表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
心の鎖  作者: momo
四章 イクサーンの春
52/100

お持ち帰り



 肩を揺すられ目が覚める。

 穏やかな眠りからの覚醒は『イオ』と優しく名を呼ばれ現実を思い出した。


 ああいつの間にかアルフェオンの肩を借りて眠っていたのか。思うより図太い神経をしていた自分に呆れながら目をこすった。


 「アルごめん。熟睡しちゃってたね。」

 「それは構わないんだが、そろそろ時間なんで申し訳ない。」


 もう少し寝かせておいてあげたかったんだけどと謝るアルフェオンに、イオは伸びをしながら大丈夫だと手を振った。


 「付き合ってくれてありがとう、先に行ってて。」

 「一人で大丈夫?」


 心配そうに覗き込むアルフェオンにイオは笑顔を向けた。目覚めたばかりで体が動きそうにないが心配される程ではない。


 「イグとの約束があるから二度寝したりしないわ。アルのお陰で疲れも取れたし。でも体はまだ寝てるみたいだからちょっとこの辺りを散歩してから行くことにするわ。」


 若い娘が一人で意識を飛ばしたりしていなければ危険な場所でもない。そもそも祭りに開放された城は何時も以上に警備が厳しく声を上げれば誰かが駆け付けるだろう。場所が気に入ったと言えばアルフェオンは納得する。もともとは仕事を放り出したレオンが昼寝に使っていた場所で危険とは言えない。アルフェオンは一応気をつける様に忠告するとイオを残して持ち場へと向かって行った。



 見慣れた背中を見送り再度欠伸を漏らす。風も出て来たので体を温める為にも動こうかと立ち上がると視界を白い何かがかすめた。


 「あっ!」


 アルフェオンに借りていたハンカチだ。すっかり忘れていたと手を伸ばすが、風に煽られたそれはイオを弄ぶように宙を舞ってすり抜け木の枝に引っかかった。


 慌てて駆け寄り手を伸ばすがとても届かない。しまったと思いつつ次の風で枝から抜け落ちてくれないかと期待したが、一陣の風によって期待空しく更に枝へと絡まってしまった。


 「え~やだ。なんでよぅ…」


 運のなさに眉を寄せた。どうしようかと思案するが結論は一つしかなく、イオは辺りをきょろきょろと見渡す。

 誰もいない木々の囁きだけが耳に届く庭。アルフェオンがいい場所というだけあるのかもしれない。それでも人の気配に注意しながら長いドレスの裾をたくしあげ窪みに足をかけた。


 木登りは上手くもないが下手でもない。枝が折れるのだけは勘弁して欲しいと注意しながら目的の高さまでよじ登っていく。少し手間取ったが枝に絡まったハンカチを破らぬ様に剥ぎ取り手に入れるとほっと胸を撫で下ろした。


 良かった、何処も破れていないとその場で確認したイオだったが、足元に広がる光景を目にして固まり、一気に全身の血が凍りついた。


 驚きに見開かれた淡い紫の瞳には、灰色の制服を着た騎士の集団とその中心にいる豪華な衣装を身に纏った明らかにやんごとなき御方だと主張する人物が映し出された。


 木の下の人物もイオを見上げ驚き目を見開いている。それもそうだろう、女が木に登っているのだ。野山ではなく城で。

 見上げられたイオは頭が真っ白になるが、どうするのが正しいのか無意識に考え喘いだ。


 灰色の制服を纏う騎士は近衛騎士だと聞いた覚えがある。だとすればその中心にいる人物は王族…金色の髪に青い瞳、歳の頃は二十代後半で見知った人物と面差しが良く似ているとなれば相手は一人。いや、何人か兄弟がいるのか?


 どう出るのが正解だろうと考え、冷たい汗が背を撫でる。このまま意識でも失った振りをしようか。それとも飛び降りて逃げる―――は近衛の剣で切られそうなので止めた方がよさそうだ。

 

 悩むイオに対し相手の方が先に立ち直った様で盛大に眉を顰めたかと思うと、側の近衛に何やら耳打ちされ、ゆっくりと眉を戻して口角を上げた。


 「白い足が丸見えだ。」

 「え、うそっ。っわっ!」


 ドレスを太股の辺りまでたくしあげていたのを思い出し、慌てて戻そうと両手を枝から離してしまったせいで支えを失ったイオは呆気なく地面へ落下していく。

 それ程高い場所まで登ってはいないが、地面まではとても長い時間に感じられ、ドスンと落下した衝撃で目に火花が散った。


 「お怪我は?!」

 「いっ―――痛い痛い痛いっ!」


 イオの一番側にいた近衛が心配して声をかけてくれたがそれ所ではない。しこたま臀部を打ち付け、骨が折れたのではないかと思う程痛くて恥も外聞もなく声を上げた。


 「失礼―――」

 「ぎゃぁっ!!」


 尻に触られ羞恥より痛みの方が勝った。声を上げたイオの様子を窺いながら近衛が更に検分していく。


 「いたっ、痛いからやめてっ!」


 傷むから触れてくれるなと叫ぶイオに対し、目の前の近衛はそれを無視して触れ続ける。

  

