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心の鎖  作者: momo
一章 カーリィーン王国
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巻き添え





 医者を呼びに行ったはずの騎士は魔法使いの言葉通り一人で戻って来た。

 あまりにも戻りが早い。恐らく馬を村まで走らせずに引き返して来たのだろう。少年を案じ、無駄と分かっていながら医者を呼びに闇夜へと飛び出した騎士にしては些か妙だ。

 やはり見知らぬ輩に少年を預けた事を後悔し思い直して急ぎ戻って来たのだろうか? まぁ実際に医者を連れて戻って来ていたとしても少年にはもう必要ないのだが。


 転がり込むように扉を押し開け舞い戻ってきた騎士は焦りの表情を浮かべていたが、旅装束に着替えたイオを見てさらに表情を厳しくする。そして何か言いかけたところで視線をイオから魔法使いへ―――正しくは魔法使いの後ろの少年へと移動させると茶色の目を見開き驚きの表情へと変貌した。


 「これはいったい―――!」


 イオは緊張から一気に汗が溢れ出す。そうして振り向いたそこには半身を起した金髪碧眼の美少年が、幼い顔立ちと年齢に似合わない凛とした眼差しで目の前に佇む魔法使いを見上げていたのだ。


 「気が付かれたのですか?!」


 信じられないと言った表情で駆け寄り膝を付く騎士に少年は碧い視線を向ける。


 「大事ない、この者に助けられたようだ。」

 


 そう言って再び少年が見上げる先には携帯食を口に頬張り、ぼりぼりと音を立てて食む魔法使いの姿。


 「お前は―――魔法使い、なのか?」

 


 少年に跪いたまま魔法使いを見上げる騎士の視線は訝しげだが、その瞳には恐怖や嫌悪・蔑みと言った負の感情は宿っていない。ただ純粋な驚きがそこにはあるのみだ。


 「見ての通りですが?」

 


 見ての通りなのか?

 この怪しさ全開の黒尽くめローブ姿が魔法使いの常なら、イオなど何処からどう見てもただの田舎娘。魔法使いの疑いなど永遠にかけられる筈はないだろう。

 大した事ではない、まるで『おはよう』と挨拶するかに答える魔法使いに、訝しげだった騎士が新たな驚きをその瞳に宿す。

 こうも容易く己を魔法使いだと認める者など、世界中を探しても存在しないだろう。

 

 この男は変わり者なのだと、イオはこの時はっきりと理解した。


 イオは騎士が声を潜め、何事かを少年と話しているのを横目で見つつ、関わらないのが身の為だと無言で耳を塞ぐ。しかし堂々と手で耳を塞ぐ訳にもいかず、イオは耳栓代わりに台所へ向かうと食材を取り出し料理を始めた。

 薄いパン生地を焼き生野菜を挟んで物欲しそうにしている魔法使いに視線を送ると、意を図ったかに魔法使いは席に付いた。


 いくら変わり者だとしてもこの余裕は何なんだろう?


 同じ魔法使いだというのに自分は最悪命の危険すら感じている。だが目の前の魔法使いは周りを気にも留めず食事を頬張っているのだ。張り詰めている自分が馬鹿みたいだと椅子に腰を下ろそうとしたが、騎士から声をかけられイオは思わず飛び引いた。


 「先ほどは助けて頂いたにもかかわらず、あまりの驚きに礼も忘れ申し訳ない。」


 そう言って騎士は片膝を付いたまま深々と頭を下げ、当の魔法使いは食事を頬張りながら別に何でもないと騎士を一瞥するに終わる。


 「私はアルフェオン、こちらはイグジュアート。訳あって追われており、一刻も早くこのカーリィーンより出国したいと森へ入った所でした。」


 追われている…なるほど、この騎士は魔法使いである少年を庇って逃げているのかと、イオは納得した。数少ない魔法使い容認派の一人なのだろう。

 それにしても魔法使いの少年を庇うというのは並大抵のことではない。しかも騎士、騎士はこのカーリィーン王国花形の職業でそのほとんどは貴族である。平民出身の騎士もいるがその数は稀だ。魔法使いを庇護するという事はこの国での地位と財産、そして権力の全てを失うという事。勿論捕まれば極刑は免れない。

 騎士にとってこの少年は、己の命をかけても値する存在なのだろう。

 

 互いに後ろめたい所ばかり、イオには先を急ぐという彼らを止める権利も意欲も全くない。

 面倒事はなるべく避けたいイオは意識を取り戻したばかりの少年を気にしながらも、彼らの足を止めるような無粋はしなかった。


 と言うのに―――まったくこの怪しい魔法使いは!


