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心の鎖  作者: momo
二章 イクサーン王国
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怪しい屋敷へ



 朝目覚めるとかなりの至近距離に綺麗なイグジュアートの顔があり、イオは声のない悲鳴を上げ驚き飛び起きた。


 握り締めていた手が解かれたせいでイグジュアートも瞼を持ちあげる。彼の青い瞳が寝惚け眼でイオを捕らえると「おはよう」と小さく笑い、イオも「お…おはようございます。」と高音で早鐘を打つ心臓の音を気にしつつ、どもりながらもなんとか朝の挨拶を返した。


 まだ闇が世界を支配する時間、ぼんやりしているイグジュアートを置いて寝台を出る。台所へ向かう為に部屋を出ると、扉の一つが開いてアルフェオンが姿を現した。


 「戻っていたんですね!」


 見知らぬ土地、自分で思う以上に不安だったようだ。アルフェオンの顔を久し振りに見て嬉しい感情が一気に湧きあがる。思わず駆け寄りかけたイオだったが、自分はそういう立場ではないと思い出し踏み止まった。そんなイオにアルフェオンは優しい笑顔を向ける。


 「昨夜遅くに。二人とも良く寝ていたから起こすのはやめておいたんだ。イグジュアートはまだ寝てる?」

 「多分もうすぐ起きて来ると。今朝は早くから用事が出来て―――」

 「そうか。なら私も少ししてからいくよ。その時に話を聞いても?」

 「解りました。」


 遅い帰りだったし疲れているのは間違いないだろうが、アルフェオンがいるのだから状況を説明しない選択肢はない。

 イオは朝食の準備に取り掛かるため急いで台所へ向かって行った。



 朝食を取りながら騎士団長に縁があり、アスギルとも顔見知りの男が訪ねて来た事を簡単に話す。これから指定された場所に出かける旨を説明し、その場所を示すメモと地図を指してアルフェオンに了解を取った。


 イオから今まで感じ取れなかった魔力が溢れ出しているのはアルフェオンにも解っていたので、イオが魔法を学べるのは良い事だと引き止めはしなかったが、訪ねてきておいて名を告げなかった相手が気になるらしい。それでもモーリスがイクサーンでは名の知れた高名な結界師であると知っていたアルフェオンは、同行するというイグジュアートも好きにさせてくれた。

 本当は自分も同行したいが、そのうちレオンが訪ねてくるだろうからとアルフェオンは屋敷に残る事にしたのだ。モーリスに指定された場所もここからそう遠くない場所にあったし、ここいら周辺は治安が悪い訳でもない。


 そうして日の出前に送り出されたのだが―――治安の良い筈の住宅街。なのにそこは蔦で覆われた怪しさ満点の暗く淀んだ雰囲気を醸し出す屋敷の前で、イオとイグジュアートは言葉を失い門を潜る事が出来ずに立ち尽していた。


 カァカァとカラスの鳴き声が響き暗い影が屋敷の空を飛びまわる。薄く白んで来た夜明けの空にそぐわないそれは、まるで物語に出て来るような悪魔の城だった。


 ここで間違いないよねとイオは地図と住所の書かれた紙切れを何度も確認し、怪しく淀む世界へ足を踏み入れる。恐怖から無意識で隣に立つイグジュアートと手を繋いでいた。勇気を振り絞って門を潜ったが、苔の生えた扉を前にすると躊躇しごくりと唾を飲み込んだ。


 「一人で来いとは言っていなかったな。」

 「ひぃぃぃっ!!」


 背後から突然かけられた声にイオは隣に立つイグジュアートに抱き付く。イグジュアートも悲鳴こそ上げなかったがびくりと驚きイオに抱きついていた。


 二人が振り向いたそこには、長い前髪に顔の右半分が覆われた昨日目にした結界師モーリスが、怪訝そうに灰色の目を細め二人を見下ろしていた。

 

 「もっ…モーリスさん…」


 マントこそ羽織っていないが立襟に長袖の長衣は息苦しさと怪しさ満点で、イオはやっとの思いで彼の名を絞り出す。モーリスの方は慣れているのかイオの反応に構う事なく、彼女に抱き付くイグジュアートを頭の先からつま先まで見分し溜息を落とした。


