戸惑う
ただの一般人である自分が高貴な人の隣に並んで歩くなんて絶対に許されない。許される筈がない。
身分ある人に対する緊張と恐ろしさからイオが歩調を緩め後ろに引こうとすれば、『どうした?』と足を止めて振り向かれる。どうあっても隣に並ぶのを強要しようとする行動に逆らってばかりもいられず、イオは仕方なくレオンの隣に並んで帰路についた。
そもそもどうしてこの人が自分を迎えに来るのか。
忙しい人だと解っているだけに理由は一つしかないと予想は出来たが、それに反してレオンからアスギルに対しての質問は一つもなされなかった。
それ所か終始無言なのだ、会話の一つもない。
話されても受け答えに困るので話してくれなくてもいいが、ちらちらとこちらの様子を窺い何か言いた気な視線を向けられているのをひしひしと感じて、イオは厄介事に巻き込まれないためにもそれに気付かぬ振りを必死で装い続けた。
一方レオンは久し振りに目にしたイオに心の内で驚きを抱いていた。
先日一度だけ会った彼女はそれなりに可愛くはあるが、何処にでもいる平凡な雰囲気の娘だった筈だ。それがどういう訳か、今日は輝きを持って目にうつるのだ。
後ろで束ねられた零れ落ちる銀の髪は瑞々しく輝き神々しくさえ感じられ、こちらを見上げた紫の瞳は何処までも美しく澄んで飲み込まれそうになる。細く白いうなじや艶やかな肌に触れてみたいと感じた時には、欲求不満なのかと我が身を嘆きたくなった。
姿形が変わった訳ではない、数日会わぬ間に魅力が増したのだ。そのあまりの違いにレオンは戸惑いを覚える。
王の命令で彼女の心を自分に向けさせる―――仕事の為に人の心を利用するのはよくあるが、相手が親友であるアルフェオンが連れて来た娘だというだけで気乗りしなかった。アルフェオンが彼女に好意を抱いていたりすれば尚更だ。だから確認まで取ってしまった。そうだと答えられてもどうしようもないというのに。
アルフェオンとイグジュアートに巻き込まれ成り行きでカーリィーンを出てきた哀れな娘を手玉に取るのは、確かな理由を知らされていない身として後ろめたく感じるのは当然でもある。
だがしかし、気乗りしない筈だったのにどういう訳だかこちらが惹きつけられるのだ。その理由がイオから止め処なく溢れる魔力の仕業だとは露知らず、レオンは一人戸惑いを覚えこれといった会話もままならず屋敷まで送り届けるに至った。
忙しい時間を割いてまでやって来たのに何をやっているんだかと、レオンは心の内で溜息を落とす。
重苦しい雰囲気に苛まれていたイオは屋敷に到着しほっと息を吐いた。
「ありがとうございます。」
「いや―――」
門の前で礼を述べて見送ろうとしたイオだったが、レオンは素っ気ない返事を返しただけでその場から立ち去らない。そこでこの屋敷がレオンの所有だったと思い出して何事も無かった様に扉に向かうと、寸前で足を速めたレオンが扉を開いて中へと促してくれた。
レオンにとっては板に付いた行動なのだろうが、経験のないイオにとっては恐縮な限りである。冷や汗をかきながら腰を低くし扉を潜るとイグジュアートが駆け寄って迎えてくれた。
「お帰りイオ!」
「ただいまイグジュアート様。」
イグジュアートも庶子とはいえカーリィーン国王の血を引く人間だ。恐れ多いとは思っていたが、慣れのせいか馴染みの顔に心からほっとし胸を撫で下ろす。
「レオン殿がどうしても変わるというから―――迎えにいけなくてごめん。」
残念そうに眉を下げるイグジュアートに、そんなとんでもないとイオは首を振った。
もともと一人で大丈夫なのだ。モーリスには背後に気をつけろと脅しの様な忠告をされたが、レオンやイグジュアート、それにアルフェオンよりも市井に上手く溶け込める自身は存分にある。生まれて二十年、ただの庶民として生まれ生活して来たイオには表をうろついてもこれと言って目立つ要素が一つもないのだから。
「敬称など必要ないといっているだろう、私もイグジュアートと呼ばせてもらうし。それに君も。」
視線を向けられ心臓がどきりと跳ねた。
「とっ、とんでもありませんっ!」
イグジュアートなら解るが、ただ人まるだしの自分などが敬称なく呼べば間違いなくレオンの部下であるエデュウから目で殺されそうだ。
冷や汗をかいてもたつくイオをレオンは何故か楽しい気分で見下ろし、そんなレオンにイグジュアートは不満そうな目を向ける。
そこへ助け船の様にアルフェオンが現れた。ほっとしたイオにアルフェオンが笑顔を向ける。
「お帰り。食事の支度は任せて寛いでいてくれ。」
「えっ、まさかアルフェオン様がお支度を?!」
驚いたイオにアルフェオンは「大したものは作れないがな」と台所へ戻りながら返事をした。イオはそんなアルフェオンの後を急いで追いかける。
「とんでもないっ。わたしがっ、ちゃんとやりますからっ!」
お国が違うとはいえ公爵家の跡取りとして生を受けた人に下働きなんかさせられるかっ!
