許可
「その、今日。泊まってもいいか?」
ええ…マジかよ。ってか何で家なんだよ。森田先輩の所行けよ。
渋い顔をしている俺に早く結論を出せとばかりに妹がガン見してくる。
「…一旦保留で」
「えー!なんでなんで!いいじゃん別に!」
「お前は上に行ってろ」
やや低い声で言ったつもりなんだが、妹は全く動じなかった。反抗期の頃の俺に比べたら怖くもなんともないからだろうか。更には霧ヶ峰先輩に抱きつき始めた。
ビビってるんじゃなくて守ろうとしているのは目を見ればわかる。
「はあ…。先輩、とりあえず事の経緯を教えてください。…妹は離れる気なさそうなんで簡単にでいいです」
「その、今日はみきの家に泊まる予定だったんだがみきの家が急遽忙しくなってな。本当は帰ろうとしたんだが…まあ、その、そういうことだ。ご、ごめんなさい」
んで家に来たと。…今度森田先輩に良いことしてもらおう。たまには仕返ししなければ。
本当はもう少し深堀りしたいが、妹もいるし何より俺の決めたことと矛盾する。
申し訳そうに顔を下げる先輩とジト目で睨んでくる妹。
…断れる雰囲気じゃないが、俺一人で許可を出せるほど簡単な頼みごとではない。何かあったら全部責任が取れるほど俺は大人じゃないからだ。
「⋯とりあえずお母さんに連絡する。それ次第だ」
ポケットに入っているスマホを取り出し、廊下に出る。本日二回目のコールだからキレられるかな…。仕事中にあまり電話を掛けるなと言われているし。
御越後からメールが来てることに気づいたが今はコイツに掛ける時間はない。
「あーもしもし、うん…ごめん。あ、買い物は済ませた。でさ、一個頼み事があるんだけど…」
「ちょっと兄貴スマホ貸して」
「おい返せ!」
「いいから!」
廊下からリビングに追い出された俺は先の席に戻る。当たり前だが気まずい。
…早めに安心させとくか。
「大丈夫ですよ先輩。ゆっくりしてってください」
「…いいのか?」
「妹が交渉して負けることはないんで」
不安を表すようにカップの中が空だった。おかわりを作りますかね。
「許可出ました!」
お湯を沸かしていると、勢い良く出てきた妹はそう言った。スマホを持った手で敬礼をしながら。
*
「椿さん今日着替えあるんですよね?」
「ああ、持ってきているよ」
風呂を洗っていると先輩と妹の会話が聞こえる。溶け込むのが早いのは良いことだ。
早く汗を流したいんだが…野郎の残り湯なんて嫌だろうし先に入ってもらうか。
「先輩、もう湯船張るんで入っちゃってください」
「ありがとうございます」
「そんなにかしこまらないでくださいよ」
否定的な態度を取っていた為か、先輩の言動が少し硬い。
妹は俺が洗い終わる前に漫画を片付けに行ったらしい。早く帰ってこい!気まずいから!
「その、椙田。悪いな」
「…まあ、味方はしますけど力になれるかはわからないです」
本当は力になります。って言いたいが、如何せん俺にどうこう出来る問題じゃないからな…。
しかしせっかく妹が交渉したんだ。これだけは言っとかないと。
「ただ、結論が出るまで何日もいてもらって構わないです」
「優しいな椙田は」
「その代わり今度森田先輩貸してください」
「み、みきに何するつもりだ!」
「何もしませんよ」
「ほ、ほんとか?今変なこと考えてただろ」
何言ってんだこの人。俺のことよくわかってんじゃねえか。
エッチなことは…うん、しない。絶対。多分。おそらく!…でもあの人あざといんだよな…。ボディタッチ多めだし。
今の会話で緊張がほぐれたかな…この数秒で空気が緩んだ気がする。
「兄貴、私椿さんとお風呂入るから。沸かして」
「もうやったよ。先輩、すみませんが宿代として一緒に入ってあげてください」
「わ、わかった。一緒に入ろう」
「よっしゃー!椿さんありがとう!」
踊りながら惣菜パンを食べている妹に先輩が優しい目を向ける。そういえば先輩はあまり自分の妹と話さないと言っていたな。何か思うところがあるのだろうか。
「座って食べろ。行儀悪いぞ」
「椙田もちゃんとお兄ちゃんなんだな」
「祖父の教えで食関連のことでうるさいだけですよ」
