王女様と付き人
~お姫様と付き人と~
遠い遠い昔のお話
今ではもう、誰も覚えていない昔
記憶からも書物からも失われてしまった国に
一人のお姫様がおりました。
名前はリフィーラ。
齢は16。蝶よ花よと育てられたそのお姫様は、
お后様に似て大層美しくまた愛らしくありました。
腰まで届く程の絹糸のように滑らかな金髪、白く透けるような肌、青く輝く瞳、赤く瑞々しい唇、少し低い鼻に王女様自身は不満がありましたが、
少女と女の過渡期にあるその姿を見て、貴族達は、妖精と天使を足しても足りないと絶賛しました。
もし王女と結婚できるなら、命を捨ててもかまわない。と考える者が何人もいたでしょう。
王は年取ってからできた一人娘の王女を溺愛しておりましたから、
彼女の望むものは、ほとんど何でも叶えてあげました。
昔話で甘やかされて育ってしまった者がそうであるように
王女様も例外でなくわがままに育ちました。
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そんな訳で、わがままに育ってしまった王女様。
今日もお付きの人に命令します。
「ノイン!!ノイン!!ちょっと来なさい!」
「お呼びでしょうか、王女様」
殆ど間を空けずに、現れたのは彼女付き人であるノインという青年です。
王女の部屋をノックし、トビラを開き、トビラを閉め、王女の前で礼をする。
その動作だけを取ってみても、全く隙がありません。
王女様よりも頭2つ分ほどは背が高く、スラッとした体型で
貴族の嫡男と名乗られても通ってしまいそうなほど、凛々しい顔立ちをしています。
髪の色は黒、目の色も黒、肌は少し赤みがかった褐色です。それもそのはずで、彼は以前の戦でこの国に取り込まれた小国の貴族で、
王女様が”なんか、いじめがいがありそう”という理由だけで、付き人にしてしまったのです。
「ねぇ、ノイン。なにかおもしろい事ないかしら?」
自分の天蓋付きのベッドに横になって、足をバタバタさせながら王女様は言います。
ちなみに、王女様の服装は、寝巻きのままなので到底人前に出られる姿ではありません。
「そうですねぇ。また、私とチェスでもなさいましょうか?」
「いやよ!ノイン強いもの。何か違うもので」
「それでは、私の読んだ書物の中から、ボルケシュ公の書かれた”海運通商の歴史と現代”などいかがでしょうか。」
「なに?その頭痛くなりそうな題名。つまらなそう。」
「では、アレフレーエフの”薬物と宗教”などどうでしょう?惚れ薬の項目など中々に面白いですが。」
「書物はもう沢山!!お父様も、政治について勉強するより、作法を勉強なさいってうるさいし。別なの!」
「・・・・私も、王女様のお行儀については少し改善願いたいのですが・・・・・・。」
「ノイン!今何か言った!?」
「いいえ、めっそうも在りません。王女様は素晴らしい方だと、こんな素晴らしい方に奉仕させていただけて、私は何て幸せなのかと
この身に余る幸福を噛み締めていただけで、ございます。」
顔色を全く変えずに、ノインは告げます。
「しらじらしいなぁ。そんな事全く思ってないくせに。」
「いえいえ、王女様のそのような・・・扇情的なお姿を拝見出来るなどという事は本当に、役得だと思っておりますよ。」
そう言うとちょっと、ニヤッとした笑顔を浮かべます。
「ッツ!?・・・・・。ちょと、な、なに・・・・。何言ってるの・・・。」
「いえ、私も健全な男ですから、そのような姿でいらっしゃられると刺激されてしまうといいますか。つい襲ってしまいそうな・・・。」
「ノ、ノインの変態!バカ!」
王女様は、真っ赤になりながら毛布を体にかけると、枕をノインに向けて放り投げて言いました。
「ですから、お行儀良くしてくださいね。そのような服装で、物を投げたりすると下着まで見えてしまいますよ。」
「ッツ!!ッーーーー!今から着替えるから。いいから、いいから早く出ていけー!!」
ハイハイと悪びれもせずに、ノインが部屋を去ると。
