サイン
あれから数日が経った。マサが言ったほどではなかったが、御越後を呼び出す男子が度々現れたのは事実だった。その度に彼女が疲れているのを感じる。何人かは同じ人物だったりするしな。
そして噂が増えた。誰々が御越後に告った。とか、ここまではいったとか。兎にも角にも情報は支離滅裂な状態になっている。
「大変そうだな御越後」
「ここで攻めてくるってことは本気なんでしょ」
御越後の様子を尻目に数学の問題を二人で解く。お、また呼ばれたぞアイツ。
後ろを通り過ぎるときに椅子を彼女に蹴られた気がした。ツッコんだら負けである。
「今後どうなるんだろうね御越後さん。やっぱり誰かと付き合うのかな?」
「知らん。俺らには関係ないだろ」
「それもそうだね」
前にも言ったが、こんな感じでついつい野次馬化してしまうのは俺らの悪い癖だ。見てみろ、そのせいで俺の椅子また蹴られたぞオイ。なんでや!阪◯関係ないやろ!
冗談はさておき。あんなことは言ったものの、前に妹に聞いた話が、彼女が呼ばれる度に脳裏を掠める。
それでも、彼女の問題。
「マサ、ここの問題ってどうすんの?」
「とりあえず最大値求めて」
そう割り切るしかないのだ。
*
そして二日後。更に噂は増えた。御越後と話していた女子でさえ、会話の流れはどこかぎこちない。
呼び出す男子にしても、同じようなメンバーばかりだ。顔を覚えていないから、全部同じに見えるのかもしれないが。
「マサ、ここって…」
「とりあえず最小値求めて」
「私も混ぜてもらえるかしら」
お、人気者じゃないですか。いいんですかね、俺らと一緒でってすみませんでした。睨まないでください。自習の時間なのに何故か自主しそうになっちゃうんで。
ただでさえ狭い机にノートを広げるのか…と考えていると彼女は単語帳を開いた。流石に気を使ってくれたらしい。
「友達とはもういいのか?」
「見てて気づいたでしょ。みんな、ない噂に踊らされているのよ」
だから信じるな…ってことね、了解。
そのまま特に会話がないまま三人とも勉強を進める。心なしかクラスの視線を感じた。男子と関わっている彼女に何か思うところがあるのだろう。お前ら、自習の時間なんだからコッチ見んな。ノート見ろノートを。
てかなんで御越後もコッチ見てんの?見んな。単語帳見ろ単語帳を。
「はあ…御越後、今何人目なの?もう気になってしょうがないわ」
「あ、あら…葉津祈も気になるのね。いいわ教えてあげる」
結局こうなってしまうって…今回は俺なんも突っ込んでないからな。…野次馬になろうと思って質問したわけじゃないからな。……橋本◯奈。
「全部で十人。まだしつこく来ているのはその内二人」
「そうか。それは大変だな。んで、今日はどちらから昼休みに?」
「なんで知ってるのよ。まあいいわ。ちゃんと断ったわよ。もう片方と違ってものわかりのいい方だったからね」
片方はもっとしつこいってすごいな。御越後のキッパリって結構キツイ言い方されるってことだろうけど…なるほどそっち側か。わかりあえないな。
「んで、もう片方とはいつ決着を?」
「明日の放課後。購買で」
購買ね。まあ頑張ってくださいの一言に尽きる。
納得した様子の俺に彼女は何故か不服そうにしているが、俺にどうして欲しいのだろうか。自分で解決できると言っていたし、何より彼女自身の性格からも、簡単な女子ではないと俺は思っている。
チャイムが鳴り、自席に戻る彼女。ノートを閉じるマサも若干不服そうな顔をしていた。
「なんだよ」
「はーちゃんを信じるよ」
意味がわからないことをいいながら前を向く匡季に今度は俺が不服そうな顔をしてしまった。
*
次の日。迎えた放課後。息を吸って教室を出る御越後を尻目に、俺は帰る支度をしていた。
匡季はどうやら用事があるらしく、一緒に帰れないと言われた。別にそれは構わないのだが、どこか心配そうにしているアイツが気になった。…今度相談にでも乗ってやろう。
バックを持ち上げ、教室のドアを開けようとした瞬間に後ろから声をかけられた。委員長の中村だった。
「えっと…何か用?」
「あ、いや…まゆゆ、御越後さんのことで相談があって…」
俺と目を合わせないまま、どこか怖がっているような様子の彼女。何がそんなに怖いのか、俺にはわからない。
彼女が代表なのか後ろには何人かの女子がこっちを見ている。
「その、悪口じゃないんだけどね。今日御越後さんが会う人って一つ上の先輩なの。その人、人間関係も含めて、結構ヤバ目の人でね…」
「…だから?」
この一言がダメだったと気づいたのはその直後だった。彼女は俺のバックを取り上げ、俺を睨んだ。その眼力に流石に堪えた。
すまん、言葉選びをミスった。その言葉に許してくれたのか、中村はすんなり返してくれた。彼女も自分のらしくない行動に驚いている様子だった。
「でも、俺にどうしろと?アイツを救ってこいって?」
「そうだよ…。それに、御越後さんは何度もはーちゃんに助けを求めてたよ…。気づいてたかどうか知らないけど、私たちにはギリギリまで何も言ってくれなかったんだよ?」
私たちもなんて訊けばいいかわからないし…と彼女は続けた。にしても彼女の言葉が引っかかる。
何度も?そんなの相談以外でされていない。それに、『なんとかする』。その言葉がどうしてもよぎった。
そんな状態で渋っている俺に彼女はもう一度睨んだ。
「…御越後さんが何をしようとしてるか知ってるの?最後のギリギリに教えてくれたけど…あの子、その人の裏アカで脅そうとしてるんだよ?それが、それがどんなに危険かわかってる!?」
「…先に言え」
バックを机の上に置き、ドアを開ける。購買の方角へ向くとそこには浅街がいた。今度話すと言った後、結局一度も話していないため、こうして顔を合わせるのは気まずすぎる。
「えっと…その悪い。い、今急いでて」
「…椙田君どこか行くの?…わ、私も行っていい?この前の答えまだ聞けてないし…」
「すまん今度!」
朝街の横を走り去る中で妹と話した内容が鮮明に浮かぶ。すまんが今彼女に構っている余裕も自分への反省をする余裕も今はない。
階段を降り、購買に行くための通路にでるとそこには匡季がいた。
「来たんだね。信じてたよ」
「…まあな。途中まで帰ろうとしてたし、なんならここに来た理由も曖昧だけど」
「それでもだよ。…何か策でもあるの?」
あるわけがない。少ない時間で頭をフル回転させたが、何も思い浮かばなかった。
もう何でもいいが、アイツが脅す立場になる展開だけは阻止しなければならない。
シナリオが上手くいきすぎているような気もするが、今はそんなこと考えている暇はなかった。
「とりあえず行くけど、マサ。絶対に誰も通すなよ」
「そのためにここで待機していたんだけれど…案の定君だけで安心したよ」
「にしても意外だな。お前もこういった件に関わるなんて」
「あれだけSOSだされたらね」
妹が教えてくれたあの話のオチ。村八分を受けた彼女はどうなったのか。
「その子ね、転校しちゃったんだよ。いじめに耐え切れなくてね」
そんなことをもう一度思い出しながら、購買へ向かった。