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汚泥怪獣オドロ  作者: 彼岸花


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12/19

胡乱な憶測

 北朝鮮にオドロが現れた翌日の朝。


「自然の怒りぃ?」


 幸恵は思わず、小馬鹿にしたような言い方をしてしまった。

 研究施設の廊下での出来事だ。幸恵自身しまったと思ったが、その話を振った敦は大きく狼狽える。弁明するように、早口で捲し立てた。


「い、いえ、僕の意見じゃないです! ただ、その……」


「そういう意見が、何処かで出ている?」


「は、はい。具体的には、ネット上で」


 そう言うと彼は手に持ったスマホを、幸恵に見せてくる。どれどれと言いながら幸恵は画面を覗き込んだ。

 書き込みがあったのは、先日の北朝鮮にオドロ四号が出現した旨を伝えるニュース記事。

 ニュースの内容自体は中立的な(というよりオドロ四号の出現と、核兵器使用による駆逐作戦について伝えているだけ)内容である。しかし事が事だけに、書き込まれたコメントは数百と、中々に多い。

 そしてそれらのコメントは、かなり『独創的』なものが多く見られた。


「うわぁ……北朝鮮に対しザマァとか書いてる奴等が多いわね。一から三号はうちの国に来てるんだけど、どういう感性なのかしら」


「感性というか、こういう人達は多分大して考えてないと思いますよ……」


「あら、日本も核武装すべきって意見が出てるわね。国際社会からの批判や制裁については一旦無視するとして、この人、オドロ対策なら核兵器を自国で使う事になるって分かった上で言ってるのかしら」


「どうでしょうね。なんか敵に備えてとか言ってますし、ちょっと違う事考えてそうです」


 『ユニーク』な意見をけらけらと笑いながら眺める幸恵。だがやや引き攣った表情を浮かべる敦は気付いているだろう。

 幸恵の目が、全く笑っていない事に。


「(こんな意見が出てくる事自体は想定内。ネットの書き込みに、一々反応しても仕方ないし)」


 SNSは誰でも使える情報端末だ。しかし《《誰もが使っている》》訳ではない。五十代六十代と歳を重ねれば使用者は減っていき、若年代ほど使用率は高い。

 つまり年齢による偏りがある時点で、『世間』を反映しているとは言い難い。もっと言えば日本は超高齢化社会なので、高齢者が使えないツールはどうしても社会全体とは異なるものになってしまう。

 更に言えば『場所』も重要だ。エコーチェンバー現象……簡単に言えば「人間は自分の聞きたい意見の下に向かってしまう」というものがある。例えば野良猫の殺処分についてのニュースがあり、それを肯定する記事と、批難する記事があるとする。すると野良猫殺処分を肯定する者は、肯定する記事の方に集まり、批難する者は批難する記事へと集まるのだ。

 当然そうなると周りには、自分と同じ意見の者が多く、反対者は少数派となる。それを目にして人間の多くは「自分の意見は多数派だ」と勘違いしてしまい、強気な発言を繰り返す。「相手は少数意見の異常者」なのだから、強気に挑み、圧倒的な『世論』で打ち負かすのは合理的戦略である……本当に多数派なら、という前提は必要だが。

 その思考の良し悪しについては議論しないが、要するにネット記事一つに付いたコメントだけで世論がどうとか言っても仕方ない。仕方ないのだが、それにしてもとんでもない内容のコメントが多過ぎる。記事内容が特定思想を煽るものなら兎も角、事実を淡々と書いているだけのものでこれは正直かなり酷い。


「んで、結構な頻度で出てくるわね……自然の怒りって言葉が」


 その酷いコメントの中でも、自然の怒りとやらはよく目立つ。

 書き込み内容は人によって様々であるが……大凡の内容は以下の通り。「人間が環境破壊を繰り返した事に自然が怒っている。これは天罰だ」というようなものだ。

 この手の思想自体は、今になって出てきたものではない。大雨による激甚災害、特定害虫の大量発生などがニュースになると度々見られる思想である。

 確かに人間の行いにより、天災が激化している面はある。幸恵が専門としている海洋汚染、それに伴う赤潮などの頻発、そして結果である漁獲量の激減などは正にその典型例と言えるだろう。


「その、どう、思います……?」


 書き込みを見た幸恵に、敦が尋ねてくる。

 どうとはつまり、本当に自然の怒りと思うのか、という事か。

 言い換えれば敦は、少しはそう感じているのだろう。


「そうね、私なりの感想はあるわ。でもその前に、あなたの意見を聞いても良い?」


「えっ!? えーっと、その、そもそもオドロが自然物かどうかも分からないうちにそういうのはどうかと思いますけど、でも、もし人間の環境汚染が原因なら、そういう面もあるのかなーとは……」