まだ、顔を真っ赤にしたまま。
「ノインの変態!エッチ!・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
でも、これってちょっとは魅力的って思われたって事かな。」
「それで?」
先程の寝巻き姿から、普段使いのラフなドレスに着替えたリフィーラは、こんどは椅子に腰掛けると言いました。
「それで?とは、なんでしょう王女様?」
「さっき言ったでしょ?何か面白い事はないかって。」
「チェスと書物以外で、ですか。残念ながら私には思いつく物がございませんね。」
きっと無理難題を言われると思いながら、ノインがとぼけると。
「チェスと書物以外の娯楽を知らないなんて、ノインって寂しいヤツね。ねぇ、お城の」
「あっ、そう言えば、刺繍などはどうでしょう。」
「却下。私が苦手なの知ってるでしょう。お母様から毎週毎週教わっているから、もう飽きたわ。ねぇ、お城の外」
「あっ、そういえば、最近東のアエルバから旅の吟遊詩人が到着したそうですよ。彼の話は大層面白く、お城でもその話で持ちきり。どうです、彼をここに」
「却下。アエルバからの吟遊詩人なんて珍しくないじゃない。もう、そうじゃなくて、お城の外に連れ出し」
「あっ、そういえ・・・。」
リフィーラが不機嫌そうに睨みつけると、
「それで、王女様はお城の外に外出なされたいと。そう言う事ですね。」
「さすが、ノインよくわかってるじゃない。それじゃあ、馬の準備と護衛の手配と、お父様への言い訳よろしく。」
「なりません。」
「な、なんでよー。この間の外出から1ヶ月は経ってるじゃない!いつもは、月に一回くらい森に行ったりしていたでしょう?」
長身のノインがふー。っと肩をすくめます。
こういう動作が、なぜだかノインはすごく様になっています。呆れる動作が様になるなんて、嫌な付き人です。
「なんか、そう。ヤレヤレ、この王女は何も分かってないんだから。みたいな反応されるとむかつくわね。」
「王女様は私の感情を察し取るのが本当に上手くなられましたね!」
「喜ぶな!というか、本当にそう思ってたのかいっ!!」
「簡単に言ってしまえば、先月までの王女様と、今月の王女様では、大きく違う所が一つあります。それが何かお分かりになられますか?」
「・・・・・・。私が16歳になったって事でしょ。」
なんだかんだ、わがままを言ってもきちんと自分の立ち位置を把握している王女様に安堵しながら。
「そうです。16という年はご存知の通り、婚姻してもおかしく無い年という事です。既に、国内の諸侯から、お見合いの申し込みも
多数届いておりますし、パーティーへのお誘いも数多く来ております。今、この時点で城の外に出るという事は、
これらの貴族に囲まれてしまう事を意味しています。王室に好意的な者ばかりなら良いのですが、中には自身の家系に益すれば
国家はどうなっても良いと考えてる者もおります。そのような不届き者との接触を避けるためにも、
今後の外出は、できるだけ控える必要があります。」
リフィーラは不満顔のまま、ドレスに皺が付くのも構わずに体をベッドに投げ出しました。
「分かっていたけどさー。窮屈だねやっぱり。」
「仕方ありません。しかるべき方と婚約を結ぶまでは、我慢していただくしかありませんね。」
「ねぇ、ノイン?」
「なんでしょう。チェスでしたらお相手いたしますよ。」
リフィーラはニンマリ笑いながら言います。
「そんな、結婚できる年齢の王女様に対して、ノインは欲情しちゃったんだよね?」
「ぶっ!な、何をおっしゃいますやら。」
めったに無い、ノインの焦る姿に内心笑いながら、極力真面目な顔で、
「あら、さっきノインが言ってたじゃない。襲いたくなっちゃうって、あれってお父様が聞いたら大変だと思うのよねぇ。
なんせ、どこかの貴族に会うことさえ気を使わきゃいけない愛娘だものねぇ。」
しまった!と考えるがもう遅い。こんな事なら、王女様をからかうんじゃなかった。
