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心の鎖  作者: momo
三章 イクサーンの冬
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御一行




 イオが着替えを済ませイグジュアートの様子を見に窺うと、アルフェオンの言葉通り硬く瞼を閉ざして眠っていた。

 

 アスギルの魔法で肉体は完全に回復しているが、だからとて身に受けた衝撃が無かった事になる訳じゃない。イオは審問官に傷つけられた腕をさする。剣で切られ血を流した後とは思えない綺麗な皮膚だった。動かしても痛みも何もなく傷つけられる前となんら変わらない腕。イグジュアートの体にもそれと同じ現象が起きているのだが、流れた血の量はイオとは比較にならない。青白い顔色は大量の血液を失ったせいだろうが、そっと頬に触れると生きる温もりが伝わり、イオは安堵に目を細めた。


 イグジュアートの為に造血作用があり体力のつく食事をと考えながら部屋を出る。イグジュアートが使っていた部屋はイオが投げた椅子のせいで窓が壊れ滅茶苦茶な状態なので、彼が眠るのはアルフェオンの部屋だ。イグジュアートの部屋の扉を開けて中を覗くと、破れた窓には板で塞ぎが成されている。風が入り込まないようにと昨夜の内にレオンが連れていた騎士らが応急処置してくれたものだった。


 アルフェオンは何処で眠ったのだろう。他に部屋もあるが、事後処理のせいで眠っていないのではないだろうかと姿を捜すと、台所で湯を沸かし茶の用意をしてくれていた。


 「もしかして眠ってないんじゃない?」


 茶の用意は任せ、指先に滲む渇いた血を洗い落としながら訪ねる。

 

 「流石に眠れなくてイグジュアートについていたよ。」

 「それじゃあ何か軽く作るから食べたら休んでね。お仕事から帰ってきてそのままだから疲れているでしょ。」

 「そうだな。しばらくしたらレオンが来るだろうからその後で。」

 「レオン様?」


 そう言えばこの屋敷はレオンの所有だ。窓を壊した事を詫びなければと思いながらイオは「あっ!」と声を上げる。 


 「昨夜殺されそうになった時に助けてくれた人がいたの。お屋敷の番をしている人がいるなんて知らなかったけど、あの人のお陰で命拾いしたの。レオン様の下で働いている方かしら。お礼を言えず仕舞いだったけどアルは知らない? レオン様に聞けば解るかな?」


 それがここ最近イオを見張っている男だというのはアルフェオンも既に把握していた。イクサーン王の近衛隊に身分を置いており、男が事の成り行きをレオンに説明する場にアルフェオンも同席していたので話は聞いている。いずれ解るかもしれないが今ここでありのままの事実を伝えていいものかと思案するアルフェオンを、イオは疲れている上に寝不足で調子が悪いのだと解釈し、洗い終えた手を拭いてお茶の準備を交代した。


 「温かいスープを作るわ。温まってお腹が膨れればぐっすり眠れる。」


 昨夜酷い目に合ったばかりだというのに明るい声。その声が暗く沈みかねない状況が迫っている事実をアルフェオンは笑顔で隠した。



 

 *****


 窓の外を眺めていたアルフェオンから「どうやらきたようだ」と声がかけられる。イオも窓に寄って外の様子を窺うと、深く積もった雪の中に騎乗した人間の影が見えた。


 供をつけはしてもレオンが伴うのはエディウ一人である事が多いというのに、今回はかなりの大人数。十人位はいるのではないだろうか。迎えに出るアルフェオンを追いながら、いったい何があるのだろうとイオは不安に駆られた。


 外へ続く扉を潜ると一行が馬から降りる所だった。銀色の世界に茶色交じりの金髪を見つけ、それがレオンであると確認するが、何時もと違い表情が硬い。それからモーリスと、彼らに囲まれた真中に随分前に一度だけ会った事のある人の姿を認めた。


 こちらへ歩み寄って来るその人は周りの人全てを従えている。レオンですらその後ろを歩く様子に不安を強くしたイオは、礼を取るアルフェオンに習い腰を落として頭を下げた。 

  

 「礼はよい、極秘の訪問だ。」

 「恐れ入ります。」


 イオは顔を上げたアルフェオンの後ろ姿だけをじっと見つめる。周囲に溢れる雰囲気が怖かった。前に会った時に名乗られはしなかったが、今なら目の前の人物が誰であるのか、かなりの確信を持って想像できる。けれど口にするのが怖くて相手から振られるまでは絶対に核心に触れないでおこうとイオは決意した。


