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心の鎖  作者: momo
二章 イクサーン王国
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不安




 カーリィーンを脱出してイクサーン王国へ無断入国した。その後はいくつかの街を通り過ぎてきたが、人々の暮らしはカーリィーンと大して変わらないように感じていた。大きな違いといえば魔法使いが身を偽らずに堂々と街中を歩いていた事くらい。

 だがイクサーンの王都に着いた途端、イオは自分が知る世界はあまりにも狭いものだったのだと思い知らされたのである。


 都で生活するのは王侯貴族ばかりではないというのに、どこの誰を見ても華やかで輝きに満ちている。目に入る民衆の誰もが生き生きとしていて、この地に立った自分がとてもくすんでいると感じ恥ずかしくなった。

 生まれ育った村から出るのも稀で、まして都など華やかそうな場所に行く用事も必要もなかったイオはどちらかといえば隠者のように生活をしてきたのである。初見の驚きから立ち直っていくうちに、輝きに満ち溢れた王都を前にして自分には場違いすぎると、イグジュアートに握られた手にもう片方の自身の手を添えて絡め、彼の影に隠れるようにして辺りの様子を伺う。

 不安だけが募った。





 

 



 *****



 亡命とは一体どうするのだろう?

 一人取り残された宿屋の一室。湯をもらい半裸状態で体をぬぐいながらぼんやりと考える。


 宿に着いて早々、アルフェオンはイグジュアートを伴い出て行ってしまった。存在を隠され成長したイグジュアートだが、カーリィーン国王の血を引いているのは違えようのない事実。なんとか国を出てイクサーン入りしたが、行先は知られているに違いなくいずれ追手が差し向けられるだろう。イグジュアート自身はただの平民としての道を望んでいるが、しばらくはカーリィーン国王の御落胤として身分を保証してもらい身の安全を確保したほうが安全である為、今はアルフェオンが前もって連絡を入れていた相手の元へと二人して出かけている。その相手というのが多忙で何時会えるかもわからない相手であるらしく、彼らが戻ってくるまではイオのこれからも全く分からない状態なのだ。


 もし戻ってこなかったらどうしよう…亡命って一人でもできるのかな? と、不安に思いながらも空腹を覚えた腹が自己主張を始めた。

 

 湯を使い終えたイオは衣服を整え髪を後ろで一つにまとめると財布の中身を確認する。ここまでの道中で必要な路銀はすべてアルフェオンが賄ってくれたので余裕はあるが、これからの生活がどうなるかわからない状況で贅沢はできない。

 取り合えず宿屋の食堂が安ければそこで、納得できなければ外食でもしようかと財布の紐を閉じた。アスギルはいつの間にか姿を消してしまっているので一人で行動しなくてはならない。女一人で外に出るなら日が暮れる前に済ませた方がいいだろうと扉を開くと、今まさに扉を叩こうと握り拳を挙げた男が目の前で意表を突かれた表情を浮かべイオを見下ろしていた。



 詰襟の黒い制服に腰には帯剣、一目で騎士とわかる風貌に焦ったイオは勢いよく扉を閉める。


 まさか不法侵入で捕まえられるのかと扉を両手で抑え込みながら考えていると、どことなく控え目に扉が叩かれた。

 恐る恐るわずかに扉を開いて様子を伺うと今見た騎士とは違う、真面目そうで無表情な若い男が扉を押して片足を捻じ込んで来る。これではイオの意思で扉を再度閉じるのは困難だ。


 「貴方がイオ殿ですね?」


 首を横に小さく振ると見下ろす灰色の瞳がすっと細められ鋭く光り、イオは思わず身を竦める。


 「急ぎ荷をまとめ御同行願います。」


 イオではないと首を振ったのにお構いなしだ。人の嘘が読めるだなんてなんて恐ろしいんだとさらに首を振る。


 「いえっ、今から食事に出る所なのでそれから―――」

 「お連れの方がお待ちです。」


 抵抗空しく男は部屋に入り込むと寝台に置かれた荷を手にイオの腕を引いた。躊躇せず引かれる腕は痛みを訴える。


 「ちょっと待って、連れがいるのよ!」

 「不在のようでしたので宿の主人に伝言を頼んでおきます。」

 「でもっ―――知らない人について行っちゃいけないのよっ。」


 イオの訴えに男は歩みを止めると高い位置からぎろりと睨みつけ威嚇してきた。竦み上がるイオに男は掴んだ腕の力をはほんの少しだけ緩めると一つ瞬きをしてから足を進める。


 「私はエデュウ。アルフェオン殿がお待ちの場所までご案内いたします。」


 待ってる先が監獄なんてオチはないでしょうねぇと、言いかけた言葉はさすがに呑み込む。

 そうしてエデュウと名乗る無表情強面言葉足らずな騎士に連れて行かれた先は監獄ではなく、たいそう立派なお屋敷だった。



 

 宿泊先である宿屋から連れ出された時、イオはエデュウ以外にもう一人騎士がいるのに気付く。最初に部屋の扉を開いた時に立っていた騎士だ。その騎士がアルフェオンやイグジュアートの荷を手にしているのを見て、これから連れて行かれる先には本当に彼らがいるのだとほんの少しだけほっとした。