「何が、お望みですか?」
「さすが、ノインよくわかってるじゃない。それじゃあ、馬の準備と護衛の手配と、お父様への言い訳よろしく。」
さっきと全く同じセリフを言う王女に対してノインはただ頷くだけでした。
王女様と付き人の関係は、概ね良好でした。
ちょと生意気で、からかわれたりするけれど、自分の事を第一に考えてくれる付き人を
彼女は信頼していました。
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そんな王女様にも、ついに婚約を決める時期が来ました。
相手は、東のアエルバよりさらに東に遠く、ミンシェルという港街を中心とした一帯を収める貴族の息子でした。
彼の名前は、ツェーンと言いました。
先に惚れたのは、以外にも王女様の方でした。
先日、こっそりとノインに連れ出してもらった遠乗りの際にたまたま、同じ森に狩りに来ていたツェーンと遭遇したのです。
オレンジの草花の咲き乱れる中で見た彼は、ノインよりも背が高く、がっしりとした体型で、
黒髪を肩口まで伸ばし、その躯体に似合わず、優しい黒い目をしていました。
特に、何か大きな出来事があったわけでも無いのに、なぜかツェーンの事が気になってしまったリフィーラは、
それから何度も手紙で交流しました。
出会った時にたまたま王都に来ていたツェーンは、納税の報告を終えるとすぐさまミンシェルに戻ってしまったからです。
”お慕いしております。ツェーン様。
ミンシェルの街は今頃、収穫祭の季節でしょうか?私も幼き頃に、訪問させていただいた時には、
大層楽しかった記憶がございます。生きた海のお魚を目にするのは初めてでしたから。
さて、こうして手紙をしたためているだけでも、貴方様とお会いしたあの、マロニエの木の下の情景が目に浮かびます。
恋いというものを、この年までついぞ経験しなかった私でございますが、
今の私の感情は間違いなく恋いであると実感しております。
いえ、今の私の身を焦がす感情が恋いで無いのなら、全ての戯曲で演じられれる物語も恋いでは無いでしょう。
それほどまでに、私は自身の思いを確信しております。
また、お会いできる日を心待ちにしております。
貴方様に神のご加護があります事を
貴方だけのリフィーラより。”
このような、たった数行の手紙から、時には軽い冊子ほどもある手紙まで、
王女はその思いを胸に多くの手紙をしたため、
ツェーンもまた、それに応じ彼女以上に勢力的に手紙を送りました。
手紙の仲介は、全てノインが行ないました。
事務仕事においても彼は一流で、早馬を駆けさせ、手紙は必ず5日以内に相手の元へと届けられました。
「ねぇ、ツェーン様からのお返事はまだかしら?」
「王女様、今までの最短でも返事が来るまで8日は掛かっていたではありませんか。今日はまだ、6日目ですよ。」
「だって、早く返事が欲しいんですもの。もういっそ、このお城に住んで下されば良いのに。」
「私が責任を持ってお届けしておりますから、ご心配なさらずに。もう季節も寒くなって来ておりますから、
そのように一日中窓際にいては風邪を引いてしまいますよ。そうですね、未だ公にはしていないものの。
王女様と、ツェーン様の仲は貴族の間では既に周知の事実ですから。王宮にご引越ししていただくのも手かもしれませんね。」
「えっ?もう、そんなに知れ渡っているの。」
王女様は少し恥ずかしそうに訪ねます。
「もとより、人は色恋沙汰に対しては興味があるものですよ。それが、王族の者ともなれば、その影響が大きいですからね。
すでにツェーン様との交流を深めようとしている貴族もいるようですし。」
「なんか、恋いの話にそう言う風に政治的な説明付けられると途端にうさん臭くなるわね。あーあー、いやだいやだ。
私の思いはこうも純真なのに、周りは利益の事しか考えないんだから。」
「それも、王族・貴族の宿命ですからね。我慢ください。ツェーン様については王様も快く思っているご様子ですし、
