになっているのだろう。」


 だったら魔力のない人間に補修をさせればいい様に思えるが、魔力がなければ文字を読めない仕掛けになっているのでそれも難しい。貴重な言葉の一つでも紛失されたらどうするんだという無言の威圧がモーリスから発せられるが、虫に食われている時点で同じじゃないかとイオは禁書に目を落とした。


 悪戯にしても本物にしても、モーリスが読むには危険な頁。イオの様に魔力を持った人間がどの程度いたのか知れないが、この頁をきちんと読めた人間が果たしているのかどうか。


 このページだけは明らかに今までの頁と異なり筆跡が異なっていた。粗暴な言葉ながらまるで書の手本の様に癖一つない綺麗な文字で記されている。モーリスにせかされたイオは咳払いをして視線を走らせた。


 「えっと。なんで俺がてめぇらのケツを拭かなきゃならねぇんだ、いいかげん疲れた、飽き飽きした、めんどくせぇ、俺はもう寝る。闇が復活して滅びを招くなら自業自得だ、滅びろ………だそうです。」


 続きは明らかに異なる筆跡となり難解な言い回しと文字が羅列していて、同じ書き手によるものではないのは確実だ。モーリスを仰げば眉間に深い皺を刻み怒っているのか唖然としているのか、どちらともつかない表情で禁書に目を落としていた。


 「読んで倒れないで下さいよ。」


 急速に魔力を抜かれると注意を促せばすとんと椅子に腰を下ろし腕を組んで瞼を落とした。何やら難しく考え込んでいるようだ。


 「筆者は滅びを望んでいる様ですし、彼こそが闇の魔法使いでは?」

 「お前は本物の阿呆か。」

 「……冗談ですよ。」


 僅かに開いた灰色の眼光があまりにも鋭かったのでイオは素直に謝った。


 禁書には闇…闇の魔法使いが復活して世界が崩壊するのは自業自得だと記されている。恐らく筆者は誰かの尻拭いをさせられているのだろう。もしくは不眠不休で働かされ、頑張りすぎて頭が爆発してしまったのか。自分がいる世界が滅んでもいいと思えるほど働かされ、ついには切れて置き手紙をして姿を消したに違いない。禁書が記されたと思われる時代は闇の魔法使いが封印された後だ。結界師として闇の魔法使いの封印を守ったうちの一人だったのだろうとイオは推察した。


 瞼を落とし腕を組んで考え込んでいたモーリスは目を開くと禁書を引き寄せ頁を捲る。危険なのは乱暴な言葉であるが美しい文字で記されたその部分だけであった様で、先を読みふけるモーリスを前にイオはまったく仕方がないなぁと呆れの息を吐いた。


 「取り合えず食事の用意を続けます。」


 返事はなく没頭するモーリスの様子に本当に大丈夫かと不安になってくる。イオが通っていなければ他に対処を用意していただろうか。一緒に住まう家族もなく、人を寄せ付けないおどろおどろしい屋敷にただ一人。孤独を感じる様な人でないのはわかるが、こう何度も倒れられては気になって仕方がない。没頭すると周りが見えなくなる様な人だとは思ってもいなかっただけに、これはレオンにでも話しておかなければならないなと考えてはっとし、首の後ろに手を回した。


 すっかり忘れていたがモーリスにうなじの痣を消してもらおうとやって来たのだった。明日までに何とかしなければアルフェオンやイグジュアート、それから仕事仲間に見つかってしまう危険がある。エディウの助言通り髪を下ろした状態で仕事をするのは邪魔になるし、スカーフで隠すにしてもこの時期になると些か不自然な気がした。


 「あの、モーリスさん?」


 問いかけるが返事はない。迷ったが時間はまだあるし、禁書から意識が離れるのを待つかと、イオは作り置きの食事を準備しに台所へ入って行った。


 


 モーリスが倒れてから料理ばかりしている気がする。気がするのではなく本当にしているのだが、こちらでもレオンの屋敷同様に食材の配達をしてくれており、なくなる度に前回よりも多めの食材が補充されるようになっていた。誰かと同居している様子は全くないので通いで世話をする人がいるのか。倒れたままだったモーリスの様子からはその様には思えなかったが、補充される食材が証拠だ。


 料理は嫌いではない。無表情で暗く何を考えているのかわからなくても、けなしつつ美味しいと褒めてくれたモーリスの為に作るのはわりと楽しかった。屋敷での家事に騎士団宿舎内での仕事、魔法の制御の勉強に医学を独学したりと忙しいながら充実した日々を送っている。時折波乱もあるが忙しくて楽しいと、生きているんだと感じる喜びが大きくて、イクサーンでの生活に感謝の気持ちが一杯だ。


 一通りの料理を作り終え、禁書に集中し自分の世界に篭ってしまっているモーリスを無理矢理休憩に誘う。室内には甘いお菓子とお茶の香りが漂っていたが、無理矢理意識を戻され初めて気が付く辺りがとても危険だと思った。きっと屋敷が火事になってもモーリスは禁書を読みふけっているのだろう。


