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心の鎖  作者: momo
一章 カーリィーン王国
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少年の不安



 宿屋を飛び出したイオは迷いなく街の出口へ向かって駆け出す。

 街は魔物の侵入を拒むように砦に囲まれていたが、それほど大きな街でもない。低い建物が立ち並ぶ通りを全速力で駆けて行くイオの姿を、早朝から通りをまばらに歩く者達が何事かと一瞬興味を持ち目で追っていた。



 朝日の眩しさに目を細めた先に目的の人を見つけるとイオは大声で名を呼んでいた。


 「イグジュアート様っ!!」


 呼ばれた少年ははっとしたように肩を震わせ振り返る。

 朝日を背にしたその表情は、何故と訝しげにイオを見ていた。


 「まっ…イグジュ―――!」


 大して大きな街ではないとはいえ、それなりの距離を全速力で走って来たせいで息が上がり言葉が出ない。膝に両手を乗せ体を支えぜいぜいと呼吸するイオの背をイグジュアートが撫でつける。


 「どうした、何かあったのか?」


 慌てて自分を追ってきたイオにイグジュアートが眉を潜めた。

 

 何かあったじゃない―――!


 イオは必死で呼吸を整えると身を起こして額の汗を拭う。全身汗だくの不快感が昨日までの鬱蒼とした森を思い出させ、更に不快な思いに駆られた。

 その不満をそのままイグジュアートにぶつける。


 「一人で行こうなんて無謀です!」

 

 荒げられた声に驚いたイグジュアートは碧い眼を瞬かせ思わず一歩後ずさった。


 「この際だからはっきり言いますけど、綺麗で世間知らずのおぼっちゃまなイグジュアート様なんて人攫いからすれば格好の餌食なんです。そんなイグジュアート様を一人で行かせたなんて知れたら、それこそアルフェオン様に顔向けできません!」


 アルフェオンにはここまで無事に連れてきてもらって面倒をかけてしまっている。イグジュアートの気持ちも解らないではないが、一人で行くと行動に起こした彼は己をあまりにも知らなさすぎた。


 「私が一人で行ったからとてあいつはそなたを責めたりはしない。」

 

 そんな男ではないと諭してこようとする少年にイオはくってかかった。


 「だったらアルフェオン様があなた一人を行かせて、自分だけカーリィーンに戻るような人じゃないって事くらい解ってるんじゃないんですか?!」


 イグジュアートは先に行った、追わないでくれ、犠牲にしたくない―――いくらそう伝えてもはいそうですかと国に戻るような人ではない。そんな浅い気持ちでアルフェオンが全てを捨てて来たとは考えられないし、そうしたのは彼自身の意志だ。どんなに輝かしい未来がカーリィーンにあったとしても、それを蹴ってまでイグジュアートの隣にいる事を望んだアルフェオンの気持ちを吐き違えないであげてほしい。


 「行くなら行くでちゃんと話し合ってからにして下さい。」

 「そんなのあいつが許す訳がないだろう。」

 「このまま行ってもアルフェオン様は絶対追いかけますよ、それこそ地の果てまで。」

 「だからそなたに説得を願ったのではないか!」

 

 イグジュアートの言葉にイオは息をのんだ。


 「何それ? わたしが説得している間に少しでも先へ行こうと思ったの?!」 

 

 馬鹿げている。

 幽閉された王子に騎士として体を鍛えているアルフェオン。引き離されたとしてもアルフェオンの足ならあっという間に追いついてしまうに違いない。それこそ目的地は解っているのだ。もしかしたら途中で追い越されてしまうなんて事も有り得るではないか。


 「そうではない、そなたは私よりも数段に世間を知っている。そなたならあいつの捨てようとしているものの価値を庶民の目で判断し、どれほどの物なのかを解いてくれるのではないかと思ったのだ。」


 イグジュアートはイオの瞳を見据えると冷静に答えた。青く澄んだ純粋な瞳が痛い。

 確かに公爵なんて地位は庶民の目から見れば夢物語の様なものだが、それを解いたからといって国境を超える意志を遂げた相手には通じまい。話を聞いてもらう間もなくアルフェオンはイグジュアートを追うに決まっているのである。


 「私とて幾度となくあいつを説得したのだが頑なに聞こうとしなかったのだ。私は自分があいつに全てを捨てさせるに値する人間ではないと承知している。」


 申し訳ないという気持ちでいっぱいなのだろうか。イグジュアートは人に甘えるという行為を恐れている、もしくは知らないように感じられた。


 力を封印されていても魔法使いであるには変わりない。王の子として生まれ、隠され、必要ないから殺される。処分―――と言った方が適切なのかもしれない。魔法使い達にとってカーリィーンとはそんな世界だ。イオのように魔法使いである事実を隠し、隠れ住んでいた訳ではないイグジュアートからすると、無条件とも思える献身的な行動は受け入れがたい物なのかもしれないとイオは感じた。


 魔法使いなんて虫けら同然。過去の大罪によって恐れられ、迫害され続け虐げられる。虫けらに手を差し伸べる人間は同罪で、ましてアルフェオンの様な奇特な行動を起こす大貴族など存在すること事態が異常だとカーリィーンでは誰もが思う。

 差し伸べられる手は暖かい。戸惑うが嬉しいものだ。だからこそ、その手を引いて奈落へ引きずりこんでしまいたくないと思うのかもしれない。


 イオは失礼かとも思ったがイグジュアートの手を取る。するとあまりにも冷たい指先に一瞬驚き、ほぅと息を吐きながら冷たい手をぎゅっと強く包み込んだ。


 「そんな価値なんて―――本人にしか計り知れないものだってあるはずです。公爵様だなんて、わたしからしても捨てるなんてとんでもないものだと思うけど、アルフェオン様にとってはイグジュアート様の方がよほど重要なんじゃないんですか? アルフェオン様は捨てて来たものの重さを押しつけたり、見返りを求めるような人じゃないと思います。」


 イオの言葉にイグジュアートは何かを言いかけるが、口を閉じるとそのまま視線を地面へ落としてしまった。


 籠の中で飼われていたと言っても過言ではない少年。異国の地で不安もあるに決まっているのにたった一人踏みだそうとしている姿は、外見の美しさも手伝って保護欲を異常に掻きたてられてしまう。


 「ねぇイグジュアート様、一緒に行きましょうよ。」


 イオは俯いたままのイグジュアートを覗き込むようにして微笑みかけた。


 「それにイグジュアート様が一緒に行ってくれないとわたしは困るんです。」

 「―――困る事などなかろう。」

 

 不思議そうに眉間に皺を寄せるイグジュアートにイオはばつが悪そうに眉を下げる。


 「わたし、村からほとんど出た事がない田舎者なんです。これからどうしたらいいか全く分からないのに、アルフェオン様にいなくなったイグジュアート様を追って行かれたら路頭に迷ってしまいます。」


 二人にいなくなられても何とかなるだろうがあながち嘘ではない。

 突然の旅に辿り着いた先は異国。共にいてくれた方が心強いのは当然で、アルフェオンはこのイクサーン王国についての知識も豊富なようだ。この先ずっととは行かなくても、ある程度の知識を分け与えてもらえるくらいまではずうずうしくあらねばどうして良いかも解らないではないか。


 「死にかけていたとは言っても、二人が訪ねて来なければわたしは巻き込まれなかったんです。だから責任とって王都まで同行して下さいね。」


 無償が嫌なら恩を着せてやる―――!


 にっこりとほほ笑むイオにイグジュアートは今にも泣きそうな、それでいて少しほっとしたような顔をした。

 










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