2-12.
スーパーから帰ると、自宅マンションの入り口近くに若い男が立っていた。
スマホに顔を落としている。
嫌な予感がしたので、気づかれる前に一旦引きかえそうかと考えた瞬間、スマホから顔を上げた男がこちらに気付いた。そして、スマホをポケットに仕舞いながらこっちに向かってきた。
終わったか。
もしも、アレらが露見したら、逃げる事なく店じまいをしようと思っていた。
ただ、家にいる時に来て欲しかった。
スーパーの袋片手では、自決も何もできない。
どうしよう。とりあえず逃げるか。戦ってみるか。
仲間は周りにいるのか。
考えが頭の中をぐるぐると巡り、決断できないでいると、男はすでに私から数歩の位置のところまで来ていた。
「あの…」
ん?雰囲気が違う。普通の何かか?
えーと、その、と、何か言いにくそうに、モゴモゴとしている。少し前に流行った、財布を落としたので1000円貸して、とかいう寸尺詐欺の類だろうか。
「どうしました」
ひとまず、普通の対応として尋ねてみる。
しばらくして、男は意を決したような目をして、そして、声を潜めてこう言った。
「間違ってたらすいません。別荘を持ってますか?あっちの、千葉の方に。山のとこの」
あ、やばい。どれかの仲間だ。
とぼけるか。どうにかして連れ込んで。殺すか。殺せるか。仲間は。
さりげなく、仲間がいないか辺りを見渡してみるが、見当たらない。
「別荘?何の話ですか?」
とりあえずは、不審者を見るような目で男を見て、とぼけてみる。
「いや、あの違うんです。もう、知ってて。あ、違うんです。おどしとかそんなんじゃなくて、お礼を言いたくて」
「お礼?」
心臓が早鐘を打つように、胸を叩く。
「あの、多分、ってか、間違いなく…」
男は一旦辺りを見渡してから、声を潜めて言った。
「殺してくれましたよね。あいつらを」
息が詰まった。詰まったが、動揺を悟られないように、いや、無理か。無理だ。諦めるか。
「えーと、何を言って、というか、」
言葉に詰まってしまう。もう、認めたみたいなものだな。
「あの、違うんです。ほんとに、変な、いや、変な話なんですけど、お礼を言いに来てて」
「え?」
「ちょっと、言いづらいんですけど…」
「ちょっと待って待って。とりあえず、ウチの方行きますか」
「え、あ、はい。そうですね…」
彼の真意はわからないが、もしかすると、何とかなるかもしれない。わからないが。
ひとまず、彼を促して、自宅に招き入れることにした。エレベーターが上がる間に、脳みそをフル回転させる。脳裏に、薄ピンクの脳みそがよぎる。
部屋に入れば、玄関横の靴箱に、スタンガンや、ドライバーも置いてある。
なんとかなるか。なんとかするか。できるか。細身ではあるが、ゆったりとした服を着てるので、体格まではわからないが、背は明らかに男の方が高い。
「どうぞ」
玄関を開けて、先に入るよう促すが、入らない。仕方がないので、先に入り、スリッパを出す。
廊下の奥、リビングには特に何も置いてない。
寝室に行かないと武器が無い。何かないか。
考えを巡らせながら、リビングのドアの前まで来て振り向くと、男は玄関のたたきで立ち止まったままだ。靴箱を開けるなよ。
「どうぞ。上がってもらって大丈夫ですよ」
男はしばし逡巡したが、そのまま靴を脱いで上がってきた。出したスリッパは使わず、靴下のままで。
リビングの椅子に座らし、ペットボトルのお茶を出す。
都合よく催眠薬入りのお茶など売ってないので、普通の緑茶だ。
もう、ここまで来たら仕方がない。
殺すにしても、殺さないにしても、まずは話を聞かざるを得ない。
ただ、もしこいつの仲間が踏み込んできたとしても、せめて、こいつだけは必ず。
目を伏せたままの男の後ろにある、寝室の扉に目をやった。