王宮へのご引越しの件を進言させていただきますね。」
最近行動も落ち着いて、だんだん淑女らしさを身に付け初めた王女様に対して微笑ましくも、
少し寂しさを感じながら。ノインは笑顔を浮かべました。
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「リフィーラ王女。貴方は私の誓いを受け入れてくださいますか?」
「ええ、ツェーン。私は貴方を我の夫として迎えます。代わりに貴方は私を、私の誓いを受け入れてくださいますか?」
「もちろんです。リフィーラ王女、いえ、リフィーラ。私は貴方を永遠の伴侶とします。」
王宮にツェーンが越して来てから、二人の関係は早急に進みました。
手紙でのやり取りはあれ、殆ど顔を合わせた事のない二人でしたが、、
まるで、旧来の友人であるかのように談笑し、遊戯に興じ、共に食事をしました。
婚約の誓いも滞りなくこなした二人は、後は時期を見て結婚するだけとなっていました。
王家の結婚となれば、それなりに客人を招かねばならず遠方からの来客の都合も考え
式を行うのは、春になり雪が溶けてからと決められました。
さすがにまだ、床を共にした事はありませんでしたが、お互いの部屋に行き来し、深夜まで話す事もしばしばでした。
最も、ツェーンには貴族としての仕事もあったので王女様と遊んでばかりでもありませんでしたが。
そんな幸せな日々に、突然終わりが訪れました。
「王女様お逃げ下さい!!!」
突然の悲鳴、突然の怒号、突然の火災。
目覚めた王女様が見たのは、煙がモクモクと広がる自室でした。
まだ、この場所には火が回っていない。けれど、煙はどんどんと濃くなり、焼け焦げる臭いはさらに増していく。
こんなに煙があるのだ、すぐに逃げないと!
「火事なのね!?なんて事!ノイン誘導して頂戴!それから、ツェーン様をお助けしなくては!」
焦る王女様に対し、ノインは首を振りながら答えました。
「私が誘導します。まだ少しだけ時間があります。動きやすい服装に着替えて下さい。」
「ねぇ、ツェーン様は!!私の事より、ツェーン様の安否を!」
「ツェーンの元に行く必要はありません。この火は彼が放ったものです。リフィーラ様。謀反です。」
「そ、そんな・・・・・。ツェーン様がこのような企てをするはずないわ。嘘!嘘よ!嘘でしょっノイン!」
「彼の領土である、ミンシェル近郊は王都から遠くまた、最も最近我が国に併合された領土。
彼は、その両親を我が国の騎士によって殺されています。それが原因かは分かりませんが、ともかく
彼が王と后を殺し、王宮に火を放ったのは確かです。」
「お父様が!お母様が!ツェーン様が!嘘・・・・。嘘よ・・・。」
「今は嘘でもいいです。ともかく逃げましょう!」
彼は、もう全く動けずただただ呆然とする王女様を体ごと持ち上げると、城内を駆け抜けました。
城の内部は混乱していました。
元よりレンガを主体とした作りをしていたおかげで、崩壊の可能性は低いが、
絨毯や家具や書物を中心に火が広がり、煙で満たされ皆が皆慌てて城の外へ避難している所でした。
「水持って来い!!水だ!樽でも瓶でも何でも良いから早く!」
「おい!誰かうちの妻を見なかったか!」
「城の東側が崩れ掛かっている!西側から中庭に抜けろ!」
「げほ、げほ、煙を吸い込むなー!姿勢を低くして逃げるんだ!」
「どうしてこんな火事が起こったんだ!?火の回りが早すぎる!」
「王と王妃の亡骸は既に、城外に移した。後は、王女を探すだけだ!」
口々に騒ぎながら逃げる人々の合間を縫って、ノインは一早く城の裏側へと逃げ進みます。
人一人抱えながら、その速度は早くまるで馬のようでした。
「ど、どうしてみんなと逆に逃げるの?」
ノインにしがみつきながら王女様が問います。
「王と后が殺された以上、王族を根絶やしにする気かもしれません。ともかく安全な場所に逃げていただく必要があるので、