 「カーリィーン国王の庶子だな。」

 「いっ…イグジュアート様です。」


 連れて来ては不味かっただろうかと、恐怖から抱き合っていた二人は離れて身を正す。するとモーリスは急に興味を失ったようにすいとイグジュアートから視線を外すと、苔で覆われた扉を開いた。 


 「さっさと入れ。」


 開かれた扉の先は闇。

 ごくりと喉を鳴らした二人は意を決すると、扉を潜ったモーリスに続いて闇の世界に足を踏み入れた。



 室内の暗さは光を拒絶するようにきっちりと引かれたカーテンのせいだった。中は荒れ放題でクモの巣が張っていると確信し覚悟を決めていたが、意外にも普通で綺麗に整理されている。というよりも、必要最低限のものしかないというのが正直なところだ。外観とは打って変わって埃や黴の匂いは全くなく、塵一つ落ちていない。

 意外にも綺麗好きなようだと、イオはほんの少しだけモーリスを見直した。


 硬質の床に足音だけが響く。暗さと相まっておどろおどろしさは最高潮。すがすがしい朝の空気の存在は何処へやら、荒れた墓場にいる様な錯覚さえ抱かせた。


 エントランスを抜け薄暗い廊下を進んでいく。蔦に覆われた外観では解らなかったが、見た目以上に広い屋敷の様だ。しかし人の気配が全くない。


 「あの、モーリスさん。ご家族は?」

 「この屋敷には私だけだ。通いの者が一人あるが今日は断っている。さぁここだ、入れ。」


 扉を開かれ招かれた室内に足を踏み入れる。

 そこは明かり取りの窓一つない空間で、あまりの暗さにイオは隣に立つイグジュアートの存在を確かめるように手で探ったが、突然室内に明かりが灯された。


 突然の明かりにびくりと体が飛び上がり辺りを見渡すと、かなりの広さがある部屋の壁一面にかなりの数の燭台が埋め込まれており、その燭台全てに一瞬で明かりが灯されたようだ。


 もしかして魔法? 

 いや、魔法以外にないだろうと初めて目の当たりにした怪奇現象に言葉も出ない。唖然としていると今度は一瞬にして燭台に灯された明かりが掻き消えた。


 「やってみろ。」

 「はぁっ?!」


 暗闇から落ちた声に驚きと戸惑いが交じえる。だがイオの疑問に答える声はない。


 「あの…モーリスさん。今のを、わたしにやれと仰って…いるんですよね?」

 「―――そうだが?」


 当然のことを聞き返され不満に思ったのか、少しの間を置いて返事が返された。


 (そんなこと言われてもどうしろって言うの―――?!)


 混乱が伝わったのか、イグジュアートが暗闇の中でイオを安心させるように背に手を回しさすってくれ、優しく問いかけてくれた。


 「魔法で火を灯した経験はある?」

 「ある訳がないじゃないですか。」


 何しろ魔法使いが迫害されるカーリィーンに生きていたのだ。生活の糧に隠れて聖剣作りに励んでも、他の魔法に手を出して見つかる危険を高める訳にはいかなかった。そもそも聖剣を作るだけで精一杯だったのでそんな余裕がある筈もなく。


 二人の会話に暗闇から溜息が聞こえると、またもや燭台に光が一斉に灯される。明かりの中に現れたのは、顔の半分を前髪に覆われた不機嫌そうなモーリスの姿。


 「本気で言っているのか?」


 不機嫌を隠しもせずゆっくりと歩み寄ると徐に手を伸ばし、イオのおとがいをつまんで上を向かせた。


 潔癖症?

 完璧主義?

 短気?

 怒気を孕んだ灰色の瞳が燭台の炎を反射して揺らめく。イオは抵抗して怒鳴られても怖いので黙ってされるがままになっていた。


 「それだけの魔力を纏っておきながら何たる体たらくだ。そもそも怒涛の様に垂れ流した状態でよくぞカーリィーンの地に生き残れたと感心すらするぞ。」

 

 どうやらモーリスはイオの瞳を覗き込んで何やら見聞している様子だ。その行動にアルフェオンから魔力が溢れ出しているからと忠告を受けたのを思い出した。


 「違うもの、こんな風になったのはつい最近よ。」

 「最近―――」


 細められた灰色の眼差しにイオは頤を摘まれたまま頷いた。


 「自分で無意識に封印した魔力が大きいから危険だって。だから封印を解いて一部の魔力を目覚めさせた方がいいって言われました。良き指導者に学ぶといいって―――昨日のあの方からお聞きになったのでは?」