 なのに……


 イオはその男と向き合って座らされていた。

 長椅子に腰を落ち着けた男―――ハイベルの斜め後ろにはレオンとモーリスが。そしてハイベルとテーブルを挟んで向かい合い座るのはイオだ。アルフェオンですら立っているのにハイベルより『座れ』と言われて無理矢理腰を下ろす羽目に陥っている。お茶の用意をとさりげなく部屋を出て行こうとしたのだが、それは同行した騎士に任せるからと逃げ道を塞がれた。


 レオンやモーリス、それにアルフェオンを立たせておいて自分だけが座っている現実。そして目の前に座るハイベルから漏れだすただならない威厳を感じ、イオはいたたまれず今にも泣き出してしまいそうだった。


 間もなく茶器を抱えた騎士が入ってきて、お茶と焼き菓子を置いて退出していく。一緒に連れて行ってくれないだろうかと知りもしない騎士の背中を潤んだ目で見つめていたら、ハイベルから「若い娘に評判の菓子だ、口に合えば良いのだが」と世間話でもする様に勧められた。


 にこやかな表情だが鋭い目をしたハイベルに、イオはがちがちに緊張して何と答えて良いのか解らない。勧められるまま菓子を食べてよいのか、勧められた以上は嫌でも食べなければならないのかと悩んでいると、背後から肩を叩かれはっとして振り返った。


 「大丈夫かい、気分がすぐれないならまた次回にでも。」


 良いのだろうか。

 心配してくれるアルフェオンの言葉に縋って逃げようと口を開こうとするとほぼ同時に、それを遮る様にしてハイベルからの声が上がった。


 「前回同様そなたに尋ねたい事があって参った。」


 言葉をかけられたイオは前を向きなおる。今ここで逃げてもまた次回があるのだろう。その時に相手の身分をひけらかされでもしたら逃げ場を完全に失ってしまう。苦い顔をして視線を外すレオンの様子は気になったが、ハイベルが向ける視線は厳しいもののこちらを射殺すような代物ではない。意を決したイオは膝の上で手を握り締めた。


 「昨夜ここに現れたというアスギルについてだ。かねてより私は彼と話をしたいと願っているのだが一向に行方が知れない。しかし昨夜そなたの呼び掛けに応じ姿を現したというではないか。頼る伝手はそなたしかないとこうしてやって来たのだが、取り次ぎを頼めはしまいか?」

 

 下手に出た物言いにたじろぐが、断っても良い案件なのかと思案に暮れる。当然相手は否との言葉など期待していないだろう。けれどイオの様な小娘に気を使ってまでアスギルに会いたいとは―――アスギルがここを離れる際にイオを宜しく頼むと声をかけてくれた人であるのも確かで、それに応えてモーリスを紹介してくれた人でもある。利用しないとの前回会った時の言葉を信じ、意地悪せずに協力するべきなのだろうか。

 けれど呼べば来ると約束し、どんな技なのかは知れないがその約束を果たせる力を持ったアスギルの事。話をしてもよいと考える相手ならアスギル自らその相手に姿を見せる様な気がする。


 「それは、命令なのでしょうか。」

 「私の個人的な願いだ。無理にとは言わぬが、聞き入れてくれると有り難い。」

 「わたしを脅して無理矢理いう事をきかせようとはなさらないんですね。」


 そうすれば簡単なのにとのイオの考えを、ハイベルは失笑と共に首を振って否定した。


 「罪人でもあるまいし、人権は尊重すべきだ。生憎と罪もない人間に手荒な真似をする非道さは持ち合わせてはおらぬ。そなたも保護すべき国民の一人だ。」

 

 脅しは逆効果。イオの首に剣を突き立て闇の魔法使いを刺激するなどという馬鹿な真似は、多くの民を預かる王としては絶対に犯せない間違いだ。ハイベルはカーリィーンの魔法使いに対する迫害と、保護に努めるイクサーンの違いを表に出し諭した。


 「ではアスギルは?」


 イオをイクサーンの国民というならアスギルはどうなのだろう。


 「アスギルはこの国にとってどんな存在なのでしょうか。罪人? それとも優秀な魔法使い?」

 「それを見極めたいといったら?」


 質問を質問で返されイオは眉を顰めた。

 見極めたいとは何だろう。罪人ではないと取って良いのか、それとも強い力を持った魔法使いは間違いを犯したときに危険だから思想を確認するつもりなのか。もし国にとって危険とみなされたならカーリィーンの様に排除するつもりなのだろうかと、人生のほとんどを過ごした世界を思い出し身が震えた。


