子供
「まず初めに誤解を解いておこう。」
そう前置きしたアルフェオンは腕を組んでイオを見据え、その眼光の鋭さにイオは思わず身震いする。
「イグジュアートの母君は魔法使いだった。額に所有印を押されてもなお輝かんばかりの美貌を称えた女性で、幼かった私は彼女を一目見て恋に落ちた。」
イグジュアートは母親と瓜二つの容姿をしているという。
なる程、それでアルフェオンはイグジュアートに熱い視線を送るのかと一人納得するイオにまたもや鋭い視線が突き刺さり、イオは声にならない悲鳴を上げた。
とんでもないイオの誤解を解こうとしなくてもいい話をわざわざしていると言うのに全く…口を開かずとも考えている内容が表情に駄々漏れで、アルフェオンは深い溜息を落としてから再び語り始める。
「十一年前、カーリィーンの王都で魔法使い達の反乱がおきた。」
迫害されながらも必要な存在として持て余される魔法使い。奴隷同然に従属させられ、人生においての決定権所か人権などないに等しい。そんな彼らが少ない仲間たちと共に自由を主張し、魔法を用いての反乱を起こしたのだ。
魔法使いと言っても残念な事に過去の栄光は塵と成り果てている。魔力はあってもその使い方が万全でない彼らが騎士達によって鎮圧されるのにたいした時間はかからなかった。
「反乱を起こした魔法使い達は極刑を受け、今も地下牢に幽閉されている。そして首謀者であるセレステア…イグジュアートの母君は、反乱の後間もなく処刑された。」
離れていたイグジュアートの手が再びイオの手を掴む。
冷たいのに汗ばんでいてかすかに震えるその手をイオはいたたまれない気持ちで見つめていた。
十一年前の反乱、イオも噂では聞いていたが国は事実を揉み消し公表していない。だがその反乱で首謀者となったのが女性で、しかもイグジュアートの母親だったなんて。しかもイグジュアートはその光景を幼い眼で目の当たりにしたのだ。
父王が母親の首を撥ねる様を。
同じ魔法使いでそれをひた隠しに生きてきたイオは、処刑されたセレステアに我が身を重ねて身を縮める。いつ何時、自分がそうなってもおかしくはないのだと現実を突きつけられている気分だ。
話に聞いただけのイオがこれなのだ、イグジュアートにはイオなどでは計り知れない思いが渦巻いているのだろう。あの水辺でイオを覗き込み、紫の瞳を珍しいと言ったイグジュアートを思い出す。どんな思いで母親を重ねていたのだろうかと、イオは背負う物のあまりの違いに胸を痛めた。
「長年騎士を務めていれば私とてそれなりの要職に就く。思いが強くとも長年共にしてきた同僚や上司、そして部下を裏切るには相当の覚悟が必要だった。その後押しをし、実行に移す理由を下さったのが陛下だったのです。」
膝を付き視線を合わせるアルフェオンにイグジュアートは首を振る。
「追手は陛下の命を受けている。」
「命を下したのは王で間違いない。しかしあなたを守って欲しいと臣下に頭を垂れ願ったのは御父君だ。」
「殺す為に逃がしたんだ。俺を殺す為にお前は母さんへの思いを利用されたんだ!」
王には王の立場がある。世界を変えたくとも長年受け継がれた恐怖が癒える日はなく、カーリィーンで魔法使いを野放しにし一個人と認めるには過去の歴史はあまりにも残酷で、王の言葉一つでどうこうできる問題ではなかった。
王がセレステアの首を自ら刎ねたのも王なりの理由があるのだろう。イグジュアートの逃亡に手を貸しながら自ら追手を差し向けるのも仕方のない事だ。王である限り己の欲望だけで国を動かしてはならない。だからと言って魔法使いの命を軽視する理由にはならないが、カーリィーンで長年培われてしまった現実はそう易々と変わる訳がないのだ。
だがそれを理解できる程イグジュアートは大人ではなく、王に忠誠を誓っている訳でもない。隣で話を無理やり聞かされるイオですら理解できないのだから当然ともいえよう。
「解らないわ、ちっともわかんない。」
イオは守るように両手でイグジュアートの手を包み込む。
「逃がしておいて追いかける? それじゃまるで狩りでも楽しんでいるみたいじゃない。」
獲物を野に放ち弓を持って追いかけ射止めるなんて悪趣味だと睨みつけると、アルフェオンは何か言いた気に口を開いたが言葉を発するのをやめた。
彼の様に王の傍にいた人間とそうでない者の違いを認識したのだろう。
「本当に守りたいならどうして自分から手を差し伸べてあげられないの。例え王様だって身分を捨てても我が子を守りたいって感情があってもいいんじゃない?」
同情で泣く資格なんて自分にはないと、イオは目頭が熱くなるのを何とか堪えた。
「酷いと思う。魔法使いってだけでこんな目に合わなきゃいけないんだから本当に酷いって思うわ。」
自分を殺して生きて行かなければならない。無事に生き延びる為に恋も諦め、嘘で固めた人生に怯えて何とか生きて行かなきゃならなかった。
「でもね、イグジュアート様。」
今は自分の事ではない。傍らで全てを拒絶しながらも俯き震える少年に、イオは今にも泣きそうな紫の瞳を向ける。
「やっぱりアルフェオン様をカーリィーンに帰すのは無理みたい。」
イグジュアートは顔を上げると、綺麗な青い瞳がイオに重ねられた。
感情的になっている割に澄んだ瞳を見て、イオはほっと息を漏らす。
「多分ですけど、アルフェオン様は公爵位や王さまよりも、イグジュアート様といるのを選んだんです。」
イグジュアートを守って欲しいと王が頭を下げた話も事実だろう。王の人選に誤りはなく、アルフェオンはイグジュアートを無事イクサーン入りさせた。
「大切な人に関わるものを守りたいって思うのは当然の感情だと思います。だからイグジュアート様は深く考えずに守ってもらえばいいんですよ。だってまだ十四歳の子供なんですもの。」
魔法使いは迫害の対象だが、子供は大人に守られて当然。
安易な発言にイグジュアートは眉を潜め視線だけをアルフェオンへと移した。沈黙の中でアルフェオンが深く頷くと、イグジュアートは下を向いて奥歯を噛む。
「俺は子供じゃない―――」
小さな呟きにイオは微笑んで包み込んだ手をポンポンと叩いた。
「子供ですよ。だってこれだけ大人を翻弄させるんですから。」
そんな事はないと抗議の声を上げかけたイグジュアートだったが、にっこり微笑むイオと目が合うと俯いてイオの肩に額を預け、「そうかもな」と口だけで呟いた言葉は誰の耳にも届かなかった。




