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心の鎖  作者: momo
三章 イクサーンの冬
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 父であるハイベルに同行し屋敷へ帰る形となったレオンであったが、その屋敷ではイオと一言も言葉を交わす機会を持てなかった。有ったとしても何を話せばいいのか。後ろめたさに視線を外し王の背後に黙って控えているしかなかった己が恥ずかしい。それからハイベルと共に一度屋敷を後にしたレオンだったが、ハイベルを無事城へ送り届けるとその足で己が預かる騎士団へと顔を出し、不在にしてしまったせいで溜まった仕事に手をつけていたのだったが。

 やはりイオが気になり仕事が手につかず、呆れるエディウを横目で睨んで再度馬に跨り屋敷を目指した。


 しかしレオンは雪道を注意しながら馬を走らせ、急ぎ戻った屋敷の扉を開いて我が目を疑う。


 開いた扉の向こうは見慣れたエントランスではなく、真っ白な雪景色の世界。振り返ると屋敷があり、再び扉を開くとまたもや銀世界が広がり、レオンは結界に呑まれたのだと気付いてこれは厄介だと腰に手を当てた。


 魔法が使えないレオンでは自らの力で結界を破るのは困難である。見慣れた世界が広がるので現実世界であるのは理解できるが、罠として張られる結界からの引き返し方が解らない。術者よりも強い魔力で対峙するなら結界を破るのは容易いが、試しに腰に挿した剣を抜いてみたが何の反応もなかった。


 闇の魔法使いを封印する為に残された宝剣。この剣の力を超える存在を想像し思い当たるのは一人しかいない。


 やはりあの魔法使いがそうなのか?


 懸念を抱きながらも間違いであって欲しいと願う気持ちが入り乱れる。何時までここで惑わされるのだろうと思案に暮れていると、目の前の扉がかたりと音を立て僅かに開いた。縁を見つけ再び扉を開くと、今度は雪景色ではなく本来あるべきエントランスが何時も通り目に映り込む。


 罠を警戒し注意しながら足を踏み入れた。床が落下するような場面を想像したがそうではなかったようで無事目的の場所まで辿り着く。扉の向こうには人の気配。しかし複数ではなく、想像していた人物は結界を解いて去った後のようだ。レオンはゆっくりと扉を開いた。



 部屋の中には望んだ人の姿。長椅子に腰を下ろしたイオが茫然とした様子で空を見つめており、レオンの来訪にも気が付いていない様子だ。名を呼んだが返事はなく、レオンは側に寄って片膝をつきイオを覗き込むと、紫の瞳が虚空を彷徨うかに小刻みに揺れ動いていた。


 「どうした、大丈夫か?」


 呼びかけ体に触れるとイオがびくりと弾け飛ぶ。レオンを拒絶するように身を離し壁まで後ずさったイオだったが、途中で椅子の肘掛にぶつかり後ろへ転んで尻餅をついた。


 「イオっ!」


 助け起こそうと手を伸ばしたレオンだったが、触れられるのを盛大に拒絶されたせいで尻込みし腕を引っ込めた。イオは転んだ衝撃で意識を取り戻したのか、痛いと尻を摩りながらレオンと目を合わすと再びびくりと肩を弾けさせる。


 「レッ…レオン様?!」


 どうしてここにいるんだと驚きの表情を浮かべるイオに、レオンは拒絶を恐れながらも再度手を差し出した。するとイオは戸惑いながらも差し出された手を取って立ち上がり礼を述べてくれる。


 「あ、ありがとうございます。」

 「いや、大丈夫か?」

 

 大丈夫ですといいながらイオはするりと手を離し、レオンから距離を取りながら転んだ拍子に乱れた衣服を直した。


 「あのっ、忘れ物ですか。それともお休みに?」


 今朝方やって来たばかりのレオンが仕事中に戻って来たのだ。忘れ物かと思ったがアルフェオン同様に疲れが溜まっているのかも知れない。休憩に戻ったとも考えられた。平静を取り戻そうとしているイオの様子にレオンは戻った理由を正直に答えるべきかどうか一瞬迷うが、とてもじゃないがお前が気になって戻って来たなどと口に出来る訳がない。だからといってどう取り繕おうかと戸惑っているとイオの方が勝手に話を始めてくれた。


