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心の鎖  作者: momo
一章 カーリィーン王国
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面影



 「何でも出来ますよ―――」


 口の端には微笑みを称えてはいたが、アスギルの瞳は何処までも寂しそうにイオを見つめていた。


 「人を蘇らせる以外の事なら何でも。魔力によって個人差はありますが、望むならあなたも私とさして変わらない魔法を身につける事が可能でしょう。」


 アスギルの言葉にイオはまさかと笑って流す。

 

 「わたしは世界を知らないけど、あなたは間違いなく世界一の魔法使いよ。そんなあなたと変わらない魔法が使える人間なんてそういやしないわ。」


 複数の魔法使いが集まってと言う訳ではない。アスギルはたった一人で結界を張り、魔物から身を守る事が可能だった。彼の使った治癒の力はまるでおとぎ話の時代の様で、どの国に行っても間違いなく王宮入り決定だ。けしてそれは幸せな事とは言えないけれど、誰の目から見てもアスギルの魔法がけた外れであるのが事実だとイオにすら解る。


 イオの否定にアスギルは優しく微笑んでイオを覗き込んだ。いい大人である筈なのにその仕草がまるで子供の様に見えて、イオも思わず笑みを返してしまう。

 純粋な赤い瞳がイオを捉えて見透かしてくるようだ。


 「力が欲しいですか?」


 力―――

 人を蘇らせる以外の力とは一体何だろうと、イオは腕を組んで低く唸った。


 「分からない…どっちかと言えばやっぱり怖いかな?」


 つい最近まで魔法使いである事は命に関わる秘密だった。国を超えたとは言っても直ぐ様それに慣れる訳ではない。大きな力を持つ事はそれだけ自分を危険に曝すに違いないのだ。


 「何でもって意味も良く解らないし。」


 何でもってなんだろう?

 それこそ何でも―――闇の魔法使いの様にありとあらゆる力を持てるという意味だろうか?

 まさかそんな訳がない。

 もしそうなら迫害を受け続ける事に嫌気がさした魔法使い達が集結して、どこかで反乱を起こしてしまっていてもおかしくないではないか。

 実際に過去に魔法使いによる反乱は起きてはいたが、それは瞬時に制圧されてしまっている。今の時代において魔法は絶対の力ではない。既に過去の産物に成り果ててしまっているのだ。


 何でもできる力はあって困らないだろうか?

 アスギルは閉鎖的空間で人生を過ごしてきたと思っているイオは、彼が何不自由なく幸せな人生を歩んできた幸せ者だとは到底思えない。

 彼が向けて来る純粋な赤い瞳の向こうにある影がそう告げるのだ。


 そんなイオにアスギルは優しい眼差しを向けてくる。

 どこか懐かしむように眉を寄せると腕を伸ばし、ポンとイオの頭を撫でた。


 「ずいぶん昔に弟子を一人とりました。完璧主義者で変わり者の弟子でしたが面倒見が良くて、悪態をつきながらも私の世話を甲斐甲斐しくやってくれるような弟子でした。貴方はその彼に似た魔力を持っていて懐かしく思うと同時に切なくなります。」


 アスギルがイオに向ける赤い瞳は優しくて、同時にとても寂しそうでもあった。


 「お弟子さん、亡くなったの?」


 アスギルの弟子と言うからにはまだ若いのだろう。もしかしたら十代かもしれない。イオの問いにアスギルは分からないと首を振ると静かに溜息を落とし、悲しい微笑みを浮かべた。


 「生きているかもしれないし、殺してしまったやも知れない。」

 「え―――?」


 アスギルの言葉にイオは目を瞬かせる。

 殺してしまったかもしれないって―――誰が誰を?


 「あるいは寿命が尽きたか。」

 「は?」


 寿命って…弟子はおじいさん?

 どきりとする事を言うと思えば足元をすくわれた気分にされてしまい、イオは困ったようにアスギルを覗き込んだ。


 「なんか、意味がよくわからないんだけど…」


 詳しく踏み込むには勇気がいるけれど、彼が話してくれるなら聞く気持ちは持ち合わせている。イオの思いを知ってか知らずか、アスギルは瞼を閉じてゆっくりと息を吐いた。


 「そうですね。理解していただくには少々難しいかも知れません。」


 それはそうと―――と、アスギルが話の矛先を変えイオもそれに従う。


 「あの少年が街を出ようとしていますがどうしますか?」

 「えっ、イグジュアート様がっ?!」


 驚いたイオは勢いよく立ちあがった。


 なんでもっと早く教えて…じゃなく、イグジュアートがこんなにも早く行動に出るとは思っていなかった。

 イグジュアートにとってアルフェオンがどういう位置にいるかは知らないけれど、けして悪くは思っていない筈だ。ここにたどり着くまでの道中、二人は…特にアルフェオンは常にイグジュアートを気遣いつつも過保護になりすぎないよう接していたように思える。

 それは囲いに入れられ育ったイグジュアートに、世界を知らせる為の一つの行為であったのかもしれないと今になっては思えてくるのだ。

 だってイオからはアルフェオンがイグジュアートをとても大切にしていると見えてならなかったから。


 イグジュアートがアルフェオンを巻き込みたくないという気持ちも分からないではない。だけど一人で立つのはまだ無理、イオの目から見てもイグジュアートはまだまだ雛鳥ではないか。


 イオはアスギルから場所を聞き出すとそのまま部屋を飛び出し、イグジュアートの後を追って朝露の中を駈け出して行く。


 慌てて出て行ったイオの後姿をぼんやりと見送っていたアスギルは、やがて億劫そうに腰を上げると開いたままになっていた扉を閉め、のそのそと寝台に這いこんで眠りに付く。

 誰に見られる事のないその寝顔は、何処となく幸せそうであった。


 

 







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