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汚泥怪獣オドロ  作者: 彼岸花


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15/18

地獄の蓋

 オドロ三号爆発地点。

 大勢の死傷者を出した被災現場は、あの日から十日経った今も復興が続いている。有毒ガスである硫化水素濃度は現時点で安全な水準まで下がったが、風向きなどなんらかの要因でまた充満する可能性は否定出来ない。このため自衛隊員達は未だ防護服姿での作業を強いられ、ボランティアなど一般人は立ち入りすら出来ない。

 この対応には「過剰ではないか?」という意見もある。防護服や防毒マスクは、着用するだけで手間が掛かり、動きや呼吸を妨げ、体力も消耗させる。当然作業効率は著しく落ちる。完璧に機能させるにはメンテナンスや定期的な交換をせねばならず、その分経費や時間も必要だ。確かに不要な装備であるなら、取り外した方が良い。

 だが爆心地に漂っていた硫化水素の発生源は、未だ確定していない。

 無論オドロ三号だとは言われている。言われているが、オドロ三号から硫化水素が溢れ出す瞬間を記録した訳ではない。此処は阿蘇山近郊なのだから、もしかしたら偶々マグマ溜まりのようなものがあって、オドロの爆発後そこから硫化水素が噴き出したのかも知れない。

 そんな馬鹿な、というのは簡単だ。しかし硫化水素は一呼吸で人命を奪う猛毒。その猛毒の発生源を確定させずに生身で部隊を動かし、被害が出てから「間違ってました」は通じない。被災地域をくまなく調べた上で、確実にオドロ三号が原因だと証明してから、ようやく次の現場で対応を変えるのが賢明だろう。


「(とはいえ、実際身に着ける側になると心底面倒ではあるんだけど)」


 無論その方針を支持する幸恵も、防護服と防毒マスクなしに立ち入る事は許されない。自身を未熟者と思っている敦の方が、そこはしっかり真面目にやっていた。

 幸恵達は今、自衛隊員が運転する車に乗っている。装甲車と呼ばれる類の、無骨な車だ。

 車窓から見える景色は、ヘドロはほぼ除去されている。とはいえ瓦礫が散乱しており、綺麗になったとは到底言えない。何よりここまで片付いているのは、被災地全体で見ればごく一部である。

 自衛隊が優先してヘドロ除去をしていたのは、オドロ三号の爆心地へと向かうルートなのだから。昨日になって、ようやくそのルートが開通しただけ。町全体で見れば、まだ殆どがヘドロに埋まったままである。

 しかし優先した甲斐はあった。


「到着しました」


 自衛隊員が車を停めたところで、幸恵はすぐに降りる。

 運転していた自衛隊員も車から降り、幸恵達を案内するため先に進む。降りた場所には防護服姿の自衛隊員が何人もいたが……誰もが小銃を装備していた。

 彼等はこの場の『復旧』ではなく、警備が任務だ。それは此処にあるものを良からぬ輩から守るという意味もあるが……同時に『それ』が危険だと判明したら、直ちに戦闘を行うという使命も担う。

 ひょっとすると敵かも知れない――――自衛隊がそう考えるのも無理ない事だ。

 オドロ三号爆心地に残された巨大な『蓋』なんて、どう考えても安心出来る要素なんてないのだから。


「これが、その蓋ですか」


「はい。蓋と報告しましたが、全容はまだ把握出来ていません。表面のヘドロ除去以外には着手しておらず、あなたからの許可が出次第、重機による発掘調査を開始します」


 許可が出るまでは何もしないし、何もしていない。

 発見された時のままだと語る自衛隊員の言葉を信じつつ、幸恵はその蓋の全体像を観察する。

 『蓋』、と何度も称しているが、実際には巨大な円盤というのが正確か。何しろ地面に埋もれた状態であり、見えているのは上面だけ。全体像はまるで分からない。

 見えている部分だけで、直径は四メートルはあるだろうか。色はヘドロと同じような黒色。地上に出ているのはほんの数センチで、恐らく大部分は地中に埋もれている。直径は兎も角、全長は予想も出来ない。


「温度とか放射線とか、何か数値的な特徴はありましたか?」


「いえ。我々の検査機器の精度では、特筆するほどのものは出ていません」


 謙遜した言い方ではあるが、自衛隊は国の機関だ。大規模な研究装置ほどではなくとも、優秀な検査機器を使用している。それで検出されないのだから、恐らく目ぼしいものはないだろう。