 否応無しに馬の背に放り上げられイオとエデュウを乗せた馬が軽快に足を進めるにつれ、賑やかな街の風景はどことなくのどかな、それでいて手入れの行き届いたものへと変わっていった。


 静かな住宅街と思しき場所に踏み込んで間もなく、石垣に囲まれ少しばかり古びた屋敷に二人を乗せた馬が進んで行く。

 年期は入っているようだが綺麗に手入れが施されていると一目でわかった。どことなく隠れ家を思わせるのは、深い緑の木々が屋敷一帯を取り囲んでいたからだろう。


 エデュウに促され戸惑いがちに屋敷に踏み込んで薄暗い広間を通り抜ける。一室の扉が開かれると長椅子に腰かけた人物が勢い良く立ちあがり声を上げた。


 「イオ!」


 何時もなら駆け寄って飛びついてきそうな勢いをはらんだ声だったが、声の主であるイグジュアートは両足をぐっと踏ん張りその場に立ってイオを見据える。澄んだ青い瞳がほっと安堵の色を浮かべていた。

 

 「イグジュアート様…あの、これはいったい―――」


 イオもホッとして自分からイグジュアートへと歩み寄る。訳が分からないので説明をと部屋を見渡すがアルフェオンの姿はなく、イグジュアートが傍らに歩み寄ってきたイオの腕に触れながら小さく呟くように口を開く。 

 

 「アルフェオンはこの国の王子と出て行った。」

 「王子様?」

 「レオン様は継承権を返上したので王子ではなく、イクサーン王国騎士団団長です。」


 また出たよ高貴な存在。

 イグジュアートにくっ付いているのだからそんな事もあるだろうが―――王子様とはまたでかく来たなぁとイオはエディウの声に釣られる。


 「騎士…団長?」


 振り返って見上げると、エディウの無表情が深く頷き返した。

 

 「重要な部分ですのでお間違えなきよう願います。」


 そういう細かいことは自分に関係ないと思いつつ、はいそうですかと素直に頷いておく。逆らってもいい事なんて何一つありそうにないし、イグジュアートが亡命をするのだからイクサーンの王家が関わるのも当たり前なのだろうと思うことにしておこう。そこに王子…王位継承権を返上した元王子の騎士団長がいてアルフェオンと何やら話をつけているに違いない。そして自分がここに連れてこられたのはアルフェオンが彼らにとっての命の恩人だとでも話をしてくれたせいなのだろう。



 さて、これからどうなるのか?

 エディウは細かな訂正を終えて満足したのか、部屋の隅でこちらの様子を黙って伺っているだけで状況説明をしてくれそうにもない。無表情で近づき難い彼にこちらから話しかけるのもはばかられるし、イグジュアートに視線を移すと神妙な面持ちでイオを見返してくるだけで口を開く様子はなかった。


 ふと視線を移すと、今までイグジュアートが座っていた長椅子の前に置かれたテーブルにはお茶のセットとお茶請のお菓子が置かれているが、ポットに触れるとすっかり冷めきっている。ここに来るまでに感じていた空腹はどこかへ行ってしまったようで、並んだお菓子を見ても口にしたいとは感じなくなっていた。


 「アルフェオン様はちゃんと戻ってくるんですよね?」


 どういった理由で連れて行かれたのかは知れないが、イグジュアートが難しそうに考え込んでいる様子からするとあまりいい状況だとは思えない。


 「あいつが戻ってこないようなら世界は終わりだ。」


 不安感が募り思わず口にした言葉だったが、イグジュアートの答えにイオはそのつぶやきをすぐさま後悔した。


 「そんなっ―――亡命ってそんなに危険なことなの?!」


 アルフェオンは己の人生所か命までもかけ、イグジュアートを亡命させるためにここまで連れてきたのだ。たとえ認められていなくてもカーリィーン国王の血を引くイグジュアートは色々と利用価値があるだろう。魔法使いであるイグジュアートを祭り上げ、魔法使いの解放を謳いカーリィーンに攻め入る理由にも成り得るに違いない。イグジュアートの母親が反乱の首謀者となったのも王の子を産んだ影響がないなんて言えやしないのだ。


 身分も何もない素人のイオから見ても、イグジュアートはイクサーンにとって利用価値があると容易く想像できた。そんな彼をここまで連れてきたアルフェオンが何らかの処罰を受けるなんて―――追手から逃れるために入った森でイクサーンは魔法使いにとって住みやすい場所だと話してくれたアルフェオンを思い出す。騎士で、公爵の跡取りだった場合は違うのか? 反逆者だとでも思われ危険だと認識されてしまったのだろうか。


 「イオ、俺の言い方が悪かった。違う、そうじゃないんだ。」


 真っ青になったイオの頬にイグジュアートの緊張して冷たくなった手が触れた。


 「アルフェオンとあの騎士団長は旧知の仲らしい。だからアルフェオンが酷い目に合わされるなんて事にはならない。」

 「じゃあ何で?」


 どうしてアルフェオンが戻ってこなければ世界が終わるのだろう。

 揺れる紫の瞳からイグジュアートは視線を放す。


 「それは―――」


 イグジュアートはイオの頬に触れたまま黙り込む。

 そこから先の言葉は紡がれなかった。










 

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