 「これは腰をやられていますね。ですが折れてはいない様です。」

 「ほ…本当?」


 痛みに涙を流しながらも折れていない事実にほっとして近衛を見ると、何故かすっと視線を外された。


 「それは良かったな。」

 「え―――?」


 頭上に落とされた声に首を大きく反らして見上げる。途端に声の主はふっと厭味な笑みを零して目を細めた。


 「化粧がはげ落ちて酷い事になっておるぞ。」


 慌てて俯き顔を隠すがどうしようもない。痛みを逃がす様に尻と腰を撫でまわす近衛も、涙で化粧が剥げ落ち見られない姿を気遣って視線を反らしてくれたのだろう。それをわざわざ中傷する様に笑いながら見下ろす目の前の男には、羞恥と同時に嫌な感情だけが沸き起こった。


 いい年した大人がこれじゃぁ…身分を笠に傍若無人な権力者が目の前にいる。これまでイオの前に現れた権力者たちが誰も彼も穏やかだった分、有らぬ想像も加わり酷い嫌悪感を抱いた。


 「折れてはいませんが少しずれています。」

 「えっ、ぎゃあっ!」


 無様なイオの姿を楽しそうに見下ろす男を前に睨み付ける事も出来ず黙っていると、腰をさすっていた近衛が腰と尻の境目に近い場所をぐっと押した。突然の事で声を上げるが押されると同時に痛みが消えて行き、ふと背後に感じる魔法の気配に近衛の顔に視線を移す。


 二十代後半、恐らくイオを見下ろす男と同じ年頃だろう。言葉は丁寧だが遠慮がない仕草は彼もそれなりの身分の人間なのだろうと伺える。


 「あの…ありがとうございます。」

 

 手当てしてくれたのだと解り礼を述べると、近衛は「いえ」と無表情で答え主である男を見上げた。


 「連れて参れ。」

 「はっ!」


 男はそれだけ言い残すと踵を返し数人の近衛を引き連れ去っていく。イオの手当てをしてくれた近衛が返事とともにに首を垂れた後、地面にへばるイオをなんなく抱きあげた。


 「あのっ、困ります!」


 連れて参れって、あの男の所へ?! 冗談じゃない、醜態を曝した女をどうしようと言うんだ。これからイグジュアートと約束もしている。暴れるイオを容易く抱えて歩きだした近衛が無情にも首を振った。


 「王太子ファウル殿下のお言葉です。逆らいになりますな。」


 やっぱり、やっぱりそうなのか?!

 逆らえば身の為にならないぞと背後に剣を突き刺されている気分に陥った。


 近衛に耳打ちされ前を行く男をみると、口角を上げた王太子は新しい玩具を手に入れた様な視線でイオを見ていた。恐らくレオンの保護を受けている娘だとでも言われたのだろう。そうでなければ興味を示される筈がない。


 世話になっているレオンに害が及んではいけないと、ここは大人しく従う覚悟を決めた。


 「ありがとうございました。もう歩けますから下ろして下さい。」


 落ちた時は尻が割れた様に傷んだが、魔法のお陰で痛みも感じない。礼を述べると近衛は正面を向いたまま歩き続ける。


 「あのっ!」


 聞こえなかったのかと声を上げれば一瞥された。


 「お解りにならないのですか?」

 「え?」


 何をと目を丸くするが、イオを抱きあげた近衛は止まる事無く正面を見据えたまま真っ直ぐ進み続ける。


 「貴方はモーリス殿の教えを受けたとか。それにこうして触れると貴方の魔力がとても大きなものだと私にすら理解できる。」

 「はぁ……」


 イオは身を竦め視線を泳がせた。なんとなく彼の言いたい事が理解出来たのだ。


 「私の魔法は痛みを取るのがやっとです。それもじきに効力を失う。その体で無暗に動くのは良策ではありません。」

 「―――ごめんなさい、お世話になります。」


 有り余る魔力を持っているくせに無能なのかと言われたも同然。初対面の相手に能力に見合った実力がないのだと遠慮なく諭され、言葉を失いそうになりながらも詫びだけは何とか絞り出し詫びた。


 自分の方がずっと年下だからと庇護される対象にはならない。そう思うのは甘えだ。近衛の言葉からすると魔力のある人間なら相手の力がどの程度であるのかを見極められるというのが窺える。モーリスの教えを受けるに値する人間ならこの程度の事が出来て、解って当然なのだろう。

 魔力はあるのに勉強不足。知識の無さに呆れられても文句は言えない。

 

 有り余る蓄えがあるのに全く使いこなせないのはよく分かっている。その為に学ぶのだとも決め実行にうつしていた。だからとて初対面のあなたにとやかく言われたくないと声をあげるような事が出来ないのは彼の言葉が事実だからだ。卑屈にはならないが素直に現状を受け入れる。


 イオは黙って男に身を任せた。これからどんな状況に置かれるのかと不安もあったがまずは情報収集だと辺りの様子を窺っていると建物の内部へと入り、やがて石造りの殺風景な内装が見事な絵画やタペストリーに彩られ豪華さを増していく。ぴかぴかに光る大理石の敷き詰められた床に変わったと思えば高価な絨毯に足音が消える。その間にすれ違う人々は壁際に控え首を垂れ、誰一人として前を行く王太子を引き止める者は存在しなかった。


 いったい何処まで行くのだろう。

 かなりの距離を抱きかかえられたまま進むと、やっと一行の目指す場所に到着した。王太子と同じ部屋に通されるのかと思いきや、イオを抱えた近衛は一つ前の扉を器用に開くと中へ入りイオを長椅子へと座らせてくれる。その頃には彼の宣言通り痛みがぶり返し始めていた。


 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