「……触ってみます。何かあったら、とりあえず死なない程度には何をしても良いので助けてください」


「了解しました」


 万一に備え、救助の際の『負傷』は気にしない旨を伝えてから幸恵は蓋に触る。

 幸い、蓋は突如変形して幸恵の手を食い千切る、なんて事はなく。防護服の手袋越しではあるが難なく触れた。

 感想を一言で言うなら、硬い、だろう。

 金属的な硬さではない。大きく育った樹木のような、有機的な硬さだ。握り拳を作り、ノックの要領で叩いてみれば、叩いた衝撃が拳にしっかり返ってくる。あまり強くは叩いていないが、人の力で壊せるとは思えない。


「……ちょっとサンプル採取を試みましょう。採取用のメスを頂戴」


「あ、はい。どうぞ」


 敦からメスをもらい、幸恵は蓋表面を削ってみる。カリカリと音が鳴り、白い粉が確認出来た。

 粉を丁寧に採取し、試験管に入れて保存。一ミリグラムもあるか分からないが、精密検査を行えば成分ぐらいは分かるだろう。

 ……ちゃんと採取出来ていればの話だが。


「うーん。多分これ、採れてないわね」


 採取後に白い粉を拭ってみれば、蓋に傷跡は見られない。粉の正体は、恐らくメスの刃こぼれだろう。

 つまり単純な硬度では、金属以上という事だ。採取用のメスの強度などたかが知れているとはいえ、傷も付かないとなれば相当硬い。

 破砕して破片を持ち帰るのは、少し手間かも知れない。何より全体像も分からないうちに壊すのは、『情報』を得る上でマイナスだ。破片を復元すれば良いかも知れないが、正確に戻せる保証がない以上、可能な限り現状保存の努力はすべきである。


「とりあえず、掘り起こしてみましょう。周りを大きく掘って、形を維持するように。詳しい手順は、今日中には纏めてそちらに提出します。多分、明日には作業開始指示が出るかと。今日は現場保存、それと引き続き警戒を頼みます」


「了解しました」


 予定と指示を伝え、幸恵は再び車へと戻る。敦も戻り、ふうっ、と一息吐いた。


「とりあえず、危なそうなものじゃなくて良かったですね」


「良かないわよ。何がなんだか分からない代物なんだから」


 能天気な敦を窘めるも、正直幸恵も似たような気持ちだ。

 恐らくあの『蓋』自体は、本当にただの塊なのだろう。突然爆発するなどの危険性は恐らくない。あくまでも印象なので、過信は出来ないが。

 それよりも問題は、あれは一体なんなのか、だ。

 推測するにオドロはあれを地面に打ち込むため、わざわざ自爆している。オドロが生命体なのかは未だ不明だが、一体分の『損失』があるのは間違いない。少なくともそのコストに見合う、なんらかのメリットがある筈。

 火山の地下にあるマグマを調査するための、検出装置だろうか?


