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心の鎖  作者: momo
三章 イクサーンの冬
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過去よりも

 




 機嫌良く出かけたイオが泣きながら帰ってきてイグジュアートはひどく狼狽した。


 女性の慰め方なんて知らない。一緒に行ったアルフェオンはどうしたのだと戸惑いながらも、帰るなり部屋に飛び込んだイオの後を慌てて追った。


 「どうしたんだ?」

 「さわらないでっ!」


 イグジュアートがイオの肩に触れた途端、勢い良く弾き飛ばされる。碧い瞳が驚きに見開かれるのを目の当たりにし、はっとしたイオは我に返った。

 拒絶に揺れる瞳が不安に苛まれている。これではいけないとイオは慌てて首を振った。


 「ごめっ…ごめんなさいわたし―――!」


 子供に八つ当たりなんて大人げないと我を取り戻そうとするが、全力で走ったせいか息が上がり目眩もして先の言葉がでてこない。それに体の内側がざわついて、それが今のイオには何であるかしっかりと感じられ、落ち着けようと必死で己を抱きしめた。


 思いもよらぬ拒絶に驚いたイグジュアートだったが、ずるずると崩れる様に座り込んでしまったイオの前にゆっくりと腰を落として膝をついた。


 「アルフェオンと何かあった?」 


 気遣わしげな様にイオは頭を振って否定する。


 「ごめんなさい。ちょっと気が動転してしまって―――」


 無理矢理笑顔で取り繕おうと顔を上げると、部屋の入口にアルフェオンが立っている姿が視界に入り込んだ。突然飛び出してしまったイオを追ってくれたのだろう。逃げるように飛び出したイオと違いアルフェオンの方は息一つ上げずに黙ってこちらを窺っている。フィオの視線につられる様にイグジュアートが後ろを振り返った。


 「何かあったよね?」


 イグジュアートはアルフェオンに説明を求める。生まれも育ちも違う三人だが、ここでの立場は同じだ。同じ家族として知る権利があるとアルフェオンは包み隠さずイグジュアートに話して聞かせた。


 「アスギルが闇の魔法使い―――」

 「絶対違うからっ!」


 たった今モーリスから聞かされた妄想にイオは頭を振って違うと否定する。あんなに優しい人が世界を崩壊に導くなんて信じられない。償いだとかいってイオを助けてくれたのも何か思惑があるのではなく、単なる善意からに決まっているのだ。


 「アルだって信じてないでしょう?!」

 

 同意を求めるイオの瞳は不安で揺らいでいた。アスギルへの疑いではなく、アルフェオンの考えがモーリスに同調する様なものであるのを恐れていたのだ。


 「勿論アスギルを疑う気持ちは無いよ。ただ、客観的にみるとそう取られても仕方がない力をアスギルが持っているのは確かだ。」


 アスギルの揮う魔法はそこいらの魔法使いの比ではない。アルフェオンにも捉える事が出来ない魔力の気配に、肉体の再生を導く程の治癒の力。忽然と現れ姿を消す。まるで伝え聞く古の彼らの様だ。


 「力があるから迫害されてもいいっていうの?」

 「イオ、そうじゃないよ。」


 アルフェオンは怒りに震えるイオの前にゆっくりと腰を下ろすと、不安に揺れる淡い紫の瞳を覗き込んだ。


 「魔法はとても素晴らしい力だけど、人知を超えた能力ゆえに重宝されつつも恐れられる。闇の魔法使いが齎した恐怖は未体験の私達ですら恐れを抱かせられる代物だ。だけど君もイグジュアートも、そしてアスギルも、私となんら変わらない一人の人間だ。魔法使いだからと制限されるのではなく、同じ人間として尊重されるべきだと思っている。」


 だから国を捨てイクサーンにやってきたのだ。迫害が当然だなんて微塵も思っていない。

 イオはじっと見つめて来るアルフェオンの真剣な眼差しに、取り乱していた自分が恥ずかしくなり俯いて視線を逃れた。


 確かにアルフェオンの言う通りだ。地位や名誉だけではなく他にも多くの物を持っていただろうアルフェオンはその全てを捨ててきた。王の言葉があり、イグジュアートが大切だったというのもあるだろうが、もともとは彼の心が常に不条理を感じ取っていてくれたからに他ならない。イオとは違い彼が捨てた物の大きさは計り知れないのに忘れて八つ当たりまがいに怒鳴り付けるなんて。


