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心の鎖  作者: momo
二章 イクサーン王国
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王と闇の魔法使い







 数多の兵が警護するイクサーン王国王城内、病に倒れた国王ハイベルが眠りに付く寝室の周囲は多くの近衛騎士により堅く守られていた。


 病に倒れすでに半年、患った肺の病は悪化の一途をたどり手の施しようを無くしていた。

 齢五十八を迎えていたが剣で鍛えた肉体は若々しく健康的で覇気があり、王としての技量も国民の信頼も厚く国を治めていた。その王が倒れ、体を覆っていた筋肉は削げ落ち寝台より立ちあがる事すらかなわぬ状態に陥っている。多くの医師や薬師、そして結界師と名を持つ魔法使いの癒しの術の全てを持ってしても望む効果は得られず、ハイベルは死期を悟り口惜しい思いを抱きながら大きな決断を下した。



 死期が近いからとあきらめ寝てばかりはいられない。ほんの一月程前に闇の魔法使いを封印した結界が効力を失ってしまったのだ。

 暗黒時代の再来、その片鱗が見え隠れする時期に病に伏す自身の不甲斐なさに唇を噛みながらもどうする事も出来ない。ハイベルはイクサーン建国時代に紡がれた宝剣を王太子ではなく、第二王子のレオンに受け継がせる決断を下した。


 それはかつて闇の魔法使いを封印した偉大なる魔法使いフィルネスが紡いだ二本の聖剣のうちの一つで、一つは同じく封印に携わったイクサーンの初代王カオスが託された。そしてもう一つはやはり封印に携わった軍事大国ウィラーン王家に存在する。


 宝剣は託されたそれぞれの王の血を引く者にしか使いこなせない代物で、資格のない者には鞘を抜くどころか片手で握る事すら叶わぬ不思議な剣だ。代々受け継がれてきた宝剣は万が一の時、再び闇の魔法使いを封印するのに使われる予定である為に、それ自体が王の資格ともなっていた。

 

 イクサーンの現王太子は幼いころより病弱で健康に不安がある。それでもハイベルは宝剣を第一王子である王太子に継がせるつもりでいた。健康面以外では王として何ら問題のない有能な王太子で妃との間に次代の世継ぎである男児も二人存在している。だがそれも平和な時代であればこそなのだ。

 封印が解かれた以上、剣を持ち再びの闇に備える資格のある者は第二王子のレオンを置いて他にはなかった。できるなら自身が剣を片手に指揮を取りたいところであったがそれも叶わぬ身だ。

 

 大きな不安とやり残した仕事に悔し涙をのみつつ逝かねばならない。心残りに思うが病はハイベルを犯し続けた。


 最近では水を飲むのすら困難な状態に陥り、侍女が布に水を含ませ口を湿らせるように根気よく時間をかけて世話を焼いてくれる。栄養となる流動食を飲み込むのはすでに無理になっていた。


 無様な様を見られるのは性に合わないので、世話を受ける侍女以外に部屋には入れていない。コトリと音がして水を運ぶ手が止まり不審に思ったハイベルの目がかすかに開くと、侍女はハイベルが眠る寝台に上半身を乗せた状態で気を失っていた。


 病に倒れようとハイベルは王だった。

 瞬時に変化した部屋の空気に不穏な気配を感じるも、病のせいで衰えた体では身動きが取れない。ハイベルは耳を澄まし視線を入り口の扉へと向けた。扉のすぐ向こうでは近衛が耳を立てているはずで、有能な彼らが取り落とされた器の落ちる音に気付かないはずはない。


 結界が張られている―――そう気付いた瞬間、侍女とは反対の寝台脇に黒い影を見つける。


 「何者―――」


 声は掠れ力が籠らない。それでも王としての威厳を持って鋭い眼光を向けるその先には、漆黒の古ぼけたローブを纏った一人の男―――一目で魔法使いと解る男の赤い目がただ静かにハイベルを見下ろしていた。

 

 「闇の、魔法使いか―――」


 結界を張り外界から遮断された部屋にハイベルの苦しく掠れた声が響く。こちらを見下ろす魔法使いは身動きもせずただじっとハイベルの様子を伺っているだけで返答はない。


 病が原因で身動きのとれなくなったハイベルの全身から滝のような汗が噴き出した。命の危険を感じてではない。どうせ残された時間の少ないハイベルは死を恐れはしなかったが、闇の魔法使いの復活という忌まわしき事態に世界が暗黒の時代へと変貌を遂げるのだと思うと、何の抵抗も叶わぬ不甲斐ない我が身が腹立たしくてならないのだ。