「(……いえ。そもそも核爆発程度の威力で、マグマまで到達は出来ない)」


 事実『蓋』は地表面で止まっていて、マグマには届いていないだろう。ではオドロの目的が、火山近くにあるマグマ溜まりへの干渉という仮説は誤りだろうか。

 ――――こういう時、敦の意見は存外活路になってくれる。自分とは違う発想が、行き詰まった科学には必要だ。


「ねぇ、麻原くん。あれ、なんだと思う?」


「え? 何と言いますと?」


「私は勝手に蓋だと思っているけど、別の見方もあるんじゃないかなって」


「別のですか? えー……んー……」


 真面目に考え込んでいるのか、しばしうんうんと唸る敦。


「弾丸、とか?」


 やがて出てきた答えは、幸恵の期待通り自分と異なる発想のものだった。


「――――弾丸」


「ええ。だって、多分爆発したオドロから飛び出したんですよね? じゃあ弾かなーって」


「成程。確かに撃ち出されたものという意味では、弾丸で間違いないわね」


 それはとても理に適っている話だ。

 オドロは自爆と共に『蓋』、いや、『弾丸』を地面に射出。核兵器に並ぶ大爆発を受けた弾丸は勢い良く地面に突き刺さる事になるだろう。

 無論、ただ突き刺さるだけでは意味がない。恐らく『弾丸』の役割は、もう一つある。

 それは中身の保護、いや、輸送だ。


「(多分、本当はその中身を地下深くに送りたいんでしょうね。でも高度な機能を持つそれは強度が低く、爆発の衝撃に耐えられない)」


 大切な中身の周りを、頑強な弾丸で覆う。これならば爆発の勢いは弾丸が受け止め、中身が壊れる事はない。

 そしてこれも推測だが、弾丸の中にはもう一つ弾丸があるのではないか。さながらロケットがエンジンを一つずつ切り離して上昇するように、弾丸の中の爆薬を順次炸裂させながら地中へと潜るのだ。やがてマグマ溜まりまで到達したら、ようやく中身を放出。こうして安全に送り届ける事が出来る。

 予測が正しいかどうかは、掘り起こされた弾丸と着弾地点を見れば明らかとなるだろう。


「(だけどこの機構は、かなり複雑になる。弾丸の強度が足りなければ中身も壊れてしまうし、中の爆薬がちゃんと起爆しないと軌道が逸れてしまう。他にも色々問題は起きるに違いない)」


 人間がこの機構を真似しようとしても、数え切れないほどの失敗が必要になるだろう。様々な改良を三日で済ませるオドロも、恐らく相当の失敗を経ている筈だ。

 だが、何処で失敗した?

 オドロ一号の弾丸がどうなったかは、調査が出来ていないため分からない。だがオドロ三号の弾丸は、見たところ問題なく地中に食い込んでいた。中身がどうなったかは分からないが、失敗したようには見えない。仮に失敗していたなら、爆発失敗時には同じルートで再上陸してくるオドロの性質を鑑みるに、またやってきそうなものである。

 恐らく何処かで、十分な数の失敗を繰り返している筈。しかし地上で核兵器並の爆発が起きれば、今の人類なら地震として観測出来る。一回二回なら見落とす事が絶対ないとは言わないが、何十回もやれば必ずだ。

 人類に見付からず、何度も練習出来る環境など、一つしかない。


「(……海。恐らく海底)」


 オドロは海から現れる。ならば実験場所も海だろう。

 既にオドロは海底火山相手に、何度も弾丸を撃ち込んでいるのではないか。そして実用化してから、地上に進出――――


「(違う。それは、きっと違う)」


 仮にオドロが火山、厳密にはその下にあるマグマを狙っているとしよう。地熱をエネルギーにしているとか、或いはマグマの高熱などで繁殖をしているとか。目的はなんだって良い。

 ならばまず利用すべきは、海底火山ではないか。

 海底にだって火山はある。此処なら人間の邪魔は入らない。水による浮力があるので、移動だって簡単だ。オドロが十分に理性的であれば、いや、野性的だったとしても、まず海底火山を利用した筈である。

 それでも地上にオドロが現れたという事は、即ち利用出来る海底火山は()()使ってしまったのではないか?

 ……陸上生物である人類にとって、海底調査は極めて難しい。だから正確な数は未だ分かっていないが、推定百万〜三百万とも言われている。陸上の活火山が一万五千と言われているので、圧倒的に多いのは間違いない。

 火山からエネルギーを得るために弾丸を撃ち込んでいるとすれば、今、オドロはどれだけのエネルギーを確保しているのか。火山というのは規模にもよるが、一回の噴火で原爆数万発分のエネルギーをぶち撒ける。それが百万個もあったら、今の人類文明では消費しきれない膨大なエネルギー量だ。


「(それらを掌握した上で地上に来た、と考えるのが合理的。つまり、まだ足りないとオドロ側は思ってる)」


 人類では、百年掛けても使い切れないエネルギー。それを確保しているのに、貪欲に次を求めている。

 よもや町作りゲームのやり込みよろしく、増えていく数字を楽しんでいる訳ではあるまい。それを潤沢に使うなんらかの計画があると考えるべきだ。

 何を企んでいるのか。いや、何が出来るというのか。今の人類文明を遥かに超えるエネルギーで為す事など、現代を生きる人間には想像さえ出来ない。

 ……全ては憶測。なんの根拠もない。

 そう思わなければ我に返れないぐらい、幸恵の動揺は大きなものだった。不安は未だ胸の奥底で燻ぶり、思考を無意識に後ろ向きなものへと誘導する。

 そして動揺と不安は、翌日確信へと変わるのだ。

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