 しかしながら残りの頁を見ると先はそう長くはなさそうだ。けれど今回の様に突然魔力を奪われる事態に陥るやもしれない。そう長くはない、イオは自分が気をつけて様子を見にこようと一人頷いてお茶を啜った。


 「今日はお願いがあってお伺いしたのですが―――」

 「予定外だからな、何かあるとは思っていたが。何用だ?」


 ちらりともイオに視線を移さないモーリスを前に、イオは咳払いをしてから腰を上げた。そのままいそいそとモーリスの左隣に移動して髪をかき上げる。


 「これを消していただきたくて……」


 ちらりと灰色の目だけが動く。

  

 「寵を受けるのは悪い話ではあるまい。」

 「違いますからっ!」

 「騎士団長では不服か。」

 「だから違うんだってば!」


 どうして相手がレオンだと解ったのか。顔を真っ赤にしながら否定するイオのうなじにモーリスは鼻を鳴らしてから指を滑らせた。


 「騎士団長が相手では尻込みするか。いいかげん嫁ぎ先を見つける歳だろうに、幾つだ?」

 「確かにまぁ…もう二十ですけど。カーリィーンでは結婚なんてできない身の上でしたので焦ってはいませんよ。」


 首の後ろからモーリスの指が離れ、イオは痕のあった部分を撫でてみるが、うつし鏡をしなければ痕が消えたかは自分で確かめようがない。


 「―――思ったより若いな。」


 意外だったのかモーリスの瞳が真っ直ぐにイオを見詰めて…検分していた。


 「老けて見えますか。」

 「悪い意味ではない。」


 大人びて見えるのは早くに両親を亡くし、一人で寡黙に生きて行くしかなかったからだろう。それでももともとは明るい性格をしているのだ。カーリィーンを出てイクサーンに来てからは大人びた印象は薄れてきている。

 

 「モーリスさんこそどうなんです。ご結婚の経験はおありなんですか?」


 少しばかりふてくされながら問えばモーリスはイオから視線を外し、茶を口に含みながら答えた。


 「十二年前に失ったがな。」

 「え―――?」


 出て行ったのか死んだのか。軽々しく聞いていい話ではなかったと即座に後悔したイオに対し、モーリスはかまわないとでもいうかに口を開く。


 「都より離れた領地に娘の輿入れが決まり送り届ける道中だった。通りかかった村が魔物の群れに襲われ結界師でもあった妻と娘も当然参戦したのだが、最後に現れた敵が羽蜥蜴はねとかげでな。妻と娘は命を落とし私はこの始末だ。」


 モーリスが袖を捲るとでこぼこと黒く爛れた皮膚が曝される。顔の右半分を髪で隠しているがそこにも羽蜥蜴の毒でやられた結果が広がっているのだろう。恐らく全身に、だからモーリスは真夏でも体を隠し隙なく全身を覆っているのだ。


 羽蜥蜴と呼ばれるのは闇の魔法使いが現れた時から存在する純血種の魔物で、巨大なトカゲの様な姿をしている。硬い鱗に全身を覆われ、首を切り落とさなければ死なないが、巨大な割に俊敏かつ獰猛で首を切り落とすのは至難の業だ。当然血は毒で、浴びた量によっては即死にもつながる。


 「あの…わたし。辛い話を、ごめんなさい。」

 「己の力不足を痛感してはいるが、同情される程に悲観してもおらん。結界師であるからには命の危険は常に付き纏うと妻と娘も承知していたしな。ただ救えなかった己が許せぬだけだ。」


 俯くイオにモーリスは特に自分だけが経験する惨状ではないと諭す。許せないのは救えなかった自分自身だと語るモーリスにイオはいたたまれない気持ちで向き合った。


 「魔物を作り出した闇の魔法使いを恨んでいますか?」


 闇の魔法使いが復活すれば世界が滅ぶ。封印の地に生きる結界師として、闇への興味と恐れを持っての事だとばかり思っていた。闇の魔法使いを知りたいと禁書に手を染め、魔力が枯渇し倒れてもかまわず読み続ける姿に死への危機感を感じているようには見えない。そんなモーリスを心配するのはイオばかりで本人は気にもとめていない様子。モーリスの抱く欲求は単なる使命ではないのだろう。


 「直接手を下したのは闇の魔法使いではない。魔物がいる、それが我々が生まれ培われた世界だ。お前は迫害される原因となった闇の魔法使いを恨んで生きていたのか。」


 それは違うと、イオは首を振った。

 イオにとっても生まれた時からの定め。カーリィーンで魔法使いが嫌われ続けるのは仕方のない事だと、それで過去に大罪を犯した闇の魔法使いに恨みを持った事はただの一度もない。考えるよりも先に現実が、迫害されるのだというそれだけがイオの全てだった。


 「全ては過去の一つだ。」


 狂えばここに辿り着かない。

 妻と娘を同時に、しかも娘は結婚を目前に命を落としたのだ。恨むのは魔物に出くわした不運か、力の無さか。

 禁書に夢中になるモーリスにその言葉が全てではないようにも感じながら、イオはぬるくなったお茶を啜りうなじを撫でた。


 




 


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