業務終了
「あー腰痛え」
気づけば正午を過ぎ、やっと作業に終わりが見えてきた。後はモップを掛けるだけだ。
…モップは個数に限りがあるし、整美委員会と生徒会の人間みたいな奴がやればいいだろう。
ってことで俺は帰る支度でも始めようかね。
「はいこれ」
「…俺今からトイレ行くんですけど」
サボろうとする意思が見え見えだとばかりに俺に向けてモップを差し出してくる御越後。大◯勘太かよ。
睨んでくる目に真顔で返す。見つめ合うこと数秒。赤面する御越後。
「さっさとやる!」
折れたのは彼女だが負けたのは俺だった。「アンタはあっち!」と反対の方を指されたので大人しく向かう。
てか、モップ掛ける人数もそうだけど…。
「井上先生。あの、えっと、あんなにいた人手どこいったんですか?」
「モップの数は少ねえからって理由で次々と帰った。まあ、作業が終わり次第帰っていいって言ったのは俺だからな。責めはしない」
いやまだ終わってねえよ。絶賛モップ掛けせなアカン状況じゃねえか。
不満な顔をしている俺に井上先生はポケットから飴をだしてきた。
「…俺、お菓子くわないです」
「コーヒーミルク味だ。ストレスにいいぞ」
「…生物学的な?」
「ああ。生物学的な」
…コーヒーミルクなら美味そうだしもらっておくか。
受け取った飴を包み紙から剥がし、口に入れる。
「どうだ?」
「意外と美味いです。…あと二個ください」
「贅沢だな…えっと名前は」
「椙田葉津祈です」
「贅沢だな、椙田は」、そう言って来たので、「少しぐらいクソガキの方がいいでしょ」と返す。
口の中で飴を転がしながらモップを動かすこと数往復。何人かいたのもあって作業自体はすぐに終わった。
「御越後、モップよこせ」
「ありがと」
掃除用具入れに戻し、俺含め残ったメンバーが井上先生の前に集まる。
激励の言葉と飴ちゃんをもらった後、次々と帰りだした。
十三時か。駅の中華屋でセットでも食うか。
「葉津祈この後どうするの?」
「腹減ったし半チャーハンとラーメンのセット食いに行く」
「そう、私はこの後三者面談があるからここでお別れね」
「三者面談?」
転入後の生活の様子と田島の件について平井ちゃんと話し合うらしい。
「それで、その、貴方の名前出してもいいかしら?」
「ん?いいぞ。あの田島社会的に抹殺してこい」
「ふふっ、抹殺って。そうね、八つ裂きにしてやるわ」
「ま、抹殺」と口に手をあてて笑っているドS後さんが見えたところで帰りますかね。
玄関まで御越後に見送ってもらい、学校を出て駅まで歩いていると霧ヶ峰先輩がガードパイプに寄りかかり、神妙な顔をしてスマホをイジっていた。
そういえば、先輩はモップ掛けの時いなかったが森田先輩と仕事でもしていたのだろうか。
集中しているっぽいし黙って帰りますかね。
「あいさつ」
「ガハッ!…お、お疲れ様です先輩」
「ああ。君はもう少し社交性を学べ。挨拶は小さい子でもできるぞ」
襟首掴んで教育させる人間に社交性を問われるとは思わなかったぜ。
しかし腹が減った。夕飯に準備する時間も必要だしさっさと行きたいんだが、ここは素直に言うべきか。
「えっと、俺これから飯食いにいくんすけど」
「そうか。…私もちょうど何か入れたいと思っていた。同伴してもいいか?」
「中華ですけど」
「構わん」
注文とか諸々含めて一人より時間が掛かるからホントは嫌なんだが、まあ先輩の件に何もしない分こういう所で折れてあげたほうが良いだろう。
話をしながら駅へ向かう。
俺の予想通り森田先輩と仕事をしていたらしい。主に活動記録についてとかなんとか。
「そういえば俺、整美委員会の委員長知らないです」
「ああ、そういえば言ってなかったな。三年の加勢という三年だ。作業にはいたが挨拶はしてなかったな。休み明けに何かしらの形で加勢先輩からお礼が出されると思うよ」
…挨拶、してねえじゃねえか!
え?もしかして御越後先輩って目下の人間にしか当てれないタイプ?よくないぞソレ。
「不服そうなだな椙田。安心しろ、上にもしっかり挨拶をさせる人間はいる。副委員長がそんな感じだ」
「んじゃ俺は副委員長とは会いません」
「それも安心しろ。私がしっかり教育してやる」
暴力かぁ…。レベルワンの挨拶が襟首ならレベルマックスの教育は出来なければ北◯神拳コースかな?
