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第3話俺の趣味

今日は珍しく、前日しっかりと睡眠を取ったうえで登校した。


まあ、デフォルトが寝不足っていう方がおかしいんだけどな。


別にそうさせる拘束力はなかったのだが、昨日神崎がくれたメッセージに従ってみた。


ただの気まぐれで、決して神崎のことを一人の女性として好きになったというわけではないからな!


ーーーと、誰に向けたでもない弁明をして、俺は自分の席に着いた。


普段なら始業までの時間を仮眠に使っていたが、今日は特別眠気もないのでそうする必要性がなかった。


「まあ、音楽でも聴くか」


イヤホンを装着しようとすると、教室の扉から神崎がやってくるのが見える。


挨拶くらいはしないと失礼かと思い、イヤホンはつけずにカバンにしまっておいた。

神崎が席に近づいてくるのを見計らって、声をかけてみる。


「よう。よく眠れたか?」


「そりゃもうバッチリ。もっちーこそ、今日はクマが無いね」


「まあ、特に見たいアニメもなかったんでな」


「ほんと好きなんだねえ、アニメ」


「こちとら中学から友達作りを犠牲にしてきたからな」


「いや、カッコつけて言うこと?」


神崎はふふっ、と笑って、一限目の準備をし始めた。


この、数ラリーの会話ですら俺には貴重であり、まして女子とのそれは一層レアだ。


初めはなんで神崎が俺に話しかけてくれるのか疑問に思っていて、会話も少し億劫だった。


今でもその疑念が消えてはいないものの、せっかく話しかけてくれるならと、俺の方もしっかり応えようと思えるようになってきた。

それに、こんな美少女と話せるんだ、嫌な気はしないどころかとても楽しい。




一限目の数学が終わると、二限目の英語の授業が始まった。


隣同士ペアで話し合う授業だったので、神崎に気になっていたことを質問してみた。


「なあ、復学したばかりだけど授業の内容にはついていけてるのか?」


「なんとかいけてる、ってレベルかな」


「へえ。よくそれで耐えられてるな」


俺は素直に感心した。俺が病気で不登校になったら、病気が良くなっても怠けて勉強なんて全然しないと思うからだ。


「病気が原因なら、学校側もそれなりに融通してくれそうなのに」


「まあそうなんだけど、それでも進学を考えたら授業には追い付かないとダメかなって」


神崎はあくまで穏やかに、俺の言葉を返してくれている。


そこで俺は気づいた。かなり踏み込んだ質問をしてしまっていることに。

俺みたいな大して仲良くもない陰キャが、病気のことなんか聞いちゃだめだよな。


「あ、ごめん、不躾な発言だった」


これだからぼっちのコミュ障は......と、自己嫌悪に苛まれた。


「ううん、全然大丈夫だよ。色々聞いてくれた方が嬉しいし」


「そうなのか?」


「そうだよ。みんな私に気を遣って質問してくれないもん」


「なるほど」


本当は不登校のこと聞かれていい気はしないはずなのに、なんていい子なんだろうか。




以降は普通に英語のペアワークをこなし、あっという間に六限まで授業が終わり、放課後となった。


正門を出た俺は、少し頬が緩んでいたことに気が付いた。

美少女と話した喜びでニヤニヤするなんて、俺は本当にキモいな......


とはいえ、神崎が学校に来るようになってから、俺はそれまでより学校に来るのが苦じゃなくなった。

会えば自分に声をかけてくれる存在って、こんなにも救われるものなのか。


ずっと一人でいた俺には、知り得なかったことだ。




学校を出た俺は、近くのカラオケ店へと来ていた。


授業や人間関係で疲れた日は、こうしてヒトカラでアニソンを熱唱してストレスを発散する。これが唯一のアウトドアな趣味だ。

といっても、来てしまえば室内に入るわけだし実質的にはインドアか。


そんなくだらないことを考えながら、俺はワンドリンクでコーラを注文した。


数曲アニソンを歌った頃、店員がドリンクを持ってきてくれた。


「こちら、コーラになります。どうぞ、ごゆっくり」


「あ、ありがとうございます。ーーーって、え、神崎?」


やけに美人な店員だなと、凝視していると見覚えのある顔だった。


「え、もっちーじゃん!なんでカラオケに?」


神崎は驚いた顔でこちらを見て言った。黒を基調としたこの店の制服姿がよく似合っている。


「こっちのセリフ。バイトしてんの?」


「そうそう、今週からね」


「へー、なんでカラオケにしたんだ?」


「莉央ちゃんに誘ってもらったんだ~」


「そうか、前から仲良かったもんな」


莉央ちゃんとは、同じクラスの桐谷(きりたに)莉央(りお)のことだ。地味でメガネをかけている、以前の神崎と同じ印象の女の子だ。

神崎が不登校になる前、クラスで一番仲の良かった女子だろう。というか、神崎は桐谷以外とはあまり会話していなかった。


「ん?ってことは、桐谷もここでバイトを?」


「そうだよ、今日はいないけどね」


今日いないことに安堵したと同時に、次から来るときは神崎と桐谷も警戒しなくてはならないことに軽く絶望した。

ここ、安くていい店なのに。


「てか、もっちーって結構歌声おっきいんだね」


「え?」


「ドリンク持ってくるとき、廊下まで声聞こえてきてたよ」


と、からかうような調子で神崎は言った。


「マジか、外まで音漏れてたのか、、、」


途端に恥かしくなってきた。次からは本当に気を付けよう、桐谷にまで俺の歌声を聞かれるわけにはいかん。


「まあ、これが趣味なんだよ、俺の」


「ふーん?私はいいと思うよ?」


「からかってるだろ」


「いやいや、意外だなと思ってさ」


「そうかなあ」


まだ、聞かれたのが神崎でよかったのかもしれない。

他の陽キャ女子に聞かれでもしたら、絶対陰でいじられるに決まってる。

それと比べれば、不幸中の幸いか。


「じゃあ、私もう行くね」


「おう、頑張って」


手を振って部屋を出ていく神崎を見送って離れたのを確認してから、俺は再び熱唱した。


その夜、神崎から『また来てね~』というメッセージが送られてきた。行く頻度は考えよう、と、そう思って俺は眠りについた。

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