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心の鎖  作者: momo
二章 イクサーン王国
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思惑と疑問



 騎士団内でも選りすぐった精鋭と魔法の気配を感じ取れるアルフェオンを伴い、目ぼしい場所を強行軍で彷徨ったが結果は得られないまま。

 レオンが深夜にも関わらず疲れた体に鞭打ち登城すると、彼の戻りを待ち侘びていた王の側仕えの少年が走り寄って来た。


 「陛下に何かあったのか?!」


 病に倒れ半年、薬や魔法を始めあらゆる手を尽くしたが回復の兆しを見せいないイクサーンの王ハイベル。その側仕えが何時戻るともしれない自分を待ち構えていた様子を前に、レオンに焦りの色が宿る。


 「お戻りになられたら直ぐに目通りをとのお言葉です。」

 「目通り?」


 不審に思いながら父王が床に付く寝室を目指そうとするとそちらではないと止められた。そうして告げられた居場所は王の執務室。驚いたレオンは疲労も忘れ思わず走り出していた。

 

 執務室前には王を守る近衛が二人。駆けてくるレオンを認めると彼が辿り着く前に扉を叩き中に声を上げて報告する。レオンが立ち止まるより先に扉が開かれ、存分に明かりが灯された部屋の中には長椅子に腰を落ち着け書類を手にする王の姿があった。


 「戻ったかレオン。」

 

 机に書類を戻しながらハイベルがレオンを迎える。向かいにはハイベルと同じ年頃の宰相が落ち着けていた腰を上げ場所を移動した。


 「陛下…これはいったい―――」


 床につき命を危ぶまれていたハイベルが椅子に座った状態で自分を見上げている。レオンはこの状況が理解できずにまじまじと王の姿を見つめ続けた。

 半年もの間寝たきりで窶れ細くなった体は寝台に沈んでいた時と変わらないが、ハイベルは長椅子に背を預け座ったままの状態でもレオンをしっかりとした強い瞳で見返して来る。


 「まずは座ったらどうだ?」


 たった今まで宰相が腰を落ち着けていた場所を指され、レオンは夢でも見ている様な気持ちで唖然としながらも指示通り椅子に座った。


 「いったい何が―――ご回復なされたので?」

 「驚いたであろうがモーリスの尽力によるものだ。」

 「モーリスの…」


 めったに人前に姿を見せないが、王と懇意にしているイクサーン最高と呼ばれる結界師の名を耳にし、僅かばかり自分を納得させる。あの怪しい結界師は匙を投げた訳ではなかったのかと、ほっとしたレオンは思わず両手で顔を覆って大きく息を吐いた。


 「これ程神に、否、モーリスに感謝の思いを抱いたのは初めてです。」


 ハイベルは歓喜に浸るレオンの言葉を複雑な気持ちで受け止める。事実を知るのはハイベルと宰相、そしてモーリスの三人だけで、王は世継ぎである王太子にすら事実を伏せた状態でいた。


 「しかし陛下、いくらモーリスの魔法で回復できたからと長きに渡り伏していた事実は変わりますまい。暫く静養すべきでは?」

 「確かに筋力はすっかり落ちてしまってはいるが体は驚くほど軽い。それにあれほど長く寝台に縛り付けられていたのだ、暫くはご免こうむりたいものだな。」

 

 肉はすっかり削げ落ちてしまったが、闇の魔法使いの術はそれすらも回復させてしまう程に強力だった。モーリス自身も信じられないものを見る目でハイベルの体に触れ見分した程である。


 ハイベルは事実を隠し、さっそくとばかりに本題に取り掛かった。


 「闇の魔法使いの足取りはつかめそうか?」

 「残念ながらまったく―――レバノの封印から存在が失われているのはやはり事実の様で。だからといって朽ちたと考えるのは楽観的でしょう。」

 「やはり復活していると考えるのが筋だな。」


 ハイベルは自身の目と体でその存在を確認していたが、それを公表するのは混乱を招くだけだと思っている。何時までも三人の内に秘めておく訳ではないが、今はまだその時ではない。


 『娘の意に沿わぬ事態を招いてくれるな』

 そう言葉を落とした闇の魔法使いが今すぐに世界をどうこうするとは考え難い。しかしそれでも過去に起きた破壊と混沌の時代は現実で、叶うならば闇の魔法使いを抹殺したいのが本音なのだ。