 「もしお時間がおありなのでしたら、少し宜しいでしょうか?」

 「ああ、構わん。」


 アスギルの事だろうと思いながら先に腰を下ろし、イオにも椅子を勧める。先程レオンが屋敷に踏み込めなかったのはアスギルが邪魔をされたくなかったからなのだろう。まさかこれほど早くにイオがアスギルと話をつけてくれるとは思っていなかったが、仕事をさぼった言い訳も出来てちょうど良い。


 「渡りをつけてくれたのか?」

 「それが―――アスギルには断られました。」


 乗り気でないイオの様子からなんとなくこうなると予想はしていたが、国王であるハイベルが直接話をつけにやって来たのだ。予想していても流石にこれ程早い拒絶を城に持っては帰れない。


 「あのっ、でも、ちゃんと伝言は預かっています!」


 怒る訳にもいかず、だからといって諦めきれないレオンが思案していると、イオが慌てて言葉を繋げた。

 レオンは一つ頷き先を促す。


 「“戦以外で必要な時は手を貸す、しかし出来るなら極力放っておいて欲しいとの勝手な願いを聞き届けられよ”―――だそうです。」


 一言一句間違えないよう注意深く復唱したイオはレオンの様子を窺う。レオンはそんなイオの瞳を見詰めながら同じように言葉を繰り返した。


 「必要な時は手を貸す―――か。」


 どういう意味だ? イクサーンが抱えている問題で一番大きなものは闇の魔法使いについてだ。それに手を貸してくれるというのだろうか。もしそうならアスギルが闇の魔法使いというハイベルの読みは外れている事になる。そして同時に極力放っておいて欲しいというのは、出来るなら関わりたくないという意味なのだろうか。それとも―――騒がぬなら手出しはしないという牽制なのか。


 「あの方とアスギルとの間に何があるのか知りませんが、わたしには無理に会って欲しいとは言えない。申し訳ありません。」


 考え込んだレオンにイオが頭を下げる。会わせられない原因が強く出られない自分にあるとでも言いたげな態度に、イオがアスギルへ向ける情を感じたレオンは少しばかり切なくなった。恐らくイオが強く頼めばアスギルも了承したのだろう。イオにとっての順位は無意識であってもイクサーン国王よりもアスギルなのだ。

 ではハイベルではなく自分が頭を下げたらどうするのか。やはり同じ結果を招くだろうと予想され自問自答に気落ちした。


 「君はよくしてくれた、礼を言う。伝言は預からせてもらうが―――アスギルと何かあったのか?」


 部屋に入った時のイオの様子は明らかにおかしかった。昨夜現れたアスギルがイオに取った行動からすると危害を加える様な人間には見えなかったが、虚空を彷徨うかに紫の瞳を揺らしていたイオの様子はとても気になる。

 アスギルの腕に囲われそれに縋る様に体を寄せたイオを思い出しながらも、冷静と穏やかさを忘れることなく僅かにイオへと体を寄せると、イオは俯いて違うと頭を横に振った。


 「彼の傷を―――突いてしまったんじゃないかと、落ち込んでいたんです。」

 「傷、か。」


 この場合目に見える外傷ではないだろう。アスギルとの話の中で感じたものがありそれに動揺していたのだろうか。


 「心の傷は誰にでもあるものだ、それを知らずに突いてしまう失敗ならそれは仕方がない。」

 「そうかもしれません。でも、なんだか上手く繋がらなくて。少し怖くも感じるんです。」

 「怖い?」


 弱みを見せられ心を開いてくれたような気持ちになり、レオンは更にイオへと近付いた。イオは下を向いたままで視線は足元へ向けられている。

 

 「怖いって表現も少し違うような気もしますが、上手く言葉にできなくて。アスギルが遠くに行ってしまって二度と戻ってくれなくなるんじゃないかと思うと、辛いです。」


 辛いといって両手を握り締めたイオにレオンはふっと息を吐いて笑みを浮かべた。


 「大切なんだな、アスギルの事が。」

 「そう、ですね。初めて会った時なんて自分を魔法使いだって堂々と宣言してびっくりしました。わたしが絶対に口には出来なかった言葉を何でもない事として言ってのけるアスギルに驚いて、それから彼の魔法に驚いて。とてもすごい魔法を使うのはレオン様も知っていますよね。なのになんだか放っておけないんです。沢山面倒見て貰っているのに不思議ですよね。きっとそうです。大事なんです、アスギルが。」

