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心の鎖  作者: momo
一章 カーリィーン王国
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魔力と食欲


 


 いやぁ~もう人生終わった―――そんな気がするのは気のせいでしょうか?



 目覚めてないとはいえ少年は無事、奇跡的に一命を取りとめた。けれど魔法によって齎された生である事実は騎士に知られてしまう。いくら命の恩人とはいっても現実は甘くはない。そうなれば魔法使いとイオは間違いなく騎士に囚われ、何らかの処分を被るだろう。


 こうなれば騎士が戻ってくる前に健やかに眠る少年を置いて逃げるが勝ち。何処まで追手が来るかわからないが、出発は早いに越したことはない。夜の闇に飛び出すのは危険だが、魔物をよく知るという先ほど出会ったばかりの魔法使いを信用するよりないと思った。


 だというのに…


 手を取った魔法使いは「無理です」と言って少年の傍らに座りこんだままだ。

 逃げなければ大変なことになると諭せば、そうなった場合は自分が責任を取りイオを守るという。

 いったいどうやって?

 いやいや、処分対象としてより重い・もしくは貴重とされるのはイオよりも魔法使いの方ではないだろうか。何にせよ瀕死の状態にあった人間を救う力を持っている。危険とみなされるかもしれないが、これほどの癒しの力を持つ魔法使いを容易く処分してしまうとも考えにくい。


 いつあの騎士が戻ってくるとも限らないので取りあえず逃げてから話し合おうと言えば、魔法使いは申し訳なさそうに口を開いた。


 「空腹でとても動けません。」


 今夜は頻繁に目眩がする。

 ふらつく体で何とか足を踏ん張り大きなため息を一つ落とす。


 「さっき、パン食べましたよね?!」

 


 思わず強くなったイオの口調に魔法使いは申し訳なさそうに肩を竦めた。


 「貴方も魔力を使うと空腹に陥りはしませんか?」

 「そうね、確かにお腹はすくけど動けなくなるほどじゃないわ。」

 「私はかれこれ数百年、飲まず食わずで。」

 「数百年?!」

 「私は過去にとても償いきれない罪を犯してしまいました。その償いの一つとしてここに来るまで魔物を狩って来たのですが、さすがの空腹に耐えきれずこちらを訪ねさせて頂いたのです。」


 数百年???

 魔物を狩って来た???

 疑問は大いにあるが突っ込んでいる時間も暇もない。


 「あのさ…普通飲まず食わずでいれば七日くらいで死んじゃわない?」

 「死にますね。」

 「この非常時に冗談言わないでくれる?」

 「…申し訳ありません。取りあえず口に入れて害のない物でしたら種でも多少腐った物でも構いませんのでいただけませんか…」


 見た目イオより明らかに年上で怪し魔法使い。その魔法使いが体を小さくして本当に申し訳なさそうに肩を落として食べ物をくれという。しかも腐った物でも厭わないとは…何とも不憫な食生活をしてきたのかもしれない。


 ふと見ると、魔物の毒にやられた少年のために用意した薬の瓶が空になっていた。

 まさか空腹のあまり毒消しを食べたのか?!


 彼は長い時間田舎に籠り、人との接触がなかったせいで世の常識を知らないに違いないのだ。乞食や物乞いでないにしろ、たった一人ですべての生活をしていく上でイオの常識と彼の常識が同じでなくてもおかしくはない。


 この魔法使いを連れて逃げても大丈夫だろうか?

 大きな不安が頭を過ったが、この世間知らずを置いて行った場合の彼の行く末も心配だ。

 

 万一の時はいつでも逃げられるように整えておいた。イオは手にした鞄から携帯食を取り出すと魔法使いの手に握らせる。


 「食べながら歩ける?」

 「何とか―――」


 魔法使いはイオから受け取った携帯食を口に運んだが、あまりの硬さに一度口から手元に戻し、ふと思い出したように「ああそうだ」と言葉を向ける。


 「この少年、治療して気付きましたが彼も魔法使いですね。どうやら何者かの手によって魔力を封印されているようです。もしかしたら先ほどの騎士、少年が魔法使いであると知っているやもしれませんよ?」


 何しろ少年は騎士にとって大切な存在のようだから、それならば知っていてもおかしくはないだろう。そして魔法使いの言う通りこの少年も魔法使いであるなら、あの騎士は魔法使いに対して迫害や弾圧といった行為を強いるとは思い得ない。己を守るための生贄として国に突き出される可能性はあるが、イオを見知っている討伐隊の騎士なら単独行動などしていない筈である。


 それが何故このような時期に、年端もいかない少年と魔物の巣食う森をうろついていたのだろう。

 秘密が露見して困るのは両者かもしれない。


 それなら逃げる必要などなくなるのではないか?

 今まで通り平穏な生活を続けられるやもしれないと安易な思いが浮かんだが、この怪しい腹を空かせた魔法使いの話を全部信じていいものかは迷う。

 


 「とにかく安全の為にもひとまずここを出ましょう。この人達が思った通りならそのうちいなくなる筈だわ。」

 


 少年を残して住人が姿を消せば、あの騎士も何かを察して早々にここを去るだろう。

 すると魔法使いは固い携帯食を割って口に運びながら扉を指差しす。


 「でももう戻ってきましたよ。」

 「えっ?!」


 イオはぎょっとし、つられて扉を凝視した。

 いくら馬で駆けたとは言え早すぎはしないか?!


 「あの男一人で他に人間は連れていないようですね。」


 魔法使いの呟きに合わせるようにイオの耳にも蹄の音が届く。

 同時に魔法使いが携帯食を噛み砕く音も静まり返った室内にぼりぼりと響いていた。

 











 

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