 不意を突かれたからか、敦は早口かつ小声でそう答える。

 取り繕う時間がないからこそ、恐らくこれは彼の本心だろう。正体不明の相手だからこそ判断を保留しつつ、仮にその通りならば多少同意するといったところか。予想通りの回答である。

 存外それは、珍しくもない考え方かも知れない。自然からの怒りというフレーズ自体、メディアでもそこそこ使われている事から、広い年代層で受け入れられている考え方と思われる。フィクションの世界でも、人間の活動によって自然が怒っている、という導入は多いので好まれる展開でもあるのだろう。

 その上で。


「成程ね。私からすれば、根本的に間違ってるとしか思えないわ」


 少し強めの言葉で否定するほど、幸恵は誤りだと感じていた。


「ま、間違ってます……?」


「そもそも、自然って何よ。森の事? 海の事? それらが怒ると思う? ……あっ。あなたにアニミズム的信仰があるなら、この話は止めようと思うけど。根本的な価値観の違いになっちゃうし」


「い、いえ、そうではないですけど……えと、確かにそういう意味では、自然は怒らないと言いますか……そうではなく、反省すべきって意味で同意すると言いますか」


「反省なんてしないわよ、こんな考えじゃ。だって自分の責任って思ってないじゃない」


 自分にも似たような考えがあるからか、弁明するように擁護する敦。しかし幸恵はその考え方をバッサリと否定する。

 自然は怒らない。人間に天罰も与えない。人間を襲う災害の激化は、人間の失敗の結果だ。自然がどうとかは関係なく、故に自然が怒っているという考えは的外れである。そして的外れであるがために、擁護派の語る『反省』にもならない。

 一つ例えを出そう。

 石油ストーブの前にガス缶を置いて、爆発・火災事故を起こしたとする。当然原因はガス缶をストーブの前に置いた事(加熱される環境にガス缶を晒した事)であり、次からすべき行動は「ストーブの前にガス缶を置かない」以外にない。

 ここで「大事に扱われなかったガス缶の怒りだ」なんて言い出したら、話がおかしいのは誰でも理解出来る筈だ。

 確かにその考え方でも、ガス缶をストーブの前に置かなくなるかも知れない。だがもしかすると、ガス缶の怒りを鎮めるため生贄を捧げるという方法を取るかも知れない。「ガス缶の怒り」が原因なら、この方法でも問題はない筈なのだから。無論ストーブの前に置かれたガス缶は、供物の有無に関係なく爆発する。事故は防がれず、犠牲者が出て、また次の生贄が捧げられるだろう。

 ストーブの前には置かずとも、ガスコンロの横や、直射日光の当たる場所には置くかも知れない。加熱が原因だと分かっていないのだから、それが駄目だと思う訳がないのだ。日光の当たる場所に至っては、「ガス缶だって日向ぼっこしたいだろう」という善意で行う可能性すらある。これを反省とは言うまい。

 ……この例えはガス缶だからこそ『異様』に思えるだろう。

 翻って、自然の怒りはどうだ? 確かに自然が怒っていると思っても、自然保護や環境保護の意識は芽生えるだろう。だがやり方は的外れだ。

 海に赤潮が発生し、魚の大量死が起きたとする。原因を調査してみたところ海の富栄養化が原因だと辿り着き、その栄養素が工事や家々からの排水……人間の所為だと理解する。これならやるべき対策は工場排水や生活排水の浄化、もしくは生物多様性を回復させて微生物以外の栄養消費者を増やす事と分かるだろう。

 ところがこの赤潮を自然の怒りと判断したらどうなるか。これでも工場排水や生活排水に『反対』はするだろうが、森林伐採をして建てたソーラーパネルへの反対運動にもなるかも知れない。これはこれで問題だが、赤潮の発生要因とはズレている。しかし「自然の怒りを鎮める」のなら矛盾はしていない。

 それどころか「自然の生き物を守る」という名目で、野生のクマへの餌やりまでする事も十分あり得る。ここまでいくと却って自然環境を荒らしているが、「自然の怒り」は『感情的』だ。理屈ではなく想いを重視すれば、このやり方は《《間違っていない》》。