 「アスギルも君の事をとても大事そうにしていた。アスギルが君の側から消えてしまうなんて事はないと私には見えたぞ。だから―――いつかアスギルも君に心の内を吐露してくれる日が来る。」


 アスギルの中に存在する心の傷が何なのか、世界を崩壊に導いてしまった過去かあるいはそれに辿り着く原因か。もしくは全く予想を反した出来事なのか。レオンにも思い描けはするが、直接本人と話さなければ答えは見つからない。

 悪人がイオの様な娘に付け込むのはとても容易いだろうが、それをして得になる物など何もないだろう。魔力の暴走を招く原因を取り除こうと助言をしたり、イグジュアートの命を救った経歴に悪意は感じられないのだ。

 

 顔を上げたイオが苦く笑う。それに合わせる様に扉が叩かれ、レオンが返事をするとエディウが姿を現した。


 「お取り込みの所大変申し訳ありませんが、そろそろお戻りになって頂かないと。」


 殆ど時間をおかずに迎えに来たエディウにレオンは急用でも入ったのかと溜息を落としながら、鬱陶しそうに立ちあがった。


 「邪魔をして悪かったな、また来よう。」 

 「邪魔だなんて、わたしの方こそお忙しいのに話に突き合って頂いて申し訳…ありがとうございました。」


 感慨に耽っていたイオをそっとしておけずに驚かせてしまった事を誤ったのだが、イオの方はとんでもないと首を振った。

 見送りはよいとエディウを引き連れ立ち去るレオンに後ろから声をかけられる。


 「お忙しいでしょうが余裕のある時はまた夕食に戻ってきて下さい。いつもご用意してお待ちしていますから、何時でも。」


 戻って来いとの言葉にレオンは立ち止り振り返った。

 確かにこの屋敷はレオンの持ち物だが、イオ達を住まわせている以上は我が物顔で立ち回っている訳ではない。けれどイオからは身分を壁に煙たがられているとばかり思っていたのだ。だからこそイオの言葉にレオンは急に気を良くする。


 「いつ来るかも知れぬ私の為に準備させるのは忍びない。入用の際は連絡を入れよう。」

 「それはご心配なく。残れば翌朝に回していますので無駄にはしていないんですよ。わたしの作った物なんてレオン様のお口には合わないかもしれませんが、あまりにお忙しそうなんでちょっと心配です。」

 「ちゃんと旨いぞ、口に合わぬなら時間をずらして帰って来る。またしばらく戻れないだろうが、また馳走になろう。」


 何時もはつれないと感じる態度もそうではなかったのかと思えてしまう。急に機嫌を良くしたレオンにイオは首を傾げながらも頭を下げた。


 「では行ってらっしゃいませ。わたしも明日には出勤いたします。」


 送り出しの言葉を述べた直後、エディウからイオに向けて声が上がった。


 「貴方には暫く休んで頂きます。」

 「えっ、まさか首ですか?!」


 驚くイオにエディウは首を振り、レオンは言い忘れていたと頭に手を乗せた。有能な部下で本当に有り難い。


 「事件があった直後ですので用心の為と、イグジュアート殿を看病する人間が必要ですので。仕事復帰はイグジュアート殿の回復次第という事にさせて頂きます。」

 「そうですか、よかったぁ~」


 ほっと胸を撫で下ろすイオにレオンは複雑な微笑みを浮かべた。

 イグジュアートの看病は建前。何よりもイオの身を守るのを優先し、屋敷に閉じ込めようとしているだけだ。ここにいれば絶対に安全と言う訳ではないが、外をうろつかれると気付かれぬ様に隠れて護衛するのにも限度がある。ハイベルによって付けられていた騎士は顔が割れてしまったので他の人間を当てるしかないが、いくら有能な人材を充てても絶対はないのだ。しばらく屋敷で大人しくしてくれていた方がレオンも安心できるし、何よりも屋敷にはアルフェオンがいるのだ。昨夜のような失敗は二度と起こらないだろう。


 アルフェオンの騎士としての腕は誰よりも信頼している。少しばかり複雑な心境はあるが、こんな事に私情を挟める筈もない。自分が側で守ってやれないもどかしさを感じながら、レオンはイオに向ける己の感情に気付き、それを認め始めていた。









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