2-11.
「あそこの息子さん、亡くなったみたいよ」
「え?」
驚いた拍子にサンプル配布用のシャンプーとトリートメントをごっそり落としてしまった。
「前に来られた時に話したでしょう。あそこには行かない方がいいって」
落としたサンプルを拾い集める私に、おしゃべり大好きおばさんが、声を潜めて言う。
「ほら、あそこね、あの古いお家のところ」
目で示された家は、標的が住む、いや、すでに住んでいた『矢田』宅だ。
「1週間くらい前にね、救急車が家の前に停まってててね、見たら、息子さんがね、運ばれてたのよ。あそこの息子さん、大きいでしょ?だから、救急の人、担架で運ぶの大変だったと思うわぁ」
「へぇ、そんなに大きかったんですか」
「そーよ、100キロ以上は軽くあったわよ。あら、変な日本語ね」
あはは、と笑いながら視線が、私の持つサンプルに目がいく。
「そりゃ、大変でしたね。救急の人。でも、亡くなったって、親御さんが言ってたんですか」
「そーなの。昨日、いらしてね。ご挨拶に。『今まで、ご迷惑をおかけしました』って。まあ、ねぇ。ちょっと変わったお子さんだったから…ある意味、お父さんも、ほっとしたところもあるんじゃないかしら」
最後の部分は声を潜めた。こちらも合わせて声を潜めてみる。
「大変だったって、なんかあったんですか」
「いや、まあね、何か被害を受けたって訳じゃないんだけど、あそこの息子さん、引きこもりってやつ、だったのよ。で、何してるかわからないんだけど、たまに夜とか大きな声を出したり、お父さんとケンカ?だと思うけど、すごい言い合いとかね、そんなのがあってね。まあ、たまによ。でも、ちょっと怖いと言えば、怖かったわね。あんなに大きい人が暴れ出したら、あのお父さんじゃ止められないでしょう。それに、ここだけの話だけどね、警察が来てたこともあったのよ。大きな声でケンカしてて、バタンバタン大きい音もしててね、そしたら、他のご近所の方が呼んだのかしらね。その時も、お父さん、近所に平謝りしてたわ。もう、大変よね。大人になったお子さんがあんな感じにね、なっちゃうと。50〜80問題って、ニュースでもあるじゃない。」
ほっておくと、いつまでも喋るパターンだ。
とにかくもう、アレはいないというのはわかった。そして、アレがいなくてもいい人間だったであろう、というのもわかった。
「あー、そうなんですね。そりゃ、大変でしたね。でも、まあ、仕方ないですね。色々ありますよ。あの、これ、前にお渡ししたやつと同じですが、またお配りしてますんで」
サービスで、数個まとめて渡す。
「あら、いいの?これ、前のやつ使わせてもらったけど、よかったわよ。無添加ってやつでしょ。よかったら、多めに置いといてくれたら、お友達にも配ってあげるわよ」
「そしたら、こちらちょっと多めにお渡ししときますんで、また、ご友人の方にもお配りください。このQRコードとか、ネットで検索してもらえれば、ホームページもありますんで。ホームページから申し込んでもらえれば、ちょっとだけお安くなってますんで、是非、ご覧になってください」
これ以上、話すことはない。
話を切り上げる為、言う通り多めに渡して、その場をあとにする。
駐車場にゆっくりと戻る道すがら、さっきのラーメン屋を見ると、ちょうど昼時間が終わって、店員が営業中の札をひっくり返した。
きっと、この辺りにはもう来ないので、このラーメンを食べることもないだろう。
美味いラーメンを食べることができて、世の中からゴミがまた一つ減った。
今日は二つもいいことがあった。
アレのお父さんも、ほっとしただろう。自分がいなくなった後の事を考えなくて済むようになったのだ。
自分より先に子供がいなくなるなんて、子供のいない自分には想像しづらいが、それでもきっと、他人様に迷惑をかけるであろう子供を残して旅立つよりはきっとよかったのだ。
あのお父さんにとっても。私にとっても、処分方法に迷うような大型のゴミだった。
ついでに、いっぱいサンプルをもらったあの奥さんにとっても。
きっと、よかったのだろう。きっと。




