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心の鎖  作者: momo
一章 カーリィーン王国
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新たな訪問者




 本当にどんな田舎から出てきたのかと思えるほど男は常識に疎かった。


 もう語り継がれるだけとなった数百年も昔の出来事。

 闇の魔法使いが世界を滅亡へと誘い、それ故に魔法使いは迫害されるようになった。誰も覚えていない伝承による話だが、闇の魔法使いが作り出した魔物という存在が、それが全て夢物語ではない事実であるのだと突き付ける。



 話を聞き終えた男は俯き、とても悲しそうに「そうですか」と呟いた。


 肩を落として俯く男を見ているとイオもいたたまれない気持ちになってくる。

 魔法使い―――たったそれだけだ。自分が何かした訳ではないし、魔法によって人を傷つける力も持っていない。それなのに魔法使いと言うだけで人はその存在に恐怖する。

 本当はなんの力もないのだとイオ自身が一番わかっているのに、世間に出回る常識が怖くて事実を口に出来ないのだ。 


 「そんなに落ち込む事ないわよ、黙ってさえいれば誰もあなたが魔法使いだなんて思わないから。それよりはっきり言って身なりの方が怪しいわ。」

 「怪しい…ですか?」


 顔を上げた男は今にも泣きそうな目でイオを見据え、恐らく自分よりずっと年上であろう目の前の男が何とも頼りない、保護の必要な子供のように思えてくる。


 「何て言うか、怪しい。物語に出てくる魔法使いか呪術師の様よ。」

 「魔法使いは皆このような姿をしているものです。」

 「してる訳ないじゃない!」


 皆が皆そんな怪しい姿をしていたらすぐに捕まってしまうではないか。

 イオは「はぁ」と溜息を零すと額の汗をぬぐった。


 「取りあえず今夜は泊って行く?」

 

 もともと両親と住んでいた家だ、部屋はいくらでもある。

 だが男は頭を横に振り出て行くと立ち上がった。


 「女性の一人暮らしに立ち入るつもりはありません。」

 「無理にとは言わないけど、こっちは別に構わないわよ。」


 初めは警戒したが、魔法使いと名乗る目の前の男からはとてもじゃないが危機感を感じない。そもそも招き入れてしまっている時点で気を許したも同じだ。

 しかし男はイオの申し出を頭を下げ、丁寧に断った。


 「食べ物を頂けただけで十分です。」

 「本当に? 外は危険ってわかってる?」

 「魔物の事でしたら恐らく、この世界の誰よりも存じていますよ。」

 

 そこまで無知ではなかったか。

 それなら無理に引きとめる事はすまいとイオが腰を上げ見送ろうと足を進めると、男がすっと腕を伸ばしてイオの進行を阻む。

 一瞬で男の纏う空気が張り詰めたものに変化したのが感じ取れた。


 「誰か来ます―――」

 「え?」

 

 男の言葉に扉へ視線を向けしばらく様子を伺うが、誰か人が訪ねてくる気配はない。誰も来ないじゃないのと男を見上げ口を開きかけたその時、どたどたと土を蹴る蹄の音が耳に届き、イオは扉を見つめた後でもう一度男を見上げて凝視した。


 男の視線は鋭く扉の向こうを見据えている。先ほどまでイオが男に感じていたのとは全く逆の雰囲気を纏い、穏やかさの欠片もないがとても物静かだ。

 何かの冗談かとも思ったが今ならわかる。この男は間違いなく魔法使いで、イオなどが知る以上の物を持っているに違いない。

 それなのに何故だろう。勝手な解釈かもしれないが、同族ゆえか恐怖は全く感じなかった。


 

 

 男の言うように蹄の音はどんどん大きくなり家の前で馬の嘶きが上がる。険しい歩みの音が聞こえたかと思うと力任せに扉が叩かれ、イオはびくりと肩を震わせた。


 「夜分にすまない、怪我人が出た。扉を開けてくれっ!」


 荒々しい男の声に思わず怯むが、怪我人という言葉にはっとしてイオは慌てて何の迷いもなく扉を開く。

 血の匂いに誘われて魔物が森から出てくるやもしれない。


 「若いのがやられた、すまんが―――!!?」


 傾れ込むように入ってきた男は騎士の制服を身にまとい人間一人を肩に担いでいたが、イオと傍らの男に目を止めると二人を見比べ剣に手をかける。


 「お嬢さん、何か困ったことになっているようだが?」


 一瞬目眩がした。


 黒いローブ姿の男と若い娘の組み合わせはどう見てもそぐわない。そして騎士の制服に身を包むこの男は森へ入った討伐隊の一人だろう。それならこの家にイオが一人で住まう事を知っていてもおかしくはなく、一人暮らしの娘の傍らに存在しない筈の怪しい男に不審の目を向けるのは当然だ。