先輩は色々な事を学んで来たと言っていたし、マナー講座などの経験もあるのだろうか。
昔の事を掘り起こすのも野暮なので大人しく相槌だけ返す。
駅に着き、いつも通りのラメーン屋に二人で入る。時間は十三時半か…。
「椙田は何にするんだ?」
「豚骨ラーメンと半チャーハンのセットにしようと思ってましたけど、晩飯に備えてラーメン単品にします」
「そうだな。その方がいいな」
先に注文用タブレットに打ち込んでいると、先輩もある程度決まっていたらしく、俺が終わり次第すぐにタブレットを手に取った。
ある程度頭の中で決めていてくれたのだろうか。こっちはとても助かる。
「そういえば椙田、みきから聞いたぞ。フッ、ふふ…生徒会長の名前忘れてたんだって?」
「いや何で笑いながら訊くんすか。名前覚えるのが苦手なだけです」
「いや、みきがそのことを小林に言ってな。その時私もいたんだが…っふ、小林のショック顔が結構面白くてな。今度会った時は是非名前で呼んであげてくれ。ッフ、ふふ」
そのまま先輩は目を手で隠し、笑い続けた。
てか名前覚えられていないだけでショックって、生徒会長女々し過ぎんだろ。逆に好感度上がったぞオイ。
「まあ椙田は前に言った通り有名人だからな。私の学年では」
「だからってショック受けます?」
「みんな君に興味津々なんだよ。だから小林も生徒会に誘ったんだ。まあ、補足すると断られたのも合わせてショックだったらしいよ」
そのまま先輩が笑い続けていると、注文したメニューが店員によって届いた。
「いただきます」
「椙田でもそんぐらいは言えるんだな」
「そこまで落ちぶれてないです」
「冗談だ。いただきます」と言って先輩はレンゲを手に炒飯を食べ始めた。俺も麺が伸びる前に食べよう。
今回の作業についての悪口をネタにしながら食べ進めていると、先輩がレンゲに掬われた炒飯を差し出してきた。
…知ってる展開。
「お腹いっぱいなんすか?」
「いや、元々頼む予定だったんだろ?食で不完全燃焼は意外と嫌な感覚じゃないか?」
「まあ、確かに」
そういうことじゃないんだよなぁ…。この人には恥というものがないのかね。
断るという選択肢はないのんで大人しく貰っておこう。
「美味い」
「ならいい。後で君の汁もくれ。麺はいらないから」
…なんかエッチな言い方だ。イカンな、シーズンじゃない分アタオカになっている。
具材含めて全部食べ終わったので、ラーメンの丼丼を先輩の方へ置く。
先輩も食べ終わり、ラーメンの汁をレンゲで掬って飲んでいる。この動作だけでも絵になる先輩はすごい。ガッついていないからだろうか。
ご馳走様をした後、レジに向かった。「私が出そう。助っ人の件を含め、これまでのお礼だ」と、財布を出す前に支払われてしまった。今度何かしらの形でお礼をしなければ。
「んじゃ、先輩とはここでお別れですね。ご馳走様でした」
「ああ。夏休み長いがあまり不規則な生活をしないようにな」
「教師みたいなことを言いますね」
「椙田はほっとくとすぐ壊れそうになるからな」
なんだそれ。まあ確かに怠けそうだが、どうせ夏休み終了前には戻っているだろ。
俺の乗る電車の方が本数が多く、先に帰らせて貰った。
疲れた体に電車の椅子と揺れは良く効くんだよな。マジ寝れる。世の社会人様お疲れ様です。
*
降りる駅に着いたので、バックを持ち改札に向かう。
時間は十四時半。シャワー浴びて寝てればすぐ晩飯になるだろ。先輩に言われたことをまんま無視している気がするが、これ以上は考えないでおこう。うん、それがいい。
スマホで時間を確認したついでに妹から来たメールを確認すると、俺と共有している化粧水の詰替えを買ってこいとのこと。
『他には?』
『私まだ何も食べてないから軽いもの』
『り』
寝起き疑惑がありそうだが、まあいい、駅と繋がっているデパートに行こう。
とりあえず化粧水の詰め替えを買いにいつものメーカーの店に向かう。
…店はわかっているんだが、どれだ?こういった類の物はいつも母に任せてあるのでよくわからないんだよな。
手元にある妹に訊くか。
『化粧水の種類教えて』
待つこと数秒。寝ているのか既読すらつかない。
今は手が離せない状況なのかもしれないし、とりあえず妹のおやつでも先に買うか。
デパ地下に向かい、惣菜パンを手にセルフレジで会計を済ます。
まだ連絡はこない。仕方ないので母に電話を掛け、詳細を教えて貰う。
ついでに、と余計なお使いも頼まれたので再びデパ地下に向かい、指定された食品を買った。
全部買い揃えたので帰路にこうとしたその時である。
「さっきぶりだな」
エスカレータを降りてしばらく歩いていると霧ヶ峰先輩がいた。苦笑いで手を振りながら。
