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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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セピア色の手帖 ~夏の記憶~

作者: 宵町一葉
掲載日:2026/10/30

「お盆には、海に行くんじゃないよ。海で死んだ人が帰ってくるからなぁ」

「はいはぁい!」


子供の頃、そんな話を死んだばあちゃんがしていた。

ばあちゃん、ごめん。

おれね、あの日までそんな話、半分信じてなかった。


強い日差しの中、パラソルを立てて意地で浜で寝ていた。


「乱暴だなぁ」


顔の上に覗き込む人影が、逆光の中で呆れて笑った。


「そんな焼き方をしたら、皮膚がんになるよ」


驚いて飛び起きた。

こんな田舎に珍しい金色の髪、青い瞳。

映画で見た西洋人の役者みたいだ。

すっげ、綺麗な海色の瞳。


「え~と……な……ないす、みぃちゅう……?」


……どこのねずみ語だよ。

くすりと笑って、日本語話せるから大丈夫だよ、と彼が言う。


「入り江を案内してくれるかな?」


入り江って言ったって、ご覧のとおりの波打ち際で見るものなんて、何もありはしないのに?

だけど、彼はどんどん手を引いて、有無を言わさず走ってゆく。


「待って、待ってってば!」


「あれは?」


じっと見つめる波打ち際の端に、遠い戦争の傷跡があった。

どうせ知らないだろうから、教えてやるよ。


「あれはね、回天という兵器の秘密の隠し場所だよ。ここらの子は、みんな学校で習うから知っているけど、馬鹿な戦争の遺物だね」


あれが、回天の基地なのか……と、真面目な顔で金髪が呟いた。


「やっと逢えた。知ってるよ。回天はね、旧日本海軍の特攻兵器の一つで、人が乗り組み操縦できるよう魚雷を改造したんだよ。その名の由来は、天を回(めぐ)らし戦局を逆転させる……」


「え~と……」


こいつ、頭が残念なのかな?

戦争映画の見すぎだよ。

もしもし、今西暦何年かご存知ですか~?

おれ、平成生まれですよ~。

いぶかしそうに視線を向けたのを感じたのかもしれない。


「大丈夫、頭がおかしいわけじゃないよ。あのね……」


そう言って、彼は一冊の手帳を取り出した。


「これは、回天で出撃したまま艇の故障で、帰れなくなった特攻隊の人のものだよ。死ぬ間際に、愛する人に当てて書いたんだろうね」


「海兵隊の将校だったぼくの祖父が、太平洋で艇を見つけたんだ。手帳を持ち帰って父に譲り、そしてやっとぼくの代になってここに来れた」


「君に会いたかった……」


セピア色の手帳を広げると、何だかかび臭いような気がした。


ぱらぱらとめくったら、一片の古びた写真が落ちた。

差し出された手帳にびっしりと書かれたのは、取りとめもない日記のようで、しかも古臭い文体で書かれていて正直意味が分からなかった。

そして、彼の指差す場所に、文字の隣にちいさな丸が打たれているのを認めた。


「この丸の意味を知ったとき、いつかここに来なければと思ったんだ」

「丸の意味?」

「〇のついた字を、一つずつ追ってみて」

「〇のついた文字を、拾うの……?」

「そうだよ」


彼は頷いた。

〇が横に打たれた文字を拾って、続けて読むと文章になっている。

……何となくだけど持ち主の赤裸々な気持がわかる。


『げっこうをみあぐるたび、きみをおもふ


きみをまもって、われはゆく


このいのちが、きみがすむくにをまもらば、あなかしこむだじになるとはおもはざる


いつか、きみにあはむ


こずえをわたるかぜになって


はをゆらす、すいてきとなりて


こんじょうにかなわざる、きみへのおもいをひめてわれはうつろふ


うでのなか、しぬなとなきしきみのしんじつのみが、われのみちをてらす


ああ、なつる


きみをだきたい』


「那弦?……なつるは、ぼくのじいちゃんの名だよ」

「うん。だからぼくは、君に会いに来たんだ……思い出して、那弦」


いつしか、茶色の出撃用の特攻服を着た回天搭乗員の細い青年が、ぼくに向けて優しく微笑んだ。

彼の名を……知っていた。

ぼくの口が、ほとばしるように知らない名を呼んだ。


「修一郎!」


青い眼の修一郎が、ぼくをひしとかき抱く。


「那弦、やっと……やっと会えた」


一気に流れ込んだ、過去の記憶。

この束の間の逢瀬が、死ぬ間際に見た夢だったと彼が語った。


「ありがとう。これでやっと往ける」


ふっと微笑んで、軍人は海軍式の敬礼をすると、ふっと眼前で青い眼の青年に戻った。

ラフなTシャツ姿だった。


……ばあちゃん。

お盆には死んだ人が帰ってくるって本当だったんだね。

ばあちゃんは知らない、じいちゃんの秘密の恋。

きっと、命がけだったんだよ。


「この写真は、君にそっくりだ」

「うん、よく言われる。じいちゃんに似ているって」

「ぼくは、この手帳を譲り受けた時から、写真に長いこと恋してきたんだ。この手帳の持ち主の、一途な想いをずっと羨ましいと思っていた。丸のついた字をなぞって、いつしか暗記してしまったんだ」


月光を見上ぐる度、君を想ふ


君を守って、われは逝く


この命が、きみが住む故郷を守らば、あなかしこ無駄死になるとは思はざる


いつか、きみに逢はむ


梢を渡る風になって


葉を揺らす、水滴となりて


今生に叶はざる、君への想いを秘めてわれはうつろふ


腕の中、死ぬなと泣きし君の真実のみが、われの道を照らす


嗚呼、那……



「君の名は?」

「那智(なち)」

「那智、ずっと逢いたかった……」

「うん」


じいちゃん、この先、ぼくはどうしたらいい……?

焦がれるほど恋してきたという金髪碧眼の名前すら知らないけど、視線を外せなかった。


彼が耳元で、最後の一行をささやいた。


「きみを、だきたい」


心臓が跳ねた。



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