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心の鎖  作者: momo
二章 イクサーン王国
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温もりの種



 食事を終えた席で二人の男が向きあい酒を飲み交わす。

 残ったのはアルフェオンと、今夜はこのまま屋敷に留まると決めたレオンだ。イオはテーブルの上を綺麗に片付け酒の用意を済ませると台所に篭って後始末を、イグジュアートはそれに付いて回った。イオを見詰めるレオンの視線が気に食わないらしく、イグジュアートは去り際にレオンを睨むのを忘れない。

 少年の可愛らしい嫉妬にレオンは苦笑いを漏らした。


 「境遇に似合わず素直な少年だ。」


 心を曝すのに躊躇が無い。

 カーリィーンで幽閉同然の生活をしていた頃は己を殺し続けてきたが、国を出てから少しずつ良い方向に変わって来たのはイオのお陰でもある。アルフェオンと二人であったらこうはなっていなかっただろう。


 「母親…姉の様に思っているのか。まるで彼女の護衛騎士だな。」


 勿論その護衛対象にとって害となる存在はレオン自身だろうと、舐めるように酒に口を付けた。


 「二・三年もすれば本物の騎士になれるさ。」


 この年で初めて剣を持ったにしては良い筋をしている。アルフェオンが教えればかなりの上達を見せてくれるだろう。

 

 「まぁそれも未来有っての話だがな。」


 グラスを戻した音と共に沈黙が下りる。

 

 闇の魔法使い、その存在がこれからの未来を左右するのは間違いない。何百年も前の恐怖が今まさに迫っており、いつ攻撃が始められるか知れない緊張に震える。


 歴史でしか知らない暗い闇が世界を再び恐怖に陥れるのか、気鬱で終わるのか。得体の知れない厄介すぎる存在にレオンは前髪をかきあげ息を吐いた。


 レバノの封印が解かれて以来、日々の強行軍で疲れが溜まりにたまっている。無暗に歩き回ってもどうしようもなく暫くは王都で気配を探り攻撃に備える日々が続くだろう。それもいったい何時までになるのか。終わりの見えない状況をどう解決すべきなのかもわからない。しかもこの有事に王からは一人の娘を誑かせと命令されたのだ。病み上がりの王がレオンを呼び真っ先に下した命令。『そのうち化ける』との言葉からすると彼女に何かがあるのは間違いないのだろうが。


 そこから糸口を探ってみるのも無駄ではないかもしれない。


 イオが逃げる様に引っ込んでしまった台所へ無意識に視線を向けていたレオンに、ちょうど良いとばかりにアルフェオンが話を振った。


 「イオを見る目が変わったようだが。」


 アルフェオンの言葉にレオンはバツが悪そに目を細める。


 「―――やはり解るか。」


 そうだよな、あの少年にすら気付かれているのだからと苦笑いすら浮かんだ。


 「お前は彼女から溢れ出る膨大な魔力に引き付けられているんだろう。彼女がモーリス殿の指導で魔法を使いこなせるようになれば恐らくそれもなくなる。」

 「魔力―――?」


 そんなものが漏れ出しているからといってこうも捕われてしまうだろうか。現実には何かの呪いにかけられたとした方がしっくりくるのだが。

 レオンは眉を顰めながらアルフェオンに続きを促した。


 「初めて会った時には何も感じなかったが?」

 「カーリィーンでは魔法使いというだけで命取りになる。そのせいで彼女自身知らぬ間に自分で魔力を封印していたらしい。」

 「知らぬ間に封印だと?」


 そんな事が出来るのかと問うレオンに、アルフェオンも自分だって初耳だったと告げた。


 「アスギルがそう彼女に教えたそうだ。イオの中には大きな魔力が封印されている、何かの拍子に封印が解けた場合それを使いこなせないイオでは周囲に膨大な被害を及ぼしかねないと。だからアスギルは彼女の中に眠る魔力の一部を開放し、魔法の正しい使い方を学ぶよう諭したそうだ。」

 「それでモーリスが関わったのか。」


 呟いたレオンは口元に指を持って行くと目を瞑って考えを巡らせた。

 国一番の結界師でありながら偏屈でも有名なモーリスは勝手に引退し隠居生活を送っている。時折ハイベルに召喚されて王宮に顔を出すが、あの男が自ら他人の面倒を見ているのは正直意外な展開だったのだ。それは故にイオの魔力とやらがそれ程に大きなものである証明ともいえる。