そんなこんなでお風呂が沸いたので予定通り二人を先に入らせ、ソファに座り一息つく。
自分の家の風呂に美人な先輩が入って尚且つ泊まるという足し算しまくりな展開にシーズン中ならバカ捗っているところだが、生憎疲労とシーズン外ってことでスル気になれん。
とりあえず暇を潰すためにネットサーフィンを始めようとした瞬間、御越後からメールが来ていることを思い出した。
メールの内容を読むと、三者面談が終わったらしい。特に問題はないとこのこと。田島の処分は後日もう一度学校で審査するらしい。
何はともあれ、ようやくひと段落したと考えると労いの言葉をかけてあげるべきだろう。
『作業含めてお疲れ。ゆっくり休みな』。こんな感じで十分だろうか。
『随分返信が遅かったじゃないの』
『別に普通だろ。言いたいこと言えたか?』
『そうね、全部言ったわ。平井先生も親身に聞いてくれたし』
そこから御越後とやり取りをすること数分、風呂場のドアが開いた音が聞こえた。二人が上がったっぽい。
『んじゃまあお疲れ。ゆっくり休めよ』
『なんか投げやりじゃない?』
『買い物とか色々忙しくて風呂入れてないんだよ。悪いな』
『それはごめんないね。貴方こそゆっくり休んで』
スマホの電源を消してソファにため息をつきながら寄りかかる。
しばらくすると、脱衣所から先輩が出て来た。ドライヤーの音がまだするが譲ってもらったのだろう。
服装はカジュアルな長袖短パンか。上だけだとしても、部屋着すら長袖にするあたり冷房の温度を調節しといて正解だったかもな。
そんなことより、注目すべきは…
ポニテの破壊力ッ!風呂上がりのポニテの破壊力ッ!
「ありがとう椙田。さっぱりした」
「なら良かったです」
平常心を装っているが、先輩のポニテの破壊力パネェなオイ。
なんか首に掛けてるタオルもエロさ出してるし。シンプルに胸に視線が向くし。
色々ヤバくなる前にさっさと脱衣所に入ろう。
だがここで冷静になれない俺ではない。ここでしっかりノックをするのが出来る男ってもんよ。
いいよー。と許可がもらえたので入ると化粧水を詰替えている妹がいた。
…ちょうど二人きりだから少し訊いとくか。
「…お母さん。なんて言ってた?」
「別にいいけど、後でちゃんと説明しろだってさ。…しかし兄貴よ」
「なんだ妹よ」
「今さっき思ったんだけど、最近女の話多くない?この前も別の子とデートの約束してたじゃん」
アレはお前が勝手にやったんだろって言いたいが、論点はそこではないので一々突っかかりはしない。
まあ、ここ最近顔面偏差値の高い女の子と話す機会が多いのも事実。素直に認めるか。
「モテ期来たかもな、俺」
「うわぁ兄貴キモー」
「うるせえ。制服の下あとでかけるからとりあへず洗濯機に置かせてくれ」
「あーそっか。リビングで脱ぐわけにも行かないもんね」
そういうこと。ってことで命の洗濯を始めますかね。
頭、顔、体の順番で洗い、湯船に浸かる。
母に説明する内容を考えようとするが、心地よさで思考が鈍る。
「あー寝そうだー」
どうせ寝るなら部屋で寝たいのでさっさと風呂を出る。普段ならタンクトップだが、先輩もいるのでTシャツにしとこう。
化粧水と乳液をを持って脱衣所を出る。あんなところ暑くて長いしてたらまた汗かくし。
あー涼しい。この開放感クセになる。
冷蔵庫から水を取り出し、コップに注ぎ飲む。先輩はソファで妹とテレビを見ている。
「先輩も水飲みますか?」
「頼んでいいか?」
「もちろんです」
水の入った来客用のコップと先の二つをミニテーブルに置き、床に座る。
「しっかりしてるんだな」
「まあ、肌荒れって結構ストレスですからね」
「そうだな。私もスキンケアはしっかりやってる」
綺麗な肌してるもんな。していない訳が無い。
化粧水は母にやれと言われているのでやっているのだが、この場で言うのはタブーだろう。
廊下に制服をかけていると階段を勢い良く降りてきた妹が先輩をゲームに誘う声が聞こえた。
「先輩はテレビゲームとか経験あるんですか?」
「みきの家で何回かやったことはあるが、正直苦手だ」
「だってさ」
「ふっ!そんなこともあろうかと…ジャジャーン!花札を持ってきました」