 昨日イオの前に現れた身分が高いと思われる男は、アスギルからイオに有能な魔法の指導者を付けて欲しいとだけ言い残され消えたという。口数が少なすぎて伝わらずに終わったのかと心配になったイオに、「そうだったか」と肯定とも疑問ともつかない声色で返され、モーリスはイオから手を離した。


 「そのアスギル・・・・と名乗る魔法使いはお前に何を話したのか詳しく聞かせて貰おう。」


 アスギルという名は誰も知らない。闇の魔法使いの真実の名なのか偽名なのか、彼にまつわる史実はそう残されてはいないのだ。勿論ハイベルも知りはしないしモーリスも例外ではなく。それは昨日イオとハイベルの会話によって知り得た名だ。それ故ハイベルのもとを訪れた魔法使いが信に闇の魔法使いであるのか否なのか、確証を掴むためにもイオは重要な存在だった。


 「詳しくって、今話した様な事ですけど?」

 「無意識の封印とは何だ、言葉の意味通りなのか。」

 「さあ…そうなんじゃないでしょうか。」

 「封印したままでは何か問題でもあるのか。」

 「何かの拍子に封印が解ける事があって、わたしの場合はそうなると危険だと―――周囲に膨大な被害が及ぶと忠告されました。」


 周囲に被害が及ぶとなると自分だけの問題ではない。だからアスギルはイオの魔力を一部解放したのだ。その魔力を上手く使えるように指導者としてモーリスが選ばれた。アスギルとの別れの方に感情が向かい軽く考えていたが、何かの拍子で解かれた封印がいったいどのような被害を与えてしまうのか。被害者になりかねない現状に、何もしていない内から既に罪を犯した気持ちになりイオは委縮した。


 対するモーリスはイオの言葉を聞いて何やら考え込むように指を口元に持って行っていた。イオはその指に火傷の様な跡がある事に気が付く。よく見ると長い前髪に覆われた顔の下にも浅黒い影を認め、もしかしてとイオは彼の出で立ちに納得を覚えた。


 「解放されたのは一部の魔力か―――」


 ひとり呟いたモーリスの目がイオを捕らえる。


 「何故アスギル自身がお前を導かない。」 

 「アスギルには片付けなければならない仕事があるそうです。それにわたしの様に危険な状態にある魔法使いが他にいるかもしれないから、それを放ってはおけないと。」

 「仕事とは?」

 「さぁ。でも多分魔物退治だと思います。空腹で死にかけるくらい夢中でやっていたみたいですから。」

 「空腹?」


 驚いたように目を見開いたモーリスにイオは頷いた。

 

 「魔物に襲われて死にかけのイグジュアート様を助けてくれた時には、空腹で歩けなくなっていましたよ。」

 「魔力の枯渇か―――」


 呟いたモーリスの口角が微かに上がるがイオはそれに気付かない。だが隣にいたイグジュアートはそれを認め素知らぬ振りを装っていた。

 

 「枯渇?」

 「魔力を使い果たす事だ。枯渇しきると暫くは魔法が使えなくなる。」

 「ふぅん。でも、枯渇しても結界は張れるんですね?」


 魔法を使うと空腹になるといったアスギルの言葉を思い出すが、枯渇するとは思っていなかった。

 イオの言葉で口角を上げていたモーリスの顔色が僅かに変化する。


 「程度にもよるが、アスギルはどうだった?」

 「どうって…その時も結界の中の様子は手に取るように解っていましたけど?」

 

 魔力の枯渇を招けばある程度の魔力が体内に戻るまで暫く魔法は使えなくなる。歩けなくなるほど空腹を感じながら結界の維持が可能とは。モーリスは己が知る常識の当てはまらない魔法使いの存在に深刻な危機を感じながらも、一目会ってみたいと探究心が騒いだ。

 

 「アスギルはここに戻ってくる予定はあるのか?」

 

 その問いにイオはモーリスからすいと視線を外した。

 

 呼べば必ず戻ってくる―――心細いイオの気持ちを察してそう約束してくれたアスギルに、イオも同じように彼を思いやる気持ちがあったのだ。


 「わかりません。」


 嘘の下手な娘だ―――


 しかしこのまま話を続けると側にいる少年が口を挟んできそうだったので、モーリスはイオをじっと見つめたまま、「まぁいい」と呟き本題に取り掛かる事にした。







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