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心の鎖  作者: momo
三章 イクサーンの冬
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 三日もするとほぼ元通りに動ける様にまで回復したイグジュアートに、イオやアルフェオンはもとよりレオンが手配してくれた医師も驚きを隠せなかった。


 あれほど大量の血液を失い重度の貧血であったのだ。魔法での治癒はあくまでも傷の手当のみ。しかしイグジュアートは血色も良く、寝台に寝たきりだったというのに筋力の衰えすらなく、医師はイグジュアートの体に特別な何かがあるのではないかと好奇心旺盛に調べて回った。


 これがアスギルの魔法なのだとハイベルは経験済みだったが、他の誰が知る訳でもない。驚きながらも回復したのは喜ばしい結果に変わりはなく、翌日には騎士団に赴くと言いだしたイグジュアートにイオも、それなら休みの内に用件を片付けてしまおうとモーリスを訪ねる事にした。


 襲われて日も浅く、必要と考えたアルフェオンはそれとなく同行を申し出る。先日駆けつけてくれたモーリスに礼をと言えばイオも喜んで同意した。



 「もしかして治癒魔法を習得したい?」


 魔力を持っているのに使いこなせない、恐れていた自分を後悔していた。そんなイオを側で見て来たアルフェオンは少し不安そうな影を匂わせるイオの隣を歩きながら問いかけると、イオはいいえと首を横に振った。


 「それは基礎を学んでから。前に口走った時にモーリスさんから、医師以上の知識がないと無理だって教えられたの。」

 「なら今日はどうしてモーリス殿の所へ。ご機嫌うかがいだけが目的じゃないだろう?」

 

 イオがモーリスを訪ねるのは何時も魔法の授業を受ける時だ。最近は訪問回数が落ちていたがそれでも時折楽しそうに訪ねていた。それが気鬱そうな影を浮かべていたら気にもなる。治癒魔法でないとするなら何だろうとアルフェオンが答えを待っていると、イオはふぅと息を漏らして隣を仰ぎ見た。


 「モーリスさんから、アスギルに会った時に聞いて欲しいと頼まれていた事があって。」

 「その報告に?」


 襲われた翌日、ハイベル一行の訪問を受けた後イオはその後アスギルを呼びだし、受けた伝言をレオンに伝えていた。その時の話かと勝手に納得てくれたアルフェオンにイオはそっと安堵の息を吐く。


 アルフェオンは必要以上に問い詰めて来るような事はしない。隠している訳ではないが、一緒に来てくれているのでアルフェオンも話を聞く事になるだろうし、それでよかった。彼に隠すつもりはないが、一度ここで話を始めるとアルフェオンにも意見を求めてしまいそうなのだ。ずっと考えていた疑問が心を揺さぶり、ここで醜態を曝してしまいそうで不安になる。


 二人連れ立ちモーリスの屋敷へ歩みを進めた。その間無言だったのはイオの纏う雰囲気のせいだろう。けれどアルフェオンは少しも居心地悪そうにしていなかったのでイオはほっとした。おどろおどろしい外装の屋敷に到着し扉を叩くと、少しの間をおいてモーリスが現れる。急な訪問だったので不在を懸念していたが無駄に終わった様だ。


 待っていた訳ではないだろうが、モーリスは訪問の理由も問わずに屋敷に入れてくれた。そして通されたのは何時もの広間ではなく、この日初めて通された客室。大きな円卓に椅子が十客とかなりの人数が集まれる広さで、勧められるままモーリスから少し離れて腰を落ち着けると、モーリスが先に口を開く。


 「先だっては急に押しかけすまなかったな。」


 詫びの言葉を紡ぐ様な人には見えないだけに一瞬驚きつつも、イオは慌てて首を振った。


 「わたしもアスギルの事は役に立てなくて。それにイグジュアートの為に駆けつけて下さってありがとうございました。」

 「私が何もしておらぬのはその男に聞いているだろう。」

 「いえ、その場を諌める手伝いをして下さった。私からも礼を言わせて下さい。」


 頭を下げるアルフェオンの横でイオも同様に頭を下げる。


 「用件はそれだけか。」


 なら帰れと冷たく言われる前にイオは慌てて口を開いた。


 「聞いてきました、アスギルの意見。闇の魔法使いが世界を崩壊へ導いた原因をどう考えるか……でしたよね?」


 イオが首を傾げながら問うと、モーリスは驚いたように左目を見開きイオを凝視する。


 「何と、あの男は何と?!」


 前髪に隠れた右目までもが輝いたように感じたのは気のせいだろうが、全てに面倒臭そうな態度を示すモーリスが初めて見せた興味だった。イオは気押されながらもモーリスの態度を見て、心に抱く考えが一つの決断を下す。

 イオは心を落ち着けるように息を吸ってゆっくりと吐き出すと、一度アルフェオンを見てからモーリスに向き直った。


 「愛しい人の未来を守る為にそれが正しいと思い込み狂ってしまった、もしかしたら狂う方が先だったかもしれないと。そう言ってアスギルは心配ない、安心して未来を生きなさいとわたしを抱き締めて諭すんです。でも触れたアスギルから感じたのは悲しみで、もしかしたらわたしは、大きな勘違いをしていたんじゃないかって。」


 あの日から一人で考えていた事だ。

 闇の魔法使いの復活を疑い、備える為に力のある魔法使いが必要になったのだとばかり思っていた。イオにも膨大な魔力があるが使いこなす能力がないと捨て置かれている。けれど緊急事態に備えるならイオの様な魔法使いこそ、たとえ基礎を飛ばしても無理矢理魔法を使えるように仕上げてしまいたくなるのではないか。イオはただの平民、しかも自国民でもなく所謂使い捨てとされても仕方がない身だ。国家が下す決断は個人よりも民と呼ばれる多くの者を守るための決断。身分も何もない娘一人がどうなろうと、多くの犠牲を考えるなら選択する道は一つだ。