人に見つからない方向に逃げるんです。ツェーンの仲間がどこにいるのか分からないですから。」
真剣な顔で走り続けるノインは王女に告げました。
「大丈夫。リフィーラ私が最後までお守りしますから。」
王女様はノインにより強くしがみついた。
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城の裏の森は、場内とは対照的に静かだった。
城の裏口から飛び出したノインはそのまま、森の中まで走りぬけ、
炭焼小屋のあるところまでやって来ると、近くの切り株にようやく王女様を下ろしました。
「とりあえず、ここまで来れば大丈夫でしょう。何人かに姿を見られたようですが、ツェーンの仲間で無い事を祈るしかありませんね。」
「ねぇ、私どうなるの?お父様、お母様は?この国はどうなるの?」
「すみません。リフィーラ。私は大臣では無いので政治や情勢については少し疎いのですよ。
王女様付きの者として最低限の知識はあるのですが、今の情勢となると良くわからないのです。
このまま、ツェーンが簡単に国を収められるとも思えませんし、そうなると王族の血としてリフィーラを利用するかもしれません。
しばらくは、潜んで様子を見るしかないでしょう。この炭焼き小屋は、冬の時期は誰も近寄りません。
不自由でしょうがしばらくここで生活しましょう。」
「ノイン。その、ありがとう。」
「いえいえ、勤めですから。」
「勤め・・・・。だもんね。ねぇ、寒いからまた抱っこしてよ。」
「走りすぎてもう、疲れましたよ。」
そう笑いながらも、ノインは王女様の後ろに座り自分のマントで王女様を包みこみました。
「こんな所にいたのか?」
突然の声と共に、ツェーンが現れました。
王と后を殺した時に着いたのか、わずかに血に濡れた服で堂々と立っています。
突然現れたツェーンに王女様は身を固くしました。
「ツェーン様、いえ!ツェーンどういう事ですか!」
「どういうも何も、明らかでは無いのか?それとも、そこのノインから聞いていないのか?
私達は国を再興しに来た。その為に邪魔であった王と后には消えて貰っただけだ。」
淡々と告げる男に、王女様の顔が歪みます。
「貴方は、初めからその為に私を利用したのね!王宮へと近寄り易くするために。」
「その通りだよリフィーラ王女。私が王都にいられる時間は本来、納税の報告を行うたった2週間だからね。
王都内部に支持者を作り、計画を実行するためには、長く滞在する必要があったのだよ。」
「なんて事!何て、何て卑劣な人!お父様とお母様を殺して、私の想いまで汚して!
最低な人!もう、国でも何でも上げるから私を、私たちに関わらないで!私はノインと生きていきます。」
「・・・・なんだ。ノイン。お前まだ、王女に正体を告げて居なかったのか。まぁ、そうか本当の事を聞けばそうして
二人仲良く、くっついているはずもないものな。」
「えっ?」
王女様が驚いて振り返ると、凍ったように冷たい顔をしたノインが居ます。
その目には感情が浮かんでいない。
「えっ?えっ?ノインの正体?な、何を言ってるの。ノインは私の付き人よ!」
「くっく、まだ気づかんのかね。そもそも、おかしくはないか?王女よ。私が王宮に入るために貴方の
感情を利用したと言ったが、そもそも惚れたのは王女の方からだったであろう?
それまで、人に惚れた事のない王女がなぜ私にいきなり惚れたのか。不自然ではないか?」
「それは・・・・・たまたま私が惚れたのをいいことに利用して・・・。」
「たまたま、私に出会ったというのかね。そもそも、出会うきっかけは何だったかね?
そう、あの森だ。狩りに来た私と、ノインに連れられた貴方が出会った場所だ。」
「・・・・・・でも、でも、貴方にノインが協力するメリットなんて!無いわ!」
「ノインと私とに共通するものがあるだろう。それは、・・・・・・目と髪の色だ!」
王女様は慌ててノイン顔を見つめます。
黒髪
黒目
そして、ツェーンの顔を見ます。
黒髪
黒目
同じ色!!