驚きと恐縮、そして有り得ないと決めつけ慌てるイオが可笑しくて、アルフェオンは失礼に思いながらもつい声を上げて笑ってしまった。
「そろそろ君はこの状況に慣れるべきだな。イクサーンにおいては私もイグジュアートもただ人で君となんら変わらない。」
「同じな訳ないじゃないですかっ、思いっきり違いますから!」
何処が同じなんだとイオは目くじらを立てる。それを見てアルフェオンは更に笑い声を上げた。
「まぁ少しづつでもいいさ。それより今夜の夕食は私に任せてくれ、君が出かけている間に上手そうなキジを仕留めて来たんだ。」
そりゃあアルフェオンが自分で食事の支度くらいできるのは、一緒に森を抜けた仲なので十分知っている。それでも何の役にも立てない自分が唯一彼らにしてあげられる仕事を失いそうな気持にもなり、イオはしょんぼりと肩を落とした。
「私とて野営にての大雑把な料理ならできるぞ。」
「えっ、嘘です!」
「嘘なものか。ウィラーンへ留学していた時には自給自足の野営にアルフェオンと精を出したものだぞ。」
何を張り合うつもりか、腰に手を当て自慢気に告げるレオンにイオは首を傾げた。
留学先で野営とはいったいなんだろうと疑問に思っているのが顔に出ている。イオには留学といえばお勉強だとしか思いつかないのだ。
「ウィラーンはこの大陸で唯一、闇の魔法使いの出現前より国を構え続ける軍事国家だ。私やアルフェオンは戦いを学ぶためにウィラーンへ留学したのだよ。」
魔法を拒絶している訳ではないが、ウィラーンはイクサーンに比べて魔術師の数か圧倒的に少ない。しかし剣を交える戦いにおいてはウィラーンの右に出る国はなく、古より近隣諸国に恐れられる大変な軍事国家であり続けていた。しかも戦いにおいて魔法を利用する事がない。王は絶対的な戦闘能力と権力を誇示し恐れられるが、その神憑り的な力は国民を安心させ絶大な人気を誇っていた。
ウィラーンは世界中に蔓延る魔物の討伐を目的としてのみ各国よりの留学を許し、自国の軍に在籍させ鍛え上げるのだ。迎える留学生の数は極めて少ないが王侯貴族庶民関係なしに集われる。そこは権力や身分は全く通用しない実力だけの世界なのだ。
もともとレオンは社交場でない限りこうまで親切ではない。今はイオから漏れる魔力に惑わされているせいなのか、それともイオとアルフェオンとのやり取りが面白かったせいなのかいつになく饒舌になる。そんなレオンの会話に聞き入っていたイオは驚きながらも感心し、丁寧な説明に真剣な眼差しで成程と頷いた。
「レオン様やアルフェオン様は選ばれたお方だという事ですね。」
イオから真っ直ぐな瞳を向けられ鼓動が早まる。同時に自慢話をしてしまったと気付いて落ち込んだ。
駄目だ、本当にこのままではいけない。ミイラ取りがミイラになるとはまさにこの事ではないのだろうか。
それにしてもこの動悸は何だ? 女性を前にいい年していったいどうしてしまったのだとうろたえている間に、イオはアルフェオンの手伝いをするといって駆け足で離れて行った。
レオンが距離を縮めて来ようとしているのはイオの勘違いだろうか。
初めて会った時は明らかにこちらを警戒して様子を探っていた筈だ。それが態度急変。イグジュアートに変わってわざわざ迎えに来てくれたり、相手が元王子でなければ勘違いしてしまいそうになる態度をとってくる。もしそうなら何か裏があるに決まっているが、嘘が上手いのかイオが鈍いのか裏がある様には少しも感じなかった。
先日とあまりに違いすぎる態度に戸惑うイオは指でこめかみを押さえながら、一定の距離を持ってアルフェオンの隣に陣取った。
一人分半、隣に立つにしても最低この位の距離は保つべきだと己で納得し「お手伝いします」とアルフェオンの手元を覗き込む。
処理が成され綺麗な桃色の肌を曝すキジだ。