 なのにそうしなかったのは何故か。高貴な人がただの娘に頭を下げ頼みこんで来る。モーリスの様な人が魔法の師としてつけられる。アルフェオンやイグジュアートについて来たからといっても、たかが異国の平民出身の娘には異常ともいえる破格の扱いだった。何のためにと考えるとアスギルを味方につける為だとばかり思っていたのだが、それは違う。けして失礼にならぬ様、まるで腫れものにでも触るかに接して来たのは恐れていたからではないのだろうか。


 あの日まではそんな風に思う様な事はなかった。けれどアスギルの答えがイオに鍵を与えたのだ。

 『それが正しいと思ったのですよ―――』

 銀の髪を撫でつけながら答えたアスギルの言葉はけして一つの個人的意見などではなかった。まるで見て来たかに、知っているかに語られた言葉と態度。ハイベルがたかが娘に頭を下げねばならない理由。


 これまでの出来事をある答えに当てはめると、イオを取り巻いた環境がすんなりと納得できてしまうのだ。


 「勘違いとは―――いや、お前の考えで正解だ。」


 馬鹿だの無能など言われ続けたイオにとっては初めての褒め言葉。けれど少しも嬉しくはない。


 「私も間違いであればと望んで来たがな。だが先日あの男と対峙し、そしてお前から答えを与えられやはり間違いではないのだと陛下の意見に賛成だ。」

 「何時からそんな―――わたしとアスギルがイクサーンに来たのは偶然だし、そもそもわたし達からの情報だけでよくそうだって思い込めましたよね?」


 イオからアスギルの話はしたけれど、アスギルが自分から彼らに関わった様には思えない。何時からそうだと断定していたのか。偶然の出会いも全て見張られていたのかと疑心暗鬼に陥る。


 「接触して来たのはあの男の方からだ。お前の保護を得る条件として陛下の病を癒やした。」

 「だったら余計におかしい!」


 世界を崩壊に導く様な悪人がどうして人助けなどするのか。


 「お前の為の条件と言っただろう。ちゃんと聞かぬか馬鹿者め。」

 「馬鹿者じゃないわよ、余計におかしいでしょう? 何よそれ、なんで―――なんでわたし―――」


 どうしてアスギルがイオの為にイクサーンの王に保護を求める必要があるのか。魔力暴走の危険性など経験のないイオには理解できる筈もなく。


 何故アスギルがそれ程イオを構うのかと考えるなら、『扉を開いた』との言葉しか思い浮かばない。そしてその言葉も深く読めば行きつく先がそこなのだ。  


 「それだけの事でアスギルを闇の魔法使いだって決めつけるの?」

 

 それでも否定したくなる。周囲の間違いを訂正し、そうでないのだと安心したかった。けれどモーリスから返される答えはイオの望むものではなくて。


 「イクサーン王家には、過去に闇の魔法使いを封印した騎士と魔法使いの血が流れておる。王がアスギルと対峙しそう感じたのだ。その感が外れていればと私も望んだが、今となっては間違いないと確信している。」

 「大昔の血なんてとっくに薄れて無くなってるわ!」


 極刑物の暴言も感情的に叫んでしまう。けれどそれを聞いても誰もイオを止めはしなかった。特にアルフェオンなどは冷静にイオとモーリスを観察している。


 「モーリスさんはアスギルを知らないからそんな事が言えるのよ。頼りなさそうで頼りになる、でも世間知らずで放っておけない。優しい赤い目に宿る温もりを知らないでしょう? ねえ、アルになら解るわよね。アスギルは闇の魔法使いなんかじゃないって!」


 否定の言葉が欲しくて縋る様に身を寄せる。感情的なイオに対し冷静なアルフェオンにモーリスの視線も向かった。


 「確かに出会った当初のアスギルからは得体の知れない危うさを与えられた。しかしそれは忌避される魔法使いという存在に向けて私の個人的な感情でしかなかったかもしれない。彼の過去に何があったのかは知らないが、イグジュアートを治癒するアスギルの姿からは殺戮を好む人間には到底見えはしなかった。」

 「身近な者にはそうやも知れんな。だが闇の魔法使いが殺戮を繰り返したのは違えられぬ事実。」


 モーリスは灰色の瞳を鋭く研ぎ澄ましイオを捕らえた。


 「アスギルの言葉一つ一つを良く思い出せ。狂っていたと過去を認め贖罪するならよいが、今も狂ったままであるなら世界は終わる。挑んで勝てる相手ではないが、どちらに転んでも我々は手を打たねばならんのだ。」


 イオは両手を力任せにテーブルへ打ちつけ立ち上がった。モーリスを強く睨むその瞳は涙に潤んでいる。


 「そうやって疑うから避けられるんです。闇の魔法使いなんて復活していません。わたしは心配ないって言ってくれたアスギルを信じます!」


 何故疑うのか。

 アスギルを知りもしないで極悪人に仕立て上げようとする。まるでカーリィーンの魔法使いに対する迫害と同じだ。魔法使いと言うだけで疑われる。力があるからそうだと決めつけられる。イクサーンは魔法使いを保護してくれるけれどその呼び名は結界師。この世界でも魔法使いが認められている訳ではないのだと、イオは逃れられない枷に繋がれた様な気持ちでモーリスの前から逃げ出した。



 








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