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心の鎖  作者: momo
一章 カーリィーン王国
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溜息ばかり




 足取り重いイグジュアートの手を引いて街に向かい来た道を戻っていくと、朝日の中に佇むアルフェオンの姿が目に留まる。

 全てを察していたのかアルフェオンがイオに小さく頭を下げると、イグジュアートは碧い瞳を揺らして俯き、繋いだ手に力を込め立ち止った。


 どうやらきちんと話し合ってもらった方がよさそうだ。でないとイグジュアートはまた逃亡してしまうような気がする。行先は決まっていても一人で行かせるには本当に危なすぎるのだ。遠慮する前に自分がまだ保護の必要な子供なのだと認識してくれればいいのにと、イオは小さく息を吐いてからイグジュアートの手を引いた。



 「迷惑をかけてすまない。」


 アルフェオンはイオを前にもう一度頭を下げる。 


 「解ってるならちゃんと話してあげてください。」

 

 納得さえすれば彼も大人しく旅を続けられるだろう。

 この先には亡命という状況が待っている。魔法使いであるにしろ庶子にしろ認められていないにしろ、イグジュアートはカーリィーン国王の子であるには違いないのだ。それがイクサーンでどういった扱いを受けるかなんてイオには解らなかったが、イグジュアートにはこの先もアルフェオンが必要なのには間違いない。


 イオは所在なさ気なイグジュアートの背を押してアルフェオンの前に立たせた。


 「言いたい事があるんでしょう?」


 言ってしまった方がすっきりすると、さほど背の変わらない少年の肩を元気付けるように後ろからぽんぽんと叩く。

 イグジュアートは暫く俯いて黙ったままだったが、やがて意を決したように顔を上げてアルフェオンを見上げた。


 「お前はやはりカーリィーンに戻るべきだと思う。」

 

 強い眼差しで見上げるイグジュアートに、アルフェオンは同様の眼差しを押し返す。


 「何度も言いますが、私は私の意志でここにいるのです。」

 「王に忠誠を誓った騎士がか? もしそうならお前は騎士失格だ。」

 「それならそれで構いませんが、王への忠誠だけが騎士の本分ではない。それに陛下は―――御父君は少なくともイグジュアート…貴方を厭うてはいません。」


 アルフェオンの言葉にイグジュアートが奥歯を噛みしめる。その音は隣に立つイオの耳にすら届く程にきついものだった。


 「そんな訳がある筈がない!」


 イグジュアートは声を荒げた。


 「陛下は自身の手で母の首を刎ねたのだぞ?!」

 

 最初の記憶。

 母に関する記憶は何もない。優しいぬくもりに抱かれた事すら覚えていないのに、イグジュアートの記憶に残っているのは王が母の首を刎ねたその瞬間だ。


 イグジュアートの言葉にイオは息を飲み、それに気付いたアルフェオンが声を低く落とした。

 

 「一先ず宿に戻りましょう、ここでする話ではない。」


 思わず感情的になったイグジュアートはそれに気付いて俯くと、隣に立つイオの手を縋るように絡め取った。イオもその手を無意識に強く握り返す。



 首を刎ねられた―――その言葉が嫌に胸を抉るのはイオにとっても他人事ではないからだ。逃れたとは言っても国境を越えただけ、これから先どうなるか解らない不安が今更ながらに押し寄せる。



 三人揃って宿に戻り、アルフェオンとイグジュアートが使っている部屋へ足を踏み入れる。イオやアスギルの一人部屋と比べ幾分か広かったが余分に椅子が置かれている訳でもなく、イオとイグジュアートは手をつないだまま並んで寝台に腰を下ろし、アルフェオンはもう一つの寝台に向かい合うようにして座った。

 

 イグジュアートとアルフェオンの問題だ。必要以上に深く入り込むつもりはなかったが、何故だかイグジュアートが繋いだ手を放してくれないのでイオも同席してしまっている。アルフェオンもそれについては何ら言ってこないのでイオはヤケクソ半分でずうずうしくもその場にいた。

 

 だと言うのに―――宿に戻り腰を落ち着けた二人は向かい合ったまま視線を合わせる事もなく口を噤んでいる。恐らくここに来るまで幾度と繰り返されてきたのだろう。アルフェオンがイグジュアートに尽くす理由、そしてそれを否定し続けるイグジュアート。

 イオの手を握り何かに耐えるイグジュアートは見た目よりも幼い印象を受ける。特殊な環境にあって大人びているのかと思っていたが実は思った以上に子供なのかもしれない。


 「イグジュアート様って何歳なんですか?」


 ふと疑問に思って口にした一言は場にそぐわないものだった。

 イグジュアートははっとして薄く頬を染めると、名残惜しそうに握り続けていたイオの手をそっと離す。


 「今年で十四になる―――」


 と言う事はまだ十三か。

 見た目そのくらいなのでさほど違ってはいなかったが、異性の手を握る事が自分の歳ではおかしいと感じられはしているようだ。


 「それでアルフェオン様は?」

 「私は二十五だ。」

 「お年頃ですね。」

 「君とて花の盛りじゃないか。」


 何を言い出すのかと眉を潜めるアルフェオンにイオは溜息を零す。

 恐らくカーリィーンにいたなら無礼にあたるだろうし、彼の素性を聞かされて萎縮してしまっていたが、自分がそれでは話が進まないような気がしてイオは腕を組んで自身に気合を込めた。


 「爵位の他にも捨てて来た物がたくさんあったんじゃないですか?」

 「君は―――」


 アルフェオンは驚いたように茶色の目を見開くがそれも一時の事で、やがてふわりと優しく微笑んで見せた。

 

 「自ら望んだものは目の前にある。」


 国では自ら望んで得た物は何もないと、そう言って視線をイグジュアートに移すアルフェオンに、視線を向けられたイグジュアートはきっと彼を睨みつける。


 「お前が見ているのは俺じゃない!」

 「イグジュ―――」


 ちっ、痴話喧嘩ですかっ?!

 イオは思わずのけぞり、アルフェオンは自分を見ていないと声を荒げるイグジュアートに手を伸ばすが避けられ虚しく空を切る。

 どうやらイグジュアートは本気で怒っているらしく、彼の言葉遣いが今までと違ってきている事にイオは気付いた。恐らくこちらの方が地なのだろう。


 感情的になるイグジュアートにそうではないと諌めるアルフェオン。

 そんな二人のやり取りに居場所のないイオはそっと立ち上がりその場を去ろうとするが、イグジュアートの誤解を解くのに夢中になっていたはずのアルフェオンに腕を掴まれる。


 「何処へ?」

 「お邪魔なようなので―――」


 ははは…と、誤魔化すように乾いた笑いをするイオに、アルフェオンは優しく微笑みつつも目が少しも笑ってはいない。


 「君が大きな誤解をしているのには早々に気付いてはいたのだが…」

 「わたし、そういう感情を否定しませんよ?」


 だからどうぞ、思う存分お互いをぶつけ合って仲直りして下さいと理解者振るイオに、アルフェオンは盛大な溜息を落とし、同時に問答無用でイオの手を引いて元の位置に座らせた。

 

 「カーリィーンも出た事だしこの際だ、これまでの事をきちんと話しておきましょう。」


 そう言ってアルフェオンは睨みつけるイグジュアートと、二人の恋を見守るに徹しようとするイオに少々頭を悩ませながら深く息を吐いた。



 






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