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心の鎖  作者: momo
二章 イクサーン王国
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生徒と先生




 魔法の使い方を教えるだけではなく、厄介な程に膨大な量の魔力を有しているようだ。体内に留める術も持たず魔力を垂れ流しにしているというのに本人は全く気付いていない。これは骨が折れそうだと溜息を落としたモーリスは、黙ってこちらを窺うイグジュアートに体を向けた。


 「私にとっても初めての事例だ、危険は回避したいが正直どうなるかは解らない。邪魔になるから遠慮してもらおうか。」

 「イオとあなたを二人きりにするつもりはない。何があるかは知らないが自分の身くらいは守れる。」

 

 離れない意志を示す様に隣に立つイオの腕をぐっと掴んだ。


 「これだけの魔力だ。暴発すればひと山吹き飛ばすなんて容易いぞ。それでも己を守れるとほざけるか?」


 ひと山―――?!


 何を大げさなとイオは乾いた笑いを漏らすが、モーリスの目が全く笑っていないのを認めると泣きそうな顔でイグジュアートの横顔を見つめた。


 厭味は言っても冗談なんて言いそうにないモーリスは『邪魔だ』とイグジュアートに無言で圧力をかけ続けている。

 結局折れたのはイグジュアートで彼はモーリスの言葉に従い、イオを気にしながらも部屋を出て行くしかなかった。

 その際、モーリスがイグジュアートの背に「夕暮れ前に迎えに来い」と声をかける。邪魔者扱いされはしたがイオに対する思わぬ気使いに少々驚きながらもイグジュアートは頷いた。


 


 イグジュアートが出ていくと、溜息を落としたモーリスが壁に埋め込まれた燭台を一つ手に取りイオの前に座り込む。どうやらモーリスは溜息を落とすのが癖の様だ。イオがつられる様に胡坐をかいて座るモーリスの前に膝を落とすと、モーリスはその膝の前に燭台を置いた。


 「灯してみろ。」

 「だから出来ませんってば。」


 さっきも言ったとおり、どうすればいいのか全く分からないのだ。見て覚えろとか言われたらどうしようかと思ってしまう。


 「本当に理解できなかったのか?」

 「一度見ただけではちょっと―――」

 

 多分百回見ても解らないだろう。申し訳なさそうに肩をすぼめると、今度は溜息を落とさずに指先を燭台に立てられた蝋燭にそっと添えると、ふっと空気が揺らいで小さな明かりが灯った。


 「理解できたか?」

 「えと………」


 筋張った指先に見惚れていたなんて答えたら見限られそうで冷や汗しか出なかった。


 「基礎の基礎から始めなくてはならないのか…カーリィーンより亡命して来る魔術師は厄介だな。」

 「ご迷惑をおかけします………」


 果たしてイクサーンの高名な結界師様を煩わせるド素人が過去に存在したのだろうか? これは明らかに彼の仕事ではない。

 イオは申し訳なさから身を小さくして項垂れる。


 「安心しろ。不本意ながら受けたからにはちゃんと最後まで面倒は見てやる。」

 

 やはり不本意なんですね―――

 そうと解ればますます機嫌を損ねる訳にはいかない。常に溜息を落とされているばかりでは、いつ堪忍袋の緒が切れるかしれないではないか。

 どうしようもなくなってアスギルを呼び戻すのだけは嫌だった。


 「しっかり腰を据えて蝋燭の芯に集中しろ。目を瞑っても感じるようになれ。」

 「―――はい。」


 目を瞑っても感じる? 見えないのにどうすればいいのかと聞こうとしたが、モーリスが暗闇にある燭台の全てに炎を灯したのを思い出してやめた。存在を知れという事なのだろう。


 イオは目の前の蝋燭に集中した。黒く焦げた芯に両手を添える様にしてそれを見つめ、瞼を閉じては開くを繰り返す。


 「熱を帯び小さな揺らめきが上がる様を現実と思い描け。想像ではない、確かにここに生まれ出る様に描き、体の中にある魔力を感じて炎を灯してみろ。」


 体内にある魔力なんて微塵も感じない。それでもイオは蝋燭の芯をまるで親の敵であるかに見つめ続けながらコクリと頷いた。

 聖剣を作る事は出来るのだ、その時剣に魔力を込める感じを思い出しながら意識を集中していると、突然掌に熱が走った。


 「あっっつうっ!」


 沸騰した湯をかけられた感覚に驚き手を引く。直ぐにじんじんと痛みが生み出され火傷したのだと気付いた。


 「最初にしては悪くないぞ。」


 引っ込めたイオの手をモーリスが引いて己の掌で包み込む。すると瞬く間に熱と痛みが引いて元通りの感覚が戻って来た。

 魔法で火傷の治療をしてくれたのだ。「ありがとうございます」と礼を述べるが、モーリスは何でもない事の様に先を急かす。

 素っ気ない優しさに気を良くしたイオにやる気が増し、期待に応えようと掌を擦り合わせた。


 すると今度はぶわりと炎が上がったかと思うと、燭台ではなくイオの両手を包み込んで明々と燃え上がるではないか。


 「うわぁっ?!」


 悲鳴を上げ炎を消そうと腕をぶんぶん振りまわすが、炎はイオの手に張り付いたまま燃え続ける。床に手を打ち付けるが効果はなく、消えない炎に焼かれる恐怖からモーリスに縋っると手首を掴まれた。


 「慌てるな、熱くはないだろう?」

 「えっ?!」


 そう言えば…自分の手を焼く炎は燃えてはいるが熱も痛みも感じない。揺らめく赤のなかにイオの手が透けて見えた。


 「熱を込め忘れた炎は幻だ、魔力を遮断すれば消えてなくなる。落ち着いてそのように願ってみろ。」


 消えろ消えろっ―――!