 「魔法は使い方を間違わなければ恐れる必要はないとアスギルに教えられました。アスギルは間違った使い方なんて絶対にしないとわたしは信じています。それにもしそんな事になったら誰もアスギルには敵わない。アスギルは人を蘇らせる以外なら何でもできるんです。そんなすごい魔法使いなのにわたしみたいなちっぽけな人間を気に止めてくれる優しさを持っている。闇の魔法使いの事も心配ないからここで新たな人生を全うしろと励ましてくれましたし、昨日だってイグジュアートを助けてくれた。わたしがアスギルから感じるのは労りばかり。彼は絶対に罪人なんかじゃありません。」


 一気にまくし立てると大きく息を吐きだした。椅子に背を預けたかったが、それを何とか気合で留めたのはハイベルが鋭い視線を向けていたからだ。思わず威圧されそうになったイオは椅子に座り直し身を正した。


 「闇の魔法使いの事は、心配ない―――そう申したのか?」


 鋭い碧眼がイオを捕らえる。拒絶など許してくれない鎖に絡め取られ、ごくりと唾を呑み頷いた。


 「根拠は?」

 「え―――?」

 「心配ないと申したのであろう。アスギルは何を理由にそなたに心配ないと申したのだ?」


 闇の魔法使いに関する件だけあって見過ごしてはくれない。けれど答えを持たないイオは直ぐに首を振った。

 

 「知りません。多分わたしを安心させる為にいってくれただけだと思います。」


 感情的になって口を滑らせたのを後悔するが既に遅し。この話を終わらせようとしてもハイベルは口を閉じてくれない。


 「何故アスギルはそなたを安心させようとしたのだ。アスギルにとってそなたは伴侶か大切な何かか?」

 「ちっ、違いますよ。何故かは解りません。いえ、多分わたしがカーリィーンで抑圧された生活をして来た魔法使いだから同情してくれただけだと思います。」

 「同情だけではない筈だ。私はそなたを守るようアスギル自身に頼まれたのだからな。」

 「そんな事言われても、わたしは―――」


 口籠り俯いたイオをハイベルは注意深く観察した。

 闇の魔法使いの後を継ぐ存在となるやもと思いもした。しかし魔力は呆れるほどに膨大な量を蓄えてはいるが、それを使いこなす術はまったくもって素質がなく宝の持ち腐れとモーリスは漏らす。深く学ばせもしていないのでそれについては今のところ問題にしてはない。勿論魔力量を考えると備えねばならず野放しにするつもりはないが、やはり今一番の問題なのはアスギル自身なのだ。

 

 対峙し殺されるやもしれぬがそれでも先送りにばかりしてはいられなかった。本来なら今頃死んでいたであろう命故に惜しみはしない。出来得るならアスギルと話し合いの場を持ち、望みが何であるのか、平和を得る為に何らかの対価を支払って済むなら幾らでも支払に応じる旨を。殺意を持って向かって来られるなら敵わぬのを覚悟で剣を抜き戦うしかないが、イオという一人の娘の保護に走る今のアスギルになら話が通じるのではないかとハイベルは一抹の望みをかけていた。


 「騙し打つつもりは毛頭ない。何ならそなたにも同席してもらって構わぬ故、橋渡しを頼めはせぬか?」


 イオの同席は提案ではなく保身の為と、そしてアスギルがイオに向ける感情がどういった種類であるのか、ハイベル自身も確認もしておきたい両方の思惑から。

 

 「どうか頼む。」


 浅くではあるが頼むと頭を下げたハイベルを目の当たりにしたイオには、慌てて頷くしか道がなかった。庶民出の娘が貴人を前に取る行動などハイベルにはお見通しなのだ。


 「解りました、お願いですから顔を上げてください!」


 慌てるイオにハイベルはゆっくりと頭を上げる。名乗りはされずとも頭を下げる男が本来その様な態度を取ってはならない身分であるとイオも気付いていた。


 「出来るかどうか解りませんけどアスギルに会えたら頼んでみます。頼んでみますけど、もし無理だったら、その時はお願いですからどうかお許しください!」


 精神的に参る対面なんて二度とご免だ。レオンとモーリスを従えるハイベルはイオに何とも言えない恐れを抱かせる。イオの緊張を感じ取ったハイベルは少しばかり踏み込み過ぎたかと思いながらも、近く対峙するであろう強大な敵を前に本能的な恐怖を感じていた。


 逃げられるものなら逃げ出したい。だが王として生まれたからにはその責務に応えるしかなく、目の前の問題から目をそらさず迎え撃つ覚悟で進むしかなかった。








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