 そんなレオンを横目にアルフェオンは手にした酒を一口飲み込んだ。


 「アスギルは顔見知りの男に今後を頼み、その男がモーリス殿をイオに紹介したらしい。イオに名乗りをしなかった男とはもしや―――」


 じっと睨んで来るアルフェオンにレオンは無言で頷く。恐らくそれがレオンの父であり、イクサーンの王ハイベルなのだろう。

 病み上がりでありながら自ら足を運ぶほどに重要な存在。レオンの表情が硬く強張った。


 「アスギルはイクサーンに仕官していた結界師ではないだろうか?」


 世情には少しばかり疎いようであったが、判断力や洞察力は極めて優れていた。イオがいうように世間から隔離された辺境の土地を出て来た魔法使いであるわけがない。

 ただ確かに特殊な感覚をもっているようで、何処かに仕官しているのだとしたら上手く立ち回れているのか心配になる程だ。あれほどの魔法使いの名をレオンが知らないのは肌に合わず早々に出奔したとも考えられるのではないだろうか。それにイクサーン入りしてからのアスギルは異様に周囲を気にし慎重さを増していたのを覚えている。

 

 「陛下やモーリスは何かを知っていながら隠しているようだ。こちらで調べてみる価値はありそうだが、彼女はアスギルについて他に何か話していたか?」

 

 「そうだな」と首を捻りながらアルフェオンは腕を組んで背を椅子に預けた。


 話すというよりもほんの短い付き合いながらイオはアスギルを信頼し、アスギルはイオを気にかけ常に見守っている様子だった。アルフェオンやイグジュアートも常に見られていたが、それは見守るというよりも見張られているといった方が表現的にはしっくりくるのだ。


 「悪いが思い出さん。ただ先程の話に戻るが、お前がイオに妙な色気を向けてしまうのはそんな訳だ。近いうちに治まるだろうからそれまで彼女に近づくのはやめたらどうだ?」

 「何が妙な色気だ、私にそんなつもりはないぞ。」


 邪な気持ちを読まれたような気がして、レオンはごまかす様に空になったグラスに酒を注いだ。


 「ならいいが、このままだとイオに嫌われるぞ。」


 面白そうに口角を上げたアルフェオンをレオンは睨みつけた。


 「別にかまわん。」

 「私と彼女の仲を勘繰った癖に強気だな。」

 

 笑うアルフェオンにレオンは苦虫を潰した様な顔で肘を付き顎を乗せた。ちょうどそこに台所の方からイオとイグジュアートの笑い声が届く。

 あちらは随分と楽しそうだと、レオンは継ぎ足した酒を一気に煽った。





 


 ああは言ったが王命もある、正直嫌われて困るのはレオンだ。アルフェオンの助言を素直に聞いて今夜はイオに係るのはよしておこうと、この屋敷に泊まる折には何時も使っている部屋の扉を開いた。


 喧騒から逃れたい時など時折訪れるだけの屋敷の部屋は少しばかり埃っぽい。それが今夜はすがすがしく感じられ、人の手が入り毎日窓が開かれているのだと知れた。


 暗い室内も慣れたもので寝台まで歩み寄ると側の燭台に火を灯す。すると窓辺に花が一輪、小さな透明の花瓶に挿されているのがうつし出された。


 今夜レオンが泊まると知ってから用意された花ではない。恐らく屋敷でここにだけに人の気配を感じたのだろう。それでいつ戻るともしれない自分の為に花を飾ってくれたのだ。


 城や本来の屋敷に用意された物ならその気使いに目を止める事は無かった。彼女が自分を想って花を飾ってくれたとも思わない。恐らく他の寝室にも同様に花が飾られている事は容易く想像できるが、何故かレオンはそれを見てほっとしたのだ。

 戻りを待ってくれる誰かがいる―――暖かな無償の温もりを久し振りに感じた気がした。


 この時レオンの心にある想いの種が蒔かれたが、彼がそれに気付くのはかなり先の事だった。 

 


 







 



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