花札の経験者の方が少ないだろ、とツッコミを入れようとしたが先輩の様子を見ると「懐かしいな」と札を触っている。どうやら知っているらしい。
どこかの夏を守った家族と同じように幼いころから花札を叩き込まれている俺や妹は当然ながらルールは勿論、役まで頭に入っている。
違うところを挙げれば、チートを習っていないところだろうか。小学生の時、妹とあんなに役が揃うのかコンピューター相手に試しまくり、俺達が出した結論がチートである。
母に「つまんねえ兄妹だな」と笑われたのはいい思い出だ。
物思いにふけっていると、親が決まったらしく先輩が札を配っている。
二人の手札を見る限り、先輩はカスを妹は役を揃えに行く感じだろうか。引きの強い妹だが、親は先輩だ。
互いの札を出すこと六ターン目。先輩が青短を揃えた。
「こいこいは…しない」
「えー!こいこいしないんですか!?」
「タネが揃いそうだからな」
煽りに対して先輩が見透かしたような声で言うと妹が渋い顔をした。
妹は点の大きな役を揃えるために必要な光札を中心に、種札をさり気なく集めていた。(種札は五枚で一点)そこで先輩はカス札(十枚で一点)を集めつつ、短冊札をさり気なく揃えた。
引き運も合わせて十分強い。
「もう一回!兄貴、メモ帳持ってきて!」
「あいよ」
そこから何回も勝負が続き、結果妹が折れた。途中まではいい感じだったが、最終局面は完全に踊らされていた。
久しぶりのボロ負けでアホ面になっている。
「先輩強いっすね」
「椙田もやるか?」
「札を切りながら訊くの強者感ありますね…。やります。先輩が親でいいですよ」
「そうか、なら遠慮なく」
配られた手札は悪くはない。多少の引き運は必要だが。
先輩の顔色を伺うが、真剣な顔で札を見ているだけだった。場には光札はなく、カス札を中心に種札と短冊札が整えられている。
五ターン目で俺が『猪鹿蝶』を揃えた。先輩のところには特に揃いそうな役はなし。ここはこいこいだ。
「こいこいで」
「わかった」
さて、ここで俺が目指すのは大きな役でなく種札や、カス札を集めたりすることだが、
「こねえなオイ」
「ふふ、あそこで辞めとくべきだったな。ほら、『赤短』で私の勝ちだ」
最後の札で桜のカスを場に出し、山札から桜の赤短を出すとは…。
「さっきから思ってましたけど、先輩引きがいいですね」
「諦めない気持ちがすごいと言ってくれ」
「…その気持ち、忘れちゃ駄目ですよ」
「そう、だな。…忘れないようにする」
苦笑いで言っているのが不安だが、果たして大丈夫だろうか。
…良くないな。身の丈に合っていないことを考えてしまっている。
「兄貴ざっこ!次私ね!」
「んだとクソガキ」
妹が元気になったところでプレイヤーチェンジ。一旦水を飲みに台所に行くと、玄関の方から音がした。花札にはない母が帰って来たようだ。
先輩の方をすかさず見ると、緊張なのか顔が強張っているので急いで水を汲んで飲み、ソファへ向かう。妹も先輩の腕を自分から組んでいる。
「ただいまー。あ、もしかして電話で言ってた子?こんにちは」
「お、お邪魔してます。霧ヶ峰椿です。突然このような形になってすみません!」
「全然大丈夫だから!ゆっくりしてって」
立ち上がり妹に腕を組まれながら頭を下げる先輩に対して母は優しく接する。もう少し冷たい態度を取るかと思っていたが、意外だ。隠しているだけなのかもしれないが。
荷物を置いた母は洗面所に向かい、手を洗っている。
「えっと、椿ちゃんお風呂入ったらご飯作るからもう少し待ってて」
「は、はい。ありがとうございます」
「あとはーちゃん。ちょっと手伝って」
…家族以外がいる場で「はーちゃん」呼びはやめて欲しいって何度も言ってんだけどな。ほら、先輩も声にしないだけでびっくりしてんぞ。
ここで言っても仕方がないので大人しく脱衣所に向かい、ドアを閉める。
「ちょっとはーちゃん。どうしたのあんな可愛い子」
「…学校の先輩。…訊きたいことがあるから呼んだんじゃないの?」
「…そうね。簡単に教えて」
無言で頷き、俺は母に先輩のことについて話した。




