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心の鎖  作者: momo
一章 カーリィーン王国
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訪問者

 




 イオは魔法使いだ。

 しかしその事実を知る者はあまりにも少ない。



 この世界で魔法というものは怖れ嫌われている。

 表の世界より抹殺された魔法は、裏の世界でひっそりと、ごく僅かに生き残るのみ。魔法使いであることが知れれば国の保護という名により自由を奪われ、一生を幽閉同然に過ごすか、そうでない場合は世間に迫害され生きて行くほかない。


 魔法使いが迫害され忌み嫌われる理由―――それは数百年も昔に遡る出来事がきっかけだ。


 語るにはあまりにも重い、忌まわしき時代。


 今となっては想像もつかないほどに、人知を超えた強大な力を持った一人の魔法使いが世界を滅亡へと誘った。

 世界は闇と恐怖に陥れられ滅亡への一途を辿ったが、それでも今と違って時は魔法使い全盛の時代。剣と魔法に秀でた者達により、世界を闇に包みこんだ魔法使いは封印され、再び世界に光が灯される。


 しかしその闇の魔法使いが生み出した魔物によって世界は今もなお被害を被っていた。

 闇の魔法使いは封印されたが、彼により作り出された魔物等はただの剣で滅する事は出来ず、国の認めた魔法使い達により作りだされる、魔力を施した聖剣でのみ息の根を止めることが叶うのだ。

 

 魔法を恐れ迫害しながらも存在を根絶できない明らかな矛盾。


 長きにわたる迫害により、魔法使いの持つ力は尽きつつある。魔力があってもそれを最大限に使いこなせる術を持た者が存在しないのだ。

 迫害され命の危険を感じた魔法使い達は人を避けて隠れ住み、己の持つ力を後世に伝える事を絶ってしまったのが大きな原因の一つでもある。


 それ故イオは、魔法使いではあるが師を持ったわけではなくすべてが独学で、当然大した魔法も使えない。違法に聖剣を生産し、破格の値段で売りさばいてはひっそりと慎ましい生活をしていくのがやっとだ。国に登録された魔法使いでないことが知れれば投獄され、最悪死刑となる。それでも幼く両親を亡くし、成人した今となっても娘がこの世界でただ一人生きていくには、他に手段となるものがなかったのだ。















 *****


 イオの住処は深い森の入口にある。

 森には魔物が住まうが、イオの暮らす森にはそれほど力の強い魔物は住んでいないうえに、国の討伐隊によって定期的に魔物の駆除が行われているという事もあって比較的安全な場所だ。近くに村もあり、若い娘が一人で住んでも今の所は何とかなっていた。

 

 本当は人恋しいし、比較的安全とはいっても絶対安全なわけでもない。魔法使いではあるが大した力は無く、自分も村に住みたいというのが本音だ。


 だが、やはり自分は魔法使いなのだ。

 村に住まうことにより人との関わりが増え、いつ己の秘密が露見するやもしれない。

 魔法使いである事が知れ、少ない知人に恐れられ、そして今以上に独りになるのが怖かった。





 その日の夕暮、一人の男がイオの住まいを訪れる。

 体つきの良いその男は、女性にしては背の高いイオですら仰ぎ見るほどの長身で、夏の日差しのおかげで肌がよく焼けている。男は村に住まうきこりで名をゲオルグと言った。


 ゲオルグの仕事場は魔物の住まう森だ。

 日が暮れる前には仕事を終え、毎日必ずと言っていいほどイオのもとを立ち寄り声をかける。


 「変わりはないか?」

 「ええ、大丈夫。」


 いつも通りの会話が繰り広げられる。

 村の者たちは若い年頃の娘であるイオが森の傍で独り暮らしをすることを心配していた。だから森で仕事をするゲオルグがこうして毎日声をかけ、何かあれば手伝いをしてやる。

 大丈夫という言葉が帰ってくれば「またな」「きをつけて」と言う言葉でゲオルグは帰って行くのだが、今日に限って彼の歩みが始まらないことにイオは首をかしげた。


 「どうかしたの?」

 「…いや、そのぉ…」


 ゲオルグは大きな手で頭を掻きむしりながら言葉をつなげる。


 「その…今夜は俺んとこ来ないか? いやっ、変な意味じゃなくってな。この時期は魔物の動きが活発なうえに今夜は新月だろ? 俺んとこじゃなくても村の誰かん家に一晩世話になっちゃどうだって話だ。」 


 この森に住まう魔物は特別獰猛だというわけではなく、血の匂いさえさせなければ森を出て人家に近寄ることもないのが普通だ。だが魔物は夏場、特に新月の夜になると活発に動き回る習性をもっており気が抜けない。村の者たちも森の傍に住まうイオを心配して幾度となく村に移ることを勧めてはいた。

 イオはゲオルグの申し出に小さく笑顔を見せ、淡い紫の瞳を細めて首を僅かに振ると、後ろに束ねられた銀の髪がさらりと揺れた。

 整った顔立ちで実年齢より上に見えるイオのしぐさは、彼女より十も年上のゲオルグの心を掻き乱す。

 


 「いつもの事よ、ちゃんと戸締りするから大丈夫。」

 「いや、でもな…こないだ俺が言ったことが気になるんなら―――」

 「ゲオルグ、そうじゃない。」

 