…幻覚か。俺も疲れてるんだな。何も考えずに通り過ぎよう。
黙って横切った瞬間。本日二度目の襟首掴みをされた。
「何故君はいつもこうなんだ」
「いや、これ俺悪いっすかね。ゲホッ!」
「はぁ…。とりあえず歩きながら話そう」
なんでその感じでいけるのかわからないが、とりあえずついて行こう。「わかりました」と返事をしたのだが、先輩は移動しようとする動きを見せない。
「あの、どこ行くんですか?俺もう帰るんですけど」
「そ、そうか。私も同行していいか?」
何でだよ。って言いたいが、まあ別にいいか。家の前で別れることになるが。
二つ返事で了承した後、一緒に自宅へ向かう。
「椙田、すまないな」
「とりあえず、何があったかは訊きません」
「優しいな」
学校出た時も飯食べてる時も感じたが、この人はこの季節に相変わらす暑そうな格好してんな。夏でブレザーは見てるこっちが気持ち悪くなる。
ツッコミ待ちなのだろうか。
「先輩暑くないんですか?」
「今は外なのもあって暑いさ。そうだな、ブレザーは脱ごう」
ブレザーを脱いだ先輩は、何というかエロい。微妙に透けてるし。…白か。
その後はお互いダンマリのまま歩くこと数分、俺の家に着いた。
妹は寝てる可能性があるし、呼び鈴鳴らさずに鍵出すか。
「荷物持つよ。君はさっさと鍵を探せ」
「あ、どうも」
最後まで先輩が何故こんなことをしているのかわからなかったが、とりあえずバックから鍵を取り出し開ける。
先輩から荷物を受け取りドアを開けると、目の前に先輩がいた。…否、俺より先に家に入った。
「あの、え?」
「すまない椙田。理由は後でちゃんと話す」
ちゃんと話すって…。これ絶対家族問題についてだろ。
ここで追い返すのもアレだし、はぁ…俺が折れるか。
「散らかっててもいいなら別に」
「勝手にお邪魔するほうが迷惑かけるんだ。そんな事言わないでくれ」
靴を整えている先輩を横目に、俺も靴を脱ぐ。
「覚悟決めてください。よっぽどだと思います」
リビングへの扉に指をかけそう伝えると、先輩は唾を飲んだ。
「行きますよ」
*
扉を開けるとそこには…うん。思った通り、漫画をミニテーブルに積み重ねソファで爆睡している妹の姿があった。ちなみに部屋自体は綺麗だった。
「兄貴お帰りー。漫画の隣に食いもん置いといてー。私はあと十分寝る」
そう言ってソファの背もたれに顔を埋め、また寝た。
唖然とする先輩と、顔に手を当てる俺。とりあえずビニール袋から惣菜パンを取り出し、ミニテーブルに置く。
「お、お邪魔します」
「先輩、とりあえず手洗いうがいしましょう。洗面所はあそこです」
「そ、そうだな」
俺は台所で済ませますかね。買ったもの冷蔵庫に入れなきゃいけないし。
部屋の温度は先輩に合わせて少し上げて置こう。妹もこのままじゃ風邪引く。
「椙田、ありがとう」
「ソファ埋まってるんでテーブルの方の椅子に腰掛けてください。紅茶飲めます?」
「あ、ああ。温かいままで頼む」
棚にある紅茶のティーバックをコップに入れお湯を注ぐ。
にしてもあの妹、もう十分たったぞオイ。ついでに妹の分も淹れてやるか。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
先輩の向かい側に座り、俺も紅茶を飲む。ストレートのまま出したが先輩が飲んでいる姿を見る限り、問題はないようだ。
先輩は紅茶を飲みながら俺の方をチラチラ見てくる。
俺から訊くべきか、それとも先輩から話すのを待つべきか。…訊くべきだろうな。
「あの先ぱ-」
「あー!よく寝た!お、兄貴助かった…ってええ!?」
惣菜パン片手に俺と先輩をキョロキョロしている妹は空いた口が塞がらない様子だった。
シリアスにどうしてこうタイミング悪く首を突っ込んでくるのか…。
興奮した妹はすぐさまソファから先輩の方へ向かい先輩の両手を握った。
「どーもこんにちは!ウチの兄がいつもお世話になっています!」
「は、はぁ。お邪魔してます」
ピョンピョン跳ねている妹のテンションにいつも冷静な先輩が言葉を詰まらせている。
「先輩の霧ケ峰椿先輩だ。今重要な話してるからそのパン持って上に行ってろ」
「まあいいじゃん兄貴!もしかして今日泊まったりしますか!?私の部屋のベット空いてますよ!」
泊まるわけないだろ…。
妹の言動に呆れ、こめかみに手を当てていると先輩がこちらを申し訳なさそうに見てくる。
なんすかその目………まさか、え?そんなことある?
「その、今日。泊まってもいいか?」
上目遣いでそう訊いてくる先輩の破壊力はビックバ◯アタック並みの威力だった。