「私たちは同族なのだよ。かつてこの国に侵略された、海辺の街を中心とした小さな国の
今はなき王家の血筋だ。よって、私とノインは幼馴染でもある。
国が滅びた際にバラバラになってしまったがな。」
「嘘でしょノイン!嘘だって言って!命令よ!」
王女様の混乱は激しかった、振り向いてノインの顔に向かってそれこそ噛み付かんばかりに、言葉をぶつけました。
ノインは優しく抱擁を解くとマントだけを王女に残し告げました。
「王女様、その命令は聞けません。私は、彼の同胞です。リフィーラ。貴方は、私の勧め通りに、”薬物と宗教”を読んでおくべきでしたよ。
もし読んでいれば、貴方がツェーンと会った場所に咲いていた花が、惚れ薬の原料になるシレネの花だと気づいたでしょう。
そして、私から貴方へ渡したツェーンの手紙からも同じ花の臭いがした事にも、気づけたでしょうに。」
「嘘・・・・・・・・・・。」
王女様の目から涙が溢れた。
それは、王女様の美しい瞳に煌めいたかと思うと、あっさりと地面におちた。
自分の恋いも、
付き人もまやかしだった。
王も后ももう居ない。
何も、何も信じられない。
私を作っていたものなんて全部なくなっちゃった。
王女様は何も言わずに涙を流し続けた。
ツェーンもノインも無言で佇んでいた。
やがて雪が降り出した。
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「ノイン!!ノイン!!ちょっと来なさい!」
「お呼びでしょうか、王女様」
田舎町の市場を二人の人間が歩いている。
「今は王女様なん呼んじゃだめって言ってるでしょ!バレたらどうするのよ!」
「すみません。では、リフィーラ。なんでしょう?」
「ねぇ、ねぇこの果物美味しそうじゃない?買って!」
「だめです!予算オーバーです。」
「ぶーぶー。お金なんて稼げばいいじゃない。・・・・・ノインが。」
「はぁ、本当に仕方ない人ですねリフィーラは。」
「おばさんコレ下さい!」
「はいよ!仲いいね姉ちゃんたち。みたとこ新婚さんかい?」
「えへへ、そう見えます?良かったねノイン!私たち夫婦に見えるってよ!」
「私は、尻に敷かれている亭主という事ですか。リフィーラの尻に敷かれるのはゴメンですね。」
「なんですってー!!」
「王女様は記憶を無くされている。」
王室の主治医であるじいさんの診断によれば、王女様の頭はショックが大きすぎて
王の死と、后の死、それに婚約者と、付き人の裏切りを無かった事にしてしまったらしい。
「それでも、この王宮に居る限りいずれは思い出してしまうだろう。
火事の後、玉座の血痕、炭焼小屋の風景。どんなものでも記憶を取り戻すきっかけになりえる。」
「ノイン。お前、王女を連れてこの国から出ろ。」
「なっ?そんな事すれば、旧国王派が黙っていないぞ。ツェーン」
「お前、王女の事が好きなんだろ?故郷の復讐という義務感との板挟みになってたみたいだが、
最後にあんな所にいたのも実は逃げようとしてたからだろう。俺から。
王女が俺に惚れたのだって、お前の後押しもあったが、黒髪黒目の俺にお前を重ねてた部分があると思うぞ。
お前は立場的に結婚できないからせめて近い人をって感じだな。
よくある事だよそういうのって。」
「ツェーン。俺は。俺は!」
「いいから行けって、本当のところあの手紙はお前が書いてたんだしな。俺文才無いし。
その代わり、手柄は全部俺の物にするからな。お前っていう人間がいた記録すら微塵も残さないからな
覚悟しとよ。っはっは!」
「・・・・・ありがとう」
「いーい。ノイン。お父様からの命令で、王女ってバレたらぜっていにいけないんだからね。
もう、王女様ってよんだらダメよ絶対。」
「分かった。分かりましたリフィーラ。さあ、この国はもう見たのだから次の国に行きましょう。」
「むー。本当に分かったのかなぁ。いまいち不安だけど。ノインならまあ何とかしてくれるからいいか。」
「ああ、いつか記憶を取り戻しても何とかしてやるからな。それまでも、それからも守ってやる。」
「うん?何か言った。」
「いや、私はリフィーラが大好きだって言ったんですよ!」
「な、な・・・・・・なに、馬鹿な事言ってんのよ。・・・・・・私も大好きよ。」
「?何か言いましたか?」
「なんでもない!!」
王女様はその後、
自国の地を踏むことは無かった。
偽りの幸せ。だったのだろうか、それとも本当の幸せだったのろうか。
意図的ににせよそうで無いにせよ、人は不都合な部分に目を背けて幸せを見つけている。
王女様の場合それは、人より大きかったのだろうけど。
それでも、きっと幸せだったのだろう。
~お姫様と付き人と~end