難しいのままに
匡季と別れた後は真っ直ぐに家に向かったのだが、イヤホンから流れる音が酷く鬱陶しく感じるし、何度曲を変えてもイライラするだけだった。
玄関での浅街との一件。彼女は俺に何を伝えたかったのだろうか。昨晩の告白に対する返しは、これ以上ないほどきっぱりしていたはず。そこに隠された意味があったのだろうか。いや、ないだろう。
苛立つ理由。俺自身がこの状況を終わらせたいと思っていながらも、彼女に嫌われないように、彼女が極力傷つかないように。…好かれるように動いているからだろう。
なぜこんな行動を取り続けるのか。考えれば考えるほど更に苛立ちが湧いてくる。捉えるもの全てを殴りたくなるほどに。
浅街からの接触と俺の心情。状況が泥沼化するのも当然だ。
このまま矛盾した行動をし続けるのか。そんなことあってはならないし疲れる。先も言ったが、もう終わったことなのだ。無理になる必要は、ない。
彼女のことは諦める、それがベストだ。自分をイライラさせる行動はここまで。僅かに存在する楽しかった思い出はそのままに、アイドル的な、神仏的な、手に届かなかった存在だと思えばいい。
まだ解決していない疑問もあるのにこんなにスムーズに諦められる訳がない。普段の俺も含め第三者だってそう思うはずだ。…所詮一目惚れの限界はここまでなのだろう。不思議にそう思えた。
俺がこれからできる行動は精々”友達”という関係になるように努力するだけ。それ以上もそれ以下もない。
「…なんだ、やっぱりいい曲じゃん」
ゼロになっていた音量はいつの間にかいつもの調子を取り戻していた。
*
「ただいま」
「兄貴じゃん。お帰りー」
だらしなくソファに座っている妹を横目に洗面所に向かう。手洗いうがいってマジ重要。個人的にだが、うがいはブクブクうがい、ガラガラうがい、そして最後にもう一度ブクブクうがい。これが一番効果があると思っている。中三以降これで風邪ひいたことないし。エビデンスもないけど。
このままソファに座ってもいいんだが、妹に怒られるのでそのまま風呂に入る。
「お、兄貴えらいじゃん」
「お前がうるさいからな」
「うるさい内が一番いいんだよ」
母も帰ってないため、晩御飯もまだ。下の階もソファを占領され居てもしょうがないのでさっさと上の階の自分の部屋に向かう。
ーあなたは十八歳以上ですか?ー
この警告って意味あんのかね。もう何度”はい”の選択肢を押したんだろうか…。多分三桁は超えてる気がする。ログインはしてるはずなんだけどな。どうも、百十九歳です。ハッスルハッスル。
この手の警告ならまだしも小学生の時に父のパソコンでウイルス的なものに引っかかったときはマジで焦った記憶。なんなら妹のキッズ携帯で表示されていた電話番号にかけようとしたしな。
『素人』で検索していた俺の携帯を振動させたのは匡季だった。
『明日の漢字テストの範囲教えて』
『七百から九百』
『り』
コイツ平井ちゃんの話聞いてなかったろ…。てか最近の子はレベルが高いな。ちゃんとお金払ってまで観る価値を感じさせてくれる。
全ての男子、なんて主語のでかい表現をするつもりはないがおそらくみんな致す時間よりも使う作品を吟味する時間の方が長いんじゃないかと思う。因みに俺はそっちの部類。
『葉津祈、明日の漢字テストの範囲教えて』
「なんでお前が俺のを知ってんだよ」
吟味していた俺に連絡してきたのはまさかの御越後。驚きのあまり思わず声に出てしまった。
てかお前も平井ちゃんの話聞いてないのかよ…。転入初日ってそんなに気を抜けるものなの?