 「待たれよ―――」


 魔法使いは徐に立ち上がると、少年を気遣いながら踏みだし始めた騎士の進路を阻んだのだ。

 


 「先ほどは私から彼女を守る仕草を見せた割に、自らが齎した危険に彼女を捨て置くおつもりか?」


 仮にも騎士でしょうに―――と、魔法使いは赤い瞳をすぅっと細め、その言葉に騎士と少年までもが息を飲んだ。

 

 なに?! どういう事!? と、どうやら訳が分からないのはイオ一人のようだ。 


 「村まで行かず引き返して来るとは、追手の影でも見かけましたか?」


 鋭い視線を向けられた騎士は腰の剣に手をかけるが、その様子はイオから視覚になっていて見えない。ただ少年が騎士に呼びかけ諌めた為に手にした剣が抜かれる事はなかったが、ただならない雰囲気を感じたイオは慌てて魔法使いに駆け寄る。


 「所有印がないので油断したが、お前はカーリィーンに属する魔法使いなのか?!」

 「カーリィーンとはこの台地が属する国の名か? ならば否と答えましょう。」

 「では何処の国に忠誠を誓う?」

 「忠誠?」


 騎士の言葉に魔法使いは目を見開いたがそれもほんの一瞬。すぐさま目を細めると、僅かに口角を上げ不敵な笑みを浮かべた。


 「国に身を委ねるに何の意味がある?」


 馬鹿馬鹿しいとでも言うかに見据えてくる魔法使いに騎士は鋭い視線を突きつけた。


 「貴様―――!」

 「やめろアルフェオン!」


 剣に手をかける騎士を少年が諌めるが、騎士の茶色い瞳は魔法使いに向けられたまま緊張が走る。

 しかしそんな張り詰めた空気が流れる中に、ふと間延びした声が割り込んできた。

 


 「あのぅ、急いでいるんじゃありませんでしたっけ?」


 何を言い合っているのかきちんと理解できていないイオとしては、自分の身を危険にさらすかもしれない状況から一刻も早く解放されたくつい口を挟む。

 そこではっとした騎士は視線を魔法使いから離すとイオへと向け、申し訳なさそうに眉を下げた。


 「申し訳ないがお嬢さん、私は貴方を危険にさらしてしまったようです。」


 剣から手を離したアルフェオンは騎士らしく背を正し、魔法使いを気にしながらもイオにも解るように説明を始める。

 


 「この家の周囲には私が乗り付けた馬の蹄の跡が残っていて、恐らく奴らは見逃さないでしょう。我らを追う者達の中には魔法審問官も含まれる。そうなれば例え女性であろうと厳しい尋問を受けます。魔法使いであろうが無かろうが、審問官に目を付けられれば無事では済まない。」


 審問官と言う言葉にイオはびくりと肩を震わせた。

 噂に聞いた事があるだけだが彼らは魔法使いを探し出す術に長けており、一度目を付けた獲物はけして逃がさないと言う。例えそれが間違いであったとしても魔法使いであると自白させられ、現実にただ人であると知れるとまたそれを偽りの罪と取られ罰せられるのだ。

 魔法使いであろうとなかろうと、審問官に目を付けられた時点で終わりなのである。


 「見たところ出立の準備は出来ているようなので一刻も早くここから出た方がいいでしょう。」


 思わぬ所から迫って来た危険に、淡い紫の瞳が不安げに揺れ魔法使いに向けられた。その視線に気付いた魔法使いは静かにイオの答えを待っている。


 魔法が使えてもただ人同然の田舎娘と怪しい魔法使い。しかも魔法使いはかなりの変わり者で世間知らずと見える。ここに二人が残っても審問官相手に上手く立ち回れはしないだろう。

 


 「途中までで構わないので、取りあえず同行させてもらっても?」


 イオの申し出に騎士は構わないと頷き、イオは深い溜息を盛大に落とした。

 


 

 


 





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