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心の鎖  作者: momo
二章 イクサーン王国
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別れ



 「本当に行っちゃうんだね―――」


 二人の間に特別な何かがある訳ではない、恐らくアスギルの一方的な気にかけだ。イオの中に封じられた力がとても大きいからと、それが原因で怪我をするかもしれないからと、イオの知らない所でずっと気にかけてくれていた。

 別にアスギルが怪我をするでも迷惑を被るでもないはずなのに、立つ前にイオも知らない事実を教え助言をくれる。赤く不安げな眼差しが己の利益ではなくイオを心配しての一心から来るのだと語っていた。


 側にいる間は話すつもりはなかったのだろう。イオが力を望まないのを知っているからこそ見守ってくれていたに違いないのだ。

 それが今突然、選びようのない急な選択を強いられる。本当に別れの時が来たのだと思うと寂しさだけが込み上げてきてしまう。


 「何かあれば名を呼んでください。必ず貴方のもとに駆けつけます。」

 「そこまでして貰う理由がないよ。」


 イオの言葉にいいえとアスギルは首を振った。 


 「私は貴方に―――貴方がた魔法使いに償い尽せない負い目があるのです。」

 「ずいぶん大層ね。」


 仰々しさにイオが乾いた笑いを上げると、アスギルもそれに釣られ小さく笑う。


 「それに貴方は私の恩人です。」 

 「恩人って、そんな風に思われるようなことしてないよ?」


 キョトンとするイオにアスギルは心からの微笑みを浮かべた。


 「扉を開いてくれたではありませんか。」

 

 世界中の憎悪を背負うべきは当然の報い。全世界の人々が拒絶しても心が折れる事は二度とないが、それでも開かれた扉が本当に嬉しかったのだ。たとえ貴方が私を知らなくて仲間に飢えていただけであったとしても、それでも嬉しかったのだとアスギルは心で告げる。


 「アスギル?」


 ただ微笑むだけのアスギルに身を起こしたイオが首をかしげた。

 アスギルの考えが分かる訳ではないけれど、世間から隔離された場所で生活してきただけでないのだろろう。強い力を持っているし状況判断も早い、そして配慮もできる優しい人。イオが扉を開いてくれたと、そんな出来事だけでイオの様な小娘を恩人と言い切る嘘のない瞳が、イオでは到底想像できない辛い経験を積んできたのだと想像させた。

 アスギルはイオの何か、世間一般では無感動に終わる行動一つに執着し、心を寄せたのだろう。

 それが何かはわからない、でもそうでなければアスギルがイオに優しくしてくれる理由がまったく思いつかないのだ。

 

 そうではないと否定をやめてイオは笑みを返す。

 何があったのかは聞かない。イオでは到底支えられないだろうし、アスギルもそれを求めている訳ではないようだ。償いの象徴、きっかけ…魔法使いで最初に扉を開いたのがイオだっただけの事。


 「アスギルだって恩人よ。」


 好意を否定せず受け取るとアスギルは照れるようにふっと笑った。


 「で、わたしはどうすればいいの?」

 「そのままもう一度横になってください。」


 言われるまま柔らかな寝台に仰向けになるとアスギルがイオの髪を撫でた。


 「見事な銀髪ですね。」

 

 長く伸びたイオの髪を撫でながら眩しそうに目を細める。


 「でしょう? 大事に育ててるの。」


 ある意味自慢だと答えるとアスギルが不思議そうに首を傾げた。こんな時の仕草は子供の様だと思う。


 「育てる?」

 「いざとなったら売れるもの。」


 女の一人暮らし、一生独り身と決めているイオにとって見事な銀の豊かな髪も、生活に困窮した時の為の貴重な品なのだ。


 「おやめなさい、髪は魔力を高めてくれます―――ああ、貴方はそれを望んではいなかったのでしたね。」


 思い出したようにつぶやいたアスギルの冷たい掌がイオの額に触れた。

 魔法使いである事実を隠して生きてきた二十年、大きな力を自身で封印していると知らされても今更どうしようとも思えない。扱いきれるものでもないし、迫害の中で生きてきたイオにとって魔法は己の命を危ぶませるものでしかなかった。無意識で自分自身が施した封印を解き力を得るのには恐れがあるが、そうしなければ危ないとアスギルが言うのであればそれを疑わない。正直力を持つのは怖かったが使わなければ問題はないだろうと安易な思いもあった。


 「イグジュアート様にもやるの?」

 「彼の場合はさほど大きな魔力を持っている訳ではないので放っておいても問題はありません。それに貴方と違って彼の封印は他者によるもの。彼が魔法を望むのであればこの国の魔法使いにも封印を解くのは可能です。」


 封印を解けるのはそれを施した張本人か、それ以上の力を持つ魔法使いだけ。イグジュアートの魔法を封じた魔法使いは大した力を持っている訳ではないがイオの場合は違う。イオが秘める魔力はかなりのもので、イクサーンでそれを扱える技量のある魔法使いはいないだろうとアスギルは推察した。

 

 「でもアスギルが話してもいいんじゃないのかしら?」


 また何時会えるとも限らないのだ、最後にイグジュアートにも会ってあげて欲しいとイオは匂わせる。


 「彼の人生を背負ったのは私ではなくあの男です。必要なら手助けしますが、今は私が出しゃばるよりあの男が彼を導いてやるのが一番なのですよ。」


 自ら望んで背負った運命の大事な場面を横から攫われてはたまらないだろう。それにイグジュアートの持つ魔力はアスギルが出しゃばるほど大きい訳でも危険でもなく、これからの彼に必要なのはカーリィーン王の選択通りの人物だ。それならば多くに関わりを持たない方が彼らの為でもあるだろう。


 そうなのか息を吐くイオの不安にアスギルが大丈夫だと頷いた。


 「この地で穏やかに暮らせるよう私からも手を打たせて頂きます。解放された魔力を上手く制御できるよう良き指導者に学ばれるといい。」

 「本当にそうなるといいけど―――」


 闇の魔法使いが復活したのであればそれも望めないだろう。なのに全てを知っていると言ったアスギルのあまりの落ち着きように感化されてか、どことなく大丈夫な気分になってくるので不思議だ。


 「ねぇ、片付けなくてはいけない仕事って…まさか一人で闇の魔法使いに挑んだりしないでしょうね?」


 確かにアスギルは常識外れの魔法使いだが闇の魔法使いに叶う訳がないのだ。

 最後に残った一抹の不安を拭い去るように少し冗談めかして聞いてみると、アスギルは小さく首を横に振った。


 「何かあれば名を呼びなさい、必ず駆けつけますから―――」


 額に当てられたアスギルの掌から暖かい何かがイオの中に流れ込んでくる。

 それはゆっくりと額から体内をめぐり、体全身を優しく包み込む。


 柔らかで温かい光に包まれながら、イオは静かに瞼を閉じると深い眠りに誘われて行った。














 

 



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