 イオは視線を彷徨わせながら話すゲオルグの言葉に口を挟む。

 つい先日ゲオルグはイオに一緒に住まないかと告白してきたのだ。要するに結婚の申し込みというものだったが、当然イオはそれを受けることはできなかった。

 見目良く年ごろを迎えたイオに言い寄ってくる村の男は多かったし、彼らが好意を寄せてくれるのも嬉しかったが、そのうちの誰かを夫に選ぶなど、事情を抱えた身では当然出来るわけもない。


 「気にかけてもらって嬉しいし、みんなが気にしてくれるから安心していられるの。そりゃ魔物は怖いけど気をつければ上手くやっていけるわ。それにこれから人が訪ねてくる予定があってね、開けられないのよ。」


 告白を断っても前と変わらずの態度でいてくれるゲオルグに心苦しい思いを抱く。

 体が大きく髭をたたえたゲオルグは一見熊のようだが、心根が優しく誰からも頼りにされている。年の頃は三十を過ぎようとしており、当の昔に結婚して子供がいてもいい年齢だ。男としても適齢期を過ぎているのに村の女達からは今なを根強い人気がある。


 イオとて事情がなければゲオルグからの…事情があっても彼からの告白は嬉しく、思わず受けてしまいそうになる自分がいた。出来るなら応えたかったが、己の事情に彼を巻き込む訳にはいかない。イオが魔法使いである事実を知った時のゲオルグの反応を想像すると怖気づいてしまう。

 正直切ないが、彼には他の女性と幸せになってもらいたいと心から望んでいた。

 


 人が訪ねてくるという言葉を勝手に誤解してくれればよいと思ったが、対するゲオルグは少し安心したかに「ああ、クウェール爺さんか」と目尻を下げる。


 クウェール爺さんとは見た目百歳近いとは思えないほど元気な爺様で、村では偏屈爺という名でも通っている。イオにとっては彼女の秘密を知る一人で、町から剣を仕入れ卸してくれる貴重な存在だ。予定なら今日明日にも聖剣の基となる剣を運んでくるはずだ。


 「それなら気が変わった時は爺さんに村まで運んでもらうといい。」

 「うん、わかった。ありがとうゲオルグ、また明日ね。」

 


 互いが手を振り昨日と同じ別れを告げる。

 いつもと同じ日常が、今この時で終わりを告げるのだとも知らずに。















 *****



 夜の帳が下りた頃、鍵を下ろした扉を叩く音がした。

 夏の暑い盛りだが陽が暮れる前に戸締りを終わらせ、食事を済ませ早々に二階に上がっていたイオは、初めは扉を叩く音を風の仕業かと思った。それほど遠慮がちに叩かれた扉の音は風や、まして魔物の類ではなく人の手によるもの。


 クウェール爺さんかとも思ったが、あの爺さんなら扉をこんな遠慮がちに叩いたりはせず、声を張り上げながら手にする杖で力任せに扉を叩きつけるだろう。

 閉め切った室内で嫌な汗がしっとりと溢れ出すをの感じながら、イオは階下に降りるとそっと扉に耳を押し当てた。


 「だれ?」

 


 小さな呟きは扉の向こうに佇む者に届いたようで扉を叩く音が止まる。


 「旅の者ですが、なにか食べる物を分けてもらえませんか。」


 低い男の声にイオの警戒心が強まるが、食べ物を分けてくれという言葉が気にかかる。

 今夜は闇夜、しかもここは魔物の住まう森のすぐ傍だ。旅の者ならまず最初に一晩の宿を求めてくるのが常識ではないだろうか。


 「あの…宿でしたらもう少し東へ行けば村があります。」

 「宿は必要ありません。何か食べさえすればどうにでもなりますので。」


 正直怪しいと思ったが、ここで放っておけるほど非道でもない。村に行けば空き家もあるので勧めてみたが宿は必要ないという。

 イオは戸棚から残り物のパンと護身用の短剣を取り出すとパンを布に包み、短剣を握り締め懐に隠した。そして扉の前に戻ると意を決し、かんぬきをはずして僅かに扉を開く。

 暗闇の中には黒いローブに身を包んだ男が一人佇んでおり、開けたわずかな隙間から冷たい空気が流れ込んでイオの頬を掠めた。 


 「夫はまもなく戻りますが今は不在です。それに二階には流行病にかかった子供がおりますから、伝染うつるかもしれないのでお客人を中に入れるわけにはいきませんが、残り物のパンでよければ差し上げる事ができます。」

 


 そう言って布に包んだパンを差し出すと男がそれを受け取る。


 

 「ありがとうございます、お礼に何か―――」

 「いえ、結構です。それより魔物を恐れるなら村へ向かってください。」


 急ぎ扉を閉めようとするイオに男が一歩踏み出し、僅かに身を屈めた。


 「素性の知れぬ輩に警戒するのは当然ですが、病子がいるのであれば力になれます。外で構わないのでご主人の帰宅を待たせていただいても?」

 「あなた医者なの?」 

 


 男の言葉につられてしまう。

 医者というものはどこに行っても信頼される偉大な職業なのだ。

 

 だが男はイオの問いに首を横に振り、衝撃の言葉をいとも容易く紡ぐ。


 「いいえ、私は魔法使いです。」


 そう言って男は赤い瞳を細め微笑んでみせた。

 

 

 









 

 

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