 あくまでも叶うなら―――ではある。


 「気配を掴んでも深追いはするな。刺激して狙われても勝てる見込みはない。」


 国力の全てをかけて挑めばもしかしたら勝利はもたらされるやもしれない。しかしそれが錯覚だというのは歴史が証明しているのだ。


 「所でレオン、お前はあの屋敷に娘を囲っているそうだな。」


 急な話に驚きレオンは眉を顰めた。


 「別に囲っている訳ではありません。正確にはカーリィーンより亡命を希望する王子一行を受け入れているだけです。」

 「そうだな、報告は受けておる。」


 報告だけではなく、自ら城を出て娘を確認しに出向いたばかりだ。

 容姿は一般的な何処にでもいるような娘であったが、紫の瞳は印象的でどういうわけだか惹かれる娘であった。モーリスによると彼女から湯水のように漏れ出る魔力が人を引き付けるのだという。そのモーリスは何とも厄介な魔力だと幾度となく溜息を漏らし、どうしたものかと思案しながらも興味深げな様子だった。


 「その娘なのだが、我が国にとっては重要な役目を担う存在になり得るやもしれぬのだ。その娘を手なずけろ。お前に憔悴し命さえ差し出しても厭わぬ程に。」


 ハイベルの言葉にレオンは碧い瞳を見開く。

 心を操れと、王がただの娘に判断を下した現実がレオンを混乱させた。


 「陛下…何を?」

 「だが断じて手出しは致すな。娘の身は汚さずお前に惚れさせればいい。」


 じっとこちらを見据える碧眼は真剣だった。レオンは意を酌み取ろうと目を細め姿勢を正す。


 「理由をお聞かせ頂いても?」

 「貴重な魔法使いだからだ。」


 レオンが見たのはただの娘だ。その娘にいったい何があるのだと問えば、魔法使いだからとありきたりな返答。確かに闇の魔法使いの問題を前に一人でも多くの魔法使いは必要になるだろうが、見た所あの娘は戦力外もいい所だ。特に何かに突出した感じは皆無でレオンを見て脅えていた姿だけが思い出される。


 しかし王であるハイベルが彼女の存在を知り、レオンに手なずけるよう命令して来るのだからそれなりの理由がある筈だった。そしておそらく魔法使いだからというのは建前だろう。


 「とても陛下が御執心になる様な魔法使いとは思えません。」

 「今は、な。だがそのうち化ける。これは命令だ、よいな?」


 よいなと命じられれば受けるしかない。レオンは久し振りに見る王の威厳に傅き首を垂れた。





 そして翌日。

 僅かな休憩を取り向かったのはハイベル指摘の娘が落ち着く屋敷。亡き母が残した屋敷は人の気配に時を刻んでいたが、目的の娘の姿は見えずアルフェオンが一人剣を揮っていた。


 床についていた国王が結界師の術で回復した旨を伝えると、アルフェオンは良かったなと深く頷く。国の要に悪しき何かが起きるのは避けたい時期である分、その回復は誰の目からも喜ばしい事実だった。


 「所で娘の姿が見えないが?」

 「イオならイグジュアートと共にモーリスとかいう魔法使いを訪ねているが?」

 「モーリスを?」


 王命とはいえ一人の娘の心を弄ぼうとしているのだ。それが一日延びたからとてどうにかなる訳ではないが、腑に落ちない役目に肩すかしをくらって些かほっとする。しかし不在の理由がモーリスとは―――何も聞かされていなかったレオンは既に王がイオに接触しているのだと推察した。


 あの娘にいったい何があるのか。それとも結局は会えず仕舞いだったが、彼女を気にかけているとかいうアスギルなる魔法使いを取り込み従わせるための策なのだろうか。

 死の床から復活したばかりとは思えぬほど王の動きは速い。量りきれない思惑に思案していると、こちらの様子を伺っているアルフェオンと目が合った。


 「お前と彼女の間には何かあるのか?」


 国を違えようとウィラーンで苦楽を共に学んだ親友に後ろめたい感情が沸き上がる。もしあの娘がアルフェオンの恋人などであったなら―――自分は彼を裏切りきれるだろうか。


 「なんだ? 男女の関係かと聞いているのなら違うが―――まさかお前?!」

 「いや、そうじゃない。ただ確認しておきたかっただけだ。」


 それなりに女遊びをして来た過去を持つレオンにアルフェオンの目が鋭くなり、レオンは即座にそれを否定した。

 手を、出すつもりはないのだ。ただどんな美辞麗句を並べても心を弄ぶ後ろめたさにアルフェオンから視線を外した。そんなレオンにアルフェオンは懇願するように言葉を落とす。


 「イグジュアートも懐いている。どうか彼女を傷付ける様な事はしないでやってくれ。」

 「そうだな―――解っている。」


 気は進まないのだ。

 レオンは青空を仰いで己をごまかす様に大きく伸びをしてから、稽古に励んでいたアルフェオンと久し振りに剣を交えた。










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