 「彼は知り合いです、困ったことになっているのはそちらでしょう?!」


 イオは男と騎士の間に分け入るようにして入ると音を立てて扉を閉めながら、騎士の肩に担がれた人間に目を向ける。

 まだ若く幼さが残る少年だ。着ている衣服も騎士のそれではない。


 「とにかくこちらへ、何処を怪我したの?」

 「首の後ろをやられて出血している。傷は浅いが意識が戻らないんだ。」


 奥へと促すと騎士はローブ姿の男を気にしながらも彼女に従い、布が広げられた床に少年をうつ伏せの状態で下ろした。

 見ると少年の襟足部分には小さな切り傷があり、止血され血は止まっているが紫色にただれている。どう見ても魔物の仕業で、傷口から入った毒によって体に変調をきたしているのだろう。

 どんなに小さかろうと、放っておけばこのまま死んでもおかしくないのが魔物から受けた傷だ。


 イオは戸棚から緑色の粉末が入った瓶を取り出すと騎士に投げ渡し、水甕から椀に水を汲んで清潔な布と共に手渡した。騎士はそれを受け取ると水で粉末を解いて塗布し傷口に刷り込んでいき、最後には意識のない少年を抱き込んで口を開かせると無理やりそれを飲ませた。


 魔物の傷に使う毒消し薬だが、使用が遅れれば効果はない。その為森に近いイオの家には、何かあった時のために毒消し薬やら止血剤やら、さまざまな薬が保管されてる。


 「村に医者は?」

 「いるけど今からじゃ―――」


 ここに来るまで時間を要したのかすでに血が乾いている。傷の状態からすると到底間に合わないだろう。

 魔物にやられるとたとえ小さな傷でも命取りになる。だからこそここに置かれる薬はイオの善意ではなく、村からもたらされる万一の場合に備えての支給品なのだ。医者に見てもらえたとて対処は同じ。後は少年の体力と運次第となる。


 「この方を死なせる訳にはいかないんだ。お嬢さん、勝手を言うがあなたを信用して後を頼みたい。」


 この状態の少年をこれ以上動かすことは出来なかった。それなら医者をここへ呼んでくる他ない。

 騎士は気配を殺して成り行きを見守るローブの男を警戒しながらも、見知ったイオを信用して少年を置いて行くという。

 騎士が不在の間に少年に何かあったらどうすればいいのか。彼が少年を「この方」と呼んだのをイオは聞き逃さなかった。「この方」とやらに何かあった場合どうすればいいのだろう。

 勿論少年を死なせたくはないが、ここで死なれ責任を問われるのも嫌だ。

 

 「だったらわたしが村に行って医者を呼んできます。」

 「いや、俺の方が速い。」

 

 騎士は強い眼差しでイオを見据える。

 信用しているぞ、けして裏切るな、この方を守れ―――と、かなり無理矢理な無言の威圧を感じフルフルと頭を振るが、最後にはがしりと両肩を力強くつかまれる。


 「よろしく頼む。」


 少年が何者なのかは知らないし知りたくもないが、初対面の相手に託さねばならないほど切羽詰まっているのはわかるし、命がかかっているのだから力になるのは当たり前だ。イオとてそうしたいし、そうする。ただハードルを上げられると後ろめたい事情を抱える身としてはありがたくない、命が相手でなければ全力で否定したい所だ。

 そもそも討伐隊なら複数で行動している筈。他の騎士はいったい何処で何をしているんだろう。

 

 「毒消しを施すくらいしかできませんよ?」

 「ああ、今はそれしか方法はないからな―――」


 どうか頼むと頭を下げると、騎士は扉を開け外に出て行く。

 イオはそんな騎士の後姿を見送りながら、ついてないなとまぶたを閉じたままの少年に視線を落とした。  

 


 

 


 


 

 

 

 




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