「動機としては理解するけど、それを根拠にするのは論外よ。そして相手を過度に人間化するのは、誤りの根源」


「人間化、ですか」


「仕方ないとは思うけどね。その方が理解しやすいし」


 動物に母の愛を求めたり、人間にじゃれるクマやライオンが「友達」と思ってると勝手に表現したり、人間を殺す事を『凶暴』と称したり。

 人間は、野生生物と人間の思想が一致していると考えがちだ。人間同士ですら考えが一致している事など稀なのに、動物と心が通じ合うと本気で思っている。

 だから餌やりが自然を守る事だと考え、死肉食や糞食を劣等扱いする。人間化は理解を生むようで、実際には相手を何一つ理解する気がない、自分本位の考えだ。


「話が大分逸れたけど、要するに気にする価値もない意見ってことよ」


「そ、そうですよね! 僕達は科学者なんですから、ちゃんと科学的に考えませんと!」


 最後にそう纏めると、敦は元気よく答える。どうやらそれが聞きたかった答えらしい。

 幸恵もそう思う。科学者なのだから、科学的に考えねばならない。

 ――――とはいえ。


「(じゃあなんでこんな考えがたくさん出るかと言えば、科学的結論が出てないからなんだけど)」


 オドロの正体は今以て不明。

 誕生経緯はおろか、行動理念も分かっていない。本当に地球上の存在なのか、異星人の兵器なのかも不明なまま。

 或いは本当に『自然の怒り』――――アニミズムで信仰される自然の意思によるものだろうか。現代科学の常識からすれば論外な考え方だが、オドロ自体が現代科学の常識から外れている。そして現代科学による解明は、行き詰まっている状態だ。

 無論オドロ出現から、まだ二週間も経っていないうちに結論を出すのは早計だろう。だがオドロが『何』かすら分かっていない訳で、一般人は中々答えが出てこない状況を不安に思っているかも知れない。

 そして人間は未知を嫌う。

 『自然の怒り』という答えは、人間化によって現象を理解しやすい形にしつつ、原因までも明白にしている。正しいかどうかは関係ない。人間が安全よりも安心を求める生き物なのは、大昔から言われている事なのだから。


「(……いえ、人間化をしているのは私も同じか)」


 誰かの『誤り』を見て、幸恵も自身の誤りについて考慮する。

 他国の兵器。

 幸恵自身はこの可能性に否定的だ。だがそれは、「合理的な兵器として不合格な動きをしている」からである。

 言い換えれば、無意識にオドロの行動原理を人間でも理解出来るものと考えていたかも知れない。

 ここでいう理解とは、説明されて納得出来るという意味ではない。サイコパス診断の問題を一般人がどう考えても正解出来ないような、『考え方』の違いの話だ。考え方が違うから、たとえ一つの回答について解説されても、別の問題に応用する事が出来ない。

 そういった思考の差があった時、オドロの『動機』を行動から読み取るのは困難……いや、不可能だろう。


「(見方を変えれば、オドロの行動をまるで理解出来ないのは運用相手がそういう奴だからとも言える)」


 これまで出現したオドロの行動は、正直理解出来ない。人間を積極的に殺す事もなく、火山の前で自爆し、ついには日本だけでなく海外にも手を出した。

 まるで整合性がないように思えるのは、人類目線の合理性だからだ。つまり何処かの国の作った兵器という可能性は、やはりない。何処かの倉庫から逃げ出して暴走している可能性についても、三日置きという正確な出現時期からして考え難い。

 人間以外の何かの仕業、と考えるのが妥当だろう。

 ここからが重要だが、理解出来ないからといって、相手が非合理的だと思わない事だ。少なくとも相手にとってその理屈が合理的だから、行動に起こしている筈である。そして本当に合理的かどうかは環境次第でいくらでも変わる。


「(……なんて考えても、まだ推論なのよねぇ……)」


 そこまで考えたが、確信には至らず。どれだけ状況証拠や思考実験をしても、頭の中の出来事でしかない。

 結局のところ、必要なのは物理的な証拠だ。

 ……繰り返しになるが、オドロ出現からまだ二週間も経っていない。未知の存在に対して科学的結論を出すには、あまりにも短期間過ぎる。けれどもオドロが四度も現れた今、何も分かりませんと言い続けられる状態でもない。


「(そして明日には五度目の出現か)」


 未だ推測に過ぎない、けれども確信に近いオドロの出現スケジュール。

 そして一度狙った火山をもう一度狙うという性質が、確実になる日。

 予想通りなら明日、北朝鮮にオドロ五号が現れる。「そう予測出来るぐらいには理解が進んでいる」……そんな心の中の言い訳も、そろそろ限界だと幸恵は思い始めた。

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