 「ごめんなさい。ただ…アスギルが闇の魔法使いだって思われている事にだけ、頭に来たのよ。」


 怒りのせいで目尻に滲んだ涙を拭い去る。笑顔を見せられるほど立ち直れてはいなかったが、反らした瞳をアルフェオンに重ねた。すると落ち着きを取り戻したイオに、少しばかり言い難そうにイグジュアートが言葉を振る。

 

 「俺は…もしもだけどさ。闇の魔法使いが俺達の知るアスギルだったらいいなと、思う。」

 「どうして?!」


 驚き声を上げるイオをイグジュアートは聞いてとたたみかけた。


 「だってよく考えて。アスギルは誰かに酷い事するか? 俺達の知るアスギルは人の命を救ってくれる神様みたいな人だ。そんな人が闇の魔法使いなら絶対に世界は崩壊しない。」

 

 イグジュアートの意外な考えにイオもアルフェオンも絶句して言葉を失った。


 そんな滅茶苦茶な話し―――でも、その通りだ。


 周囲がどう考えるかは置いておいて、アスギルが人の命を奪ったりしないのはイオが良く知っている。償いという言葉を常に囁き、一人で魔物を退治し人の命を救ってくれる魔法使い。

 

 もしもアスギルが闇の魔法使いだったら―――もしそうだとしたら何か裏があるのではないか。そう感じた時ふと『利用された事がある』というアスギルの言葉を思い出した。


 魔法を操るのは魔法使い本人とは限らない―――アスギル自身は己の愚かさ故といっていた。大事な物を盾に取られても大丈夫なようにそれを上回る力をと。彼の赤い瞳は殺戮ではなく憂いに揺れている。


 もしアスギルが闇の魔法使いだとしたら?

 アスギルはけして世界を崩壊に導くような人じゃない、何処にでもいる小さな存在に手を差し伸べてくれる、少し変わっているけれどとても優しい人だ。戦い以外で力を貸すと伝言を残してくれた言葉からも、彼が争い事を好まない人物だと十分に読み取れるではないか。アスギルが闇の魔法使いだというなら語り継がれる言葉が偽りに違いない。捌かれ貶められるのは闇の魔法使いを操った人間だ。


 伝承なんて何処でどう捻じ曲げられるのか解ったものじゃないのだ、目の前の彼を信じようとイオはぐっと目を閉じて負の感情を必死で押し出した。


 イグジュアートの言うとおり、アスギルは奇跡の様な人。彼の言葉のお陰で体の中でざわついていたものがゆっくりと沈静化していく。今までに感じた事のない魔力が一気に溢れだしそうになるのを押し沈めると、おそらく気付いていただろうアルフェオンに視線を向けると小さく微笑んでくれた。


 そう、これもアスギルのお陰。

 彼が予め解放してくれた魔力のお陰で、イオの秘められた部分の魔力が暴走してしまう危険を回避できたのだ。彼は魔法使いの名が地に落ちぬ様手を尽くしてくれている。イオが出来るのはそんなアスギルに応える事だけ。魔法を使う者としてけして疎まれる存在にならない事。カーリィーンを離れイクサーンで生きて行く為には品行方正な魔法使いであり続けなければならない。


 自ら人を傷つけようなんて微塵も思わないが、大きく感情が揺れた時に不始末を起こさないだけの力も必要だ。イクサーン王国の考えは国を守る者として必要だったのだと無理矢理納得するしかない。闇の魔法使いの問題も今のイオにはそれほど大きな脅威ではないと感じられた。そんな事よりもアスギルが疑われる方がずっと辛く怒りに駆られる。けれどその怒りを完全に沈めてくれたのはイグジュアートの言葉だ。


 もしもアスギルがそうだったとして、恐れるのだろうかと自問すれば恐れはない。イグジュアートの言う様にアスギルが人を傷つけるような人間だとは思えないから。漠然としているが、単なる勘ではなくイオの内側ではそうだという説明できない確信があった。誰にでも過去はある、いつまでもそれに縛り付けられていてはイオら三人も前に進めないのだ。


 知りたくなれば問えばいいだけ。きっとアスギルは嘘をつかない。


 

 イオは両腕を延ばすと目の前に座るイグジュアートを抱き寄せた。ぎゅっと力を込めるとイグジュアートも抱擁をかえしてくれる。


 「ごめんね驚かせて。それと、ありがとう。」


 アスギルが闇の魔法使いなら絶対に世界は崩壊しない―――


 絶対と言いきってくれたイグジュアートに、アスギルを信じてくれた気持ちが無性に嬉しかった。







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