 念じても消えない炎がイオから冷静さを奪う。落ち付けと願っても初めての経験が動揺を招かせた。

 

 モーリスが消してやるのは容易いが、やるべきはイオ自身だ。


 出来ないイオをモーリスは溜息を落とさずに根気よく見守り続けた。掴まれた手首に絡む指から火傷の様な痕が覗き、それがイオに冷静さを取り戻させる。

 

 幾度か深呼吸を繰り返し、大分時間はかかったもののイオの手を包み込んだ炎はまるで何事もなかったかにすっとたち消えた。


 「出来た…できましたモーリスさんっ!」


 感動で目尻に涙を滲ませながら至近距離にあるモーリスの灰色の目を覗き込む。しかしイオの高揚に反しモーリスは掴んだ手首を解放すると無造作に距離を取った。


 「これしきの事でいちいち感動するな馬鹿者が。魔法使いにとって魔力の遮断など、呼吸するのと変わらず容易かろうに無能め。」


 至らぬ生徒で申し訳ありませんね―――


 イオは落ち込むよりも仏頂面で返答した。


 そうこうするうちにあっという間に時間が過ぎたが燭台の蝋燭に火を灯せるまでには至らず、長い事それに付き合うモーリスは眉間に深い皺を寄せ続ける。黙って付き合ってくれるモーリスからいったいいつ雷が落ちるだろうかとイオは冷や冷やしていた。


 そんなモーリスがふと思いついたように目を瞬かせ眉間の皺を緩める。お腹が空き過ぎて集中力が失われているイオにやっと気付いたようだ。


 「根を入れ過ぎたか―――何の進展もなかったが今日はこれで終いにしよう。」


 さりげなく厭味を零されるがイオは黙ってそれを受け入れる。

 窓一つない部屋では外の様子を伺い知れないが、昼はとうに過ぎているに違いない。次回は弁当を持参しようと心に決め、燭台の明かりだけの部屋を出るとそっとカーテンの隙間から外の様子をのぞき見た。

 そろそろ夕闇に染まりそうな頃合い。急いで帰って食事の支度をしなければと、今日一日の家事をほったらかしにしてしまった事実に焦りを覚えた。


 「解っていないだろうから話しておこう。」


 外の様子を窺っていたイオは慌ててカーテンから手を離し向き直った。咎める様子ではないようなのでほっとし、胸の前で手を組んで相手の目を見て聞く姿勢をとる。


 「お前の魔力は今朝と変わらずだだ漏れのままで、幸か不幸か魔力の質は跳び抜けていい。結界師や隠れて魔法を使っている輩には大した害はないだろうが、ただ人はその魔力に吊られて引き寄せられたりもする。」

 「引き寄せられる?」

 

 よく意味が分からずに首を傾げたイオに、モーリスは僅かに口角を上げて笑って見せた。


 「背後には気を付けろ。」

 「そういう意味なんですかっ?!」


 アルフェオンが何があるか解らないのであまり人と接触するなといったのは危険回避の為だったのか。詳しく説明されなかったのはそれがありふれた常識だからだろう。イオは己の無恥さにしょんぼりと肩を落とした。


 「様々な意味があるが迎えだ。続きは明後日、今日と同じ時刻に。」

 

 外に繋がる扉を顎で示され、モーリスもアスギル同様結界を敷いているのだなと理解する。イグジュアートが迎えに来てくれたのだろう。待たせるもの良くないとイオは腰を折ってモーリスに深く頭を下げた。


 初めて会った時は嫌な態度の人だと嫌悪したが、何も出来ない初心者であるイオに文句を言いながらもきちんと教えてくれたのだ。本来なら高名な結界師がイオなど相手にしてくれないだろうに、モーリスは他の誰かに押し付けるでもなくきちんと面倒を見てくれた。それなりの身分にある人なら忙しいだろうに、時間を割いてくれる事にも感謝しなくてはならない。 


 「今日は長々とありがとうございました。どうぞこれからもよろしくご指導下さい。」


 しかし礼を述べ頭を上げた時には目の前にモーリスの姿はなかった。

 「えっ?」とイオは顔を顰める。足音は聞かなかったが挨拶の途中には部屋を出て行ったに違いない。怒らせる何かをしただろうかと思ったが、もともとがそういう性格なのだろう。明後日教えを受けた時には直ぐに礼を述べようと心に留め置く。


 さて、迎えに来てくれているだろうイグジュアートを待たせてもいけない。今朝早くに潜った扉を押し開くと、長く暗い中にいたせいで夕暮れ前の光がいやに眩しく感じた。


 扉のすぐ側に光を受け立つ人に声をかける。


 「お待たせしてしまってすみませ―――ん?」


 視線の高さは相手の首の辺り。

 見上げるとイグジュアートではない端正な顔立ちの青年が青い瞳でこちらを見下ろしていた。

 左目のこめかみには一筋の傷跡。


 「イグジュアートに変わって君を迎えに来た。」


 イクサーンの『元』第二王子で現在は騎士団団長を務めるレオンに、イオは何の冗談だと心底問いたかった。














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