羽や内臓、頭と足といった部分は仕留めた場所で処分して来たのだろう。丸裸にされた鳥は説明されなければ何の鳥だか解らない。少し小ぶりだが丸々と太っていて確かに美味しそうだった。
大きさから恐らく身が柔らかい雌。それも三羽分もあり、取り除いた内臓部分に臭い消しの薬草や穀物を詰めている所だ。最後にアルフェオンは慣れた手つきで全体に塩を擦り込んでいく。
「こっちはこれで終わりだ。蒸し焼きにするから火を見てくれるか?」
「わかりました。」
釜戸を覗いて火種に息を吹きかけると直ぐに炎が上がる。魔法なんて使わなくても簡単におこせる火に今日一日の失敗を思い出し「はぁ」と溜息を落とした。漏れ出る魔力も鍋の様に蓋をしてしまえればいいのに―――そう思いながら大き目の鍋を持ちだして蒸し焼きの準備もしてしまう。
イオが大鍋の蓋を開けるとアルフェオンが三羽とも鍋に詰め込んだ。
「全部蒸し焼きにしちゃうんですか?」
「レオンもいるから大丈夫だ。」
「え………」
レオン様も一緒に?
鍋に蓋をしながら思わず身構えてしまう。
こんなに食べきれるだろうかと心配になったが、大の男が二人もいるなら大丈夫だろう。大丈夫だろうが、自分は大丈夫だろうか? いやもしかしたらイオだけ台所ですませるのが彼らの常識かもしれないし、その方が正直有り難い。そんなイオの後ろ向きな思惑にアルフェオンが喉で音を立てて笑った。
「本当に君は考えている事が顔に出る、隠し事が出来ないね。」
「そ…そうですか?」
本当に心の中が筒抜けなのだろうか。カーリィーンでは隠れ住む生活で人と接する機会が少なかったから良く解らないが、失礼な事ばかり考えているので本当にそうなのだとしたら困ってしまう。イオは顔を隠す様に両手で頬を覆った。
「レオンの事なら気にするな、君の魔力に戸惑って惑わされているだけだと思うよ。」
「惑わされる?」
「私も知っている訳ではないが、最近で君に起きた変化といえばそれくらいだから多分そうだ。それが理由なら魔力の扱いを習えば自ずとなくなるだろう。」
モーリスには『背後に気をつけろ』といわれたが、それはレオンを指しての事なのか? 違う様な気がするが、他に思い付かないイオは悩み顔で首を傾け考え込んだ。
「レオンが戸惑っているのを見るのは面白いが、君の迷惑になっているようだから後で話しておくよ。」
「良く解らないけど、高貴な方ってだけでどうしていいのか解らなくなってしまうので助かります。」
命は惜しいので逆らいはしないが、できるなら個人的に関わりを持ちたいとは思わない。しかしそれも今の状況からして到底無理なのかもしれないが。
「アルフェオン様やイグジュアート様は何ともないのにどうしてなのかしら?」
考え込むイオの独り言を拾いアルフェオンも何故だろうと腕を組んだ。
レオンがイオに好意的な感情を向けている様子から、イオから溢れる魔力がレオンにとって心地よいと感じる物であるのは間違いないだろう。相性が良いともいうのだろうか?
魔力を感じ取れても魔法を使えないアルフェオンには想像する事しか出来ないが、朝方イオを気にしたレオンからは彼女に対して好意的な感情は感じ取れなかっただけに、魔力に反応して惹かれているとしか思えなかった。
「私やイグジュアートとレオンの違いは君を知っているってことくらいか。次にモーリス殿を訪ねる時にでも聞いてみるといい。」
「次は明後日だといわれたので、その時に詳しく聞いてみます。」
教えただろうが馬鹿ものと罵られそうだが、魔法にド素人のイオではモーリスの少ない言葉だけでは理解不能だ。
この後イオは食事の席でとても美味しいキジの蒸し焼きにありついたのだが、レオンの視線を感じて顔を上げた瞬間に目が合ってしまい、それからは蒸し焼きも良く味わえずにひたすら手元に集中して食べ続けるに至った。