 手始めに自分を封印した騎士と魔法使いの血が流れる末裔を抹殺するためにやってきたのだろう。しばらく無言で睨みあっていたが、やがてハイベルが咳き込み胸部に激痛を覚え身を捩った。

 病による発作だったが、何時もなら手を貸してくれる侍女は眠らされている。しばらく痛みに耐えたハイベルは寝台に張り付いたまま苦しそうに闇の魔法使いを見上げた。


 「肺の病ゆえ長くはない。」


 放っておいても苦しみながら死ぬぞと自虐的に口角を上げるハイベルに、闇の魔法使いが表情を変えぬまま口を開いた。


 「王子が保護下に置いた娘がいる。」

 「娘…だと…?」


 ハイベルは肩で大きく息をしながら言葉を繰り返した。額からは大粒の汗が滴り落ちシーツに染みを作る。


 「その娘にはお前達の理解を超える力があるが、それを利用してはならない。娘の力を抑制へと導く有能な魔法使いが必要だ。だが娘が望むのはただ人への道だ。それを阻害してくれるな。」


 魔法使いの言葉にハイベルは眉間に深い皺を寄せた。


 これは―――娘の保護を求めると言っているのか? そのためにわざわざ死の床にあるハイベルの寝室へとやって来たのだと?

 その娘とやらはいったい何者だ、裏には何がある?

 まさかその娘が闇の魔法使いの後を継ぐ存在になるのではないだろうなと考えた所で、ハイベルは圧倒的な威圧感に押し潰され寝台に深く沈んだ。


 ただでさえ息苦しいのにさらに圧迫を受け息が上がる。闇の魔法使いが解放した魔力によって結界の中の圧力が一気に増して押し潰されたのだ。

 

 隠していた魔力を解放しただけだというのになんて力なのだろう。抵抗など無駄だと見せつけられているも同然の力にハイベルは奥歯を噛みしめた。

 世界はどう抗えばいい、どうすれば闇の魔法使いの手から逃れられるというのだろう。


 「娘の意に沿わぬ事態を招いてくれるな。」


 意味がわかるなと問いかけてくる赤い瞳にハイベルは苦しげに視線を向けた。


 「王子たちでは若すぎる。よろしく頼むぞ―――」


 そう言って伸ばされた手には淡く白い光が揺らめいていた。

 闇の魔法使いが光をハイベルの体へと落とすと、その光は一瞬で体の中へと吸収されてしまう。


 「何を―――っ!」

 「娘を守るのに必要な対価だ、受け取ってもらうぞ。」


 それだけ言い残すと闇の魔法使いは解放された魔力共々忽然と姿を消した。


 「待てっ、お前は闇の魔法使いではないのかっ?!」


 声を荒げると同時に腕を伸ばし一気に起き上がるがその手は空しく空を切る。すると瞬時に寝室の扉が開き剣に手をかけた近衛らが飛び込んできた。


 「陛下っ、いかがなさいました―――?!」


 寝室に飛び込んできた近衛たちはその光景に目を見張った。


 病に伏し、明日をも知れない病状であったハイベルが自ら立ち上がり空を見つめている。すっかりやつれてしまっていたが、長く寝台から起き上がる事も叶わなかった王がしっかりと二本の足で立っているのだ。


 それに驚いたのは近衛だけではない。当のハイベルも我が目を疑い、驚きの表情で近衛達を見返していた。



 何があった、何が起こったのだ?!

 

 あれは闇の魔法使いではないのか―――不安に思うが体内に受け継いだ祖先の血がそうだと告げている。自身は名乗りはしなかったが、あれは間違いなく復活してしまった闇の魔法使いだ。


 ふらつく体を駆け寄って来た近衛に支えられ寝台に戻されるが、再び横たわる事はしない。一体どう言う事だと冷静さを取り戻そうと己の体を確認した。

 

 動く手足。そして何より急に楽になった呼吸に気付かされる。


 対価―――これが対価か?

 娘が望む道を阻害するなと、娘の意に沿わぬ事態を招くなと釘を刺された。その娘に今すぐにでも会わねばならない。だが娘の望みはただ人への道だと闇の魔法使いは言ったのだ。世界の未来に係る重要な一言一句、忘れてはならない大事な言葉。ハイベルが娘に会えばどうなるだろう?


 多くの疑問が残るがそれを一つずつ解いていかねばならない。

 ハイベルは宰相を呼ぶよう、我が身を案じる近衛に力強く命じた。


 

 








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