『どうやって俺の連絡先手に入れたんだよ。範囲は七百から九百』
『了解。どうやってって、普通にクラスラインから追加しただけ』
えーなにそれ。スマホフリフリ以外にそんな方法があるのか。このアプリは昔から使ってたけど知らなかった。
にしても勝手に追加は失礼だろ。
『え、知らなかったの?』
『生憎スマホ老人なもんで』
最近まであの写真ロゴの投稿アプリまで入れてなかったせいでマサから、え、はーちゃん入れてないの?と(笑)がついたような口調にキレてインストールするレベルだからな。ただの投稿アプリじゃない、だって?うっせ知らんがな。
範囲も伝えたし特に話すこともないのでサイトに戻る。
『そういえばさっきの玄関での状況はどういうこと?葉津祈が行ったあと…あの子、あさまちさんだっけ?暗い表情で教室に戻って行ったけど。てかそもそもどういう関係なの?』
コイツ結構グイグイくるな…お前関係ないだろ。説明するのも面倒だし、したくもないので既読をつけない状態で無視をする。
『御越後さんが返事しろってさ』
『すまん迷惑かけた』
マサを巻き込むなよ…。まあ確かにあの状況で何でもないという発言を素直に受け取れないのも仕方がない。俺も終いには手を剥がすなど少し強引に動いたわけだし。逆に何かあるとしか考えられないのが妥当だ。
ただ、やはり御越後はこの件に関して完全に他人。話すのはお門違いだ。
『確かに俺と浅街にはちょっとあったよ。けど御越後には関係ないことだ』
『…それはそうだけど。…わかった。落ち着いたら教えて』
絶対わかってないだろコイツ。落ち着いたら、か。とっくに俺の中では解決した問題。けれど御越後とのやり取りから考えるにまだ終わってはないらしい。
やはり余計なことを考えずに極力関わらないことが一番良いのだろうか。
サイトに戻りながら画面をスクロールしていると下の階から妹が呼んできた。今夜は春巻きらしい。
「兄貴学校でなんかあったでしょ?」
「転入生。しかも俺のクラス」
「女?」
「うん」
それ以降会話はなかった。母がさっきから、可愛い!?はーちゃんのタイプ?と答えるのがダルいため、フルシカトを決める。貴方俺に好きな子がいるの知ってるでしょ…。まあ振られて諦めた話はしてないけど。
我が家のルールとして己が使った食器は己の手で洗って片づけるというのがルールがある。その割にはみんな先着に任せるのよね…。
「兄貴早い。もうちょいゆっくり」
「お前が遅いの」
だってお前俺に全投げしてくるやん…。
*
「兄貴。入るぞ」
「ダメ…って言ってるんですけど」
「まあ話聞いてよ。この前話してくれた子と何かあったの?」
「単純にフラれた」
「ウケる」
ウケねえよ。なにわろてんねん貴様。しかも話ってそれだけ?
ベットに横たわる俺に対してコイツは椅子に座りながら机の上に両足を乗せて俺の漫画を読む。おもろいよな『寄生獣』。父から譲ってもらった好きな漫画の一つだ。
このまま漫画に集中するのは別にいつもの流れなので俺もスマホゲームに戻る。コイツ自分の部屋じゃないのに俺にイヤホン強制させるのマジなんなん。
「兄貴…って、そっか。イヤホンしてるから聞こえる訳ないか」
可動式の椅子を動かしながら、机に脚を向けうつ伏せになっている葉津祈の視界に現れる。自身が強制させときながら、聞こえなのを理不尽に怒ったりするほど彼女は幼稚ではない。
いつも道理の行動の範疇だとばかりに視界に入る彼女を気にしない様子に流石にあきれたのか自身の手で彼からイヤホンを外す。
「なんだよ」
「兄貴はフラれたって言うけど、まだ諦められないって気持ちはないの?」
「ない」
「『ない』って…いくらフッたとはいえ…そ、その人にちゃんと理由は訊いたの?」
訊けるわけないだろ。そんなの気まず過ぎるわ。逆にあっちも怖いだろ。
早い話トーク履歴を見せた方がいいと思ったので妹にスマホを渡す。
「変なことするなよ」
「流石にしない。…これだけって絶対他に何かあるよ!」
「何かってなんだよ」
上手くは言えないがとにかくこの内容だけはおかしい。女の感がそう言っている。普通、何か前後の文脈があってもいいはず。
物事をゼロか百かでしか判断しない兄貴のことだ。どこかで興味をなくしたに違いないと彼女は考える。
そんなことを考えている間に葉津祈は彼女からスマホを取り上げた。
「もういいだろ」
「ちょ…」
取り上げた反動でもう話かけるなとばかりに体を反対に向ける彼に彼女はもう何も言わなかった。
初期位置に戻った彼女は再び漫画を手に取り足を机に乗せる。拗ねたのではない。これが椙田家の兄妹というものだった。
気温の変化がバラバラですね。体調には気を付けたいところなんですがこんな時間に投稿している時点で矛盾もいいところです。