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第1話 「誰にも見つからないまま、消えたかった」

雨の音が嫌いだった。


世界から、「お前はいらない」と言われているみたいだから。


白石結月は、濡れた歩道を一人で歩いていた。


朝の駅前は人で溢れている。

スーツ姿の大人たち。

笑いながら歩く学生たち。

みんな急いでいて、誰も周囲なんて見ていない。


傘が肩にぶつかった。


でも、謝る人はいない。


結月も何も言わなかった。


言ったところで、相手は困った顔をするだけだと知っているから。


駅のガラスに、自分の姿が映る。


黒髪。

少し猫背。

目立たない顔。


どこにでもいる女子高生。


……のはずだった。


「……はぁ」


小さく息を吐く。


スマホが震えた。


画面を見る。


クラスのグループチャットだった。


昨日の文化祭準備で撮られた写真が貼られている。


段ボールを抱えた結月が転び、床に散らばった備品を慌てて拾っている写真。


『ガチで邪魔なんだけど笑』


『なんであいつ来たの?』


『空気読めないにもほどある』


『てか顔死んでて草』


既読が増えていく。


結月は何も言わず、画面を閉じた。


慣れていた。


小学生の頃からずっと、こうだった。


みんなが笑うところで上手く笑えない。


話しかけるタイミングを間違える。


普通にしているつもりなのに、「なんか変」と言われる。


最初は頑張って合わせようとしていた。


でも、頑張れば頑張るほど、周囲とのズレだけが大きくなった。


気づけば、教室の隅が自分の場所になっていた。


誰も話しかけない。


でも、完全に無視されるわけでもない。


必要なときだけ使われる。


そのくらいが、一番楽だった。


ホームに電車が滑り込んでくる。


冷たい風が吹いた。


周囲の人たちが一歩下がる。


結月も下がろうとして——


その瞬間。


誰かが、背中にぶつかった。


「あ……」


身体が傾く。


視界が揺れる。


ホームの端が消えた。


浮遊感。


悲鳴。


誰かの声。


でも、不思議と怖くなかった。


落ちながら、結月はぼんやりと思う。


……ああ。


これで、終われるんだ。


その瞬間。


世界が真っ黒に染まった。


冷たい。


最初に感じたのは、それだった。


湿った土の感触。

草の匂い。

遠くで鳴いている、知らない生き物の声。


「……え……?」


結月はゆっくり目を開けた。


空が紫色だった。


月が、二つ浮かんでいる。


頭が真っ白になる。


「……どこ、ここ……」


身体を起こす。


制服は泥だらけだった。


周囲には深い森が広がっている。


スマホは圏外。

電車も駅も見当たらない。


夢——ではない。


頬をつねると、ちゃんと痛かった。


そのとき。


ぞわり、と背筋が震えた。


何かいる。


森の奥。


暗闇の向こうから、巨大な気配がこちらを見ていた。


木々が揺れる。


重たい足音。


やがて現れたそれを見て、結月は息を呑んだ。


黒い獣だった。


狼によく似ている。


でも大きさがおかしい。


三メートル以上ある。


赤黒い瞳が、じっと結月を見下ろしていた。


「っ……」


逃げなきゃ。


そう思うのに、身体が動かない。


恐怖で足が震える。


怪物はゆっくり近づいてくる。


鋭い牙。


獣臭い息。


もう駄目だと思った、その瞬間。


——ドサリ。


怪物が、突然ひざまずいた。


「……え?」


震えている。


まるで、何かに怯えているみたいに。


次の瞬間だった。


結月の足元から、黒い影が溢れ出した。


どろり、と。


液体みたいな闇。


「な、に……これ……」


影が地面を這っていく。


草が枯れる。


木々が黒く変色する。


空気そのものが変わっていく。


同時に、頭の中へ声が流れ込んできた。


——《災厄認定》


——《黒の魔力を確認》


——《世界敵性個体》


激しい頭痛が走る。


視界がぐらつく。


意味が分からない。


なのに、その言葉だけは異様にはっきり聞こえた。


——《この個体は世界を滅ぼします》


「ち、が……」


私は、そんなのじゃない。


ただ。


普通になりたかっただけなのに。


涙が頬を伝う。


そのときだった。


「見つけた」


鈴みたいに綺麗な声が、森に響いた。


結月は顔を上げる。


そこにいたのは、一人の少女だった。


銀色の髪。


透き通るような白い肌。


赤い瞳。


年齢は、結月と同じくらい。


だけど、見た瞬間に分かった。


——この子も、“普通”じゃない。


少女が歩いてくる。


怪物たちは道を開けるように頭を垂れた。


少女は結月の前で立ち止まる。


そして。


壊れ物に触れるみたいに、そっと結月の頬へ手を伸ばした。


「……やっと会えた」


その声は、泣きそうなくらい優しかった。


「あなたも、ずっとひとりだったんだね」

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